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第四部:ビリー

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 リンダと別れた後、ウィリアムに送られて、定刻よりも少しばかり遅れて駅前の噴水にやってきたエリザベスと落ち合い、ロイはマクミラン邸に帰宅した。

「ハリー、ちょっと良い?」

 ロイに部屋を明け渡し、以前よりもこじんまりとした書斎で書き物をしていたハリーは、開け放った扉をノックして入ってきたロイに、少し驚いた顔を向けた。

「珍しいね、キミの方から話があるなんて」
「話…というか、質問…だけど。今、良い?」

 ロイはハリーの手元の書類に目をやり、確認をするように首を傾げる。

「ああ、うん。構わないよ。僕の方も、ちょっと話したいし」

 書類を簡単に片づけて、ハリーはロイに椅子を勧めた。

「じゃあ、キミの話を先に聞こうかな。…どうせ、今夜遅くなったコトのお咎めだろ?」
「うん、まぁ、そうだ」

 ほんの少し気まずそうに頷くハリーに、ロイは思わず苦笑いを浮かべる。

「キミもホント、変わらないね。最初に会った時から、人の好いまんまだよ。あんな、ヤバイ商売してるってのにさ」
「なんだよ、それ」
「怒るなよ。褒めてるんだから」
「どこがっ。…全くキミの方こそ全然変わってないね。僕はこれでも人の親になって、少しは人間的に成長したつもりだよ」

 ふいっと顔を背けるハリーに、ロイは呆れた顔をする。

「それのドコが成長した態度なの? 僕に言わせれば、リズが大きくなるに連れ、キミの子煩悩は拍車がかかってるよ? それはともかく、今夜のコトは謝るよ。連れ出した僕の責任だからね」
「まぁ、キミがついていれば大丈夫だとは思うケド…。キミが遅くなるとリサがとても心配するんだ。僕にとってのリズ以上に、リサにとってキミは子供だからね」

 ロイはやれやれといった顔で肩をすくめた。

「そのようで。…僕の知らない母親の愛を、リサが存分に注いでくれてるってコトにしとくさ」

 ニイッと笑ってみせるロイに、ハリーは真剣な眼差しを向ける。

「…迷惑…かい?」
「いーや、別に。こんな風に半端なコトしか出来ない僕にとって、キミとキミの家族は本当にありがたいよ。僕の態度がそう見えないのは、僕の根性が曲がってる所為さ。そうだろう?」
「…ロイ…」

 ますます不安な顔をするハリーに、ロイは困ったように肩を竦めた。

「…この話、やめない? 僕の質問が出来なくなっちゃうから」
「…う…ん…。解った、じゃあ、また今度ね」

 渋々承知するハリーに、ロイはもう一度ニイッと笑ってみせる。

「じゃあ、僕の質問をさせてもらう」
「なんだい?」

 改めて座りなおし、ハリーはロイを促した。

「キミ、浮気したコトある?」
「はぁ?」

 唐突な質問に、ハリーは間抜けな返事しか出来なかった。

「浮気だよ、浮気。隠し子でも良いケド」
「…ロイ…、何が言いたいの?」

 ほんの少し、ハリーは真面目に怒っているような顔をしている。

「ああ、いや…。身に覚えがないなら、別に…」
「身に覚えも何も、僕はリサを愛してるよっ! 誰より一番っ!」

 言葉に出して、ハリーは見る間に耳まで赤く染めたけれど、それでも真剣な顔でロイを睨んでいる。

「解ってるよ。…僕だってね、それぐらいのコトは解ります。だいたいキミにそれほどの甲斐性があるなんて、これっちびも思っちゃいないケド。単に確認したかっただけなんだから、そんなに怒らないでよ」
「へっ?」

 呆然となっているハリーをおいて、ロイは立ち上がった。

「それじゃ、ありがとう」
「ちょ…ちょっと待ってっ。…ロイッ、どういう意味だよっ!」

 慌てて立ち上がり、部屋を出ていったロイの後を追うハリーの前で扉が閉じた。

「甲斐性って、それ、どういう意味だよっ」

 虚しく叫んだハリーの前には、ただ冷たく扉が閉じている。

「なんなんだよ、もう…」

 仕方なく机に戻りかけたハリーの後ろで、不意に再び扉が開いた。

「あぁ、そうそう。これも言っとかなくっちゃ。娘が大事なのも解るケド、彼女も一人の人間なんだよ。可愛がるのと束縛するのは違うってコト、ちゃんと解ってるんだろうね? いつかはお嫁に行っちゃうってコト、肝に銘じておかないと後で泣くのは自分だよ。じゃね」
「ロ…ッ」

 振り返った時にはすでに扉は閉じていて、ただ部屋を離れていく軽い足音だけが聞こえてくる。

「だからっ! なんなんだよっ、ロイッ」

 もう一度、ハリーは扉に向かって虚しい叫びをぶつけた。
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