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第三部:エリザベス
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取り残されたハリーは仕方がなくリビングを出て、指定された踊り場へと向かう。
「聞こえるか、パーマー。私だ」
呼びかけに応じて、男が顔を出す。
「光栄だな、グレイス刑事。俺の名前を、覚えていてくれたとはな」
男は、ハリーをアレックスだと認識したらしく、左の腕にリサを抱え右手に持った銃を彼女のこめかみに当てた格好で、階段の最上段まで姿を現した。
「私が来たんだ。もう人質の必要は無いだろう?」
「コイツは、人質とは別に大事な役があるんだ。放す訳にゃ、いかないぜ」
「人質がいなければ、私と対等に話す事も出来ないのか? とんだ腰抜けだな」
相手を刺激したくはない。
しかし、今の自分はアレックスになりきらなければならない。
冷徹と言われた、容赦のなさ。傲慢と呼ばれた、媚びない態度。署内において、検挙率と同時に犯人を射殺する確率が一番高いと評された男。それが、アレックスだった。
アレックスならば、パーマーのような犯罪者に対して、まず絶対折れたりしないだろう。
そして、そういう態度を崩さないアレックスを跪かせる事が、パーマーの目的の一つだと判っているから。
「相変わらずだな、グレイスさん。でも、あんまり調子こいてると、可愛い妹さんが泣きを見るぜ? 俺が見たいのは、アンタが泣きを入れて命乞いをするところだ」
「ならば、子供を解放しろ。おまえに必要なのは、私とリサだけなのだろう?」
「覚えてるか? アンタは最初、俺の足をブチ抜いた。俺に駆け寄った弟は、アンタに脳ミソブッ飛ばされて死んじまった。だからアンタには、まず最初に俺からのお礼をしてやるぜ」
パーマーは、リサに向けていた銃口をハリーの方へ向けると、狙いを定めて銃爪を引いた。
室内に響く轟音。右足を撃ち抜かれて、ハリーはクルリと身体を半回転させながら、その場に蹲ってしまった。
「やめてっ! もうやめてっ!」
泣き叫ぶ、リサの声。
いかにも満足げな、パーマーの嘲笑。
「そこで、ゆっくり見学してなっ。可愛い妹さんが、男にたっぷり可愛がられて喘ぐところをな」
「やめてぇ!」
リサの悲鳴が、ただ虚しく響いた。
一方、ハリーと別れて屋根に登ったロイは、二年の空白を思わせない身のこなしで、二階の窓から屋内に入った。
通りすがりの鏡に気付き、ふと足を止める。
しばし考えるような顔つきをした後、ロイはそこにあったハサミを手に取った。
「うん、これくらいかな…」
鏡の裏の棚を物色し、見つけたヘアフォームを掌に取る。
櫛を使って整えた後、リサの物とおぼしきパウダーを髪に振った。
「ヴァレンタインにしちゃ、少しチビかな?」
自嘲気味に笑ってから、ロイは改めて鏡の中の自分に目を向けた。
ハリーに言った程、冷静な訳では無い。
屋内にハリーが入って来た、あの瞬間。無様な程、動揺した。
胸の奥が痛くなる程、鼓動が早まり、握りしめた掌に、冷たい汗をジットリとかいて。
それでも、ロイが気を取り戻せたのは、無意識のうちに賊と乱闘になった時の、腹に受けた傷のおかげだった。
今も、じんわりと出血しているその傷の痛みが、意識を現実に繋ぎ止めてくれている。
「僕がまだ生きている理由って、なんだろうねェ?」
語りかけても、鏡の中のアレックスは決して答えてはくれない。
それもまた、痛いほど解っているから。
「勝手に、納得させてもらうからね」
逝ってしまったアレックスの代理には、なれないかもしれないけれど。でも、ささやかな力になれる部分があるのなら…。
ロイは鏡から視線を外し、隣室への扉に向かう。
ノブに手をかけたまま、ロイは動きを止めた。
「…マリファナ…かな?」
フワリと香った煙りに気付き、ロイは口元に笑みを刷いた。
「莫迦だね…、仕事中に…」
ノブを握る手に力を込め、ロイは扉を開け放った。
室内の人間は、何事かとこちらに振り返る。
四人の賊は、自分達が有利に立ち回れるただ一つの存在を思い出す事さえ出来ずに、ただ闇雲に侵入者に殴りかかり、そしてのされてしまった。
「莫迦もここまで来ると、可愛いよねェ」
細い麻縄でがんじがらめに縛り上げられ、部屋の隅で震えていた少女に向かって、ロイがニッコリと笑いかける。
「今、自由にしてあげる。でも、まだ怖いオジサンがいるから、声を出しちゃいけないよ」
少女が頷くのを確認してから、ロイは彼女に填められているくつわと麻縄を解いてやった。
「大丈夫?」
「…ロイ…なの?」
目の前にいる青年は、いつもとは違う雰囲気をまとっていて、少女を不安にしてしまう。
「そうだよ。…でも、キミには初めましてだね」
腰を落とし、目線の高さを合わせてから、ロイは改めて少女に笑いかけた。
「こんにちわ、エリザベス。…キミの知ってるロイは居なくなってしまったけど、でも、同じロイだよ。よろしくね」
安心させるように頬に触れて、ロイはエリザベスを柔らかなソファの上に座らせた。
そのロイの態度に安堵したのか、少女はしっかりと抱きついてくる。
「うん、怖かったね。このオジサン達は、もう動けないようにしておくから、もう少しこのお部屋に隠れているんだよ」
ロイは、手近にあったガムテープを賊の口に貼り付けてから、再び少女の頭をそっと撫でた。
「あ…の…」
ようやく気持ちの落ちついたエリザベスが、なにかを言おうと口を開いた時。
家中に響きわたるような轟音と共に、リサの悲鳴が聞こえてきた。
「おっと、こうしてる場合じゃなさそうだ」
震える手でロイの服を掴んだまま、ジッと不安な顔を向けている少女の手を解き、ロイはもう一度エリザベスの頭に手を置いた。
「大丈夫。怖いオジサンは、スグにやっつけてあげるよ」
フワフワと柔らかい金糸の髪を撫でてから、ロイは廊下へと繋がる扉に向かう。
開いた隙間から、リサとパーマーの背中が見えた。
その向こうにいるハリーの様子は見えないが、リサの様子からは撃たれた事を伺いしれる。
パーマーがリサの襟に手をかけて、白いブラウスを二つに引き裂いた。
露になった白い肌に、男の顔がだらしのない笑みに崩れる。
ロイはわざと音を立てて、扉を大きく開け放った。
「おい、ずいぶん楽しそうじゃないか?」
背後からかけられた声に、振り返ったパーマーの顔が驚愕に歪む。
「な…っ!」
一瞬の隙を逃さず、ロイは男の顔面に一撃を見舞った。
そのまま壁まで飛ばされて、パーマーはまるで木偶人形のようにグニャグニャと床にへたりこむ。
「な…んで、グレイスが…」
「アンタ、近眼なんじゃない? 僕は、グレイスじゃないよ」
目を見開くパーマーのみぞおちに、ロイの蹴りが決まった。
「大丈夫だった?」
驚きのあまりそこに座り込んだ格好で、引き裂かれたブラウスの前をかき合わせているリサの瞳が、もっと深い驚愕に見開かれる。
「…ロイ…なの…?」
「親子揃って、同じコト言わないでよね」
「記憶が…、戻ったの?」
「今度は旦那さんとお揃い」
茶化すように答えて、ロイは肩を竦めてみせた。
「どうして…?」
「さあ、そんな事は僕にだって解らないよ。ただ、賊が侵入してきた時、無意識のうちに抵抗したみたいだね。僕の一番新しい記憶は、ガラスで切れた傷が痛いってトコロからだから」
止血をしている白い布地が、ジワジワと赤く染まっている。しかしロイは、そんなものなど気にならないと入った風に笑んで、チラリと目線を階下に向けた。
「でも、僕より旦那サンの心配をした方が良いと思うよ? 早く応急手当と、痛みの止まるキスの一つもしてあげたら」
促され、リサは顔を赤らめながら慌てた様子で踊り場に倒れているハリーの元に駆け寄った。
「あなた、大丈夫?」
「アハハ…、やっぱり、バレてた?」
「当たり前よ。…あんまり真似が上手いから、驚いちゃったわ」
リサに助け起こされ、立ち上がったハリーはふと顔をロイの方へと向けた。
「ロイッ! 後ろっ!」
夫の声に、リサもハッとなって顔を上げる。
そこには、意識を無くしていた筈のパーマーが、落とした銃を拾い上げ、怒りも露にロイに向かって発砲しようと構えていた。
「…っ!」
次の瞬間、銃口を避けると思ったハリーの予想とは裏腹に、ロイは銃口に向けて手を伸ばした。
もみ合う二人に、ハリーは思わず駆け寄ろうとして、バランスを崩す。
支えていたリサは、夫の体重を支えきれずに倒れてしまった。
響きわたる銃声。
顔を上げたハリーの目の前に、ゴロゴロとパーマーが転がり落ちてきた。
「ママッ! ロイがっ!」
続いて上がったエリザベスの悲鳴に、ハリーはようやくロイの行動の意味を理解した。
パーマーの構えた対角線上に、部屋から出てきたエリザベスが居たのだ。
ロイは、少女を庇う為に敢えてパーマーと向き合ったのである。
「ママッ! 死んじゃうわっ! ロイが死んじゃうっ!」
「…死なないよ…。大丈夫、だから…」
泣き叫ぶエリザベスに、自分の左手を抱くようにしてしゃがみ込んでいるロイが、か細い声で答える。
「ロイッ!」
慌てて駆け寄ったリサに対して、ロイは顔を上げ笑みを向けたが、そのまま仰け反るようにして倒れ、意識を失ってしまった。
「ロイッ!」
仰向けに倒れたロイの投げ出された左手は、銃弾によって手首から先が粉々に砕け散っていた。
「聞こえるか、パーマー。私だ」
呼びかけに応じて、男が顔を出す。
「光栄だな、グレイス刑事。俺の名前を、覚えていてくれたとはな」
男は、ハリーをアレックスだと認識したらしく、左の腕にリサを抱え右手に持った銃を彼女のこめかみに当てた格好で、階段の最上段まで姿を現した。
「私が来たんだ。もう人質の必要は無いだろう?」
「コイツは、人質とは別に大事な役があるんだ。放す訳にゃ、いかないぜ」
「人質がいなければ、私と対等に話す事も出来ないのか? とんだ腰抜けだな」
相手を刺激したくはない。
しかし、今の自分はアレックスになりきらなければならない。
冷徹と言われた、容赦のなさ。傲慢と呼ばれた、媚びない態度。署内において、検挙率と同時に犯人を射殺する確率が一番高いと評された男。それが、アレックスだった。
アレックスならば、パーマーのような犯罪者に対して、まず絶対折れたりしないだろう。
そして、そういう態度を崩さないアレックスを跪かせる事が、パーマーの目的の一つだと判っているから。
「相変わらずだな、グレイスさん。でも、あんまり調子こいてると、可愛い妹さんが泣きを見るぜ? 俺が見たいのは、アンタが泣きを入れて命乞いをするところだ」
「ならば、子供を解放しろ。おまえに必要なのは、私とリサだけなのだろう?」
「覚えてるか? アンタは最初、俺の足をブチ抜いた。俺に駆け寄った弟は、アンタに脳ミソブッ飛ばされて死んじまった。だからアンタには、まず最初に俺からのお礼をしてやるぜ」
パーマーは、リサに向けていた銃口をハリーの方へ向けると、狙いを定めて銃爪を引いた。
室内に響く轟音。右足を撃ち抜かれて、ハリーはクルリと身体を半回転させながら、その場に蹲ってしまった。
「やめてっ! もうやめてっ!」
泣き叫ぶ、リサの声。
いかにも満足げな、パーマーの嘲笑。
「そこで、ゆっくり見学してなっ。可愛い妹さんが、男にたっぷり可愛がられて喘ぐところをな」
「やめてぇ!」
リサの悲鳴が、ただ虚しく響いた。
一方、ハリーと別れて屋根に登ったロイは、二年の空白を思わせない身のこなしで、二階の窓から屋内に入った。
通りすがりの鏡に気付き、ふと足を止める。
しばし考えるような顔つきをした後、ロイはそこにあったハサミを手に取った。
「うん、これくらいかな…」
鏡の裏の棚を物色し、見つけたヘアフォームを掌に取る。
櫛を使って整えた後、リサの物とおぼしきパウダーを髪に振った。
「ヴァレンタインにしちゃ、少しチビかな?」
自嘲気味に笑ってから、ロイは改めて鏡の中の自分に目を向けた。
ハリーに言った程、冷静な訳では無い。
屋内にハリーが入って来た、あの瞬間。無様な程、動揺した。
胸の奥が痛くなる程、鼓動が早まり、握りしめた掌に、冷たい汗をジットリとかいて。
それでも、ロイが気を取り戻せたのは、無意識のうちに賊と乱闘になった時の、腹に受けた傷のおかげだった。
今も、じんわりと出血しているその傷の痛みが、意識を現実に繋ぎ止めてくれている。
「僕がまだ生きている理由って、なんだろうねェ?」
語りかけても、鏡の中のアレックスは決して答えてはくれない。
それもまた、痛いほど解っているから。
「勝手に、納得させてもらうからね」
逝ってしまったアレックスの代理には、なれないかもしれないけれど。でも、ささやかな力になれる部分があるのなら…。
ロイは鏡から視線を外し、隣室への扉に向かう。
ノブに手をかけたまま、ロイは動きを止めた。
「…マリファナ…かな?」
フワリと香った煙りに気付き、ロイは口元に笑みを刷いた。
「莫迦だね…、仕事中に…」
ノブを握る手に力を込め、ロイは扉を開け放った。
室内の人間は、何事かとこちらに振り返る。
四人の賊は、自分達が有利に立ち回れるただ一つの存在を思い出す事さえ出来ずに、ただ闇雲に侵入者に殴りかかり、そしてのされてしまった。
「莫迦もここまで来ると、可愛いよねェ」
細い麻縄でがんじがらめに縛り上げられ、部屋の隅で震えていた少女に向かって、ロイがニッコリと笑いかける。
「今、自由にしてあげる。でも、まだ怖いオジサンがいるから、声を出しちゃいけないよ」
少女が頷くのを確認してから、ロイは彼女に填められているくつわと麻縄を解いてやった。
「大丈夫?」
「…ロイ…なの?」
目の前にいる青年は、いつもとは違う雰囲気をまとっていて、少女を不安にしてしまう。
「そうだよ。…でも、キミには初めましてだね」
腰を落とし、目線の高さを合わせてから、ロイは改めて少女に笑いかけた。
「こんにちわ、エリザベス。…キミの知ってるロイは居なくなってしまったけど、でも、同じロイだよ。よろしくね」
安心させるように頬に触れて、ロイはエリザベスを柔らかなソファの上に座らせた。
そのロイの態度に安堵したのか、少女はしっかりと抱きついてくる。
「うん、怖かったね。このオジサン達は、もう動けないようにしておくから、もう少しこのお部屋に隠れているんだよ」
ロイは、手近にあったガムテープを賊の口に貼り付けてから、再び少女の頭をそっと撫でた。
「あ…の…」
ようやく気持ちの落ちついたエリザベスが、なにかを言おうと口を開いた時。
家中に響きわたるような轟音と共に、リサの悲鳴が聞こえてきた。
「おっと、こうしてる場合じゃなさそうだ」
震える手でロイの服を掴んだまま、ジッと不安な顔を向けている少女の手を解き、ロイはもう一度エリザベスの頭に手を置いた。
「大丈夫。怖いオジサンは、スグにやっつけてあげるよ」
フワフワと柔らかい金糸の髪を撫でてから、ロイは廊下へと繋がる扉に向かう。
開いた隙間から、リサとパーマーの背中が見えた。
その向こうにいるハリーの様子は見えないが、リサの様子からは撃たれた事を伺いしれる。
パーマーがリサの襟に手をかけて、白いブラウスを二つに引き裂いた。
露になった白い肌に、男の顔がだらしのない笑みに崩れる。
ロイはわざと音を立てて、扉を大きく開け放った。
「おい、ずいぶん楽しそうじゃないか?」
背後からかけられた声に、振り返ったパーマーの顔が驚愕に歪む。
「な…っ!」
一瞬の隙を逃さず、ロイは男の顔面に一撃を見舞った。
そのまま壁まで飛ばされて、パーマーはまるで木偶人形のようにグニャグニャと床にへたりこむ。
「な…んで、グレイスが…」
「アンタ、近眼なんじゃない? 僕は、グレイスじゃないよ」
目を見開くパーマーのみぞおちに、ロイの蹴りが決まった。
「大丈夫だった?」
驚きのあまりそこに座り込んだ格好で、引き裂かれたブラウスの前をかき合わせているリサの瞳が、もっと深い驚愕に見開かれる。
「…ロイ…なの…?」
「親子揃って、同じコト言わないでよね」
「記憶が…、戻ったの?」
「今度は旦那さんとお揃い」
茶化すように答えて、ロイは肩を竦めてみせた。
「どうして…?」
「さあ、そんな事は僕にだって解らないよ。ただ、賊が侵入してきた時、無意識のうちに抵抗したみたいだね。僕の一番新しい記憶は、ガラスで切れた傷が痛いってトコロからだから」
止血をしている白い布地が、ジワジワと赤く染まっている。しかしロイは、そんなものなど気にならないと入った風に笑んで、チラリと目線を階下に向けた。
「でも、僕より旦那サンの心配をした方が良いと思うよ? 早く応急手当と、痛みの止まるキスの一つもしてあげたら」
促され、リサは顔を赤らめながら慌てた様子で踊り場に倒れているハリーの元に駆け寄った。
「あなた、大丈夫?」
「アハハ…、やっぱり、バレてた?」
「当たり前よ。…あんまり真似が上手いから、驚いちゃったわ」
リサに助け起こされ、立ち上がったハリーはふと顔をロイの方へと向けた。
「ロイッ! 後ろっ!」
夫の声に、リサもハッとなって顔を上げる。
そこには、意識を無くしていた筈のパーマーが、落とした銃を拾い上げ、怒りも露にロイに向かって発砲しようと構えていた。
「…っ!」
次の瞬間、銃口を避けると思ったハリーの予想とは裏腹に、ロイは銃口に向けて手を伸ばした。
もみ合う二人に、ハリーは思わず駆け寄ろうとして、バランスを崩す。
支えていたリサは、夫の体重を支えきれずに倒れてしまった。
響きわたる銃声。
顔を上げたハリーの目の前に、ゴロゴロとパーマーが転がり落ちてきた。
「ママッ! ロイがっ!」
続いて上がったエリザベスの悲鳴に、ハリーはようやくロイの行動の意味を理解した。
パーマーの構えた対角線上に、部屋から出てきたエリザベスが居たのだ。
ロイは、少女を庇う為に敢えてパーマーと向き合ったのである。
「ママッ! 死んじゃうわっ! ロイが死んじゃうっ!」
「…死なないよ…。大丈夫、だから…」
泣き叫ぶエリザベスに、自分の左手を抱くようにしてしゃがみ込んでいるロイが、か細い声で答える。
「ロイッ!」
慌てて駆け寄ったリサに対して、ロイは顔を上げ笑みを向けたが、そのまま仰け反るようにして倒れ、意識を失ってしまった。
「ロイッ!」
仰向けに倒れたロイの投げ出された左手は、銃弾によって手首から先が粉々に砕け散っていた。
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