荒木探偵事務所

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事件簿1:俺と荒木とマッドサイエンティスト

19.疑心暗鬼で五里霧中

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 霧島は、コトコトという物音で目が覚めた。
 どうやらふてくされて布団に潜った後、ウトウトと眠っていたようだ。

「ああ……、腹減ったな……」

 一眠りした事で、荒木に対する腹立たしさは収まっている。
 枕元に置いていた携帯を手に取って、時間を確認した。
 既に昼過ぎ。

「腹も減るワケだ…」

 荒木達に見つけられて部屋に戻り、そこで無郎を追い払ってしまったために、結局朝食も食べそこなっている。
 だからと言って、あそこまで "塩対応" をしてしまった無郎に、食事を頼むのも気が引ける。
 そもそも、この家の者が用意した食事を、安易に口にしても大丈夫なのだろうか? などと言った考えも、頭を掠めた。
 体を起こし、足を少し動かしてみる。
 痛みはあるが、今朝ほどの酷い痛みでは無い。
 掛け布団をめくり、足をベッドから降ろしてみた。

「あ、霧島さん、お目覚めになったんですか?」

 扉の開く音がして、部屋に無郎が顔を出す。
 驚いている霧島に構わず、そのまま無郎は部屋に入ってきた。

「お腹空いてるんじゃないかと思って、サンドイッチとスープを用意しました」
「そう…なのか?」
「はい。ベッドの上で食べますか? あちらの部屋に用意してあるので、持ってくる事も可能です」
「そうか…」

 霧島は降ろしていた足に、力を込めた。
 今朝は足を地面に着けただけで痛みが走り、赤く腫れていたが、安静にして冷やしておいたのが良かったらしく、違和感はあるが立ち上がる事も出来る。
 やれやれと息をき、無郎が開けてくれている扉の向こうへと移動する。
 ソファの前に置かれたローテーブルに、銀の盆とレース柄のシートで華やかに盛り付けられたサンドイッチとスープの鉢が置かれていた。

「まだ、痛みますか?」
「いや、だいぶ良い」

 無郎はきょろきょろと辺りを見回し、なにやらハッとした表情になる。

「すみません。お茶も用意していたのに、持ってくるのを忘れていました。戻って持ってきますね」

 そういうと、部屋から出ていってしまった。

「どーいうこった?」

 しばし、無郎の去っていった扉を眺めてから、霧島は首を傾げた。
 無郎の立場が何処なのかが掴めない…とはいえ、無郎と有郎の思うところは別だろう…とは思っている。
 教授を探しに来た霧島達を、有郎は歓迎していない。
 だが無郎は、少なくとも "捜すための人材" として、霧島達を此処まで連れてきている。
 有郎には無断で上京している様子からも、そこは兄弟の意見に大きな食い違いがあるのではないかと霧島は考える。
 しかし、一方で。
 子供っぽい容姿と態度から、なんとなく無郎を子供と認識しているが、彼の言動は時々子供から逸脱しているフシがある。
 昨晩見た屋敷の、あの中にいた "動く死体" のようなモノが、教授の研究の結果であり、教授の手伝いをしていた有郎がその研究を受け継いでいるのだとしたら、同じ顔をしたあの兄弟が共謀していないとは言い切れないのだ。

「アニキに言われて、俺を見張っている…とか?」

 昨晩、部屋に戻らなかった事は、既に周知の事実だろう。
 だとすれば、有郎は窓から覗いていたのが霧島だと解っている。
 教授の研究の正体が知れないうちは、警戒しておくに越した事はないだろう。
 カタリと音がして、扉が開き、ティーセットを持った無郎が部屋に入ってきた。

「霧島サンは、お砂糖無しでしたよね」
「ああ…、うん」

 ポットのお茶をカップに注ぎ、無郎はストレートティーを霧島の前に置いた。
 霧島は腹が減っていたのと、あからさまに反抗的な態度を示すのは、荒木が戻って少しでも状況なり事情なりが見えてからでも良いだろうと判断した事で、そのカップを手に取ってサンドイッチを口にした。
 荒木の存在がどれほど役に立つかは判らないが、それでも味方が一人でもいるといないでは話が違うと思ったからだ。
 カチャカチャと陶器が触れ合う音だけで、会話の無い空気が重い。
 とはいえ、無郎が自分を監視していると想定している以上、会話の内容は選ばなければならない。

「この家ってさ、買い物とかどうしてんの? こんな場所じゃ、ネット通販とかも難しいよな?」
「なぜ、通信販売で網を買う必要があるんでしょう?」

 無郎の答えに、霧島は混乱した。
 が、無郎が向けてくる、純粋に疑問に縁取られた顔と様子から、彼が "インターネット" という単語を知らないのだと気付く。

「いや、この家の場所的に、誰かに届けてもらうのが難しいだろうと思って」
「買い物は、お兄さんが僕達を迎えに来てくれた町や、もうちょっと遠い町まで車で行ったりします。霧島さんの仰る通り、荷物を届けてもらうのは大変なので、町の雑貨屋さんに取り置きをお願いする事もあります」

 無郎の答えに、霧島は考える。
 水神氏ほどの財力も手段も持っている人物ならば、教授の居場所を把握する事は可能だったのではないかと。
 ただ教授は、水神氏とのやりとりは手紙のみに限定していたと言うし、水神氏からの話では、居場所は把握出来ていなかったとの事だった。
 定期的に連絡があるので、探さなくても良いと考えていたのか?
 それとも教授の狡猾な知性の方が、財力を使った捜査の網の目をくぐり抜けたのか?
 しかしその場合も、水神氏からの返信を受け取るにあたって、取り置きしている雑貨店などに手紙が来るようになっていたら、自ずと居住区域は特定されるだろう。

「受け取りには、親父サンが行ってたのかい?」
「いえ、そういった事は全部人見の仕事です。一度だけ、僕が人見に頼んで、一緒に連れて行ってもらった事がありますが、後になってお父さんにとても叱られていたので、それっきり僕も頼むのを諦めました」
「それじゃあ、坊っちゃんは外に行ったコトがナイのか?」
「はい。今回、東京に出向くために出掛けて、公共交通機関を利用するのも初めてでした」

 更なる疑問が、霧島の頭に浮かぶ。
 公共交通機関を利用した事が無いと言うが、それならむしろそれらを使って東京までやってこられた事の方が驚きだ。

「じゃあ、坊っちゃんは親父サンが出掛ける姿を、全く見たコトが無いのか?」
「いいえ。お父さんは時々出掛けますよ。人見が町に出る時に、同行する事もあります」
「どっちにしろ、坊っちゃんは親父がどこに出掛けているのかは、知らないんだよな?」
「そうですね。お兄さんや人見なら知っていると思いますが…、あっ、それなら人見に訊いてみてはどうでしょう?」
「……訊いて…いいのか?」

 霧島の問いに、無郎はきょとんとした顔をしてみせた。

「もちろんです。そうだ、お父さんが居なくなってしまった後、人見はお兄さんと一緒に探しにも行っています。その時の話なども、是非聞いてみてください」

 もし先程の仮定の通り、無郎が霧島を見張るために付き添っているのならば、形だけで協力的な態度を取っている事になる。
 どうにも、謎が謎のまま、解くきっかけが掴めない。

「君の兄さんは、俺が人見さんにアレコレ聴くの、イイカオしないかもだぜ?」
「そんな事はありません。お兄さんだって、お父さんが一日も早く帰ってくるようにと言ってます」
「なら…いいが…」

 霧島の、返事とも呟きとも取れない言葉に、無郎が何かを言おうとしたところで、部屋の扉が開いた。
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