上 下
17 / 21
第二章

17

しおりを挟む



 「ふぅ~」
 私は息を吐いた。

 昼は色々あったが、なんとか今日の仕事を終えることができた。
 ずっと立ち仕事で疲れていた私は片付けが終わった後、すぐに厨房を出ることにした。
 ……とりあえず座りたい……。


 「今日もあの青年が迎えにくるのか~?」

 厨房を出たところで鉢合わせたアルビレオが私に尋ねた。
 
 「うん、多分迎えに来てくれると思うわ」

 「なら良かった。まぁ一応あの人が来るまでは店に残っておくから」

 「そんなに心配しなくても大丈夫よ?多分、もう来ないから」


 いつも時間通りにお昼休みから戻って来る私がなかなかお店に帰って来なかったため、お店の従業員さん達は”何かあったのではないか”と慌てていたらしい。
 私が”昔の婚約者が会いに来て、強引に話を聞かされていた”という旨を話すと余計に心配をかけてしまって、申し訳がなかった。

 「そんなのわかんねーだろ?大体婚約が破棄されたのに会いに来るって時点でおかしいんだから念には念を、な???」

 王子であるリオが圧をかけたのだから多分もう大丈夫だけど、ロベルトの行動は確かに予測できないため”念には念を”というアルビレオの言葉には頷いた。

 「遅くまで付き合わせちゃってごめんなさい」

 「気にすんなって。リリーから貰ったクッキーでも食おうぜ?」

 アルビレオと私はお店の椅子に腰掛けて、リオを待つことにした。
 お昼には公務を抜け出し、私を助けてくれたリオ。
 だからいつもより来るのが遅くなるかなぁ………なんて思っていたのだけれど、リオはいつも通りの時間に姿を表した。


 ”カランコロンカラーン”
 お店のドアが開く音と共に、リオは入って来た。
 私の隣にアルビレオがいるのをみると、少し眉根を寄せたがすぐに私に笑顔を見せた。

 「お待たせしました、マリー」

 「待ってないわ、いつもお迎えにきてくれてありがとう」

 「とんでもないです!僕が来たいだけなので!!」

 満面の笑みを浮かべたリオは私の荷物をさりげなく持ってくれた。
 そしてさっさとアルビレオに背を向けるように、ドアの方を向いた。

 「あ~、おいお前、名前がわかんないんだけどちょっと待ってくれ」

 そんなリオをアルビレオは引き止める。
 呼び止められると思っていなかったであろうリオは怪訝な顔をした。

 「お前、いつも仕事終わりにマリーを送ってんだろ???」

 「そうですが………???」

 「仕事で来るのが遅れることもあるだろうし、来れないこともあるかもしれないだろう?」

 「…………」

 「俺、マリーと同じ西地区に住んでいるんだよ。家に送るなら俺がした方が早いと思うんだ。終業時間ですぐ帰れるし、マリーが一人で店に残って待つ必要もない」


 そのアルビレオの言葉には納得した。
 アルビレオが帰るついでに送ってくれるのなら、私も迷惑をかけている罪悪感なく帰ることができる。
 リオと話しながら帰るのは楽しいけれど、どうしても迷惑をかけているという意識が残ってしまう。
 ……リオがそんなこと思っていないことも分かってはいるのだけれど……。

 
 「………やはり、待たせてしまっていますか」

 リオはしょぼんとした顔で私を見つめた。
 その悲しい顔を見ると、心が落ち着かない。
 私は少し慌てながら口を開いた。


 「いや、あの、待ってることは別に私は気にしてないわ!ホントよ???でも二人がそれは危ない、というのなら店の鍵を閉めておく………とかやりようはあるし………!!」

 「いえ、今決めました。終わる時間の10分以内に僕が来れないようなら、侍従にマリーを送らせます」

 「侍従???なんか金持ちそうだとは思っていたが、商人か貴族か?」

 アルビレオは驚いた表情を浮かべている。
 リオはアルビレオがどうやら苦手なようで、少し困った顔をしたけれど”そのようなものです”と返事をした。

 「でもリオの侍従を私につけてもらうのは………」

 侍従というのは本来、主人を守るためにいるものなのにそれをリオから離すのは気が引けた。
 そんな私にリオは笑いかけた。

 「マリーは何を心配しているのですか?僕は魔物付きです。人間なんて相手にもなりませんよ」

 その言葉に私はハッとした。
 …………そ、そういえばそうだった!!!
 仮面を外しているからどうも忘れがちだけど、彼は魔物付きで人智を超えた力を使えるのだ。
 確かに護衛なんかいらないくらいには強いはず。

 隣のアルビレオも”魔物付き”という言葉に目を見開いていた。

 「これは怒られるかもしれないから言いたくはなかったのですが………どうせマリーのことを見守ってもらっていたのです。だから今日もロベルトが来たときに僕もここに来れた訳で………」

 「へ!?!?!?全然気がつかなかったわ!!」

 「気配を悟られるような間抜けではないので。今日彼に話を伝えておきます」

 「まぁそれなら俺も安心だし良いかな。じゃあ先に帰るわ」

 そう言ってアルビレオは先にお店を後にした。
 その後ろ姿をリオは見つめている。

 「ロベルトがまた来る可能性を考えて、一緒に待っていてくれたんですね」

 「えぇ、アルビレオは凄く良い人よ」

 「………………良い人の方が厄介だな」

 「え?何か言った??」

 小声で呟いたリオの言葉は聞き取れなかった。
 しかしリオは首をふるふると振り、さっと笑みを浮かべ私の手を取った。


 「僕にとってマリーを送るこの時間はとても大切なんです。ちょっとでも一緒に過ごせるのが嬉しいんです。だから、彼にその時間を譲る気はありません」

 リオはちょっとイタズラっぽく笑ってそう言った。
 その笑顔に、少し鼓動が速くなる。

 ギュッと手を握られたから、私も握り返した。
 リオの少し低い体温は子供の頃から変わらない。
 でも今、リオの手がとても冷たく感じるのはそれだけのせいではないように感じた。


しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

捨てられたなら 〜婚約破棄された私に出来ること〜

ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
長年の婚約者だった王太子殿下から婚約破棄を言い渡されたクリスティン。 彼女は婚約破棄を受け入れ、周りも処理に動き出します。 さて、どうなりますでしょうか…… 別作品のボツネタ救済です(ヒロインの名前と設定のみ)。 突然のポイント数増加に驚いています。HOTランキングですか? 自分には縁のないものだと思っていたのでびっくりしました。 私の拙い作品をたくさんの方に読んでいただけて嬉しいです。 それに伴い、たくさんの方から感想をいただくようになりました。 ありがとうございます。 様々なご意見、真摯に受け止めさせていただきたいと思います。 ただ、皆様に楽しんでいただけたらと思いますので、中にはいただいたコメントを非公開とさせていただく場合がございます。 申し訳ありませんが、どうかご了承くださいませ。 もちろん、私は全て読ませていただきますし、削除はいたしません。 7/16 最終部がわかりにくいとのご指摘をいただき、訂正しました。 ※この作品は小説家になろうさんでも公開しています。

わたくし、残念ながらその書類にはサインしておりませんの。

朝霧心惺
恋愛
「リリーシア・ソフィア・リーラー。冷酷卑劣な守銭奴女め、今この瞬間を持って俺は、貴様との婚約を破棄する!!」  テオドール・ライリッヒ・クロイツ侯爵令息に高らかと告げられた言葉に、リリーシアは純白の髪を靡かせ高圧的に微笑みながら首を傾げる。 「誰と誰の婚約ですって?」 「俺と!お前のだよ!!」  怒り心頭のテオドールに向け、リリーシアは真実を告げる。 「わたくし、残念ながらその書類にはサインしておりませんの」

最後に笑うのは

りのりん
恋愛
『だって、姉妹でしょ お姉様〰︎』 ずるい 私の方が可愛いでしょ 性格も良いし 高貴だし お姉様に負ける所なんて ありませんわ 『妹?私に妹なんていませんよ』

傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。

石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。 そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。 新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。 初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、別サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

もう、いいのです。

千 遊雲
恋愛
婚約者の王子殿下に、好かれていないと分かっていました。 けれど、嫌われていても構わない。そう思い、放置していた私が悪かったのでしょうか?

婚約破棄をしてくれた王太子殿下、ありがとうございました

hikari
恋愛
オイフィア王国の王太子グラニオン4世に婚約破棄された公爵令嬢アーデルヘイトは王国の聖女の任務も解かれる。 家に戻るも、父であり、オルウェン公爵家当主のカリオンに勘当され家から追い出される。行き場の無い中、豪商に助けられ、聖女として平民の生活を送る。 ざまぁ要素あり。

【完結】愛してました、たぶん   

たろ
恋愛
「愛してる」 「わたしも貴方を愛しているわ」 ・・・・・ 「もう少し我慢してくれ。シャノンとは別れるつもりだ」 「いつまで待っていればいいの?」 二人は、人影の少ない庭園のベンチで抱き合いながら、激しいキスをしていた。 木陰から隠れて覗いていたのは男の妻であるシャノン。  抱き合っていた女性アイリスは、シャノンの幼馴染で幼少期からお互いの家を行き来するぐらい仲の良い親友だった。 夫のラウルとシャノンは、政略結婚ではあったが、穏やかに新婚生活を過ごしていたつもりだった。 そんな二人が夜会の最中に、人気の少ない庭園で抱き合っていたのだ。 大切な二人を失って邸を出て行くことにしたシャノンはみんなに支えられてなんとか頑張って生きていく予定。 「愛してる」 「わたしも貴方を愛しているわ」 ・・・・・ 「もう少し我慢してくれ。シャノンとは別れるつもりだ」 「いつまで待っていればいいの?」 二人は、人影の少ない庭園のベンチで抱き合いながら、激しいキスをしていた。 木陰から隠れて覗いていたのは男の妻であるシャノン。  抱き合っていた女性アイリスは、シャノンの幼馴染で幼少期からお互いの家を行き来するぐらい仲の良い親友だった。 夫のラウルとシャノンは、政略結婚ではあったが、穏やかに新婚生活を過ごしていたつもりだった。 そんな二人が夜会の最中に、人気の少ない庭園で抱き合っていたのだ。 大切な二人を失って邸を出て行くことにしたシャノンはみんなに支えられてなんとか頑張って生きていく予定。

処理中です...