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17、4メートルのカブトムシ
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結は誰もいない更衣室で着替えてからみんなと合流した。クラスの男子は21人いるが、女子みたいに派閥をつくってはいなかった。尊守はほとりと一緒にいるが、他の子たちとも仲がよさそうに見えた。ピーッと笛が鳴って炎孟先生が集合をかけた。体育ではどんなことをするのだろう? 徒競走、ドッジボール、鉄棒? 結はワクワクしながら先生が話すのを待った。
「きょうは前回の続き、昆虫制御実践だ」
聞いてないぞ、聞いてないぞ。なんでみんな、そんな当たり前みたいな顔をして聞いているのだろうか。昆虫制御って、まさか……
「結さん、きょうは初日なので見学をしているように」
「はい」
しゅんとなって結は返事をした。話についていけない自分が情けなかった。
さっそく昆虫制御とやらが始まったわけだが、炎孟先生は巨大な籠に入れられたカブトムシを鍵つきの倉庫から引っ張り出してきた。全長4メートルはある。これには慣れているはずの生徒たちも不安そうに顔を曇らせた。
「前回は3メートルだったが、きょうは応用ということで大きいものを用意した。4日間絶食させているため腹を立てている。凶暴化した昆虫の制御は地底全体の問題でもある。昆虫師になるためにはこの制御ができなくてはならない。
制御のこつは言った通り、首元に電光ムチを接続し、微弱な電流を流す。昆虫の体表はクチクラによって滑りやすいため、素早くベルトワイヤをつなげて固定。タイミングがずれると攻撃を受けることもある。では、平沢尊守、君に手本を見せてもらおう」
「分かりました」
尊守は突然ふられた課題に対してあまりにも冷静だった。普段、レースで扱いに慣れているから余裕ということだろうか。迷いがない。
こんな巨大なカブトムシに踏みつぶされればひとたまりもない。尊守は電光ムチを腰から外し、ゆっくり前に進んだ。炎孟先生は籠の鍵を外し、カブトムシを外へ出す。そういえば、必要な物の中に入っていたはずだ。用途が分からなかったが、ここではっきり分かった。昆虫を制御し、調教するために使うものだ。
尊守はカブトムシの目を見たままじりじり距離を詰めていき、電光ムチを構えた。彼が握るムチに青白い光がともる。尊守は電光ムチをシュパッと横に振った。そのまま自分も短距離で走り込み、放たれたムチはカブトムシの首回りにからみつき、しっかりと吸着した。
一瞬カブトムシの動きがピタリと止まり、その隙をついて尊守はつの部分にベルトからワイヤを出して体を固定した。それきりカブトムシは動かなくなり、尊守がムチの動きで指示を与えた分だけ動くようになった。
「満点だ。無駄なく首回りにムチを巻き付け制御にこぎつけた」
拍手が湧き起こった。こんなに大きなカブトムシをいとも簡単に制御するなんて、同い年の子がなせる技ではないとすら思った。実践は、炎孟先生が生徒の実力を考慮して受けさせた。まだ早いと判断された生徒は結と同じく見学で、他の子たちがカブトムシを制御するのを見ているしかなかった。
麗子は炎孟先生に実践を許された選ばれし者だった。彼女は冷静な顔をしているが、緊張を隠しきれていなかった。制御が解けている間は野放し状態なので危険だ。迷いは禁物。麗子は電光ムチを横に振った。足で床を蹴り、ムチがカブトムシの首にからまったところで勢いよく飛び乗った。ベルトのワイヤを固定したところで彼女の顔から笑みがこぼれた。
息をのんで見守っていた全員がわっと歓声を上げた。突然、炎孟先生のカラス、ヨースケがカーカー鳴いて飛び回った。炎孟先生は目を細めると、自分の電光ムチを取ってパシンと床を打った。
「降りろ」
「先生!」麗子は声を震わせた。「ムチが外せないんです」
炎孟先生は自分のムチを麗子めがけて横に振り払った。腹部を巻き付けられた麗子は勢いよく引っ張られて炎孟先生の腕に抱き留められた。このカブトムシ、さっきまでと様子が違う。ギチギチ節足動物特有の音を鳴らしながらつのを上下に振りかざした。
「全員外へ避難」
炎孟先生が指示を出したのと同時に、全員が一斉に走りだした。結は外へ出ようとしたところで足を止めた。尊守が逃げずに先生と残っていた。麗子も腰を抜かして動けない。結は麗子に駆け寄った。
「麗子」
結は必死に呼び掛けた。恐怖で足がすくむ中、巨大カブトムシが結の方を見て立ち止まった。視線を感じる。明らかに、結のことを見ている。まさか、モンジョの時みたいに言葉が通じるのだろうか。炎孟先生がムチを振るおうとした時、結は1歩前に出た。モンジョは、虫にも賢いのとそうでないのがいると言っていた。このカブトムシはどうなのだろう。
「避難と言ったはずだ」
炎孟先生は尊守と結に怒鳴った。
「先生、多少気が立っていても、トンボの制御より簡単です」
「過信するな。私が対処する」
尊守と炎孟先生が話している間、結はゆっくりカブトムシに語り掛けていた。「籠の中へ戻りなさい」カブトムシは結の言葉をじっと聞いている。
「戻りなさい」
もう一度落ち着いた声で言うと、カブトムシは苦しそうな声を上げ、後退しながら籠の中へ戻っていった。炎孟先生はすぐさま鍵をかけると、倉庫の中へ引っ張っていった。これでもう襲われる心配はないと思い、肩がすっと軽くなった。
尊守、麗子、炎孟先生は結のことをどこか恐れるような顔で見ていた。先生は結に歩み寄った。眉間に深いしわがより、結は胸倉をつかまれるかと思った。
「勝手な行動は慎め」
「すみません」
結は暗い声で言った。
「私は避難の指示を出したはずだ」
炎孟先生は尊守にも厳しい視線を向けた。
「先生、俺だっていざとなれば力になれます!」
「君は人よりできるから私の指示をないがしろにしていいと、そう言いたげだね」
「そういうつもりじゃ」
尊守はどんどん言葉に覇気をなくしていった。本当は感謝されたっていいはずだ。だって、彼は先生の力になれると思ったわけだし、それだけの技術だってあるんだから。
「きょうは前回の続き、昆虫制御実践だ」
聞いてないぞ、聞いてないぞ。なんでみんな、そんな当たり前みたいな顔をして聞いているのだろうか。昆虫制御って、まさか……
「結さん、きょうは初日なので見学をしているように」
「はい」
しゅんとなって結は返事をした。話についていけない自分が情けなかった。
さっそく昆虫制御とやらが始まったわけだが、炎孟先生は巨大な籠に入れられたカブトムシを鍵つきの倉庫から引っ張り出してきた。全長4メートルはある。これには慣れているはずの生徒たちも不安そうに顔を曇らせた。
「前回は3メートルだったが、きょうは応用ということで大きいものを用意した。4日間絶食させているため腹を立てている。凶暴化した昆虫の制御は地底全体の問題でもある。昆虫師になるためにはこの制御ができなくてはならない。
制御のこつは言った通り、首元に電光ムチを接続し、微弱な電流を流す。昆虫の体表はクチクラによって滑りやすいため、素早くベルトワイヤをつなげて固定。タイミングがずれると攻撃を受けることもある。では、平沢尊守、君に手本を見せてもらおう」
「分かりました」
尊守は突然ふられた課題に対してあまりにも冷静だった。普段、レースで扱いに慣れているから余裕ということだろうか。迷いがない。
こんな巨大なカブトムシに踏みつぶされればひとたまりもない。尊守は電光ムチを腰から外し、ゆっくり前に進んだ。炎孟先生は籠の鍵を外し、カブトムシを外へ出す。そういえば、必要な物の中に入っていたはずだ。用途が分からなかったが、ここではっきり分かった。昆虫を制御し、調教するために使うものだ。
尊守はカブトムシの目を見たままじりじり距離を詰めていき、電光ムチを構えた。彼が握るムチに青白い光がともる。尊守は電光ムチをシュパッと横に振った。そのまま自分も短距離で走り込み、放たれたムチはカブトムシの首回りにからみつき、しっかりと吸着した。
一瞬カブトムシの動きがピタリと止まり、その隙をついて尊守はつの部分にベルトからワイヤを出して体を固定した。それきりカブトムシは動かなくなり、尊守がムチの動きで指示を与えた分だけ動くようになった。
「満点だ。無駄なく首回りにムチを巻き付け制御にこぎつけた」
拍手が湧き起こった。こんなに大きなカブトムシをいとも簡単に制御するなんて、同い年の子がなせる技ではないとすら思った。実践は、炎孟先生が生徒の実力を考慮して受けさせた。まだ早いと判断された生徒は結と同じく見学で、他の子たちがカブトムシを制御するのを見ているしかなかった。
麗子は炎孟先生に実践を許された選ばれし者だった。彼女は冷静な顔をしているが、緊張を隠しきれていなかった。制御が解けている間は野放し状態なので危険だ。迷いは禁物。麗子は電光ムチを横に振った。足で床を蹴り、ムチがカブトムシの首にからまったところで勢いよく飛び乗った。ベルトのワイヤを固定したところで彼女の顔から笑みがこぼれた。
息をのんで見守っていた全員がわっと歓声を上げた。突然、炎孟先生のカラス、ヨースケがカーカー鳴いて飛び回った。炎孟先生は目を細めると、自分の電光ムチを取ってパシンと床を打った。
「降りろ」
「先生!」麗子は声を震わせた。「ムチが外せないんです」
炎孟先生は自分のムチを麗子めがけて横に振り払った。腹部を巻き付けられた麗子は勢いよく引っ張られて炎孟先生の腕に抱き留められた。このカブトムシ、さっきまでと様子が違う。ギチギチ節足動物特有の音を鳴らしながらつのを上下に振りかざした。
「全員外へ避難」
炎孟先生が指示を出したのと同時に、全員が一斉に走りだした。結は外へ出ようとしたところで足を止めた。尊守が逃げずに先生と残っていた。麗子も腰を抜かして動けない。結は麗子に駆け寄った。
「麗子」
結は必死に呼び掛けた。恐怖で足がすくむ中、巨大カブトムシが結の方を見て立ち止まった。視線を感じる。明らかに、結のことを見ている。まさか、モンジョの時みたいに言葉が通じるのだろうか。炎孟先生がムチを振るおうとした時、結は1歩前に出た。モンジョは、虫にも賢いのとそうでないのがいると言っていた。このカブトムシはどうなのだろう。
「避難と言ったはずだ」
炎孟先生は尊守と結に怒鳴った。
「先生、多少気が立っていても、トンボの制御より簡単です」
「過信するな。私が対処する」
尊守と炎孟先生が話している間、結はゆっくりカブトムシに語り掛けていた。「籠の中へ戻りなさい」カブトムシは結の言葉をじっと聞いている。
「戻りなさい」
もう一度落ち着いた声で言うと、カブトムシは苦しそうな声を上げ、後退しながら籠の中へ戻っていった。炎孟先生はすぐさま鍵をかけると、倉庫の中へ引っ張っていった。これでもう襲われる心配はないと思い、肩がすっと軽くなった。
尊守、麗子、炎孟先生は結のことをどこか恐れるような顔で見ていた。先生は結に歩み寄った。眉間に深いしわがより、結は胸倉をつかまれるかと思った。
「勝手な行動は慎め」
「すみません」
結は暗い声で言った。
「私は避難の指示を出したはずだ」
炎孟先生は尊守にも厳しい視線を向けた。
「先生、俺だっていざとなれば力になれます!」
「君は人よりできるから私の指示をないがしろにしていいと、そう言いたげだね」
「そういうつもりじゃ」
尊守はどんどん言葉に覇気をなくしていった。本当は感謝されたっていいはずだ。だって、彼は先生の力になれると思ったわけだし、それだけの技術だってあるんだから。
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