「不良ディバイド：デジタルと魔術の交差する街」

第６話つかの間の休憩

カエデと黒澤は、捜査の合間に街角のベンチで一息ついていた。夕方の柔らかな陽射しが二人を包み込み、まるで普段の騒々しい日常が少しだけ静かになったかのような、穏やかな空気が流れていた。

カエデはベンチに座りながら、隣に座る黒澤をちらりと見上げる。彼の表情はいつも通りクールで、何を考えているのか掴みにくいが、どこかその静かな強さに安心感を覚える瞬間だった。

「黒澤くん、今日はちょっと疲れたね。」

カエデが少しだけ笑顔を見せて、疲れたように肩を軽くすくめながら言った。彼女の明るさには、黒澤も少し表情を和らげる。

「お前がそう言うなら、よっぽどだな。俺は慣れてるけど、ま、ちょっとくらい休んでもいいかもな。」

黒澤はそう言いながら、手に持っていたタバコをゆっくりと取り出し、一本口にくわえた。

カエデは黒澤がタバコに火をつける様子を見つめながら、何気なくその仕草に惹かれていた。普段は強気で自信に満ちた黒澤の、こういう静かな一面を垣間見ると、彼が不良と呼ばれることに少し違和感を覚えることもあった。

「黒澤くんさ、どうしてあんなに強いのに、自分を不良って呼ぶんだろうって思うことがあるんだよね。いつも誰かを守ろうとしてるじゃない。」

カエデの問いかけに、黒澤はタバコの煙をふっと吐き出し、少し考えるように視線を空に向けた。

「俺はただ、自分のやりたいようにやってるだけだ。守るとかそんな大層なもんじゃねぇよ。昔から、不良と呼ばれるような道しかなかったんだ。ただ、それだけの話さ。」

その言葉に、カエデは静かに頷きながら、ベンチに体を預けた。

「でも、黒澤くんがいると安心するんだよね。なんか、何があっても大丈夫って思えるから。不良とか関係なく、そう思っちゃう。」

カエデの素直な言葉に、黒澤は一瞬だけ目を見開いたが、すぐに照れくさそうに笑った。

「お前、そんなこと言って、ただ俺をからかってるんじゃねぇのか？」

カエデはくすくすと笑いながら首を振った。

「違うよ、本気だもん。でも、からかってるように聞こえたなら、ごめんね。私は黒澤くんのそういうところ、好きだな。」

その言葉に、黒澤は少し驚いたような顔をしたが、すぐに視線を逸らし、またタバコの煙をゆっくりと吐き出した。

「…ったく、お前も、変わった奴だな。」

二人の間に、心地よい静寂が流れた。遠くで聞こえる街の喧騒が、まるで別世界の出来事のように感じられるほど、二人の間には穏やかな時間が流れていた。

しばらくして、カエデは少し冗談めかして黒澤に言った。

「ねぇ、黒澤くん、私もタバコ吸ってみようかな？大人っぽく見えるかも！」

黒澤は慌てて振り返り、真面目な表情でカエデを見つめた。

「やめとけ、カエデ。お前にゃ似合わねぇよ。それに、身体に悪いんだからな。お前は元気で明るいのが一番だ。」

その真剣な言葉に、カエデは思わず吹き出して笑った。

「黒澤くんって、こういう時は本当にお兄ちゃんみたいだね！」

黒澤は少し照れくさそうに目を逸らしながら、静かに答えた。

「お兄ちゃんなんて呼ばれるのは柄じゃねぇけどな。でも、お前がそう言うなら、悪い気はしねぇかもな。」

カエデはにっこりと笑いながら、黒澤の隣にもう少し近づいて座った。二人の間には、言葉にしなくても分かり合える、そんな絆が深まっているようだった。

「さ、もう少しだけ休んだら、また動こうか。私も負けてられないからね！」

カエデの明るい声に、黒澤は再び笑みを浮かべ、静かに頷いた。

「そうだな。休んでる暇なんてねぇしな。でも、もう少しだけ、こうしてても悪くねぇかもな。」

夕日が少しずつ沈みゆく空の下、二人は束の間の静けさを共有し、これからの捜査に向けて力を蓄えていた。

二人がベンチでのんびりと過ごしている時間は、どこか特別なものに感じられた。街の喧騒から少し離れ、夕日が穏やかに照らす中、まるで時間が止まったかのような静けさが包んでいた。

カエデはふと、黒澤の横顔を見つめながら口を開いた。

「黒澤くん、私ね…実はちょっと怖かったんだ。この捜査のこと。違法魔術とか、怪しいアプリとか、正直なにがどうなってるのかよく分からないし…。でも、黒澤くんがいると、不思議と大丈夫な気がして。」

カエデの素直な告白に、黒澤は一瞬言葉を失ったように見えたが、すぐにいつものクールな表情に戻り、短く答えた。

「俺も全部分かってるわけじゃねぇよ。ただ…俺は不良だからさ、こういう汚い手を使って人を弄ぶヤツらが許せねぇってだけだ。」

黒澤の言葉には、彼なりの正義が感じられた。その言葉を聞いて、カエデはますます彼のことが理解できるようになった気がした。

「不良だから、ね…。でも、そういうところが黒澤くんのいいところだと思うんだ。誰にでも優しくするんじゃなくて、本当に大事なことには全力で向き合うっていうか。」

カエデはそう言って、また笑顔を見せた。

「そんなに褒められても、なんも出ねぇぞ。」

黒澤は少し照れたように笑いながら、タバコを灰皿に押しつけた。その仕草がどこか照れ隠しに見え、カエデもクスクスと笑った。

「でも、本当にそう思ってるよ。黒澤くんがいるから、私は強くなれる気がするんだ。」

その言葉に、黒澤は一瞬だけ真剣な目をしてカエデを見つめた。そして、軽く息を吐いてから、ぽつりとつぶやいた。

「…そりゃあ、良かったな。」

カエデはその言葉を聞いて、黒澤が自分をどう思っているのか少し気になったが、それ以上追求することはしなかった。彼の不器用な優しさが、十分に伝わってきたからだ。

やがて、カエデが立ち上がり、伸びをしながら言った。

「さあ、そろそろ戻らないとね。また九条さんに怒られちゃう。」

「そうだな。」

黒澤もゆっくりと立ち上がり、いつものクールな表情でカエデに目をやった。

「お前も、無理しすぎんなよ。なんかあったら、俺に言えよ。」

その言葉に、カエデは思わずドキリとした。黒澤の言葉には、どこか温かさがあった。それが自分に向けられていることが、少し嬉しかった。

「うん、ありがとう、黒澤くん。」

カエデは少し照れながらも笑顔で答え、二人はゆっくりと捜査本部に戻る道を歩き出した。