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第四部:ビリー

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 駐車場に飛び出すと、ロイの乗った車が丁度こちらに向かって走ってきている。
 ウィリアムはその前に飛び出し、無理に止めると助手席に乗り込んだ。

「ムチャしないでよね」
「なにがあったか説明しろよ。一体なんなんだ?」

 ロイはチラリとウィリアムを見やり、それから再び目線を前に戻した。

「キミ、アレックス・グレイスの殉職した事件を知ってる?」
「そりゃあ、まぁ」

 以前エリザベスの話を聞いて、一体自分が誰と比較されたのかが気になったウィリアムは、空いた時間に資料室に通ってアレックスという刑事の事を調べていた。
 周りの先輩刑事や、資料室のマクレガー老人などの話から、かなりの切れ者として名を馳せていた事も知り、アレックスの最後の事件の事も知った。

「それが、なんだ?」
「モンテカルロが、仮釈放されてる」
「え?」

 ロイの言葉はあまりに断片的すぎて、資料室のファイルでしか事件を知らないウィリアムには、暗号以外の何物でもない。

「だから、なんだよ?」
「上着の下の銃に、弾は入ってるんだろうね?」
「…入ってるよ」
「キミ、銃の腕前は?」
「Aダッシュ」
「まぁまぁか。…キッド君、ちょっと銃撃戦を覚悟してた方が良いかもよ」
「なんだよ、いきなり」

 しかしロイは、それ以上なにも答えてはくれなくなってしまい、ウィリアムは仕方なく、憮然としたままで助手席に座っている他なかった。




 倉庫街の側でロイとウィリアムは車を降りた。

「おい、いくらなんだって、こんな場所で主任を捜すのは無理じゃないか?」
「場所の見当はついてるよ」

 簡単に答えて、ロイは先に歩き出す。
 その後を追って、ウィリアムはロイの隣に並んだ。
 資料室でなにかを見つけてから、ロイの態度は一貫して苛立っているようにみえる。
 いろんな事を訊ねたいと思う反面、なにを訊ねても答えては貰えないような気がして、ウィリアムは黙ってロイについて行くしかなかった。

「ここだ」
「えっ?」

 足を止めたロイの前には、どうみても既に使われていないような廃屋じみた倉庫がある。

「ここが、なんだよ?」
「モンテカルロが使ってた倉庫さ」
「少しは説明しろよ。一体なんだって今さらモンテカルロが出て来るんだ? だいたい、なんだってアンタはそんな事を知ってるんだよ」
「僕は、あの家の本当の家族じゃない」
「えぇっ!?」
「やっぱり鍵がかかってる…。話をしてあげるから、静かについてきて。裏の窓から中に入るから」

 ロイは倉庫に正面から入れない事を確認すると、すぐに裏手へと回った。

「僕はね、リサの弟なんかじゃない。モンテカルロの所で飼われてたんだよ」

 ウィリアムの肩を借りて、少し高い位置にある埃で曇りきった窓を開き、中に潜入したロイが、今度はウィリアムを引っぱり込む。

「でも、アンタは今あの家にいるじゃないか」
「うん、それはね。モンテカルロの組織を壊滅させる為に僕がハリーに手を貸したのと、事件が解決した時、僕の精神が少しばかりイカレてて、罪を咎める事が出来ない状態だった所為だよ」
「イカレて?」
「そう。子供には刺激の強い世界だったからね。…でもリズが三歳の頃、マクミラン邸に立てこもった莫迦共がいてさ。その事件で僕は手を失った代わりに、頭が元に戻ったのさ」
「じゃあ、その義手が…」
「しー、居たよ。ハリーが」

 倉庫の一番奥にある、海に面した部屋から微かに明かりが漏れている。
 壊れてきちんと閉まらなくなっている扉の陰から伺い見ると、倒れたハリーの背中が見えた。

「…ダ、そいつがお前のパパを殺した…」
「…ん…、解ってる…だわ」

 ボソボソと聞こえる会話は、少し甲高い少女の声と、落ちついた男の声。

「…どうする?」

 ウィリアムは囁くような声でロイに訊ねた。

「思いの外、ヤツの影響力はもう残ってないんだな。昔の部下が、もう少しいると思ったケド…」
「もう少し?」
「うん、室内にヤツと話してる相手と、その他に二人くらいいそうだね」
「ヤツって、モンテカルロか?」
「十中八九そうでしょう。たぶん何人ものハリーを呼び出したのは、ハリーを油断させる為だろう。他の人の時は、町中でただ待ちぼうけを食わされただけなのに、今回だけはこんな人気のない倉庫に呼び出してるからね。…そんな事、彼女が思いつくワケないだろうし…」
「彼女?」

 ロイの言葉に、ウィリアムは思わず強い調子で訊ねてしまい、扉の所にいた部下が廊下に飛び出してきてしまった。
 咄嗟にウィリアムの口を押さえて空の木箱の陰に隠れたロイのおかげで、男は辺りを見回しただけで室内に戻っていく。

「大きな声、出さないでよ」
「まだなんか知ってるのかよっ」
「知ってるんじゃなくて、推測。まだそうだって決まったワケじゃないから、話したくないよ」

 ロイの態度には、どんなに問いつめても答えは貰えない事を伺わせるものがあり、ウィリアムは諦めるしかなかった。

「で、どうすんだ? 戻って、応援呼ぶか?」
「ヤツ等、たぶんハリーを本気で殺す気だ。そんなもの呼びに行ってたら、間に合わないよ。僕の方がこの倉庫の事を知ってるから、キミはここでスタンバイしてて。あの部屋にはもう一つ入り口があった筈だから、僕はそっちに回る。部屋の中の明かりを何とかして消すから、それを合図に飛び込んできて」
「う…ん…、まぁ、仕方ないだろう」
「僕が裏に回るまで少しかかるから、それまでに部屋の中のコト出来るだけ伺っておく事。それから、いつもの正義の心は抑え気味にね。一人で暴走したって僕はフォローしてあげないよ」
「解ってるよ。オマエなんか頼りにするモンか」
「じゃあね」

 ロイは身を屈めて、スルリといなくなった。
 ウィリアムは、目線を扉の方へと向ける。
 この場所からでは、どうにも位置が悪い。
 扉に近い木箱の方に移動して、そっと部屋の中を伺った。
 裸電球の暗い明かりだけが頼りの埃まみれの室内に、人の気配が四つか、五つ。
 床に転がされたハリーは、両手を後ろに回され手錠をかけられている。
 あまり動かないのは、抵抗をする気力がつきているのか、状況を見極めようとしているのか…?
「どうしたんだい? コイツを撃ち殺したからといって、罪に問われるような事には絶対させないよ。私がちゃんと国外に逃がしてあげる。さぁ、その引き金をひきなさい」

 少し近くに寄った事で、室内の会話が聞き取れるようになった。

「でも…」
「どうしたんだい? パパの仇をとるんだろう?」
「そ…れは、そう…なんだケド…」

 ハリーに向けられた銃口は、微かに震えているように見える。
 銃を握っているのは、少女のようだった。
 『暗くて、顔が良く見えねェな…』
少女の側に立っている格幅のいい男が、どうやらモンテカルロらしいとウィリアムは見当をつける。

「キミのパパの話をしただろう?」
「でも…、パパの事なんか、あたいはあんまり覚えてないんだよ」
「それは、この男の所為だよ。キミのパパが仕事を終えて、キミのママやキミの元へ戻る前に、コイツによって殺されてしまったんだからね」
「そ…うなの?」
「ああ、そうだよ。パパはキミの元へ帰るのを、それは楽しみにしていたんだから」

 銃の感触に震えていた手が、少女の決心によってちゃんと照準を定める事が出来るようになる。
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