上 下
3 / 3

03 心を殺して浮かべた聖女の笑顔

しおりを挟む
 私が聖女の影武者に選ばれた理由を知ったのは二十日後の事でした。

 その日まで私は大聖堂の奥で、聖女の影武者として聖女らしく振る舞うため過酷な訓練を課せられていました。
 貧民街に生まれ、学も無かった私ですが、それでも二十日もの間みっちりと仕込まれれば大抵の事は出来るようになっていました。

「うむ。見事な仕上がりだ」

 まるで物を見るようにベントがそう私を見て言いました。
 いいえ、最初からベントにとって私は人間ではなく物。
 使い捨ての聖女の影武者でしかないこてゃわかっていました。

「これで遠目なら聖女様と区別が付かないだろう」
「ありがとうございます」

 私は心の中の憤りを抑えて、表面上は聖女らしい笑顔を忘れないように意識しながらそう答えます。
 本物の聖女様とはあの後も何度か顔を合わす事はありました。
 ですが、その度に聖女様は私を汚らわしい物を見るような目で一瞥し、早足でお供の侍従たちと共に去って行くばかり。
 まともに言葉を交わす事は結局一度もありませんでした。

「それではこれからお前に影武者としての初任務について話そう」
「初任務ですか?」

 ベントから聞いた話によると、今日から十日後。
 国を挙げての女神アルテシア様を讃える催事が執り行われるという。
 本来ならその時に聖女様が国民全てに祝福を与えるという儀式が行われるのだが、今回その儀式を妨害する邪教団からの聖女を殺害するという声明文が届いたのだという。

「毎年同じような脅迫文は送られてきては秘密裏に処理して来たのだが、今年は不味い事にその文を聖女様に見られてしまったのだ」

 本来は陰ながら聖女を守り、毎年不埒な事を行おうとした者たちを秘密裏に処理してきたベント率いる暗部組織。
 その活動を知らない聖女は、今まで普通に様々な儀式を人前で行ってきたという。
 だが、今回その事を知られてしまった。

「今回の儀式から先。聖女様は絶対に表舞台には立ちたくないと仰られてな」

 それで聖女様に年格好が似ている物を影武者として表舞台に立たせ、裏の安全な場所で聖女様が力を行使するという方法を聖女様自身が考案なされたのだという。
 もし万が一、ベントたちが護衛に失敗しても、死ぬのは聖女の影武者である私であって聖女様自身は無事ですむ。
 あとは、聖女様は怪我をしたという理由でしばらく公務を休んでいる間に新しい影武者を用意する。
 そういう算段なのだそうな。

「お前のような貧民でも聖女様の役に立てるのだ。光栄に思うが良い」
「はい。私のような者が聖女様の身代わりになれるのなら、これ以上幸せな事はないでしょう」

 嘘だ。

 私はあんな聖女の代わりに命を落とすなど御免被りたい。
 だけど、私が断れば貧民街の皆が飢え死にしてしまうかもしれない。

 私は自らの心を殺し聖女の微笑みを浮かべ続けるしか無かったのでした。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(1件)

tanabatataiko
2021.05.08 tanabatataiko

え?これで完結ってどうゆう事?
続きはないの?

解除

あなたにおすすめの小説

コペンハーゲン

まんまるムーン
恋愛
高校生の斎藤花蓮は、同級生の中島弘人とよく目が合い、お互い気持ちが通じ合っていると思っていた。大学で上京して、何度か弘人と付き合うチャンスがありながらも何故か弘人は付き合いたくないと言う。それには二人の将来にまつわる重大な理由があった。夢の中で現在と未来が交錯し、絶縁状態だった親友や、母の知られざる秘密が解き明かされる中、自分自身に何の価値も見いだせなかった主人公が新たな自分に成長していくストーリー。

わたくし、今から義妹の婚約者を奪いにいきますの。

みこと。
恋愛
義妹レジーナの策略によって顔に大火傷を負い、王太子との婚約が成らなかったクリスティナの元に、一匹の黒ヘビが訪れる。 「オレと契約したら、アンタの姿を元に戻してやる。その代わり、アンタの魂はオレのものだ」 クリスティナはヘビの言葉に頷いた。 いま、王太子の婚約相手は義妹のレジーナ。しかしクリスティナには、どうしても王太子妃になりたい理由があった。 ヘビとの契約で肌が治ったクリスティナは、義妹の婚約相手を誘惑するため、完璧に装いを整えて夜会に乗り込む。 「わたくし、今から義妹の婚約者を奪いにいきますわ!!」 クリスティナの思惑は成功するのか。凡愚と噂の王太子は、一体誰に味方するのか。レジーナの罪は裁かれるのか。 そしてクリスティナの魂は、どうなるの? 全7話完結、ちょっぴりダークなファンタジーをお楽しみください。 ※同タイトルを他サイトにも掲載しています。

簡単!婚約破棄の対処術

斉木
恋愛
公爵家の令嬢アーリアが愛のない婚約を破棄されてざまぁする小説 ざまぁと短編が書きたかっただけのお話です。

男爵令嬢は伯爵令息に婚約破棄されましたが王太子に求婚されました。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。

薄幸の公爵令嬢は魔王の生贄にされましたが、ツンデレ魔王に溺愛されました。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。

悪役令嬢は小説を書いて稼ぎたい!!

csilacpass
恋愛
例によって婚約破棄された悪役令嬢は小説家として稼ぐことを目指すのだった

前世聖女な公爵令嬢は王太子から婚約破棄されたい。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。