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事件簿2:山麓大学第一学生寮下着盗難事件
3.坩堝の部屋
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「ちょーっと散らかってるけどさァ、まっ、テキトーに座ってよ。あ、今買ってきたばっかでぬるいンだけど、これどーぞ」
生暖かい缶ビールを一つ手に持ったまま、学生は部屋の入口に立ちつくしている。
105号室と言うナンバープレートのついた荒木の部屋は、寮の一番奥にあるため日当たりは良い。
但し室内の散らかり様は『ちょっと』などという生易しいものではなかった。
パッと見だけで、脱ぎ捨てられた靴下、下着、教科書、レポート用紙、鉛筆、ボールペン、ビデオテープ、ポータブルカセットプレーヤー、ドライバー、金槌、カセットテープ、各種コンビニのマークの入った袋、ナゾのボール箱、ガムテープ、ファミコンカセット、フロッピーディスク、絵の具、各種家電のリモコン、紙屑、空き缶、ハサミ、文庫本、時計…などなどが目に入った。
足の踏み場どころではない、何かをどかしてもその下に何かがある。
現に荒木はすべてのものを踏んずけて歩き回っている。
足元の床が、畳なのかフローリングなのかすらも判別不能であった。
「そー言えばさァ、君の名前、何てーの?」
「はぁ?」
目の前に広がる信じられない光景に目を奪われ、学生は茫然としている。
「名前だよ、名前」
「あ、霧島です。霧島瀧央」
両手に氷の入ったグラスを持ち、缶ビールを小わきに抱え、荒木は部屋の中央に陣取った。
そこだけは、座布団が置いてある。
「ふーん、タキオちゃんね。はい、これ。タキオちゃんの分」
差し出されたグラスを受け取る。
霧島は、いまだに立ったままであった。
「なーにしてるの。座んなさいって」
床に散らばる数々の品を、荒木は足で乱暴にかき分けた。
アヤシゲなシミの付いた畳が顔を出し、それを隠すように、もっとアヤシゲな座布団を荒木が置く。
「なーに、後1~2時間もすれば誰か帰ってくるだろーから、鹿島クンの帰宅時間もすぐ解るよ。ボクはネ、法学部に行ってるの。1年生だからね。で、キミはどこ?」
持っているグラスにぬるいビールを注ぐ。たちまちグラスの中は泡で一杯になり、荒木はそれを慌ててすすった。
「俺は、経済学部ですけど…」
「へえー。でもなんだってヨーカイ屋敷にきたの? いままで通いだったんでしょ? もう5月だって言うのにさ」
「親父が転勤になったんです。俺は大学受かっちゃった後だったし、自炊が出来るほど器用じゃないんで、寮があるならその方が良いかなって」
「さすがケーザイ学部じゃない。僕なんか下宿借りてアマ~イ生活を夢見てたのに、気がついたら親が寮の手続きしちゃっててさ。さーんざんこの辺下見して、良い下宿探したのにさァ」
「甘い…生活?」
「そーそー。だってよーやく親の目が離れるンだもん。たのしまなきゃー損でしょ? ナンパとかもしたいしね」
「ナンパ」
「そう、ナンパ。いっぱいのカワイコちゃんとオトモダチになりたいじゃん」
「カワイコちゃん?」
「そう! カワイコちゃん! でもね、ここに来る前には、少しは期待してたのよ。もしかしたら同室のコが好みのタイプかもしれないし、寮の中に、オトモダチになってくれるコがいるかもしれないとかね。まさかこんなにむっさいオヤジの巣窟だとは思わなかったよ」
「……………」
何だか話が妙である。
霧島の持つ感覚からすると、男子寮で同室になるのは男子であり、それが "好みのタイプ" に該当する可能性は、ほぼ皆無のはずだ。
「荒木、今日は午後まで講義じゃなかったのか?」
扉が開き、おっとりとした感じの学生が入ってきた。
「おー、川崎クン。おかえり~!」
「またサボッたのか…。こちらは?」
「んーとね、今日からヨーカイ屋敷の住人になるタキオちゃん。ところで鹿島クンどーしたかしらん? タキオちゃんが手続きすんのに会いたがってんだけど」
「鹿島? もう戻ってきてるはずだがな。下着泥棒の一件で早引けると言っていた」
「じゃあ寮の中にいるんだな。よっしゃ、探してこよう」
荒木は立ち上がると、川崎と入れ替わりに部屋を出て行こうとした。
「あ、あの、自分で探しに……」
霧島は慌てて立ち上がったが、既に荒木は部屋を出てしまっていた。
「放っておけばいい。どうせおせっかいが好きなんだ。ところで、この部屋に連れこまれて何にもされなかったか?」
「は?」
奇妙な質問に、霧島は驚いた。
「あっ、いや。なんでも無いよ」
川崎はそそくさと部屋の奥に進むと、室内では比較的整頓されている一角に荷物を置いた。
「ところで、どうしてこの寮に?」
「親父が転勤になったもんで…。寮の方が経済的にもラクだし…」
自分の回りを片付けはじめた川崎に、霧島は黙って手を貸した。
この部屋の散らかりようは、入った時から我慢ならなかったのである。
「しかし、とんだ寮に配分されちゃったよ。ここはまあはっきり言って、マトモな神経の人間の方が分の悪い所だから…」
「はあ?」
霧島は、この部屋に入ってからというもの、間の抜けた返事しかしていない自分に気付いた。
「今の荒木を見たろう。まあ、あれはかなりイッちゃってるケド、あんなようなのがウジャウジャいるよ。ここはさ」
「ウッ、ウジャウジャァ~」
思わず上げた悲鳴に、川崎は少し驚いたような顔で霧島を見た。
「君、意外と面白いね」
「あんなモノがウジャウジャ生息してると思えば、誰だって悲鳴を上げる」
少しムッとしたように霧島は答えた。
「そうだね。…でもさ、類は友を呼ぶって言葉通り、ここはいろんな意味で荒木の集団さ。君が仲間なら驚かないだろう?」
「仲間…ならな…」
霧島は先程、荒木が発した「バケモノ館だの妖怪屋敷だの呼ばれちゃってるけどサ、実際ユーレイだのヨーカイだのの類いは出たコト無いンよ」との言葉を思い出す。
つまり、妖怪以上にバケモノのような者が住んでいる…と川崎は言っているのだろう。
これからの事を考えると、かなりゲッソリとなった。
「タッキオちゃーん。鹿島クンを捕まえてきたよーん」
「イテ、イテーッての、コラ、耳を放せ! 耳を!」
荒木がつかんでいた耳を放すと、バランスを失った鹿島は霧島の目の前に倒れ込んだ。
「やあ、こんにちわ。君が霧島クン?」
「はい…」
鹿島は体を起こし、その辺りの物を押し退けると胡座をかいた。
「で、今日からこの寮に?」
「ええ、そうです」
「ふ~ん。…でもおかしいなぁ…」
鹿島は困った顔で頭をかいた。ふざけている訳ではなく、本当に困ったような様子である。
「おかしいって…、何がですか?」
不安気に霧島が尋ねる。
「うん。当たり前だけど、寮に人が入る時は、遅くとも一週間前には連絡があるはずなんだけど~。部屋の掃除とか、備品のチェックとか、事前にしなきゃならない事があるのよね」
「はあ…」
「いーじゃん、別に。掃除くらいボクが手伝ってあげるからサ。どこの部屋にすんの?」
「どこもなにも、空き部屋なんて無いのんよ」
「ええっ!」
鹿島の表情から、何やらロクでもない事になりそうな予感はあったが、だからと言って驚かない訳は無い。
「でも俺は、第一学生寮に空きがあるからって言われて来たんですよ」
「う~ん。…ここでこうしててもしょうがないから、オレの部屋にきてくれる?」
鹿島は立ち上がり、霧島を促した。
生暖かい缶ビールを一つ手に持ったまま、学生は部屋の入口に立ちつくしている。
105号室と言うナンバープレートのついた荒木の部屋は、寮の一番奥にあるため日当たりは良い。
但し室内の散らかり様は『ちょっと』などという生易しいものではなかった。
パッと見だけで、脱ぎ捨てられた靴下、下着、教科書、レポート用紙、鉛筆、ボールペン、ビデオテープ、ポータブルカセットプレーヤー、ドライバー、金槌、カセットテープ、各種コンビニのマークの入った袋、ナゾのボール箱、ガムテープ、ファミコンカセット、フロッピーディスク、絵の具、各種家電のリモコン、紙屑、空き缶、ハサミ、文庫本、時計…などなどが目に入った。
足の踏み場どころではない、何かをどかしてもその下に何かがある。
現に荒木はすべてのものを踏んずけて歩き回っている。
足元の床が、畳なのかフローリングなのかすらも判別不能であった。
「そー言えばさァ、君の名前、何てーの?」
「はぁ?」
目の前に広がる信じられない光景に目を奪われ、学生は茫然としている。
「名前だよ、名前」
「あ、霧島です。霧島瀧央」
両手に氷の入ったグラスを持ち、缶ビールを小わきに抱え、荒木は部屋の中央に陣取った。
そこだけは、座布団が置いてある。
「ふーん、タキオちゃんね。はい、これ。タキオちゃんの分」
差し出されたグラスを受け取る。
霧島は、いまだに立ったままであった。
「なーにしてるの。座んなさいって」
床に散らばる数々の品を、荒木は足で乱暴にかき分けた。
アヤシゲなシミの付いた畳が顔を出し、それを隠すように、もっとアヤシゲな座布団を荒木が置く。
「なーに、後1~2時間もすれば誰か帰ってくるだろーから、鹿島クンの帰宅時間もすぐ解るよ。ボクはネ、法学部に行ってるの。1年生だからね。で、キミはどこ?」
持っているグラスにぬるいビールを注ぐ。たちまちグラスの中は泡で一杯になり、荒木はそれを慌ててすすった。
「俺は、経済学部ですけど…」
「へえー。でもなんだってヨーカイ屋敷にきたの? いままで通いだったんでしょ? もう5月だって言うのにさ」
「親父が転勤になったんです。俺は大学受かっちゃった後だったし、自炊が出来るほど器用じゃないんで、寮があるならその方が良いかなって」
「さすがケーザイ学部じゃない。僕なんか下宿借りてアマ~イ生活を夢見てたのに、気がついたら親が寮の手続きしちゃっててさ。さーんざんこの辺下見して、良い下宿探したのにさァ」
「甘い…生活?」
「そーそー。だってよーやく親の目が離れるンだもん。たのしまなきゃー損でしょ? ナンパとかもしたいしね」
「ナンパ」
「そう、ナンパ。いっぱいのカワイコちゃんとオトモダチになりたいじゃん」
「カワイコちゃん?」
「そう! カワイコちゃん! でもね、ここに来る前には、少しは期待してたのよ。もしかしたら同室のコが好みのタイプかもしれないし、寮の中に、オトモダチになってくれるコがいるかもしれないとかね。まさかこんなにむっさいオヤジの巣窟だとは思わなかったよ」
「……………」
何だか話が妙である。
霧島の持つ感覚からすると、男子寮で同室になるのは男子であり、それが "好みのタイプ" に該当する可能性は、ほぼ皆無のはずだ。
「荒木、今日は午後まで講義じゃなかったのか?」
扉が開き、おっとりとした感じの学生が入ってきた。
「おー、川崎クン。おかえり~!」
「またサボッたのか…。こちらは?」
「んーとね、今日からヨーカイ屋敷の住人になるタキオちゃん。ところで鹿島クンどーしたかしらん? タキオちゃんが手続きすんのに会いたがってんだけど」
「鹿島? もう戻ってきてるはずだがな。下着泥棒の一件で早引けると言っていた」
「じゃあ寮の中にいるんだな。よっしゃ、探してこよう」
荒木は立ち上がると、川崎と入れ替わりに部屋を出て行こうとした。
「あ、あの、自分で探しに……」
霧島は慌てて立ち上がったが、既に荒木は部屋を出てしまっていた。
「放っておけばいい。どうせおせっかいが好きなんだ。ところで、この部屋に連れこまれて何にもされなかったか?」
「は?」
奇妙な質問に、霧島は驚いた。
「あっ、いや。なんでも無いよ」
川崎はそそくさと部屋の奥に進むと、室内では比較的整頓されている一角に荷物を置いた。
「ところで、どうしてこの寮に?」
「親父が転勤になったもんで…。寮の方が経済的にもラクだし…」
自分の回りを片付けはじめた川崎に、霧島は黙って手を貸した。
この部屋の散らかりようは、入った時から我慢ならなかったのである。
「しかし、とんだ寮に配分されちゃったよ。ここはまあはっきり言って、マトモな神経の人間の方が分の悪い所だから…」
「はあ?」
霧島は、この部屋に入ってからというもの、間の抜けた返事しかしていない自分に気付いた。
「今の荒木を見たろう。まあ、あれはかなりイッちゃってるケド、あんなようなのがウジャウジャいるよ。ここはさ」
「ウッ、ウジャウジャァ~」
思わず上げた悲鳴に、川崎は少し驚いたような顔で霧島を見た。
「君、意外と面白いね」
「あんなモノがウジャウジャ生息してると思えば、誰だって悲鳴を上げる」
少しムッとしたように霧島は答えた。
「そうだね。…でもさ、類は友を呼ぶって言葉通り、ここはいろんな意味で荒木の集団さ。君が仲間なら驚かないだろう?」
「仲間…ならな…」
霧島は先程、荒木が発した「バケモノ館だの妖怪屋敷だの呼ばれちゃってるけどサ、実際ユーレイだのヨーカイだのの類いは出たコト無いンよ」との言葉を思い出す。
つまり、妖怪以上にバケモノのような者が住んでいる…と川崎は言っているのだろう。
これからの事を考えると、かなりゲッソリとなった。
「タッキオちゃーん。鹿島クンを捕まえてきたよーん」
「イテ、イテーッての、コラ、耳を放せ! 耳を!」
荒木がつかんでいた耳を放すと、バランスを失った鹿島は霧島の目の前に倒れ込んだ。
「やあ、こんにちわ。君が霧島クン?」
「はい…」
鹿島は体を起こし、その辺りの物を押し退けると胡座をかいた。
「で、今日からこの寮に?」
「ええ、そうです」
「ふ~ん。…でもおかしいなぁ…」
鹿島は困った顔で頭をかいた。ふざけている訳ではなく、本当に困ったような様子である。
「おかしいって…、何がですか?」
不安気に霧島が尋ねる。
「うん。当たり前だけど、寮に人が入る時は、遅くとも一週間前には連絡があるはずなんだけど~。部屋の掃除とか、備品のチェックとか、事前にしなきゃならない事があるのよね」
「はあ…」
「いーじゃん、別に。掃除くらいボクが手伝ってあげるからサ。どこの部屋にすんの?」
「どこもなにも、空き部屋なんて無いのんよ」
「ええっ!」
鹿島の表情から、何やらロクでもない事になりそうな予感はあったが、だからと言って驚かない訳は無い。
「でも俺は、第一学生寮に空きがあるからって言われて来たんですよ」
「う~ん。…ここでこうしててもしょうがないから、オレの部屋にきてくれる?」
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