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第二章

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 夜会は最近鉱山経営で成功をし、勢いづいているハイル伯爵家で行われるものだった。
 ハイル伯爵家は我がアディソン家のライバルで、父が公爵家との婚姻で鉱山を欲しがっていたのはこの家の影響が大きい。
 王子が私をエスコートする訳もなく、連れのいない私は静かに目立たないように会場に入った。

 既に夜会は始まっていて、会場では華やかな装いの貴族達がダンスを踊っていた。
 でも私はそんなものには目もくれずに、ロベルトの姿がどこにあるか探し始める。
 今日のパーティーは参加者が多く、彼の姿をすぐに見つけるのは困難そうで私は静かにため息をついた。
 
 ………しかしいつもなら、ロベルトの周囲には沢山の令嬢達が集まるはず。
 オマケに今は私という”悪女”に騙された可哀想なロベルトということで、余計に婚約相手の座を狙った令嬢に囲まれそうなのにそんな雰囲気もない。

 私は会場の中にはいないのだろうと判断し、会場に隣接したテラスを見て回った。
 肌寒い季節な上に、外はもう暗くテラスにはほとんど人がいない。
 私は一つ一つ見て回ったが、半分諦めていて息を深くはいた。


 ………大体ロベルトに今更会って何ができるのだろう。
 これだけ私に会おうとしないのだ。
 相当怒っている。
 

 落ち込みかけた私に違う自分が囁く。
 ………………………………でも諦めるわけにはいかない、でしょう???
 ”平民落ち”その言葉を思い出して私は奮い立った。


 テラスに続く最後の扉を覗き込んだ。
 冷たい風が吹いて来て、私は体を震わせる。
 テラスに用意されたテーブルの前に一人の男性が座っていた。


 その美しい横顔は他の誰でもない………ロベルトのものだった。
 私は小さく息を吐き、足を進める。
 彼に会う前にこんなにも緊張しているのは初めてだった。
 まるで重い足枷をはめているかのように、足が進まない。
 それでも私はロベルトの元へとたどり着いた。

 彼に近づくと、ヒールの音に気がついたらしくロベルトは顔を上げた。
 彼はひどい顔色をしていた。
 顔の美しさは健在だが、やつれていて目の下にはクマがはっきりと見えている。
 彼は私の姿を見てわかりやすく顔をしかめて、立ち上がろうとした。
 しかしテーブルに広がっているのは全部酒のようで、完全に酔っている彼はふらついてまた座り込んだ。

 「ロベルト様………」

 私がそんな彼を支えるように背に手を当てると、彼は身をよじり私の手から自分の体を離した。
 明らかな拒絶だ。
 彼は眉根を寄せ、歯を食いしばっていた。

 「………一体なんの用なんだ。ミラ・アディソン。毎日……毎日私の屋敷を訪れて…………」

 「謝罪したかったのです!!!わたくしあの日は、控え室にいらっしゃるロベルト様に飲み物をお持ちしようとしていました。その時運悪く同じドリンクをあの王子が手を伸ばしたのです。だから側にいたウェイターにグラスを持って来てもらって半分にし……乾杯でお酒を口にしてしまって………私………」

 「………ミラ」

 「はい、ロベルト様………」

 「それは謝罪ではなく、弁明のようなにしか聞こえないが???」

 彼の声色は低く冷たかった。
 以前のように楽しげで陽気な彼の影はどこにもない。
 ………私が………彼をこうしてしまったの………???


 「もうお前の顔も見たくないんだ………。お願いだから屋敷にくるのもやめてくれ。私を付け回すのも今日で最後にして欲しい」

 あの夜会の日、私はロベルトに”つけまわさないで”と言い放った。
 その言葉が今、自分に返って来ていた。
 
 「ロベルト様、ミラが悪いのです。全部ミラが………。ロベルト様をお慕いしていたのは本当です!!!あの日はお酒で王子に惹かれてしまったのは事実です。でも!!!もうロベルト様と一緒にいられないなんて、私には無理です!!!」

 「………お前は私に愛していない、と言った。全て私の妄想だと」

 「それは………「でもそれで良いのだ。私もお前を愛してなどいなかったのだから。………お前が気づかせてくれた。私の全てはマリーのためにあったのだ」

 ロベルトは自嘲気味に笑った。
 私はという名前に顔を歪める。

 マリーのせいで私は………私の家は不幸になった。
 それなのに、”公爵家”のロベルトに愛されているマリーを見て私は許せなかった。
 あの子に誰かに愛される権利なんてない。
 人を不幸にしたくせに、自分が幸せになろうなんてことは許す訳にはいかなかった。

 だから全部めちゃくちゃにしてやろうと思った。
 実際彼女は平民に落ちた。
 私は確かに失敗をしたけれど、その事実がある限り心は救われていた。


 「それなのに………マリーは私をちっとも愛していない。………いつだってそうだ。婚約を破棄したら………もう既に他の男のものになっているなんて………」

 「………???」

 他の男のもの………???
 その言葉に私は、ロベルトに見えないように笑みを浮かべた。
 それならロベルトが永遠にマリーを追い続けることはない。
 プライドの高い男は他の男の手がついた女を嫌うでしょう?
 私の方にチャンスがある。

 ………バカなマリー。
 平民に落ちて、まともな生活が送れなかったのか知らないけれど、あっさり平民と結婚するなんて。
 

 「ロベルト様、私がマリーの代わりになりますわ! 髪を染めればマリーと雰囲気は似ますし、言動だって再現できます。私はロベルト様の傷ついたお心を労って差し上げたいのです」


 その言葉にロベルトは目を見開いた。
 ………私の健気な心に感動したのかしら。
 普通だったら、あんな汚らしい傷んだような髪色にはしたくないし、男勝りな言動だってお断りだ。
 それでも彼のために、そう演技をしてあげようとしているのだ。
 
 ………ねぇロベルト、こんなにもあなたに尽くす令嬢が他にいて???


 ロベルトはふらりと立ち上がった。
 私は笑顔を浮かべて、彼の抱擁を受け入れる準備をした。

 しかし彼は私を抱きしめるために立ち上がったのではなかった。

 ……………ビチャビチャビチャアアア

 大量の液体が地面に落ち音を立てた。
 私は何が起きているのか分からず、ただロベルトの顔を見上げた。
 彼は冷たい視線で私を見つめながら、酒の入ったボトルを私の頭の上で逆さまにしていた。
 髪もドレスもずぶ濡れで、アルコールの強い匂いが辺りに立ち込めた。

 私はあまりの驚きに怒りさえ湧いてこず、立ち尽くすだけだった。

 
 
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