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光龍に弟子入りする勇者

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「やはり暗殺は難しいか」

 ウェズリー王国へ潜ませている影からの報告を受け、アンドリュースは眉を僅かに顰めた。

「はい。王宮内なら多少は油断するかと思われましたが、就寝時も常に周りに風壁を纏わせている様ですね」

 タナトスは続けて影からの情報を報告する。

「それと拉致被害者の救出ですが、最近娼館の警備が少し緩くなったそうです。精霊術を使えなくなった精霊術師の代わりに、商家や娼館で護衛で雇われてた一般魔術師が王宮に呼び戻されている様で、今は傭兵崩れだけになっているそうです」

 アンドリュースは以前拉致されそうになっていた帝国民を見て、国境周辺の村や街を調べさせたところ、トータルで十数名の行方不明者が出ていることが判明した。殆どが見目の良い女子供だったとのことで、王国に影を送り更に調べると娼館に売られたことが分かった。
 娼館の護衛には魔術師も多く、ここ十数年で救出されたのは年齢を重ねて使えなくなった大人の女と、青年に成長し、娼館から力仕事の奴隷に回された者だった。
 同様に酷使された獣人やエルフもタダ同然に売りに出されたので、影が商人を装い彼等を帝国まで連れ出して来た。
 しかし拉致された女児だけはまだ使える年齢の為、厳重に監視されており、影も中々救出出来ない状態だった。
 心身に傷を負った被害者は、環境の良い施設で治療を受け、現在救出された者から順に少しずつではあるが施設での内職的な仕事をしながら穏やかな心を取り戻しつつある。

「氷結率いる金剛精霊術団ですが、氷結の精霊術師以外は精霊術が弱ってきてかなり焦っている様です。その件に関して氷結の精霊術師に詰め寄る者も出て来たそうですが、無下にされた様で、かなり不満が溜まっています」

「漸くこちらに風が吹いてきたな」

 そこへ執務室のドアをノックする音がする。

「田代です」

 ここ一ヶ月程ドーン辺境伯領に行っていた田代が帰って来た様だ。
 アンドリュースが入室を許可するとあちこちに擦り傷を付けた田代が入ってくる。

「久しぶりだな、リュータロー」

「田代殿、傷だらけではありませんか。ポーションは飲まなかったのですか?」

「陛下、只今戻りました。タナトスさん、ポーションは貴重ですし、この位の傷なら大丈夫です。でもご心配ありがとうございます」

「リュータロー、遠慮しなくて良いのだぞ?ポーションは又作ればよいが、少しの傷から化膿することもあるのだ」

「本当に大丈夫です」

 苦笑した田代に仕方なくアンドリュースとタナトスは、ドーン辺境伯領での修行について聞く姿勢を取った。


 光龍にアッサリ結界を壊された田代は、アンドリュース達を皇都に送り届けると再び戻った。
 どうか修行をつけて欲しいと酒場で酒を飲んでるコウさんに頭を下げた。

「そうじゃな~これを飲んだら考えても良いぞ~」

 田代の目の前に出されたのは2リットルは入りそうな木のジョッキに並々注がれたミードと呼ばれる蜂蜜酒だった。
 田代はそれをガッと掴み、周りに囃し立てられながら飲み干して、ニヤリと笑ったと思ったらその顔のままぶっ倒れた。
 その様子に腹を抱えて笑ったコウさんは「ワシの初弟子じゃ~」と大層ご機嫌だったらしい。

 次の日ドーン邸で目が覚めた田代は、二日酔いで痛む頭を抱え、
『龍太郎、無茶すんなよ!』
『あんたアホじゃないの??急性アルコール中毒になったらどうするの!』
『田代君って結構無謀なことするんだね、びっくりだわ』
 と、田代が起きるまで並んで待っていた仲間からの伝魔鳥に苦笑を漏らした。

 如月達は田代の弟子入り自体は止めても無理だろうと思っていた。それだけ田代の落ち込みは酷かった。
 伝魔鳥を送ったのは、ドーンからタナトスに送られて来た田代の弟子入りの様子を聞いたからだ。

「陛下も呆れたかな?」

 歯を磨き顔を洗うついでに濡れた手で髪を撫でつけた。
 伸びた前髪をオールバックにすれば、少しは年齢より上に見えるだろうか?田代は独りごちる。
 あの人に頼って貰える人間になりたい。それには自分のレベルを上げなければならない。
 田代は今まで『飛翔』の訓練しかしてこなかったことのツケを早く払いたかった。
 これまで誰にも破れなかった『盾』の結界。島での結界喪失も魔道具だからと考えていたのが甘かったのだ。
 コウに簡単に壊された結界が、精霊術師の攻撃に耐えるかどうかも分からないのに。

 田代が悶々としながら部屋を出ると、ドーン邸のメイドに声を掛けられた。

 それから田代はドーンとコウが待つ食堂に案内された。食欲が無いと断るが、メイドからアッサリ目のミルク粥を勧められ、痛む頭を揉みながら少しだけでも腹に入れることにした。

 この世界、米は存在する。
 日本米には劣るがまぁ満足出来る範囲内だ。
 ミルク粥を食べながら、田代は味噌汁が飲みたいと思っていた。
 異世界系の話で、主人公達はどんな経由にしろ醤油と味噌を手に入れていた。田代達もこの世界に似た様な物が無いか色んな人に尋ねて回った。
 如月と仲良くなった騎士の一人、マッシモの故郷で大豆が栽培されており、味噌に似た物もあるらしいと情報を掴んだ時は田代達は歓喜した。
 涙目で拝む如月に戸惑いながらも、マッシモは故郷に伝魔鳥で味噌(こちらではコジルと言うそうだが)を送って貰う様に伝えた。

 一週間程して来たコジルは豆感の残った粗めの物で、日本の味噌と比べるとコクも深みも足りなかったが、味噌と醤油に飢えていた田代達には有難い物だった。
 目に涙を浮かべてコジル汁を啜っている如月と坂下を見て、アンドリュースは田代達に詳しく味噌と醤油について聞き取りをし、マッシモの故郷ジポンで改良、開発を命じた。
 しかし、田代達は普通よりもキラキラしい高校生であったが、流石に味噌や醤油の作り方は知らない。
 何とか「この様な物であった」としか伝えられなかった。
 なので未だ田代達が望む程の物は作られていない。



「コウさん、質問なんですが、ヴェズリー王国は普通の魔術師より強い精霊術を持ってますよね?何故帝国に攻めてこないんでしょうか?」

 田代が帝国と王国の確執を知ってから疑問に思っていたことである。
 騎士のレベルは王国より帝国の方が上だと言われているが、王国が精霊術師を使って侵攻してくれば帝国は大きく侵略を受けることになるだろうと思っていたが、アンドリュースやタナトスに聞いた事は無い。何となく気が引けたのだ。

「なんじゃ、あのアンドの坊主には聞いておらんのか?」

「アンドの坊主って……。アナスタシア皇女殿下があって、何となく聞きにくくて……」

「あぁ、ドーンやこの街の連中の言っとった皇女じゃな。ほんに前の皇帝はボンクラじゃったからの。
 まぁええ、説明してやるわ。精霊は担当地区以外では力の行使は出来んのじゃ」

「担当地区ですか?」

「アンドの坊主も王国内でしか精霊術が使えない程度の噂は知っとるじゃろうな。精霊術師が王国外に出らんから確信は無いじゃろうが」

「担当地区って、まさかこの前言ってた神様に関連してます?」

「ほほ、感がええの。ワシら神獣や精霊が前の主に創られた時に、それぞれ担当地区を決められたのじゃ。ワシら神獣は地区は決められてても担当地区外でも力は使える。
 しかしの、精霊王以外の精霊は担当地区外では力は使えん。それに精霊王と誓約を交わすことの出来る人族なぞおらんのじゃ。精霊王と誓約するにはそれこそ膨大な魔力を要するからの。それこそ『強制支配』のスキルを持ってても誓約を交わすのは無理じゃ」

 精霊術師が帝国に侵攻してこない確信は持てるようになったが、コウの話しに気になる言葉があった。

「『強制支配』スキルって、無理矢理精霊を従えることが出来るってことですよね?」

「そうじゃ、そもそも精霊は殺し等の荒事は出来んことは無いが嫌いなんじゃよ。
 精霊王の下に上級、中級、下級と言った精霊がおるんじゃが、精々普通の精霊術師が誓約を交わせるのは下級精霊じゃ。下級精霊は悪意には弱い。荒事をさせられた低級精霊は疲弊してボロボロになるんじゃ」

「それって、誓約を交わさないってのは精霊側は考えないんですか?」

 田代の言葉にコウは苦笑する。

「精霊はワシら以上に話好きでの。誓約を交わせる人族に期待してしまうのじゃ。以前は人族との仲も上手くいっておった。人族も精霊を大事にしとったから、やれ酒を用意してくれただの、お菓子や美味しい食事を貰っただの、ワシのとこまで自慢しに来る精霊達は楽しそうじゃった。まぁそれがあったからワシも祭に参加し始めたんじゃがの。決して羨ましかったわけじゃないぞ。それは切っ掛けに過ぎん」

 絶対羨ましかったんだなと田代は思った。

「瘴気が濃くなるにつれ、精霊側からは誓約を破棄することが出来んようになった。普通の契約者相手なら命令を聞かないことも出来るらしいが、それでも誓約を交わした以上は多少でも力を貸さなければならん。それが『強制支配』を受けると抵抗が全く出来んらしいんじゃ。
 主が来てからは徐々に誓約破棄出来るようになったようで、続々と精霊達が神域に逃げ込んでおるのよ」

「え?神域に?じゃあ王国に居る精霊の数が減ってるんですね?」

「そう、じゃから精霊術を使えなくなっとる契約者は慌てとるだろうの。因みに精霊達は神域で癒され元気になってきとるが、王国に帰る精霊はおらんようじゃ」

「それは人族が嫌いになったと言うことでしょうか?」

「それもあるが、神域に行き渡る主の神力が心地好いのでの。暫くは下界に降りてこんじゃろ」

「神域が……」

「神域には美しい花畑があっての、それも今の主が来てから復活した花畑なんじゃが、その花畑は精霊にとっては人族の言うハイポーションみたいなもんでな。主の神力を直接浴びれば直ぐに治るんじゃが……」

「?」

「連れてこられた主は、どうやら精霊に戸惑ってるようでの。この街に戻ってからも神域の守護神獣のフェンリル達と念話でやり取りしよるんじゃが、精霊達が近付くと逃げるそうじゃ」

「逃げるって、新しい神様は精霊が嫌いなのでしょうか?と言うかフェンリルが居るんですか!?流石異世界!」

「??坊主はフェンリルの存在を知っとるのか?」

 田代は元の世界で異世界の話が多く存在したことをコウに話し、光龍という存在が出て来る話もあったことを伝えた。

「ぬ、ワシの存在か。しかもフェンリルより知名度が低いとは……。もっと目立たねばならんの。まぁ、その話は置いといて、そのフェンリル達と今の神域の状況について話してみたんじゃが、どうやら主を連れて来た創造神ローマンザック様が主を独り占めしたくてワシらのことを説明してないんじゃないかと思うとる」

「は?そのローマンザック様って、他の世界の創造神なんですよね?」

「ローマンザック様自体はとてもお優しい方じゃ。そうでないと創造神に捨てられた世界を救済する為に新たに神を連れて来られることも無かったじゃろうしの。
 しかしローマンザック様は主が大好き過ぎての。もうメロメロなんじゃ。自分の可愛さを武器に主を籠絡しようとしとる。それでも瘴気は浄化されよるからワシらは黙っとるがの」

 コウは溜息を吐き、神域事情を話すが、田代の脳内には美少女神、又は美女神が男神に撓垂れ掛かっている姿を想像する。

「何でもローマンザック様曰く、主の撫で方はサイコー!だそうじゃ」

「な、撫で方!?」

 田代の脳内では段々18禁になっていく。

「撫でられると蕩けてしまう程で、何もかもさらけ出してしまうと」

「蕩ける……さらけ出す……」

 田代の顔は真っ赤である。
 田代が何を考えているか想像がつくコウはニヤニヤと初弟子の表情を楽しむのだった。

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