霧門幽影

トンカツうどん

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プロローグ:霧の門と問題児

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篠崎カズトは不満げに窓から滑走路を見下ろしていた。佐野航空基地――世界でも有数の規模を誇るこの施設に送られてきた理由を、彼自身はよく理解している。だが、それが納得できるかと言えば話は別だ。

「問題児扱い、か。ったく、どいつもこいつも俺を玩具みたいに扱いやがって。」
ぼやきながら椅子に深く座り直し、手元の書類を乱暴に机に叩きつける。

上層部の命令に逆らい、軽口を叩きながらも、次々と高難易度の任務を成功させてきたカズト。その実績が評価されているにもかかわらず、「再教育プログラム」と称してここに送り込まれた。表向きはペナルティだが、実際には次世代機「ヴァルキュリアXV」のパイロットとしての適性を見込まれてのことだ。


---

霧の脅威

佐野航空基地が最前線に位置している理由は、その南方向にある異常空間――通称「霧の門」にある。数年前、突如として現れた巨大な霧の柱は、人類にとって未知の脅威をもたらしていた。

霧の門から現れる未確認飛行物体「ヴェイル」。その挙動は既存の物理法則を無視し、人類の技術では対抗が難しいとされている。敵意を持つのかすら不明だが、すでに多くの犠牲者を出している。


---

ヴァルキュリアXVへの搭乗

「篠崎、時間だ。」
声を掛けたのは技術士官の片桐だ。彼は冷静沈着な性格で、任務に私情を挟まないことで知られている。

「分かってるよ。これが“再教育”ってやつなんだろ?」
カズトは皮肉たっぷりに言いながら立ち上がる。片桐はそれに応じず、ただ一言だけ返した。

「命令だ。」

格納庫に入ると、そこには漆黒の塗装が施されたヴァルキュリアXVが待ち構えていた。次世代機として開発されたこの機体は、高高度戦闘、精密攻撃、さらには電子戦能力までを備えた多用途戦闘機だ。その性能は未知の敵ヴェイルへの対抗手段として期待されている。

「まあ、見た目はカッコいいな。」
カズトは機体を見上げながら呟いた。

「性能も期待していい。だが、お前がそれを活かせるかどうかは別の話だ。」
片桐が冷静に言う。カズトは肩をすくめた。

「ご心配なく、俺の腕ならこいつも文句言わないさ。」


---

出撃の準備

ヴァルキュリアXVのコックピットに乗り込んだカズトは、機体内のシステムが起動する音を聞いた。各種センサーやディスプレイが次々に光り、まるで機体そのものが生きているかのように見える。

「AI、自己診断を開始してくれ。」
彼がそう言うと、女性の冷静な声が響いた。

「自己診断を開始。全システム正常。パイロットの生体データを確認。篠崎カズト、状態は安定しています。」

「いい声してるじゃないか。でも、もっと感情込めて喋れないのか?」
カズトの軽口に、AIは淡々と応じる。

「その必要性は確認されていません。任務に必要な情報のみを提供します。」

「ったく、面白味のないやつだ。」
彼は苦笑しながらも、操縦桿を握り直した。


---

未知との遭遇

機体が滑走路を走り出し、大気中へと飛び立つ。青空に向かって加速する感覚は、カズトにとって唯一心が落ち着く瞬間だった。だが、それも長くは続かなかった。

「警告。未確認オブジェクトを接近中。霧の門方向から出現。」

AIの警告が響く。ディスプレイには、霧の中から現れるぼんやりとした影が映し出されていた。その動きは不規則で、既存の飛行物体とはまったく異なる。

「来たか…ヴェイルだな。」
カズトは緊張しながらも、操縦桿を握る手に力を込めた。


---

霧の中へ

霧の中は不気味なほど静かだった。機体の周囲を漂う影に注意を払いながら、カズトは徐々に深部へと進んでいく。

「距離2000。対象の挙動を解析中。攻撃意図は不明。」

「おいおい、攻撃してくるかどうかぐらい早く教えてくれよ。」
彼は皮肉を込めて言ったが、AIは無反応だった。

突然、影が動いた。まるで霧そのものが生きているかのように、機体の周囲を取り囲む。その動きに合わせて警報音が響き渡る。

「警告。外部干渉を検出。電子制御システムに異常なし。現在の影響は軽微です。」

「軽微で済んでるうちに、この場を離れたいもんだな。」
カズトは冷静を装いながらも、内心では鼓動が速くなっているのを感じていた。


---

プロローグの終わり

未確認飛行物体との遭遇が続く中、ヴァルキュリアXVの性能とカズトの技術が試される状況が始まった。霧の門から現れるヴェイルの正体は依然として謎に包まれているが、その影は確実に人類に接近している。

佐野航空基地に戻ったカズトを待ち受けるのはさらなる任務と、新たな謎との遭遇である。
滑走路進入と管制官指示

「篠崎、こちらタワー。滑走路07への進入を許可する。速度をフラップ展開ポイントまで維持しろ。」
冷静な管制官の声がヘッドセット越しに響いた。

「了解、タワー。速度150ノットで維持、進入アプローチ開始。」
篠崎カズトは操縦桿を軽く動かしながら応答した。滑走路の先端が視界に広がり始め、周囲の整備員たちが小さく見える。

「滑走路クリア確認。最終チェックに入る。」
AIの冷たい声がコックピット内に響く。

「システムチェック開始。推進システム、安定。制御翼応答良好。通信リンク、異常なし。ICE-SHIELD Mk.III、対ハッキング防御システム起動中。外部干渉なし。」

「ICE-SHIELDも異常なしっと。上出来じゃねえか。」
カズトは満足げに呟く。だが、次の瞬間、片桐の声が通信回線に割り込んだ。

「篠崎、気を抜くな。まだ本番が始まったわけじゃない。」
その言葉には冷たさと鋭さが混じっている。

「了解了解。片桐さんの再教育、しっかり受けてますよ。」
カズトは軽く皮肉を込めて返事をするが、片桐は意に介さず続けた。

「機体はまだ初期データ収集段階だ。予想外の状況に対応できるかどうかも未知数だ。お前がその限界を試す必要がある。」

「俺が実験体ってことか。いいぜ、やってやるよ。」
篠崎は操縦桿を握り直し、滑走路への進入をさらに慎重に行った。


---

滑走路進入とシステム確認

機体が滑走路に接地する瞬間、タイヤがアスファルトを噛む感覚が全身に伝わった。エアブレーキの展開音が低く響き、速度が徐々に落ちていく。

「着陸完了。すべてのシステム正常。」
AIの報告が静かに流れる中、カズトはコックピットの中で深呼吸をした。

「タワー、ウィンドシーカー01。着陸完了、速度ゼロ。これよりタキシングを行う。」
通信を終え、カズトは格納庫への移動を開始した。

「篠崎、降りたら整備士と一緒に機体チェックだ。特にICE-SHIELDが外部からの攻撃を防いだ痕跡がないか確認しろ。」
片桐がすかさず指示を飛ばす。

「はーい。徹底的に調べますよ。」
篠崎の声には疲労感が滲んでいたが、それでも彼の手は操縦桿をしっかりと握っていた。


---

整備士との点検作業

格納庫に到着すると、整備士たちが素早く機体の周囲に集まり、チェック作業を開始した。篠崎はヘルメットを脱ぎ、汗を拭いながらタラップを降りる。

「カズトさん、今回も無事戻ってきたみたいですね。」
整備班のリーダーが笑いながら声をかける。

「おいおい、まだ死ぬ気はねえよ。」
カズトは肩をすくめて答えた。

彼は機体の下に潜り込む整備士たちを見下ろしながら、手元のタブレットでシステムログを確認する。特にICE-SHIELDのログは重要だった。

「どうだ?ハッキングの痕跡は?」
カズトが問いかけると、整備士の一人が首を振る。

「今のところ異常なしです。ただ、霧の中で何が起きたかまでは分かりませんね。」


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片桐からの再教育指示

片桐が格納庫内に入ってきた。彼は手に持ったタブレットをカズトに渡しながら、冷たい視線を向けた。

「篠崎、次の任務に備えろ。まだ試すべき項目が山ほどある。」

「おいおい、もうちょっと休ませてくれよ。」
カズトはタブレットを受け取りながら苦笑する。

「再教育プログラムには休息時間なんて含まれていない。」
片桐の言葉は一切の妥協を許さない響きだった。

「なら、次は何だ?また霧の中で鬼ごっこか?」
カズトの軽口にも片桐は冷静だった。

「次の任務では、ヴァルキュリアXVのステルス性能と電子戦能力を本格的に試す。霧の中に潜む敵を特定し、それを無力化する手順を模索する。」

「無力化ね…。でも敵の正体が分かんねえ以上、俺がやることはただの探り合いだろ?」

「そうだ。その探り合いで、データを集めるのが今回の目的だ。」

カズトは肩をすくめた。「データ、データって、俺はパイロットだぜ。研究員じゃねえんだよ。」


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次への準備

再び格納庫の中で機体の点検が進められ、次の出撃に向けた準備が整えられていく。篠崎は機体を見上げながら、小さく息を吐いた。

「まあいいさ。俺がやることはいつも同じ――飛んで、見て、戻るだけだ。」

その言葉の裏には、不安と覚悟が混じっている。ヴァルキュリアXVと篠崎カズトは、再び未知の霧の中へと飛び込む準備を整えつつあった。


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調整の日

格納庫の喧騒が徐々に静まり始めた頃、片桐が隊員たちを集めた。彼の冷静な声が、空間に響き渡る。

「今日はアジャスト(調整)だけで終わる。機体のシステムチェックと訓練の確認が主だ。明日からフライトに入る。」

その一言に、整備士や隊員たちはそれぞれの持ち場で手を止め、微かに頷いた。

「解散。」
片桐の短い指示で、全員が動き出す。機体の点検を続ける者、報告書を整理する者、それぞれが次の段取りを進めていく。

篠崎カズトも、タブレットを片手に機体のログを確認していたが、片桐の視線を感じて顔を上げた。

「篠崎、少し話がある。」


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片桐の指摘

片桐はカズトを格納庫の端へと促した。そこは機体の喧騒から少し離れた静かな場所だった。

「明日からの任務についてだが、君には特に慎重な行動を求める。」
片桐の冷たい視線が、カズトの表情を捉える。

「慎重な行動って…俺を見くびってんのか?これでも戦績は十分にあるんだぜ。」
カズトはタブレットを脇に抱え、片桐の態度に少し挑発的な口調で応じた。

「君の戦績は評価している。」
片桐は表情を崩さない。「だが、君のその軽率な行動が上層部から問題視されているのも事実だ。」

「軽率?冗談だろ。結果を出せばそれでいいんじゃないのか?」
カズトは肩をすくめる。「俺がいなけりゃ、あの任務だって成功してなかったはずだ。」


---

カズトの過去

カズトの言う「あの任務」とは、南洋での空中戦だった。複数の敵機をたった一機で翻弄し、結果的に味方の撤退を成功させた。しかしその過程で、彼の機体は致命的な損傷を負い、救出されたときには機体の残骸だけが残っていた。

「あれは無謀だと言われたが、結果は上出来だったろ?」
カズトは苦笑を浮かべながら続けた。「なのに、戻ってきたら“問題児”扱い。いいご身分だよな。」

片桐は短く息を吐き、冷たい視線を彼に向けた。「君の行動が部隊を救ったことは確かだ。しかし、同時に無駄なリスクを取ったのも事実だ。」

「無駄じゃない。俺がやらなきゃ誰がやる?」
カズトは言い返すが、片桐の冷静な態度は揺るがない。

「だから君はここにいる。」
片桐は一歩前に出て、カズトの目を見据えた。「君の能力を信じている者がいるからだ。しかし、信頼を得るには結果だけでなく、その過程も問われる。」

「…お説教ってやつか。」
カズトは溜息をつきながら視線を逸らした。


---

明日への準備

片桐は話を切り上げるように身を引き、静かに言葉を続けた。「今日はこれで終わりだ。明日からが本番だと思え。」

「分かったよ。俺なりにやるさ。」
カズトはタブレットを手に戻りながら、小さく呟いた。

格納庫の外に出ると、夕焼けが空を赤く染めていた。彼はその光景を眺めながら、一人静かに考えた。

「慎重な行動、か。俺のやり方が正しいのかどうかなんて、誰にも分からないだろ。」

彼の背中には、これまでに救えなかった命と、自分自身への疑念が重くのしかかっていた。


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オレなりの業務報告

篠崎カズトは、タブレットを片手に格納庫の片隅に腰を下ろしていた。周囲には整備士たちの仕事の音が微かに響き、機体の点検が着々と進んでいる。しかし、彼の視線は目の前のディスプレイに集中していた。

「さて、始めるか。オレなりの業務報告ってやつをよ。」
カズトは軽くタブレットを振りながら、皮肉たっぷりに呟いた。

画面にはヴァルキュリアXVのAIが投影されている。無表情な女性の顔が浮かび上がり、冷静な声が響いた。
「篠崎カズト、業務報告は規定フォーマットに従うことを推奨します。非標準的な形式では、上層部への提出が困難です。」

「うるせぇよ、AI。俺のやり方でやらせてくれ。」
カズトは舌打ち混じりに返事をしながら、報告の要点をタブレットに入力していく。


---

報告の中身

「まずは出撃の概要だな。霧の中を突っ込んで未知の敵とお見合いしてきた。それで十分だろ。」
彼はタブレットにそう入力しようとして、AIの冷静な声に遮られる。

「不十分です。より詳細な内容が必要です。出撃時の状況、敵の挙動、機体の状態、すべて記載してください。」

「へぇ、そんなに書けってのかよ?だったらお前が代わりにやればいいだろ。」
カズトはタブレットを操作しながら愚痴を零したが、AIは相変わらず冷静だった。

「私の機能は補助的なものです。記録の正確性はパイロットである篠崎カズトに委ねられています。」

「ハイハイ、そうですか。じゃあ真面目にやるさ。」
彼は溜息をつきながらも、タブレットの画面に手を走らせた。

「状況:霧の中で未確認の影を確認。敵意があるかどうか不明。ただ、動きは人間的ではなく、こっちをじっと見てるみたいだった。」

「追加の詳細が必要です。未確認影の挙動をもう少し具体的に記載してください。」

「おいおい、細かいな。じゃあこうか?“まるで霧そのものが意志を持っているように、機体の周りを漂っていた。”これで満足か?」
皮肉混じりの言葉に、AIは淡々と応じる。

「承認。次に進んでください。」


---

システムログの確認

報告書の入力が一区切りついたところで、カズトはタブレットを置き、機体から取得したシステムログを確認し始めた。ヴァルキュリアXVの内部データには、出撃中の細かい記録がすべて保存されている。

「ICE-SHIELDはちゃんと働いてたみたいだな。外部からのハッキングはゼロ。まあ、そりゃそうか。敵が電子戦を仕掛けてくるなんて、まだ考えられないしな。」
彼は画面をスクロールしながらぼやいた。

「補足:敵の電子戦能力は依然として未知数です。今後の任務に備え、システムの強化が推奨されます。」

「お前って本当に慎重だよな。たまには俺みたいに楽観的になってみろよ。」
カズトの言葉にAIは即座に応じる。

「私は楽観的な行動はプログラムされていません。すべての判断は、蓄積されたデータに基づいています。」

「そうかい。だったらもっと役に立つこと言ってくれ。」
カズトはタブレットを閉じ、背もたれにもたれかかった。


---

過去の影響

一瞬、彼の脳裏に過去の出撃が蘇る。南洋の空中戦での出来事――あの時、彼は単独で複数の敵機を引き付け、味方の退却を成功させた。だがその代償として、自分の機体は大破し、ギリギリで救出された。

「結局、俺がどれだけ頑張っても、問題児の烙印は消えないってわけだ。」
独り言のように呟く声が、コックピットの冷たい空気に溶けた。

「補足:あなたの過去の行動には評価と批判の両面があります。次の任務でそれを覆すことができます。」

「覆す、ねぇ。お前、なんでそんなに人間臭いこと言うんだ?」
カズトは苦笑しながらAIの投影を見上げた。

「私は人間ではありません。ただ、蓄積されたデータに基づき、パイロットの行動を最適化するための提案を行っています。」

「そうかよ。」
彼はタブレットを放り投げるようにして横に置いた。


---

片桐の登場

「篠崎。」
突然、格納庫の奥から片桐の声が響いた。彼は書類を片手に近づき、無表情でカズトを見下ろす。

「業務報告は終わったか?」

「まあ、俺なりにな。」
カズトはタブレットを指差した。「規定フォーマットじゃないかもしれないけど、内容は問題ないだろ。」

片桐は無言でタブレットを手に取り、画面を確認する。その顔には微かな不満が浮かんでいた。

「次回はもっと具体的に書け。上層部の目は厳しい。」

「了解了解。俺だって暇じゃないんだよ。」
カズトは適当に答え、立ち上がった。


---
フライト試験開始

朝陽が佐野航空基地の滑走路を照らし出し、冷たい風が空気を切り裂くように吹き抜けていた。整備士たちは機体の最終チェックに追われ、緊張感のある静けさが格納庫を包んでいた。ヴァルキュリアXVがその漆黒のボディを輝かせながら格納庫中央に鎮座している。

篠崎カズトはヘルメットを片手に、機体へと向かっていた。彼の表情には自信と少しの面倒くささが混ざり合っている。

「今日も楽しいフライトになりそうだな。なあ、お前もそう思うだろ?」
カズトが軽く話しかけたのは、自身の乗るヴァルキュリアXVだった。もちろん返事はない。


---

管制官の指示

コックピットに乗り込み、システムを起動させた瞬間、ヘッドセットから管制官の声が響く。
「こちらタワー。ウィンドシーカー01、応答願います。」

「こちらウィンドシーカー01。チェックイン、了解。」
カズトは操縦桿に手を置きながら、落ち着いた声で応答した。

「本日の試験飛行ルートを送信しました。南東方向へ直進後、指定のウェイポイントで旋回。高度15000フィートを維持してください。」

「了解、15000フィートで南東方向、ウェイポイント旋回。」
軽く復唱した後、カズトはディスプレイを確認した。表示されたルートは、基地から霧の門付近までを含む、比較的短いものだった。

「篠崎、今日の試験内容を理解しているな。」
今度は片桐の冷たい声が通信に割り込む。

「もちろんだよ、片桐さん。シュミレーションテストもあるんだろ?」
カズトは皮肉っぽく答える。

「その通りだ。だが、それだけではない。今日はシステム全体の耐久性と、お前の操縦技術を限界まで試す。」
片桐の言葉には一切の冗談がない。

「了解、了解。俺の腕前、見せてやるさ。」


---

システムチェック

カズトはディスプレイを操作しながら、機体のシステムログを確認した。
「AI、システムチェックを開始しろ。」

「自己診断を開始。推進システム、正常。制御翼、正常応答。通信リンク、異常なし。ICE-SHIELD Mk.III起動中。外部干渉なし。」

「完璧だな。さすが最新鋭。」
彼は満足げに呟いた。

「補足:試験中のデータ収集に協力してください。過去のデータと比較して、改良点を特定します。」

「お前、ホントに仕事熱心だよな。」
カズトは苦笑しながらヘルメットを装着し、操縦桿を握り直した。


---

片桐からの説明

出撃前、片桐が格納庫内のスクリーンを操作しながら本日の試験内容を説明した。
「本日のフライトは3段階に分けて行う。最初は指定空路を通じた基礎飛行試験だ。次に、シミュレーションによる敵機回避テスト。最後は霧の門付近での探査飛行となる。」

「霧の門、ね。あそこに近づくとろくなことがないんだよな。」
カズトは腕を組みながらぼやいた。

「その通りだ。それでも任務だ。お前がこの機体を完全に制御できるかが重要だ。」
片桐の視線は鋭く、カズトを逃さない。

「分かったよ。やるさ。」
カズトは肩をすくめ、スクリーンに表示されたルートを一瞥した。

「それと、シュミレーション中はAIの指示に従え。データ収集が最優先だ。」

「了解。AI先生の言うことをちゃんと聞くよ。」
彼は皮肉を込めた笑みを浮かべた。


---

滑走路進入

「ウィンドシーカー01、滑走路07への進入を許可する。速度を指定範囲内に維持し、離陸準備に入れ。」

「こちらウィンドシーカー01、滑走路進入了解。」
カズトはエンジン出力を上げ、機体をゆっくりと滑走路へ移動させた。

「機体の反応良好。今日は絶好の飛行日和だな。」
彼はディスプレイを眺めながら呟いた。

「補足:風速10ノット、方向は南西。離陸条件は問題ありません。」

「ホントに隙がないな、お前。」
軽口を叩きながら、彼は滑走路の端に機体を停めた。

「ウィンドシーカー01、離陸を許可する。良好なフライトを。」

「こちらウィンドシーカー01、離陸する。」
操縦桿を前に押し込み、エンジンが唸りを上げる。次の瞬間、機体は滑走路を滑り出し、大地を蹴って空へと舞い上がった。


---

フライトシーン:機械音が支配するコックピット

ヴァルキュリアXVのコックピットに響く機械音は、無数の精密な部品が協調して動作していることを感じさせた。シートが微かに振動し、エンジンの轟音が遠くから重低音となって伝わってくる。ヘッドセット越しには、AIの冷静な声と通信の雑音が交互に流れていた。

「高度15000フィートに到達。巡航速度、マッハ0.9を維持中。」
AIの声が淡々と状況を報告する。

「よし、順調だな。」
カズトはディスプレイに映る高度計を確認し、軽く操縦桿を操作して微調整を加えた。

「補足:現在の気象条件、良好。南西方向に雲の発生を確認。飛行ルートの変更は不要です。」

「お前、本当に仕事熱心だよな。たまには“景色でも楽しめ”とか言ってくれりゃ、気が楽になるのに。」
彼は皮肉を込めて言ったが、AIはそれに答えることなく次の報告を続けた。

「前方50キロメートル以内に目視確認可能な目標なし。システムチェックの次段階に進行します。」


---

カメラとセンサーの動作音

コックピット内のスクリーンが切り替わり、機体外部のカメラが捕捉した映像が映し出される。カメラのズーム音が「ウィーン」と響き、遠くの雲や地上の地形が詳細に表示される。

「カメラの動作音って、なんか落ち着かないんだよな。もっと静かに動かせないのか?」
カズトはスクリーンを見ながら呟いた。

「カメラシステムは現在、最高性能モードで動作中。音は仕様に基づくものです。」
AIの返答に、カズトは小さく肩をすくめた。

「仕様って便利な言葉だよな。全部それで片付くんだからさ。」

彼の目はスクリーンに映る雲の一部に注がれていた。ぼんやりとした白い塊の中に、一瞬だけ何かが揺らめくのを感じたからだ。

「おい、今の見えたか?」
カズトが問いかけると、AIが即座に応じた。

「現在のところ、異常は検出されていません。映像の解析を開始します。」

「頼むぜ。俺の目が間違ってなければ、あそこには何かいる。」


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コックピットの機械音

ディスプレイが切り替わり、外部センサーのデータが表示される。ピッ、ピッと電子音が断続的に響き、細かい数値が次々とスクロールしていく。

「センサー範囲内に微弱な異常信号を検出。霧の影響と推定されますが、詳細は不明です。」

「霧の影響ねぇ…。そんな都合のいい説明で納得するほど単純じゃないぞ。」
カズトはスクリーンを睨みつけながら、操縦桿を握り直した。

「注意:次のウェイポイントに到達します。シュミレーションモードを開始してください。」

「了解。さあ、模擬戦ってやつか。」
彼はディスプレイ上のボタンを押し、シュミレーションモードに切り替えた。


---

シュミレーション開始:模擬戦闘

「ウィンドシーカー01、こちらタワー。シュミレーションモードを確認。これより敵機出現を想定した模擬戦を開始する。」
管制官の声が通信に流れる。

「了解、模擬戦闘開始。敵機は何機だ?」
カズトは軽い口調で問いかけた。

「2機を想定。霧の中から不規則に出現するパターンをプログラムしている。」

「へぇ、面白そうじゃねぇか。」
彼はスクリーンに映る敵機の仮想イメージを確認しながら、エンジン出力を上げた。


---

カズトの操縦技術

模擬敵機が突然霧の中から姿を現す。画面上のロックオン音が高く鳴り、敵機の位置を示す赤いインジケーターが点滅する。

「ロックオン完了。おいおい、そんな直線的な動きで俺を捕まえられると思ってんのか?」
カズトは操縦桿を鋭く引き、機体を急旋回させた。コックピット内ではエンジン音が唸りを上げ、遠心力で体がシートに押し付けられる感覚が襲う。

「敵機との距離、1200メートル。ミサイルの射程内です。」

「分かってるよ!」
彼はトリガーを引き、模擬ミサイルを発射する。スクリーン上で模擬敵機が爆発し、赤い光の粒となって散った。

「1機撃墜。残り1機。」


---

霧の中の静寂

2機目の敵機を撃墜し、模擬戦が終了すると、コックピット内には一瞬の静寂が訪れた。エンジン音だけが低く唸りを上げ、センサーが周囲のデータを集め続けている。

「AI、シュミレーションデータの解析結果を出せ。」

「解析中。現在のところ、すべての行動は標準値内に収まっています。操作精度、良好。敵機回避パターン、最適化可能な領域あり。」

「最適化、ね…。まあ、上出来だろ。」
カズトはシートにもたれかかり、深く息を吐いた。


---

上層部の判断

佐野航空基地から遠く離れた作戦司令部では、巨大なスクリーンにヴァルキュリアXVのリアルタイム飛行映像が映し出されていた。カズトが操縦する機体は、霧の中を切り裂くように進み、次々と試験内容をこなしていく。その映像は、上層部の幹部たちの鋭い視線を集めていた。

「操縦の精度は高い。しかし、やはり彼の性格に起因するリスクが懸念材料だ。」
スーツ姿の中年男性がデータパッドを手に、隣の人物に声をかける。その口調には批判的な響きが混じっていた。

「だが、篠崎のようなタイプでなければ、このような試験には適応できない。」
隣に座る初老の女性が冷静に反論する。彼女は眼鏡の奥から鋭い目つきで映像を見つめている。


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リアルタイム映像の解析

スクリーンにはカズトの操縦に応じて変化するヴァルキュリアXVの挙動が克明に映し出されていた。緩やかな旋回、急上昇、そして模擬敵機との交戦。どの動きもスムーズで無駄がない。

「彼の操縦技術には目を見張るものがある。特に急旋回時の負荷制御は、通常のパイロットでは到達できないレベルだ。」
若い技術者が映像データを元に補足を入れる。

「その通りだ。」
初老の女性が頷く。「彼は最新鋭機を完璧に使いこなしている。だが、それだけではない。」

「それだけではないとは?」
中年男性が眉をひそめて問い返す。

「篠崎の最大の強みは、判断力だ。模擬敵機との接触時の反応速度を見たか?データによれば、通常のパイロットの約1.2倍早い。」

スクリーンに映るカズトの機体が急旋回し、模擬敵機を背後から捉える。瞬時にミサイルを発射し、敵機が消える様子が映し出される。

「それに比べ、態度の問題はどうする?」
中年男性が苦々しげに言う。「上層部の支持を受けられる人間ではない。」

「態度より結果だ。」
初老の女性が冷たく言い返す。「彼の能力がなければ、この試験は成立しない。」


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判断の分かれる幹部たち

会議室に一瞬、沈黙が訪れる。カズトのリアルタイム音声がスクリーン越しに聞こえてくる。

『ロックオン完了!さて、模擬戦はこれで終わりか?それともまだ続くのかよ?』
カズトの軽口混じりの声に、幹部たちは微妙な表情を見せる。

「全く、相変わらずの口ぶりだ。」
中年男性が呆れたように言う。

「だが、その余裕が彼の強みだ。」
初老の女性はスクリーンを指差しながら続ける。「不測の事態にも動じない。実戦ではそれが命を救う。」

「では、現時点での結論として、彼を継続的に試験運用するべきだと?」

「そうだ。」
女性は即答した。「現状の能力を持つパイロットは、ほぼ皆無だ。」


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管制官と片桐の評価

一方、現場では管制室にいる片桐が同じ映像をモニター越しに見ていた。彼の手元には詳細なデータログが並び、冷静な目でそれを読み解いている。

「片桐主任、篠崎のフライトデータ、異常ありませんね。」
若い管制官が報告する。

「ああ、問題ない。だが、あいつの軽率な行動がいつか仇になる可能性もある。」
片桐は短く答え、視線をモニターに戻した。

映像には、霧の中で一瞬現れた謎の影が映っていた。篠崎がその影を追っている様子が克明に記録されている。

「主任、これは…?」
管制官が影に気づき、モニターを指差す。

「あいつはまた余計なものを見つけたようだな。」
片桐は小さく息を吐いた。「篠崎に伝えろ。試験内容の範囲外の行動は控えろとな。」


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上層部と現場のズレ

作戦司令部では幹部たちがまだ議論を続けている。

「片桐主任からの報告では、霧の門付近で何かしらの反応があったと。」
技術者が新たなデータを提示する。

「またか。」
中年男性が溜息をつく。「あの場所はどこまで我々に試練を与えるつもりだ?」

「霧の門は未知そのものだ。」
初老の女性が静かに言った。「篠崎のようなパイロットがいなければ、その謎を解明することは不可能だ。」

彼女の言葉が響く中、スクリーンの映像には再びカズトの機体が映し出される。霧の中に消えゆくその姿は、次なる未知との接触を予感させるものだった。


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