Marionette -マルチメイド編-

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Scene.21

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 本人も言っていたけど、マリオネットは眠らないし、気を失ったりもしない。
 でも俺の腕の中で身を横たえている柊一は、両目を閉じたままだった。
 物寂しい陰に縁取られているその貌はとても綺麗で、俺はベッドサイドの明かりを頼りに、ずっとその横顔を見つめていた。
 すると…
「俺には感情はないって思ってた」

 唐突に柊一の声がしてちょっと「?」マークが脳内を飛び交ったけど。
 俺は何も聞き返さず、先を促した。

「…どうして?」
「味に、好みがないのと同じように、俺には感情はないと思ってた。マリオネットが感情を持っているなんて、有り得ないし」
「…それで?」
「なのに今日処置室から連れ戻された時、ハルカがいるのを見たら、ドキドキしたんだ」
「ドキドキ?」
「嬉しかった……と思う。他に説明のしようがねェし」

 柊一の言葉に驚きすぎて、俺の方がドキドキしてきてしまう。

「でも、俺は、柊一サンが待ってた前のオーナーじゃないんだよ…?」
「解ってる。それでも嬉しかった。あそこでハルカの顔を見るまで俺は、ハルカはもう俺がいらないと思ってたんだ」
「ええっ? だって……柊一サンは最初から俺なんて、必要なかったんでしょ?」
「最初はそう思ってた。けど、ハルカが帰ってこない間どうしていいか解らなくなって……ハルカが帰ってきた時にすごくホッとした。きっとあの時にはもう、俺にはハルカが必要になってたんだ…。けどハルカは俺に、松原サンに着いていけって言っただろ。だからハルカにはもう俺は不必要なんだなって、思って…」
「それは…っ……俺は柊一サンの望みは、前のオーナーの所に戻ることだと思ってたから!」
「俺もずっと、俺を一番必要としているのはレンなんだって、思ってた。だからレンの所に帰らなきゃって、ずっとそれだけを考えてた……。でも本当は知ってたんだ。レンは俺が必要だったんじゃなくて、俺はレンが好きだったやつの身代わりだったってこと」

 柊一が俯くと、顔を縁取る陰が深くなる。

「でもハルカは………本当のことを知ると俺が傷付くと思って、何も言わなかったんだろ」
「いやそれは…っ」

 顔を上げた柊一は、あの少年のような顔で笑ってみせる。

「だけど俺はマリオネットだぜ。何があっても傷ついたりしないんだ」
「それってつまり、俺が柊一サンに何も言わなかったのは無意味なことで、俺はやっぱり間違ってたってこと?」

 ガックリと落ち込みそうになった俺に向かって、柊一は静かに首を振った。

「ハルカの無意味な気遣いは、俺にとっては、無意味じゃなかった」
「それ…どういう意味?」
「レンは失ってしまった友人の代わりが欲しくて、俺を造った。俺にとってその義務は解りやすかったし、義務を果たしてレンと過ごした時間は有意義だったと思ってる。でもハルカは俺にそういう義務を何も押し付けなかったから、俺はハルカがどんなに俺を気遣ってくれているのかが解らなくて、つけあがっていた」
「つけあがる? 柊一サンが?」
「ハルカが俺を気遣ってくれたのは、俺を必要としてくれてたからだろう? 俺はマリオネットなんだから、必要としてくれる人間に奉仕するのが当たり前だったのに……。俺を必要としてくれる人間が、俺にとっても必要な相手なんだ。ハルカが帰ってこなくなって、俺はようやく自分が間違っていた事に気付いた」

 柊一は手を伸ばすと、指先で俺の頬に触れて、まるで輪郭まで愛しむみたいにゆるゆると辿る。

「処分場で処理室に入れられた時、俺はずっとハルカの事を考えていた。そうまでして俺を大事にしてくれたハルカに、最後に何も言えずに消えるんだと思ったら……すごく悔しくて………」

 スルンっと白い腕が解けて、柊一は身体を起こすと俺の口唇に自分のそれを重ね合わせてくる。

「だからもし、もう一度だけハルカに会えたら御礼が言いたいって思ってて…」
「俺は、てっきり柊一サンが淋しい夜を紛らわす為に、俺を誘ってきたのかと思ってた」
「淋しい? そんなコト有るワケ無いだろう? 俺はマリオネットなんだから」

 窘められて、なんとなく納得が出来なかったけど。
 でも俺の腕の中でクスクス笑いながらはしゃぐ柊一に、すぐにもそんな事はどうでも良くなる。

「柊一サン、明日は6時に起こして。スタジオに朝一で行くって、マツヲさんと約束しているから」
「解った」

 キスを求めると、柊一の唇も俺を求めて、さりげない仕草で応じてくれる。
 その柔らかな感触と柊一の綺麗な笑顔を抱きしめて、俺は幸せな気分で目を閉じたのだった。



 翌朝、柊一はきっかり6時に俺を起こしに来た。
 もちろん朝食の用意はばっちり調っていたし、室内もすっかりきちんと片付けられている。
 食事を済ませて家を出て、地下鉄の駅に向かっていた俺のポケットの中で携帯が鳴り出した。

「はぁい?」
「あー! 良かった! ようやく繋がった!」
「カズヤ? どうしたんだよ」
「どーもこーもないだろ! 昨日アレからどうなったんだよ!? ハルカもマツヲさんも戻ってこないから、コッチはなにも進んでないよ!」
「うええ? だってマツヲさんは俺を自宅に送り届けた後、スタジオ行くって言ってたぜ?」
「来てないって! しかもマツヲさんもハルカも携帯の電源切ってて全然繋がらないし!」
「ご……ごめん………」

 どうやらマツヲさんは、俺を送り届けた後に気が変わったのか、はたまた最初から確信犯だったのか、あのままバッくれ逃亡してしまったらしい。
 メインギタリストが欠けたのも現場には充分迷惑なことだろうに、プロデューサーまでトンズラしてしまっては仕事が進行するはずもない。

「マツヲさんの固定電話には連絡したの?」
「番号知ってるの、ハルカだけじゃん!」
「………スミマセン」

 他に台詞もない。

「とにかく、コッチは出来るだけの事してるけど、二人ともいなくちゃどうにもならないんだから! ハルカが責任持ってなんとかしてよ!」
「はい、了解しました」

 カズヤとの通話が切れた後、俺は慌ててマツヲさんの家に電話を入れる。

「はい! マツヲです!」

 1回目のコールが終わるか終わらないかで、いきなりモノスゴイデカイ声に応対されて、俺は一瞬携帯を取り落としそうになった。

「も………もしもし?」
「はい! こちらマツヲの自宅です! ご用件は?!」

 受話器の向こうにいるのはサムらしい。
 朝っぱらだというのに、テンション張りまくりのトップ・ギアで、いくらマリオネットだってこれはちょっとスゴ過ぎる。

「あ…サム君? あの、俺、神巫ですけど………」
「はい! 神巫さん! ただいま主人のマツヲ様はお取り込み中につき、僕がご用件をお伺い致します! どうぞ!」
「ああ、やっぱりお取り込み中なのね………」

 なんとなく様子が想像出来て、脱力する。

「ご用件は!」
「…あのさぁ、お伺いは良いけど、お取り次ぎはして貰えるの?」
「いいえ! お取り込み中なのでお取り次ぎは出来ません! お伺いして、後ほどお伝え致します!」
「お取り込みが済むまでは誰も取り次ぐなって?」
「はいい! 用件が緊急レベルでない場合以外は、お取り次ぎ出来ません!」
「そう………」

 マツヲさんにとっての ”緊急” がどの辺なのかは別にして、この場合どう頑張っても外部からマツヲさんを引っ張り出すのは難しいだろう。
 やっぱり、ココはサムに手伝って貰うしかないな。

「サム君さぁ、マツヲさんの事をスタジオまで持ってきてくれない?」
「緊急以外はお取り次ぎ出来ません!」
「取り次がなくて良いよ」
「お取り次ぎはしなくても良い?」
「そう。起こす必要もないから。ただ、サム君がマツヲさんを持ってスタジオまで来てくれるだけ。解る?」
「解りました!」

 鮨職人もタジタジな超威勢の返事に俺は鼓膜をワンワンさせつつ、通話を切った。
 スタジオに到着すると、カズヤが目の下を真っ黒にして待ちかまえていた。

「マツヲさんは?」
「もうしばらくしたら、サム急便が届けてくれるよ」
「なにそれ?」
「つーかさぁ、オマエも昨日マツヲさんが戻ってこなかった時点で、帰れば良かったのに」
「それは後の祭りってヤツでしょ。とにかくマツヲさんの固定と、それからハルカの固定の番号も教えてよね! 今度からはそっちに掛けるから」
「あ、うん」

 俺は携帯を取り出すと、マツヲさんの固定電話の番号を探してカズヤに渡そうとして、着信履歴の中に<名称未設定>で残っている番号を見つけた。

「あ、コレ………かな?」
「えっと……03……の………?」

 俺の手元を覗き込みながら番号を登録するカズヤとは別に、俺はそのナンバーをジイッと見つめる。
 なんか見覚えのある番号なんだが………?

「あーーーーっ!」
「なんだよっ、いきなりデッカイ声出して!」

 俺の叫びにカズヤはたまげて飛び退いたが、俺にはカズヤに気を使う余裕もなかった。

「俺、ちょっと外で電話してるから!!」
「ちょ……っ、おいハルカ!」

 事情も説明しないで、俺は廊下へ飛び出した。
 初めて松原氏が俺を訪ねてきた日、俺の携帯にナンバーだけが表示されたナゾのコールがあった。
 あの時はてっきり慇懃無礼な弁護士からの催促電話だと決めつけて、俺はそのコールに大した注意も払わず、リターンコールもしなかったが。
 今ようやく気付いた、アレは自宅のナンバーだった。
 俺の部屋から俺のケータイにコールすることなどないと思っていたから、ケータイの名前登録には入れてなかったのだ。
 そして俺の固定電話からコールしてくる存在は、柊一以外には考えられない。
 俺はなんだか猛烈に焦りながら、今さら自宅にリターンコールした。

「はい、神巫です」
「柊一サン! 俺に電話した?」
「ハルカか?」
「うん、そう、俺!」
「何を言ってるんだ? 今、電話をしてきてるのはハルカの方じゃないか」
「違う、今じゃなくて。ずっと前の俺が全然家に帰ってなかった時に、柊一サン、俺に電話した?」
「…………したよ」
「何の用事だったの?」
「ハルカが、どうして帰ってこないのか、訊こうと思って……」
「それで、なんで一回きりでもう掛けてくるのやめたの?」
「着歴に気付けば、ハルカが俺と話をする気があるなら、そっちから掛けてくると思った。掛けてこなかったから、ハルカは俺と話がしたくないんだと思っていた」

 その時に柊一がどんな気持ちで俺に電話をしたのか考えると、俺はもういてもたってもいられないほどの後悔の念に苛まれてしまう。
 たった一度の柊一からのメッセージを受け取れなかった自分が、猛烈に腹立たしかった。

「ごめん!! ほんっとに俺はダメな奴だ!!」
「おいハルカ、どうしたんだよ?」
「だって俺、柊一サンからのコールだって今の今まで気付いてなかったんだ!」
「なんだ、そうだったのか」
「ごめんなさい。……ねェ、柊一サン。俺、お詫びになんかしたいよ」
「バッカ、マリオネットに気を使うヤツがあるか」
「でもそうしないと俺の気が済まないよ……。あ、そうだ。柊一サンのメモリーなんだけどさ」
「うん?」
「松原サン所で多聞サンの情報を書き込んだから、完結はしたかもしれないけど。やっぱりちぐはぐな部分がまだあるんでしょう?」
「まあな。レンの名前と顔は写真で見たけど。レンとのメモリーをロードしようとすると、やっぱりその時のレンの表情とか声とか欠落してるから……」
「メモリーをリセットしない? ちょっとお金かかるけど、今作ってるアルバムをリリースすれば、それぐらいは入ってくると思うんだ」
「メモリーは消去したくない」

 即答されて、俺は自分が全くバカげた提案をした事に気付き、後悔する。
 当たり前だ。
 俺は柊一と多聞氏との経緯やら多聞夫人の敵意なんて記憶は、柊一を傷つけるマイナス要素と思ってしまうが、柊一にしてみれば、前オーナーの記憶は一番大事な宝物だろう。

「………ゴメン。バカなコトを言ったね」
「そうだな、ハルカはホンモノの莫迦だ」
「………うん、よく解ったって」
「俺は、もうオーナーのコトを忘れるのなんて懲り懲りだ」
「だから、解ったってば」
「俺とハルカの間にあったことを、1つでも忘れるなんてイヤだ。それを忘れるぐらいなら、いっそ処分されたほうがいい」
「だから、解ったって……」

 言いかけて、俺は柊一の言葉の本当の意味に気付いて、ビックリしてしまった。

「柊一サン、それって……」
「ハルカが俺を必要としてくれてるって気付いたことが、俺には一番重要なんだ。このデータを処分されるぐらいなら、俺なんて存在する価値もない」
「俺、柊一サンがメモリーをリセットしたくないのは、多聞サンのデータを無くしたくないかと思ってた…」
「だからハルカは、ホンモノの莫迦だ」

 電話の向こうで、柊一は優しい声で……でもちょっと笑っているみたいな様子で答えた。

「俺のオーナーはハルカなんだろう?」
「だ………って、………いいの?」
「良いも悪いも、違うのか?」
「ち……違いません! 俺が正真正銘オーナーです!」
「じゃあメモリーはこのままで良い。システムの不具合くらいどうってことないし、情報としてオーナーライティングされたよりもっと、ハルカの事をオーナーと思える気がする」

 これを至福と呼ばずして、何が至福なモノか。

「他に、用件は?」
「ありません。留守をヨロシク」
「解った」

 通話を切って、柊一が想像以上に俺を想ってくれている事を知りすっかり有頂天になっていた俺の背後で、扉が開く。

「おはようございます!」

 威勢の良すぎる挨拶とともに、Tシャツ短パン姿のムキムキ男が目の前に飛び出してきて、暑苦しくも爽やかにニッコリ笑った。
 それだけでもかなりビビル光景だったが、挨拶を返すのも忘れてその場でフリーズしてしまったのは、サムの肩に毛布でミノムシみたいにされたマツヲさんが、まるでショッカーに拉致されてる民間人みたいな格好で背負われていたからだ。

「くぉら~~~サム~~! 放せええ~~~~い!」
「ちょっと~、ハルカ何騒いでるんだよ……あ、なんだ、サムか」

 騒ぎに気付いて室内から顔を出したカズヤは、その場の光景にビビル様子もなく、ただグル巻きのマツヲさんを見つけてニニイ~っと悪魔的に笑った。

「これでメンツが揃ったから、作業が再開出来るよ~。さっさと済ませようね~。俺も早くカミサンの顔みたいし。じゃあサム君、マツヲさんコッチに運んでくれる?」
「ハイ! 了解しました!」
「放ぁぁなせ~! 俺はうちでノリカちゃんとマリンちゃんに優しくしてもらうんじゃ~~~!」

 今さら気付いたのだが、俺を運命の恋人(=柊一)と引き合わせてくれたのは、マツヲさんそのヒトだ。
 だから恩人であるマツヲさんがこんな仕打ちを受けてる場合、助け船を出すのが義理なんだろうな、とは思うが……
やはり真っ当な社会人としては、公私混同はしない方がいいだろう。
 どうせ、仕事が終わった後に旨い酒の一つも奢ってあげればコロッとご機嫌が直ってしまう、マツヲさんなのだ。
 叫ぶマツヲさんを担いだサムに続いてカズヤがスタジオに入ったので、俺もその後に続き、メンバー揃って鋭意創作活動を始めるために、扉を閉めた。


*Marionette -マルチメイド編-:おわり*
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