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法王依頼編 第七章 製作開始
再会・玉座の間にて 3
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店主は自分が作った碁盤と碁石を法王ウルヴェスに、手に取ることが出来る距離から見てもらっている。
蓋を持ち上げ、碁盤の目が現れる。
しかし、誰の目から見ても、その線は歪んでいる。
五人は、その指摘をすることを互いに目で牽制している。
セレナとシエラは事前に店主から事前に説明を受けていて、その点ではドヤ顔をしたいところだろうが、いかんせん周囲の人物たちが持つ力に気圧されてそれどころではない。
「……線が歪んでいると思ったら……盤面がかすかに窪んでいるのか。あぁ、縦横が交わる点で歪んでおるの」
「碁石と碁盤、ともに宝石です。結局ぶつかり合いになります。衝撃を受ければどちらかが欠けます。ヒビも入るでしょう。そうならないように工夫をしました」
「それが窪みということか?」
「はい。セレナ、俺にその杖をつつけ。……ちょっと強ぇぞ? ご覧になられましたか? もっと強くなると出血するでしょう」
「それがどうした?」
「取っ手の方で俺をつつきな。うん、そう。これだとあまり出血することはないでしょうね。尖ってませんから」
「くどいな。どういうことだ?」
「接する面が少ないと、力がそこに集中します。だからこそ壊れやすい。そのために盤面に窪みをつけることで衝撃が和らげられて少しでも長持ちすることになります。それともう一つ」
店主は碁笥から碁石を鷲掴みにして碁盤の上に並べる。
すると
「……なるほど、窪みで固定されやすくなるから、適当においても線に沿って石が並べられるということだな?」
「実戦が終わり検討する時にざっと並べる。その時にどちらの列にその石が並ぶのかということもはっきり分かります。あと水平の面と窪みの曲面の境も角を滑らかにしてますのでそこで衝撃を強く受けることはないでしょう」
「なかなかの工夫ぶりだの。妾も一組欲しくなる一品だな」
「一品……そう、一品でなければなりません。大賞戦の賞品ですから。それとですね。盤と床の接点もきになりましたので、この蓋をひっくり返して床に置き、その蓋を台にして盤を置くようにしています。足がはまるように蓋の裏にも窪みがついてます」
解説の通りに蓋を裏側にする。
その上に碁盤を持ち上げ置こうとするが、店主はそこで動きを止める。
「……どうした? 置くのであろう?」
店主はそれに答えない。
じっと持ち上げたまま動こうとしない。
ただ蓋の裏を見ているだけ。
「何をしている? 蓋の裏に何かあるのか? ……まぁ窪みは確かに四か所あるが……何……」
突然ウルヴェスは仁王立ちになる。
店主以外はいきなりの動きに驚くが、店主は何かを察してウルヴェスを見上げるだけ。
「猊下! ……ご覧になられましたか? ……なられたのであれば、この言葉の意味が分かるはずです。一品である、と」
ウルヴェスはその言葉を噛みしめている様子。
「……よくぞ、このような……うむ、まさしくこれは唯一無二の一品である!」
「置かなくてもいいですよね?」
いたずらっ子のようなお茶目な表情になる店主に、もう十分とウルヴェスは頷く。
「まだどれにするか決めておられなければ、気を付けていただきたいことがあります」
「ふむ、聞こうか」
「この線は、ヴェーダーンと呼ばれる塗料を使われております」
「違うぞ。ヴェーダーンは樹木の名前。その樹液を使っておるということだな?」
やりこめてばかりではないぞと、些細なことを店主に教えるウルヴェス。しかし店主はやや大げさではあるが丁寧な態度で訂正する。
「その塗料、実は宝石と相性があまり良くないようです。ただ塗って乾燥させただけだと、宝石と塗料の密着性は決して高くはなく、つまんで持ち上げるとそのまますべて剥がれる恐れがあります。私のところから盗まれた物がそのまま出された場合、碁盤の目がすべて剥ぎ取られることもあります」
ふむ、とウルヴェスは立ち上がり、隣の献上品候補の碁盤の目をつまむ。
「げ、猊下! 私が献上する碁盤の質をお疑いになられるのですか?! かような者の言など信に」
「ナーダルよ。私に献上する物なら、長持ちしてくれる物であればあれこれ問わぬ。だが国主杯優勝者を称える証しとなるものぞ。血を吐くまで努力し続けた者がその結果手にした物。それがあっさりと壊れた、崩れた、品質が下がったという物を賞品とせよと……」
そこで言葉を切るウルヴェス。
「お前は妾に命じるのであれば、お主に玉座に座ってもらいたい。ナーダル。妾はお主にも声をかけたぞ? お主は拒否したではないか。それとも妾を陰から操るつもりか? なかなか面白い趣向ではないか……」
「い、いえ。そのような意図は……」
「努力し続けたばかりではなく、それを結果に結びつけた者への称賛。その思いが込められている物であると判断できる材料はどこにあるかの? 妾はそういうところにあると考える。それとも……闘石の競技者にはそこまでの価値はないと? それならそれで議論の余地はあるぞ?」
「……猊下、どうかこの品の吟味のし直しを」
ナーダルと呼ばれた人物は腹を決めて改めてウルヴェスの前に差し出す。
碁盤の目は剥がれなかったが、店主が作った物程の工夫が見られずすぐに隣の品の前に移動する。
その碁盤は所々剥がれてしまい、差し出した人物はがっくりとうなだれる。
「なかなか良い知識をいただけた。感謝するぞ」
ウルヴェスは顔だけ店主の方に向ける。
店主は片膝をつき頭を下げ謝意を表する。
「あんなまともな店主初めて見た」
「私も」
「後ろでこそこそしてんじゃねーぞ」
まるで店主節を出せずに貯まるうっ憤をまとめてぶつけているような顔を、そのままの体勢でセレナとシエラに向けている。
蓋を持ち上げ、碁盤の目が現れる。
しかし、誰の目から見ても、その線は歪んでいる。
五人は、その指摘をすることを互いに目で牽制している。
セレナとシエラは事前に店主から事前に説明を受けていて、その点ではドヤ顔をしたいところだろうが、いかんせん周囲の人物たちが持つ力に気圧されてそれどころではない。
「……線が歪んでいると思ったら……盤面がかすかに窪んでいるのか。あぁ、縦横が交わる点で歪んでおるの」
「碁石と碁盤、ともに宝石です。結局ぶつかり合いになります。衝撃を受ければどちらかが欠けます。ヒビも入るでしょう。そうならないように工夫をしました」
「それが窪みということか?」
「はい。セレナ、俺にその杖をつつけ。……ちょっと強ぇぞ? ご覧になられましたか? もっと強くなると出血するでしょう」
「それがどうした?」
「取っ手の方で俺をつつきな。うん、そう。これだとあまり出血することはないでしょうね。尖ってませんから」
「くどいな。どういうことだ?」
「接する面が少ないと、力がそこに集中します。だからこそ壊れやすい。そのために盤面に窪みをつけることで衝撃が和らげられて少しでも長持ちすることになります。それともう一つ」
店主は碁笥から碁石を鷲掴みにして碁盤の上に並べる。
すると
「……なるほど、窪みで固定されやすくなるから、適当においても線に沿って石が並べられるということだな?」
「実戦が終わり検討する時にざっと並べる。その時にどちらの列にその石が並ぶのかということもはっきり分かります。あと水平の面と窪みの曲面の境も角を滑らかにしてますのでそこで衝撃を強く受けることはないでしょう」
「なかなかの工夫ぶりだの。妾も一組欲しくなる一品だな」
「一品……そう、一品でなければなりません。大賞戦の賞品ですから。それとですね。盤と床の接点もきになりましたので、この蓋をひっくり返して床に置き、その蓋を台にして盤を置くようにしています。足がはまるように蓋の裏にも窪みがついてます」
解説の通りに蓋を裏側にする。
その上に碁盤を持ち上げ置こうとするが、店主はそこで動きを止める。
「……どうした? 置くのであろう?」
店主はそれに答えない。
じっと持ち上げたまま動こうとしない。
ただ蓋の裏を見ているだけ。
「何をしている? 蓋の裏に何かあるのか? ……まぁ窪みは確かに四か所あるが……何……」
突然ウルヴェスは仁王立ちになる。
店主以外はいきなりの動きに驚くが、店主は何かを察してウルヴェスを見上げるだけ。
「猊下! ……ご覧になられましたか? ……なられたのであれば、この言葉の意味が分かるはずです。一品である、と」
ウルヴェスはその言葉を噛みしめている様子。
「……よくぞ、このような……うむ、まさしくこれは唯一無二の一品である!」
「置かなくてもいいですよね?」
いたずらっ子のようなお茶目な表情になる店主に、もう十分とウルヴェスは頷く。
「まだどれにするか決めておられなければ、気を付けていただきたいことがあります」
「ふむ、聞こうか」
「この線は、ヴェーダーンと呼ばれる塗料を使われております」
「違うぞ。ヴェーダーンは樹木の名前。その樹液を使っておるということだな?」
やりこめてばかりではないぞと、些細なことを店主に教えるウルヴェス。しかし店主はやや大げさではあるが丁寧な態度で訂正する。
「その塗料、実は宝石と相性があまり良くないようです。ただ塗って乾燥させただけだと、宝石と塗料の密着性は決して高くはなく、つまんで持ち上げるとそのまますべて剥がれる恐れがあります。私のところから盗まれた物がそのまま出された場合、碁盤の目がすべて剥ぎ取られることもあります」
ふむ、とウルヴェスは立ち上がり、隣の献上品候補の碁盤の目をつまむ。
「げ、猊下! 私が献上する碁盤の質をお疑いになられるのですか?! かような者の言など信に」
「ナーダルよ。私に献上する物なら、長持ちしてくれる物であればあれこれ問わぬ。だが国主杯優勝者を称える証しとなるものぞ。血を吐くまで努力し続けた者がその結果手にした物。それがあっさりと壊れた、崩れた、品質が下がったという物を賞品とせよと……」
そこで言葉を切るウルヴェス。
「お前は妾に命じるのであれば、お主に玉座に座ってもらいたい。ナーダル。妾はお主にも声をかけたぞ? お主は拒否したではないか。それとも妾を陰から操るつもりか? なかなか面白い趣向ではないか……」
「い、いえ。そのような意図は……」
「努力し続けたばかりではなく、それを結果に結びつけた者への称賛。その思いが込められている物であると判断できる材料はどこにあるかの? 妾はそういうところにあると考える。それとも……闘石の競技者にはそこまでの価値はないと? それならそれで議論の余地はあるぞ?」
「……猊下、どうかこの品の吟味のし直しを」
ナーダルと呼ばれた人物は腹を決めて改めてウルヴェスの前に差し出す。
碁盤の目は剥がれなかったが、店主が作った物程の工夫が見られずすぐに隣の品の前に移動する。
その碁盤は所々剥がれてしまい、差し出した人物はがっくりとうなだれる。
「なかなか良い知識をいただけた。感謝するぞ」
ウルヴェスは顔だけ店主の方に向ける。
店主は片膝をつき頭を下げ謝意を表する。
「あんなまともな店主初めて見た」
「私も」
「後ろでこそこそしてんじゃねーぞ」
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