184 / 290
法王依頼編 第七章 製作開始
再会・玉座の間にて 2
しおりを挟む
─────────────
遡ること半月ほど前、皇居内某所にて、某人物同士の会話である。
「噂では、猊下は市井の者に頼みごとをしたらしい。周囲に漏れぬようにしてな」
「閣下。それは私も耳にしております。ただの市井の者なら聞き流しても構わないと思っておりましたが、異国どころか、異世界から来た者だそうで。この国のことはこの国に責を担う者に任せるのが一番だと言うのに」
「力こそ一番誰の目から見ても分かりやすい。それゆえ、先王が一番分かりやすかった。多少の苦情よりも強い存続の声に誰もが従うべきだったのに」
「それを今度は、自分の代わりに王になれる者がいたら譲るとか。捻くれもいいところだ。巨塊の件も、放置しておけば宝石が手に入り放題であったというのに。村の物をとっとと排除すべきだったな」
「閣下のおっしゃる通り。目先の生活の心配なぞ、その場から離れればいくらでも安心して生活できる場が見つかるというのに。市井の者どもは愚かすぎますな」
「巨塊討伐では犠牲者を大いに出した。説得力もまるでなかったから協力する気も起きんかったわ。その結果討伐どころか、感謝祭だの何だのと。ただ現実を忘れて騒ぎたいだけではないか」
「全く持って閣下のおっしゃる通りでございます。あげく異世界から何者かを連れて来て、その者の指示に従った猊下。嘆かわしいとしか言いようがありませんな」
「そして此度の猊下の、国主杯の市井への非公式の依頼など……。相手が誰かを突き止めてしょっ引いて首を刎ねるに該当する罪ぞ。……いや待て。頃合いを見計らって、その者が作り上げた物を取り上げるというのはどうか。この国のあらゆる場所は皇族並びに皇族に関係する者の物ぞ。断りなく取り上げたとて文句を言われる筋合いではない」
「問題ないかと思われます。では早速準備にかかります」
「それをその者の代わりに献上するというのも悪くない。その名誉は市井人には相応しくはない。うむ。その後我が吟味して、問題なければ献上品の候補の一つとしよう、うむ」
──────────────
法王ウルヴェスからの依頼で完成した碁盤を玉座の間に持ち込んだ店主ら三人。
その部屋には、既に献上品を法王に披露している人物が五人。
彼らは突然の闖入者に不快な感情を露わにする。
それでもウルヴェスとすでに何らかの関係があることを感づかせないまま、店主は事を進めていく。
「ほう? 耳に入れたいこととはどのようなものか?」
「ここに盗まれた物があるとは考えられないのですが……」
どのような意図で、どのような経緯で碁盤が彼らそれぞれの前にあるかは分からない。
だが盗まれた物や同レベルの物と持ち込んだものを一緒に見られるのも腹立たしい。
その五人はどういう人物かは不明だが、法王の前にいられるほど信頼のある人物なのだろう。盗んだ物がその中にあるなら、本人自ら化けの皮を剥ぐか、彼ら同士でいがみ合って事実を白昼の元に晒されるかが店主にとって一番都合がいい展開。そのためにも、店主は言い回しにも細心の注意を払う。
「盗まれた物には欠陥があります。その欠陥を持つ品物とは格段に違う品物をお持ちしました。装飾品の一つとしてあつかわれてもよろしいですし、実用品としても十分に役に立つ物と思われます」
店主の言葉からは、いつの間にか棒読みの口調が消えている。
「テンシュさん、普通に喋れるじゃない。どうしてお店ではいつもあんな感じなんですか?」
「シエラちゃん、しーっ」
店主の後ろでごそごそ会話をしている二人。後ろに視線をやって二人の会話を牽制する意味で軽く咳払い。
「且つ、国主杯なる大賞の賞品でもありますので、国とのつながりを持たせる必要もあります。もしよろしければ、解説付きでご覧いただきたく、同課お出でいただきたいのですが」
「無礼にも程があるぞ! 猊下に足を運ばせるなどと、何様のつもりでいるのだ!」
すぐ隣の人物からの叱責の声。
「……採用されれば、猊下が優勝者に賜る物。ならば猊下はその品のことを隅から隅までご理解いただく必要があります。目で見て、手に触っていただくことで新たに分かる事実もあります。それが賞品としてよりふさわしい物と分かることもありますし、そぐわないものと判明することもございま……」
「いい加減にせんか! どこの馬の骨ともわからぬ者が指図すると……」
「本音を申しますと、私が造った物こそが、猊下の意に添う物と自負しております。しかしながら遠目では分かりかねるところもございます!」
店主は声を張り上げると、箱から敷布を採り出し床に敷いた後、その上に碁盤と碁石が入った碁笥を乗せる。
碁盤には浅い蓋がかかっている。
「……色はアムベスが持ってきた物と同じようだな。足もほぼ似たような物。ふむ」
アムベスと呼ばれた者は、一番最初に店主に怒鳴り声を上げた人物。
下半身はタコの足が巨大化したような形。上半身は常に形状が変化する粘液体のよう。
体格は幅、奥行き、高さともに店主の四倍くらいの大きさ。
他の四人の体格も似たようなもの。しかし力の大きさを判別するとその体からわずかにはみ出すくらいで、ウルヴェスよりははるかに下回る。
もっともウルヴェスを上回る力の持ち主は存在しないし、体格と力の大きさを比べても、セレナと比べても桁違いではあるが、想像を超えるほどではないため畏れるほどでもない。
ウルヴェスが近寄って来る。
老人と妖女、店と玉座。
この違いだけで、近寄るだけで命の保証がなく生きた心地はしない店主。
しかし自分の仕事の誇りがかかっている。
「側面に何か模様があると思ったら、オルデン王国、そして天流法国ホウロンの花を象っておるのか。……彫刻をくっつけたりはめ込んだりしたのではないな。碁盤に直接彫り込んで、花の形に盛り上げたのか。これは流石に近くで見ないと気付かなかった。うむ、素晴らしいな」
「お褒めに預かり光栄です。いくらか細工を施しておりまして、どうかご照覧ください」
店主はゆっくりとふたを開ける。
誰から見ても、目に入った線は決まった間隔で歪んでいた。
遡ること半月ほど前、皇居内某所にて、某人物同士の会話である。
「噂では、猊下は市井の者に頼みごとをしたらしい。周囲に漏れぬようにしてな」
「閣下。それは私も耳にしております。ただの市井の者なら聞き流しても構わないと思っておりましたが、異国どころか、異世界から来た者だそうで。この国のことはこの国に責を担う者に任せるのが一番だと言うのに」
「力こそ一番誰の目から見ても分かりやすい。それゆえ、先王が一番分かりやすかった。多少の苦情よりも強い存続の声に誰もが従うべきだったのに」
「それを今度は、自分の代わりに王になれる者がいたら譲るとか。捻くれもいいところだ。巨塊の件も、放置しておけば宝石が手に入り放題であったというのに。村の物をとっとと排除すべきだったな」
「閣下のおっしゃる通り。目先の生活の心配なぞ、その場から離れればいくらでも安心して生活できる場が見つかるというのに。市井の者どもは愚かすぎますな」
「巨塊討伐では犠牲者を大いに出した。説得力もまるでなかったから協力する気も起きんかったわ。その結果討伐どころか、感謝祭だの何だのと。ただ現実を忘れて騒ぎたいだけではないか」
「全く持って閣下のおっしゃる通りでございます。あげく異世界から何者かを連れて来て、その者の指示に従った猊下。嘆かわしいとしか言いようがありませんな」
「そして此度の猊下の、国主杯の市井への非公式の依頼など……。相手が誰かを突き止めてしょっ引いて首を刎ねるに該当する罪ぞ。……いや待て。頃合いを見計らって、その者が作り上げた物を取り上げるというのはどうか。この国のあらゆる場所は皇族並びに皇族に関係する者の物ぞ。断りなく取り上げたとて文句を言われる筋合いではない」
「問題ないかと思われます。では早速準備にかかります」
「それをその者の代わりに献上するというのも悪くない。その名誉は市井人には相応しくはない。うむ。その後我が吟味して、問題なければ献上品の候補の一つとしよう、うむ」
──────────────
法王ウルヴェスからの依頼で完成した碁盤を玉座の間に持ち込んだ店主ら三人。
その部屋には、既に献上品を法王に披露している人物が五人。
彼らは突然の闖入者に不快な感情を露わにする。
それでもウルヴェスとすでに何らかの関係があることを感づかせないまま、店主は事を進めていく。
「ほう? 耳に入れたいこととはどのようなものか?」
「ここに盗まれた物があるとは考えられないのですが……」
どのような意図で、どのような経緯で碁盤が彼らそれぞれの前にあるかは分からない。
だが盗まれた物や同レベルの物と持ち込んだものを一緒に見られるのも腹立たしい。
その五人はどういう人物かは不明だが、法王の前にいられるほど信頼のある人物なのだろう。盗んだ物がその中にあるなら、本人自ら化けの皮を剥ぐか、彼ら同士でいがみ合って事実を白昼の元に晒されるかが店主にとって一番都合がいい展開。そのためにも、店主は言い回しにも細心の注意を払う。
「盗まれた物には欠陥があります。その欠陥を持つ品物とは格段に違う品物をお持ちしました。装飾品の一つとしてあつかわれてもよろしいですし、実用品としても十分に役に立つ物と思われます」
店主の言葉からは、いつの間にか棒読みの口調が消えている。
「テンシュさん、普通に喋れるじゃない。どうしてお店ではいつもあんな感じなんですか?」
「シエラちゃん、しーっ」
店主の後ろでごそごそ会話をしている二人。後ろに視線をやって二人の会話を牽制する意味で軽く咳払い。
「且つ、国主杯なる大賞の賞品でもありますので、国とのつながりを持たせる必要もあります。もしよろしければ、解説付きでご覧いただきたく、同課お出でいただきたいのですが」
「無礼にも程があるぞ! 猊下に足を運ばせるなどと、何様のつもりでいるのだ!」
すぐ隣の人物からの叱責の声。
「……採用されれば、猊下が優勝者に賜る物。ならば猊下はその品のことを隅から隅までご理解いただく必要があります。目で見て、手に触っていただくことで新たに分かる事実もあります。それが賞品としてよりふさわしい物と分かることもありますし、そぐわないものと判明することもございま……」
「いい加減にせんか! どこの馬の骨ともわからぬ者が指図すると……」
「本音を申しますと、私が造った物こそが、猊下の意に添う物と自負しております。しかしながら遠目では分かりかねるところもございます!」
店主は声を張り上げると、箱から敷布を採り出し床に敷いた後、その上に碁盤と碁石が入った碁笥を乗せる。
碁盤には浅い蓋がかかっている。
「……色はアムベスが持ってきた物と同じようだな。足もほぼ似たような物。ふむ」
アムベスと呼ばれた者は、一番最初に店主に怒鳴り声を上げた人物。
下半身はタコの足が巨大化したような形。上半身は常に形状が変化する粘液体のよう。
体格は幅、奥行き、高さともに店主の四倍くらいの大きさ。
他の四人の体格も似たようなもの。しかし力の大きさを判別するとその体からわずかにはみ出すくらいで、ウルヴェスよりははるかに下回る。
もっともウルヴェスを上回る力の持ち主は存在しないし、体格と力の大きさを比べても、セレナと比べても桁違いではあるが、想像を超えるほどではないため畏れるほどでもない。
ウルヴェスが近寄って来る。
老人と妖女、店と玉座。
この違いだけで、近寄るだけで命の保証がなく生きた心地はしない店主。
しかし自分の仕事の誇りがかかっている。
「側面に何か模様があると思ったら、オルデン王国、そして天流法国ホウロンの花を象っておるのか。……彫刻をくっつけたりはめ込んだりしたのではないな。碁盤に直接彫り込んで、花の形に盛り上げたのか。これは流石に近くで見ないと気付かなかった。うむ、素晴らしいな」
「お褒めに預かり光栄です。いくらか細工を施しておりまして、どうかご照覧ください」
店主はゆっくりとふたを開ける。
誰から見ても、目に入った線は決まった間隔で歪んでいた。
0
お気に入りに追加
268
あなたにおすすめの小説
三年目の離縁、「白い結婚」を申し立てます! 幼な妻のたった一度の反撃
紫月 由良
恋愛
【書籍化】5月30日発行されました。イラストは天城望先生です。
【本編】十三歳で政略のために婚姻を結んだエミリアは、夫に顧みられない日々を過ごす。夫の好みは肉感的で色香漂う大人の女性。子供のエミリアはお呼びではなかった。ある日、参加した夜会で、夫が愛人に対して、妻を襲わせた上でそれを浮気とし家から追い出すと、楽しそうに言ってるのを聞いてしまう。エミリアは孤児院への慰問や教会への寄付で培った人脈を味方に、婚姻無効を申し立て、夫の非を詳らかにする。従順(見かけだけ)妻の、夫への最初で最後の反撃に出る。
婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです
青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています
チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。
しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。
婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。
さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。
失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。
目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。
二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。
一方、義妹は仕事でミスばかり。
闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。
挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます!
※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。
通称偽聖女は便利屋を始めました ~ただし国家存亡の危機は謹んでお断りします~
フルーツパフェ
ファンタジー
エレスト神聖国の聖女、ミカディラが没した。
前聖女の転生者としてセシル=エレスティーノがその任を引き継ぐも、政治家達の陰謀により、偽聖女の濡れ衣を着せられて生前でありながら聖女の座を剥奪されてしまう。
死罪を免れたセシルは辺境の村で便利屋を開業することに。
先代より受け継がれた魔力と叡智を使って、治療から未来予知、技術指導まで何でこなす第二の人生が始まった。
弱い立場の人々を救いながらも、彼女は言う。
――基本は何でもしますが、国家存亡の危機だけはお断りします。それは後任(本物の聖女)に任せますから
薄明宮の奪還
ria
ファンタジー
孤独な日々を過ごしていたアドニア国の末の姫アイリーンは、亡き母の形見の宝石をめぐる思わぬ運命に巻き込まれ……。
中世ヨーロッパ風異世界が舞台の長編ファンタジー。
剣と魔法もありですがメインは恋愛?……のはず。
死霊王は異世界を蹂躙する~転移したあと処刑された俺、アンデッドとなり全てに復讐する~
未来人A
ファンタジー
主人公、田宮シンジは妹のアカネ、弟のアオバと共に異世界に転移した。
待っていたのは皇帝の命令で即刻処刑されるという、理不尽な仕打ち。
シンジはアンデッドを自分の配下にし、従わせることの出来る『死霊王』というスキルを死後開花させる。
アンデッドとなったシンジは自分とアカネ、アオバを殺した帝国へ復讐を誓う。
死霊王のスキルを駆使して徐々に配下を増やし、アンデッドの軍団を作り上げていく。
役立たずと言われダンジョンで殺されかけたが、実は最強で万能スキルでした !
本条蒼依
ファンタジー
地球とは違う異世界シンアースでの物語。
主人公マルクは神聖の儀で何にも反応しないスキルを貰い、絶望の淵へと叩き込まれる。
その役に立たないスキルで冒険者になるが、役立たずと言われダンジョンで殺されかけるが、そのスキルは唯一無二の万能スキルだった。
そのスキルで成り上がり、ダンジョンで裏切った人間は落ちぶれざまあ展開。
主人公マルクは、そのスキルで色んなことを解決し幸せになる。
ハーレム要素はしばらくありません。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
現代にモンスターが湧きましたが、予めレベル上げしていたので無双しますね。
えぬおー
ファンタジー
なんの取り柄もないおっさんが偶然拾ったネックレスのおかげで無双しちゃう
平 信之は、会社内で「MOBゆき」と陰口を言われるくらい取り柄もない窓際社員。人生はなんて面白くないのだろうと嘆いて帰路に着いている中、信之は異常な輝きを放つネックレスを拾う。そのネックレスは、経験値の間に行くことが出来る特殊なネックレスだった。
経験値の間に行けるようになった信之はどんどんレベルを上げ、無双し、知名度を上げていく。
もう、MOBゆきとは呼ばせないっ!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる