Serendipity

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 扉が開け放たれている奥の部屋は6畳あるらしく、ベッドが一台と作りつけの洋ダンスがある。
 4畳半にはテーブルの他に小さなテレビと、そのテレビを置く為の台が置かれていた。
 台にはガラス製の扉が付いていてが、中は暗くて何が置いてあるのかは見えない。
 初めて訪れた部屋で、そんな場所をしげしげ覗き込むのもよくないだろうと、俺は目線を移した。
 東雲氏はダイニングキッチンに立ち、おもむろに冷蔵庫を開けて調理を始めている。

「東雲さん、お昼はいつもこうやって食ってるんですか?」
「ああ、そうだよ。俺は一人モンだし親戚ってのもいないから、なんかあった時は金以外頼る物もないんでね。まぁ、日々の生活をつましくして唯一の拠り所を充実させておかないとな」

 振り返った東雲氏は、なんだか子供がいたずらを画策しているみたいな顔で笑っていて、俺は驚いてしまった。

「神巫は、お母さんへの居住区の開示をずっと断っていただろう? 寮を出た後はどこに行くんだ?」
「えぇ? なんであの女の事なんか、東雲さんが知ってるンです?」
「バッカ。俺は寮に住んでる子供達のデータを管理する為に、あそこに勤めてんだぞ? 知らなかったら仕事にならねェよ」

 室内にイイ匂いが漂ってきたな…と思ったら、俺の目の前に皿に盛られたチャーハンが出てきた。

「スープ、何がいい? コレから勝手に選んで、そこのカップに入れてくれ。お湯注ぐから」

 テーブルの上に並べられた市販のスープの素を見比べ、俺は迷いに迷ってから「オニオンコンソメ」を選ぶ。
 封を切って粉をカップに入れると、東雲氏はそこにポットのお湯を注いでくれた。

「まぁ、ごく簡単だけどこれで勘弁してくれ」
「いいえ、いただきます。ありがとうございます」

 差し出されたスプーンを受け取り、チャーハンに手を付ける。
 寮の生活では「あっつあつ!」の料理なんてほとんど食べた事がなかったから、湯気の上がる皿の上のチャーハンもカップの中のスープも、俺にはカルチャーショックだった。

「美味い!」
「そんなに褒めるなよ。恥ずかしいだろ」
「でも、ホントに美味いッス!」

 つい夢中になって、俺はほとんど無言でそれらを頬張る。

「で、就職先や住まいは決まってンのか? 新しい連絡先、教えてきてないの神巫だけなんだぞ?」
「…………決まってないッス」

 チラッと東雲氏の顔を見やり、俺は一言で答えを返す。
 言い訳めいた事を並べ立てるのは面倒だったし、実際に行くアテなど無いのだから他に返事のしようもない。

「やっぱり、そうなのか………。それで、電車に乗ってどこに行くつもりだったんだ?」
「別に、どこでも。……行った先でなんとかなれば、なんとかなるでしょうし。ならなきゃならないで、俺一人どうって事もないでしょう?」

 施設の職員達に敬遠された俺の得意の「シニカルな笑い」を浮かべてみせると、東雲氏はたちまち困ったような怒ったような顔になる。

「確かに神巫のコトは神巫の責任だから、それに関してはその通りだ。だが、オマエはそれで満足か?」
「満足なワケじゃないッスけど、でも仕方ないじゃないッスか」
「オマエなぁ、もうちょっと考えてから言葉を口にしろよ? 今のオマエは日本国憲法の許す限りは何やっても良いんだぞ?」
「は?」
「18歳っつったら、親の同意があれば結婚だって出来る年齢なんだ。そりゃ、金が有り余っている連中が仕事もしないでフラフラしているのを真似たい……とか言うのは、元手がなけりゃ出来ない相談だが。でもな、考えてみろ。オマエはもう働いてもイイし、働いて手に入れた金を自分で好きに使ってイイ歳なんだ。ぎっちり規則尽くめの寮生活とはオサラバしたんだし、定刻ごとに見張りに来る大人も居ない。満足する為の術を探しに行っても良い状況なんだぞ?」
「……だって、そんなコト言われたって、俺は別にやりたい事もないし………」
「最初からやりたい事が決まってるヤツなんて、そう滅多にいるかよ」

 東雲氏はなんだかちょっと呆れたような声音でそう言うと、俺を真正面から見据えてえらく真面目な顔をする。

「いいか? やりたい事ってのは探して見つけるモンであって、オマエみたいにただ突っ立ってるだけじゃ見つかりっこねェんだよ。面白い事もつまらない事も良い事もイヤな事も全部オマエが体験して、オマエが面白いかつまらないか好きか嫌いか判断するんだ。他人の言葉なんてのは参考に過ぎなくて、結論を出すのはオマエ自身だ。本当に信じていいのは、自分の体験だけなんだぞ」

 最後の台詞に、俺はかなりの衝撃を受けた。

「信じて良いのは………自分だけ?」
「そこまで省略したら、元の意味が変わるっちゅーの」

 なぜか東雲氏はそう言って笑い、それから改めて俺を見る。

「行くアテが決まってないなら、しばらくここに居たらどうだ? ご覧の通り狭い住まいだから、神巫がイヤだというなら無理強いはしないが」
「えぇ?」

 唐突な申し出に、俺はビックリして返事も出来ない。
 でも、東雲氏はまるで俺の戸惑いを予想していたみたいな感じで、俺が落ち着いてちゃんと物が考えられるようになるまで返事を待っていてくれた。

「え………っと……、あの…………。………ホントにいいんすか?」
「もちろん、構わないさ」

 そう答えて穏やかに微笑まれたら、俺に他の返事が出来る訳がない。

「あ………、それじゃあ、お願いします」
「うん、じゃあ今日からよろしくな。……あ、悪い。そろそろ戻らないと不味いから、帰ってから少し話をしてこれからのコトも決めような」

 時計を見上げて、東雲氏は慌ただしく立ち上がると部屋から出て行った。
 俺はといえば、まだ驚きも醒めやらぬ状態で、東雲氏が去った後もしばらくは呆然となっていた。
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