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それぞれの勇者

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 一体何を見せられているのか、寄り添う二人を見て坂下は理解することを一時的に止めてしまう。

 人質として捕らえられ、その後の高待遇。
 しかし己の生殺与奪権は氷結の精霊術師キースにあった。

 それも途中から違う繋がりに思えてきて、坂下は帝国や元同級生に見捨てられたと言う気持ちに整理をつける事が出来た。

 私はキースに求められている。

 そう思えたからだ。

 只管にアナスタシアを思う一途なキースに好感を抱き、それを紛らわそうと他の誰かを抱いている事を知っても、嫌悪感を抱かなくなった。

 キースが一途に思う相手が自分で無いことも残念とは思わなかった。
 その姿に好意を持ったからだ。
 自分に振り向いてくれない代わりに、キースは誰にも心を向けない。
 このことが重要であった。

 坂下の立場的にキースと接触する機会は多く、王宮内では優越感に浸れた。
 身体の関係が無いことが逆に大事にされている様に思えたし、少なからず氷結の精霊術師の妻と言う立場を狙っている女達よりは優位な立場だったのだ。

 会議でキースの存在が糾弾されるかもしれない予感もあり、逆に元同級生である勇者の――生き戻ってきた兵士が口々に噂していた為知ったのだが――残虐行為を知らしめるようと、撲殺された精霊術師の娘を会議に連れて行く手配もした。

 それなのに

 何故


 王宮に帰ってから、坂下はキースに会っていない。

 楽しく日本の話をしながら食事を共にしていた日々が、パリンとガラスが割れた時の様に砕け消えて行く恐怖に坂下の心は締め付けられる。
 美味しいはずの和食をモソモソと一人で食べ、元の世界と同じ状況になっただけではないかと己に言い聞かせるも、キースとアナスタシアが共に居ることを想像すれば料理の味も分からなくなっていった。

 どうして私は一人なのか。

『君は悪くない』

「!?」

 突然目の前に現れた白いローブの男。顔は見えない。

 王宮内では当然帯剣は禁止されていたが、『剣聖』ともなれば箸でも武器になる。
 坂下は持っていた箸を一本ずつ両手に持つと、跳ねて男から距離を取った。

『驚かせてすまない。こうしないと君に会えなかった』

「名を名乗りなさい」

『私は君を救う者。君は亡くなった王妃の幽霊が精霊になると本当に信じているのか?』

「どういうこと?」

 アナスタシアの名前に坂下のコメカミがビリリと反応する。

『幽霊が精霊なるなんて道理に反しているとは思わないか?輪廻転生に乗らない幽霊、つまり死者の魂はアンデッドになる。あれは邪悪な者なのだ』

「で、でも神様が」

『神は神でもアイツは邪神だ。アンデッドを使役し、この世を混沌に導こうとしている。君は光龍の元の姿を知っているのだろう?どう思った?』

 砦にやって来た龍達はギラギラと光を反射して異質に思えた。
 所謂メタリックボディになっていたからだ。

 言われて見れば以前の光龍の方が神々しかった気がする。

『龍とは厳かに神々しくあらねばならない。精霊達も然り。本来精霊は神秘的な存在なのだよ。それをあんなに存在感溢れる色合いに…』

 白いローブの男は憤っている様だが、言葉を続ける。

『死者を弄ぶ邪神を私と共に封印して欲しい。勇者である君には私が更なる力を授けよう』

「何故私?勇者なら他にも居るじゃない」

『あの氷結の精霊術師を悪霊から救いたくはないか?』

 白いローブの男が発する気に禍々しいものは見られない。
 逆に神々しさ感じた坂下の警戒心は少しずつ緩んでいく。

「キースを、助ける?」

『このままではアンデッドになった悪霊にあの精霊術師は飲み込まれ命を落とすだろう』

「そんな!」

『王国だけではない。混沌は帝国にも及んでいる。邪神は帝国を利用したのだ。断じて許されるべきことではない』

「私はどうしたら……」

『私の力を受け入れ聖都カルキントスに訪れなさい』

「聖、都」

『さぁ、君に授けよう!』

 坂下の身体は白い光に包まれ、そのまま意識を失ってしまった。


 ――――――――――――――――


「輪廻転生?」

「ああ、神様が今回の戦争で亡くなった人が来世で苦しまないようにして下さったみたいだ」

「だから、気にするなって言ってるのか?」

「翔……」

 皇宮のとある一室。
 ここは勇者如月に与えられた部屋で、部屋付きの侍女であるミリアムに如月が悪夢のせいで中々睡眠を取れないと相談を受けた田代はそこにやって来ていた。

「戦争だから仕方ないって思えって言ったよな?でもさ、あの肉の塊が夢の中で言うんだよ!ここまでされなければならなかったのかって!俺も思うよ。何であの時あんな事が出来たのか俺自身が分からないのに答えられるわけないだろ!」

「翔、落ち着け!」

 砦から帰って来てから如月は更に怯える様になった。
 部屋に隠り、ベッドの上で過ごすことも少なくない。
 今も彼はベッドに潜り込んだ状態だった。

 原因はあの精霊術師の娘だと田代も分かっている。
 人を殺そうとするなら、殺される覚悟を持たねばならない。田代達は戦争に加わる決心を固めた時からそう思う様になった。
 だから相手がどんな姿で命を落とそうと、それは相手の自業自得だと思った。

 田代にしてみればアンドリュースの敵は死んで当たり前の存在であり、もし自分が屠った相手の親族が出てこようが何も感じなかっただろう。
 既に田代の中ではアンドリュースが一番なのだから。
 しかし如月は違った。
 彼は後悔して己を責めている。
 田代には到底理解出来るものでは無かった。

「翔。やらなければ君が殺されてたかもしれない。実際君は一度死にかけただろう?」

「……」

「兎に角ゆっくり身体を休めることだ。ミリアム嬢も心配している」

 田代は小さく溜息を吐くと、ミリアムに挨拶をして部屋を出て行った。
 ミリアムも今はあまり干渉しない方が良いだろうと判断し、毛布にくるまった如月に一言告げると部屋を後にした。




『やぁ、勇者キサラギ。はじめまして』

「!?」

 見知らぬ声に如月は慌てて毛布から頭を出すと、ベッドの側に白いローブを男が立っているのが見えた。
 フードを被っているので顔は見えない。

『私は君を救いに来た者だ。話を聞いて欲しい』

 如月は拳を握り警戒する。

『あの会議に現れたのは邪神なのだ。君は見たか?あの神々しく美しかった白い光龍の姿が変えられたのを』

 途中で退出した如月は、砦に来た龍達を見てはいなかったが、兵士が噂していたのを聞いていたし、陣野からも色が変わっていたのを聞かされた。

『あの神は輪廻転生のシステムをハッキングして、此度の戦争で亡くなった者達を更なる破滅の人生に送り出そうとしている。あれでは死者は報われず永遠に苦しむことになる』

「え、永遠に、苦しむ?」

『そうだ。自分の命を奪った者への恨み辛みの中で留められ、その思いが瘴気を更に生み出すことになる。あの邪神はそれを狙っているのだよ』

「本当にあの神は邪神、なのか?」

『そうだ。邪神故に亡くなったアナスタシア王妃の魂までも利用しようとしている』

「お、俺にそれを話して何になる?」

『勇者の力を貸して欲しい。本来在るべき世界に戻せば、君が命を奪った者を生き返らせることが出来る』

「生き返らせる!?」

『君が望むならその者から君の記憶を消してもいい 。そうすれば生き返った後に君を恨むことも無い』

 白いローブの男から、あの神に似た神々しさが感じられた。

『君を救いたいんだ。だから私に力を貸して欲しい 』

「俺はどうすれば」

『聖都カルキントスへ向かいなさい。このことは誰にも知られてはならない』

 如月の身体を白い光が覆い、そのまま意識を失った。




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