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S1:赤いビルヂングと白い幽霊

2.シノさんの思惑(2)

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 冷蔵庫の中には、近所のパン屋で買った八枚切りの食パンと、卵とハムにソーセージとレタス、それに作り置きのポテサラとスライスチーズがトレーに乗っていた。
 思うにそれが、今朝敬一クンが食べた朝食で、シノさんが作りやすいようにワンセットにしてあったんだろう。
 だけどシノさんは、そのトレーの上から食パンだけを取り出すと、スライスチーズとハムとソーセージをチルド室に戻し、そこからクリームチーズを取り出した。
 そして冷蔵庫とは別のかごに入れてあったバナナを取り、それらを調理台に並べたところで、棚からホットサンドメーカーを取り出した。

「中身、俺と同じで良い?」
「えっ、中身ってコレ?」

 バナナとクリームチーズを指差すと、シノさんは迷いもなく頷く。

「ABCサンドってゆーんだぜ」
「なんで?」
「アップル・バナナ・クリームチーズでABC」
「りんご、無いよねぇ?」
「昨日、メシマズが鎌倉の有名店で買ったとかゆー、ジャムのセットを送ってきてさぁ。ちぃと味見したら、りんごジャムが結構イケたんだよ」

 皮がかなり黒くなっているバナナは、まだ剥いても無いのに甘い香りを漂わせている。
 いくら上等と言っても市販のりんごジャムが甘くないわけも無いだろうから、俺は首を左右に振った。

「俺はハムとチーズと貝割れ大根がイイんだけど…」
「あ、かいわれ大根なら、ケイちゃんがそこの窓辺で育ててるぜ」

 シノさんの屋上菜園に啓発でもされたのかと思いながら、シノさんが指さした窓のほうを見ると、購入して使った後の豆苗の根っこがタッパーの空き容器に入れてある。
 好みから言えばかいわれ大根なのだが、豆苗も別に嫌いじゃない。
 だが、この豆苗はどう見ても昨晩カットされてここにセッティングされたのだろう、全員が同じ丈で白い切り口も真新しい。

「シノさん、これまだ芽が出てないよ」
「うい? そーだった? んじゃあ、野菜室に買い置きあったかも。先に俺の焼いちゃうから、入れたい具材をそこに並べとけ」

 野菜室を漁ると、使いかけでちょっとしなびたかいわれ大根があったので、俺はシノさんが先刻チルド室に戻したハムとスライスチーズを取り出し、更にポテサラを小鉢に入れてテーブルに置いた。
 このポテサラは、シノさんの作り置きおかずの一つなのだが、毎回入っている物が違う。
 ぶっちゃけ、冷蔵庫の残り物を一掃する時に作られるおかずなのだが、それが毎回なんとなく旨いので、俺の好物のひとつなのだ。

「敬一クン、豆苗の再生栽培が趣味なの?」
「いや、俺の管理が悪いからって、ケイちゃんが面倒見るようになったから、今はケイちゃんのなんだよ」
「ああ、そう」

 そういえば、シノさんは豆苗の再生栽培を成功させたことはなかったな…などと思いながら、俺はコーヒーメーカーをセットアップして電源を入れた。
 シノさんが焼き上がったホットサンドを皿にり、俺達はダイニングテーブルに向かい合って座る。
 ホットサンドの焼き加減は絶妙で、トロッとしたチーズとかいわれ大根が絡まってじつに旨い。

「シノさん、今日の即売会どうするの?」

 即売会とは、アナログレコードの即売会のことだ。
 毎月同じ日に開催されており、個人客も出入り可能だが、基本的には同業者が集まって仕入れをする催しで、場合によっては掘り出し物に遭遇するが、まぁ、そんな奇跡は滅多に無い。

「ん~、今日は行く~」

 不思議なくらいシノさんは、こういう時に鼻が利くというか、勘が働く。
 シノさんが行くと言うとそこそこの物が手に入り、乗り気で出向けば意外な掘り出し物を見つけてくるが、気が向かない時はむしろトラブルに見舞われたりするのだ。
 今日の返事の具合だと、そこそこ良さげな商品が手に入りそうなんだろう。
 だが、そこそこ乗り気だったシノさんは、いざ出掛ける段になったら、スーパーカブを敬一クンに貸してしまっていることを思い出し、やや面倒くさそうにぶちくさ言いながら、ようやく地下鉄の駅に向かって行ったのだった。
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