荒木探偵事務所

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事件簿2:山麓大学第一学生寮下着盗難事件

4.存在しない部屋

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 薄暗い板の間の廊下を通って案内された鹿島の部屋は、人間の住める部屋であった。少なくとも、物が散らかっていない部屋である。
 入ってすぐに目につくものは、古ぼけた部屋にそぐわないおしゃれなコンピューターが置いてある。
 鹿島はまっすぐそれに向かうと、キーボードを叩いた。

「これ…、なんだ?」

 あまりにもその場の雰囲気に合わない最先端機器を指さし、霧島が尋ねた。

「iMac G3 ボンダイブルーちゃん。供給電力と壁に穴が開けられない事情と、イロイロあって、寮長の部屋だけ特別に置く許可が出てるんよ」

 うふふふ~と奇妙な笑いを漏らし、鹿島はチラッと自慢気に霧島に視線を送った。

「で、何をしているんだ?」
「うん。大学の管理センターに問い合わせを…ね。管理センターのネットワークに繋いであるから、寮生の一覧も見られるんだ。えっとキ・リ・シ・マ・タ・キ・オっと、学生番号は104726…ぅ~っと……」

 鹿島は人差し指だけでポチポチとキーボードを押し、最後にエンターキーをかなり強くターン! と叩いた。
 次の瞬間、耳障りなエラー音が鳴る。

「うええっ!」
「どったの?」

 鹿島の両側から、荒木と霧島がのぞき込む。

「うん、霧島クンの部屋は存在しないねん」
「はあっ?」
「どゆこと?」
「センターの入力ミス…か、はたまたココならいつでも部屋が空いてると思ってたのか…? 無い部屋に入居する事になってるね」
「無い部屋…?」
「存在しない部屋番号に、手続きされてるよん」

 さすがに茫然となった霧島は、その場にへたり込んだ。

「タキオちゃん、行く場所無いの?」
「ホテル住まいだから、出来るだけ早く寮に移らないと、資金的に…」

 荒木と鹿島は顔を見合わせた。

「そりゃあ困ったねえ。改めてどっかの下宿探すにしても、すぐに寮が空いちゃったら、敷金礼金勿体ないし、引っ越し代だってバカにならんし」

 霧島の心情を、鹿島がそのまま口にした。

「そんじゃあさ、ちょーっと狭くなるけど、部屋が空くまでボクのトコにいなよ。ダイジョーブ、川崎クンだって、タキオちゃんの可哀想な身の上を聞けば、数日の滞在は許してくれるから」
「寮長としてはあんまり見逃したくない話だけど、霧島クンがあすこで我慢出来るなら、今回は目をつぶろうか」

 もちろん霧島の顔は引き釣っている。
 荒木が親切で言ってくれているのも、鹿島に悪気がまるでないのも良く解るが、あの凶悪なまでに散らかっている部屋に寝泊まりする事に抵抗が無い訳がない。

「どうしたの、霧島クン?」

 だが霧島が迫られている "究極の選択" に、鹿島も荒木も気付いておらず、そこで固まっている霧島に対して、不思議そうな顔をしている。

「そんじゃまぁ、話が決まったからには、川崎クンにも話をしないとね! さあ、行こう、すぐ行こう! さあさ! タキオちゃんこっちこっち!」

 むんずと霧島の手を掴むと、荒木はグイグイその手を引いて、鹿島の部屋から出て行ってしまった。

「荒木の好みって、美少年タイプだと思ってたんだけど。本命はああいうのだったのかぁ~」

 鹿島はそんな事を言いながら、柔らかな布で愛機のコンピュータの画面をクリクリと拭った。
 一方、強引に霧島を部屋に連れ帰った荒木は、シブる川崎をこれまた強引に口説き落とし、一人悦に入ってビールを飲んでいる。

「荒木、ベッドを片付けるんじゃなかったのか?」
「何言ってるの、寝るにはまだまだ時間があるよ。就寝までに片付いてれば、なぁんも問題ないじゃんか」

 荒木の返事に、川崎は露骨に不機嫌な顔をして見せた。
 もちろん荒木はそんな事をカケラも気にするふうでなく、ただその場に居合わせてしまっただけの霧島の方が、よほどハラハラとしている。

「そんな事を言って、いつも物に埋もれて寝ているじゃないか。今夜、彼をそこに寝かせるつもりかい!?」

 びっくりするような強い調子で、川崎は荒木に食ってかかった。

「じっ、自分の寝るところぐらいは、自分で片付けるよ」

 その場の雰囲気のあまりの険悪さにいたたまれなくなった霧島は、思わず代わりに片付けを始めてしまった。

「良いんだよ霧島クン。君を泊めると言ったのは荒木なんだから、荒木は責任をもって君の面倒を見る義務がある」

 そういわれても、この荒木という男に『義務』だの『責任』だの、いや『常識』すら通用するようには思えない。

「でもほら、やっぱり自分の事は自分でやった方が、気分的にも良いから…」

 床に散らばるあらゆるものを拾い、それらしい場所に分けるだけでも大した労働である。
 初夏の日差しは意外に強く、空調設備も無い部屋はただ窓が開けられているだけだ。
 そこで汗だくで片付けに従事る霧島を見かね、川崎も手を貸した。
 おかげで床が全部見える状態にまでなり、105号室はなんとか3人の男が足を伸ばして一晩過ごせる状態になった。
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