19 / 21
第二章
19
しおりを挟む夜会は最近鉱山経営で成功をし、勢いづいているハイル伯爵家で行われるものだった。
ハイル伯爵家は我がアディソン家のライバルで、父が公爵家との婚姻で鉱山を欲しがっていたのはこの家の影響が大きい。
王子が私をエスコートする訳もなく、連れのいない私は静かに目立たないように会場に入った。
既に夜会は始まっていて、会場では華やかな装いの貴族達がダンスを踊っていた。
でも私はそんなものには目もくれずに、ロベルトの姿がどこにあるか探し始める。
今日のパーティーは参加者が多く、彼の姿をすぐに見つけるのは困難そうで私は静かにため息をついた。
………しかしいつもなら、ロベルトの周囲には沢山の令嬢達が集まるはず。
オマケに今は私という”悪女”に騙された可哀想なロベルトということで、余計に婚約相手の座を狙った令嬢に囲まれそうなのにそんな雰囲気もない。
私は会場の中にはいないのだろうと判断し、会場に隣接したテラスを見て回った。
肌寒い季節な上に、外はもう暗くテラスにはほとんど人がいない。
私は一つ一つ見て回ったが、半分諦めていて息を深くはいた。
………大体ロベルトに今更会って何ができるのだろう。
これだけ私に会おうとしないのだ。
相当怒っている。
落ち込みかけた私に違う自分が囁く。
………………………………でも諦めるわけにはいかない、でしょう???
”平民落ち”その言葉を思い出して私は奮い立った。
テラスに続く最後の扉を覗き込んだ。
冷たい風が吹いて来て、私は体を震わせる。
テラスに用意されたテーブルの前に一人の男性が座っていた。
その美しい横顔は他の誰でもない………ロベルトのものだった。
私は小さく息を吐き、足を進める。
彼に会う前にこんなにも緊張しているのは初めてだった。
まるで重い足枷をはめているかのように、足が進まない。
それでも私はロベルトの元へとたどり着いた。
彼に近づくと、ヒールの音に気がついたらしくロベルトは顔を上げた。
彼はひどい顔色をしていた。
顔の美しさは健在だが、やつれていて目の下にはクマがはっきりと見えている。
彼は私の姿を見てわかりやすく顔をしかめて、立ち上がろうとした。
しかしテーブルに広がっているのは全部酒のようで、完全に酔っている彼はふらついてまた座り込んだ。
「ロベルト様………」
私がそんな彼を支えるように背に手を当てると、彼は身をよじり私の手から自分の体を離した。
明らかな拒絶だ。
彼は眉根を寄せ、歯を食いしばっていた。
「………一体なんの用なんだ。ミラ・アディソン。毎日……毎日私の屋敷を訪れて…………」
「謝罪したかったのです!!!私あの日は、控え室にいらっしゃるロベルト様に飲み物をお持ちしようとしていました。その時運悪く同じドリンクをあの王子が手を伸ばしたのです。だから側にいたウェイターにグラスを持って来てもらって半分にし……乾杯でお酒を口にしてしまって………私………」
「………ミラ」
「はい、ロベルト様………」
「それは謝罪ではなく、弁明のような言い訳にしか聞こえないが???」
彼の声色は低く冷たかった。
以前のように楽しげで陽気な彼の影はどこにもない。
………私が………彼をこうしてしまったの………???
「もうお前の顔も見たくないんだ………。お願いだから屋敷にくるのもやめてくれ。私を付け回すのも今日で最後にして欲しい」
あの夜会の日、私はロベルトに”つけまわさないで”と言い放った。
その言葉が今、自分に返って来ていた。
「ロベルト様、ミラが悪いのです。全部ミラが………。ロベルト様をお慕いしていたのは本当です!!!あの日はお酒で王子に惹かれてしまったのは事実です。でも!!!もうロベルト様と一緒にいられないなんて、私には無理です!!!」
「………お前は私に愛していない、と言った。全て私の妄想だと」
「それは………「でもそれで良いのだ。私もお前を愛してなどいなかったのだから。………お前が気づかせてくれた。私の全てはマリーのためにあったのだ」
ロベルトは自嘲気味に笑った。
私はマリーという名前に顔を歪める。
マリーのせいで私は………私の家は不幸になった。
それなのに、”公爵家”のロベルトに愛されているマリーを見て私は許せなかった。
あの子に誰かに愛される権利なんてない。
人を不幸にしたくせに、自分が幸せになろうなんてことは許す訳にはいかなかった。
だから全部めちゃくちゃにしてやろうと思った。
実際彼女は平民に落ちた。
私は確かに失敗をしたけれど、その事実がある限り心は救われていた。
「それなのに………マリーは私をちっとも愛していない。………いつだってそうだ。婚約を破棄したら………もう既に他の男のものになっているなんて………」
「………???」
他の男のもの………???
その言葉に私は、ロベルトに見えないように笑みを浮かべた。
それならロベルトが永遠にマリーを追い続けることはない。
プライドの高い男は他の男の手がついた女を嫌うでしょう?
私の方にチャンスがある。
………バカなマリー。
平民に落ちて、まともな生活が送れなかったのか知らないけれど、あっさり平民と結婚するなんて。
「ロベルト様、私がマリーの代わりになりますわ! 髪を染めればマリーと雰囲気は似ますし、言動だって再現できます。私はロベルト様の傷ついたお心を労って差し上げたいのです」
その言葉にロベルトは目を見開いた。
………私の健気な心に感動したのかしら。
普通だったら、あんな汚らしい傷んだような髪色にはしたくないし、男勝りな言動だってお断りだ。
それでも彼のために、そう演技をしてあげようとしているのだ。
………ねぇロベルト、こんなにもあなたに尽くす令嬢が他にいて???
ロベルトはふらりと立ち上がった。
私は笑顔を浮かべて、彼の抱擁を受け入れる準備をした。
しかし彼は私を抱きしめるために立ち上がったのではなかった。
……………ビチャビチャビチャアアア
大量の液体が地面に落ち音を立てた。
私は何が起きているのか分からず、ただロベルトの顔を見上げた。
彼は冷たい視線で私を見つめながら、酒の入ったボトルを私の頭の上で逆さまにしていた。
髪もドレスもずぶ濡れで、アルコールの強い匂いが辺りに立ち込めた。
私はあまりの驚きに怒りさえ湧いてこず、立ち尽くすだけだった。
1
お気に入りに追加
1,080
あなたにおすすめの小説
(完)貴女は私の全てを奪う妹のふりをする他人ですよね?
青空一夏
恋愛
公爵令嬢の私は婚約者の王太子殿下と優しい家族に、気の合う親友に囲まれ充実した生活を送っていた。それは完璧なバランスがとれた幸せな世界。
けれど、それは一人の女のせいで歪んだ世界になっていくのだった。なぜ私がこんな思いをしなければならないの?
中世ヨーロッパ風異世界。魔道具使用により現代文明のような便利さが普通仕様になっている異世界です。
わたくし、残念ながらその書類にはサインしておりませんの。
朝霧心惺
恋愛
「リリーシア・ソフィア・リーラー。冷酷卑劣な守銭奴女め、今この瞬間を持って俺は、貴様との婚約を破棄する!!」
テオドール・ライリッヒ・クロイツ侯爵令息に高らかと告げられた言葉に、リリーシアは純白の髪を靡かせ高圧的に微笑みながら首を傾げる。
「誰と誰の婚約ですって?」
「俺と!お前のだよ!!」
怒り心頭のテオドールに向け、リリーシアは真実を告げる。
「わたくし、残念ながらその書類にはサインしておりませんの」
【完結】婚約者が好きなのです
maruko
恋愛
リリーベルの婚約者は誰にでも優しいオーラン・ドートル侯爵令息様。
でもそんな優しい婚約者がたった一人に対してだけ何故か冷たい。
冷たくされてるのはアリー・メーキリー侯爵令嬢。
彼の幼馴染だ。
そんなある日。偶然アリー様がこらえきれない涙を流すのを見てしまった。見つめる先には婚約者の姿。
私はどうすればいいのだろうか。
全34話(番外編含む)
※他サイトにも投稿しております
※1話〜4話までは文字数多めです
注)感想欄は全話読んでから閲覧ください(汗)
傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。
石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。
そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。
新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。
初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、別サイトにも投稿しております。
表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
婚約破棄をしてくれた王太子殿下、ありがとうございました
hikari
恋愛
オイフィア王国の王太子グラニオン4世に婚約破棄された公爵令嬢アーデルヘイトは王国の聖女の任務も解かれる。
家に戻るも、父であり、オルウェン公爵家当主のカリオンに勘当され家から追い出される。行き場の無い中、豪商に助けられ、聖女として平民の生活を送る。
ざまぁ要素あり。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる