上 下
181 / 290
法王依頼編 第七章 製作開始

献品紛失 碁盤はいずこ 5

しおりを挟む
 店主が法王から非公式で受けた依頼は、国主杯と言われるこの世界での囲碁のタイトル戦の賞品製作。
 碁石とセットで三組作る予定。碁盤の形にした二基。一つは原型の直方体のまま。
 その二基のうちの一基が、『法具店アマミ』に侵入した何者かによって盗まれた。
 たまたま宿泊したシエラに嫌疑がかかるが、店主の悪質な冗談で終わる。
 その店主は自分の推測を進めていくにつれ、自分の仕事を完遂を最優先とした結論を出した。
 そして盗まれたことには二人に箝口令を出す。

「斡旋所に依頼しないの? 警備員を雇うとか」

「そうですよ。対策考えた方がいいですよ」

 二人の反対にあう。

「じゃあなんで今まで盗まれなかった? 来客には皇居の秘宝庫から持ってきた話までは出さなかったが、法王からの依頼の品というと、それなりの品質がないと良い物は作れない。つまり使われる素材は価値のある物ってことになる。誰も盗もうなんて考えてなかったからじゃないか? 盗んだ者やその関係者からは、あの店からこれを盗んできたって話は出ないはずだ。盗まれた事すら想像もされないままなら、そっちのほうがやりやすい。あらゆる意味でな」

 店主の対応策は、事実上の放置である。
 再発防止の必要はないのか、依頼が果たせなくなったらどうなるのか。
 そんな二人の不安もお構いなし。
 店主は特にそのトラブルを気にすることなく、これまでと同じような作業を何日も繰り返していった。

「あの日以来結構雨続くんだな。つか、四季の移り変わりとか全く気にしたことなかった」

「今は雨期だね。農家の人たちが有り難がる時期だよ」

 あの時以来ずっと碁石の型抜きをして半月ほど過ぎた。
 日本の梅雨ほどじめじめとした空気ではなく、程よい涼しさで気持ちいい気候が続く。
 客も必要最低限の買い物をする者達だけ。と言っても一般人ではなく冒険者がほとんどである。

「あと半月くらい続きますよね。それが終わると、暑い季節がやってきます。はぁ」

 すっかり店の関係者になったようなシエラが憂鬱そうな顔になる。
 暑さが苦手らしい。
 滅多に客が来なくなった店のドアが開く。

「いらっしゃいませー。ようこそ『法具店アマミ』へ……」

 セレナより先にシエラが動く。
 弟子入りのはずがいつの間にかバイトをする羽目になってしまっている。

 が、その言葉の後に即座に立ち上がる店主。

「ジジィ! お前何かしたろ?!」

「流石じゃのぉ。毎回姿を変えとるが、すぐに見破れるのはテンシュ殿だけじゃぞい」

 うれしそうな老人に、シエラはおろおろする。
 今に限ったことではないが、客に対してのその口ぶりはいかがなものかと心配する。
 助けを求めるようにセレナを見るが、そのセレナは身体を固くしてながらかすかに震わせている。

「ジジィ……って……、テンシュさんがそう呼んでる人って言うと……え? ええぇぇぇ?!?!」

 老人はその驚きの声の主を見る。

「新顔かの? よろしくな。常連とまではいかんが、まあテンシュ殿とは顔なじみと……」

「だぁれが顔なじみだ。腐れ縁ってやつだ。おぅ、ジジィ。俺が依頼受けてる最中に何かやらかしたろ? でないと俺の推理が外れちまうんだ。つか、やらかしたよな?」

 ほほ、と短く笑う老人。
 シエラはそのやり取りを見ながら、その老人の正体を考える。
 心当たりは一人いる。けれど、当たってほしくない。違う人であってほしいとひたすら願う。

「何か、とは?」

「……例えば、俺への依頼と同じ内容を正式に一般公募する、とかな。そうだなー。半月以上前だったらいいなぁ」

 老人が喜びながら拍手する。

「流石じゃの、テンシュ殿。二十日前くらいかの? そうじゃ、テンシュ殿が嬢ちゃん連れて、皇居に来た二日くらい後かの」

「やっぱりかよ。引き金引いたのはこのクソジジィだったってわけだ。瞬間移動までしてご苦労なこった」

「瞬間移動? 何のこっちゃ? そんなの誰でも出来るじゃろ?」

「で、できませんよ……。ごく一部だけですよ、出来るの……」

 まるで独り言のように喋ったセレナの声は老人の耳に届いたらしい。

「ワシの周りの者なら、その程度のことなら誰でも出来るぞい?」

「あぁ、そうかよ。で、今日は何の用だ?」

 椅子を持ち出してカウンターの傍に置き、それに座る老人。

「その前にお嬢ちゃん、お名前は?」

「シ、シエラ=ドレイクです。こ、ここに弟子入りしに来ました……」

 一見温かく見守るような目つきで老人はシエラに微笑みかける。

「うんうん。ここのテンシュ殿はな、腕はいいんじゃぞ。口の悪さなんて可愛いもんじゃ。うんうん」

「は、はい。頑張ります。それで、おじいさんは……」

「ウルヴェス=ランダードじゃ。よろしくな」

 名前を聞いたシエラは、セレナ以上に体に震えをきたす。

「ほ……ほうおう……サマ……?」

「んな大それた名前言うんじゃねぇよ。ジジィで十分だこんなの」

 ウルヴェスは手を叩きながら爆笑する。

「やはりここにきたら、テンシュ殿の話し方でないとしっくりこんわ。ぅわはははは」

「それよりも猊下、おはな……」
「で、何しに来やがった? そっちからの依頼の仕事で忙しいんだがな?」

 セレナが何かを訴えようと申し出るその言葉を止めるように、店主がウルヴェスにきつい口調で問いかける。

「ん? なぁに、仕事の進み具合を見学しに来たんじゃよ。テンシュの仕事ぶりはまだ見たことがないような気がしてのぉ」

「客席のチケットは立見席も売り切れました。次回の幸運を期待しております。お帰りは足元にお気をつけて……」

「なんじゃ、もう帰らせるのか。もう少し会話を楽しまんか」

「あんたもだろうが俺も忙しい身なんだよ。ところで公式に依頼したとか言ったな。まぁ俺の場合は非公式だから、依頼達成しても用足らずってこともあるんだよな」

「ん? 確かに公式非公式の違いはあるが、公式は半年後。十一の月の三十日。テンシュ殿には一年後と言うたじゃろ。じゃが半端な日にして忘れられても困るな。五の月の三十日でどうじゃ」

 店主はその言葉を聞いてしばし沈黙。
 ウルヴェスの腹を探るように見ている。

「……約束は覚えてるよな?」

「約束? 何のことじゃ?」

 不意に尋ねられ、キョトンとするウルヴェスに店主は改めて確認する。

「会いたい時にはいつでもすぐに会うという条件」

「ふむ。それは忘れてはおらんよ? それがどうかしたか?」

 店主は鼻息一つ強く吐くと同時に、フンとかすかな声を出す。

「いや、別に? ところで七大賞とかいってたな。大賞戦とでも言うのか? 二か月に一回よりちと速いペースで開催されるってことだよな」

「うむ。公募の期限までには三つくらいあるかの。ワシも関心はあるが、賞には関わってはおらん。関係があるのは国主杯だけじゃ」

「ふーん。手が空いたらちょこっとまた触ってみるかな。んじゃホントに時間がねぇからここらへんで勘弁してくれ。でねぇとそこの幼女がお漏らししちまいそうだからな」

「だ、誰が幼女ですか……」

 シエラは文句を言おうとするが、ウルヴェスの存在にその意気が萎れる。

「そこの嬢ちゃんもテンシュ殿を少しは見習うといいかもしれんぞ? ほっほっほ。ではまたな、テンシュ殿」

 ウルヴェスが店を出る。
 直後シエラは泣きそうになりながら、全身から力が抜けるように膝を折り、尻を床に付けた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

三年目の離縁、「白い結婚」を申し立てます! 幼な妻のたった一度の反撃

紫月 由良
恋愛
【書籍化】5月30日発行されました。イラストは天城望先生です。 【本編】十三歳で政略のために婚姻を結んだエミリアは、夫に顧みられない日々を過ごす。夫の好みは肉感的で色香漂う大人の女性。子供のエミリアはお呼びではなかった。ある日、参加した夜会で、夫が愛人に対して、妻を襲わせた上でそれを浮気とし家から追い出すと、楽しそうに言ってるのを聞いてしまう。エミリアは孤児院への慰問や教会への寄付で培った人脈を味方に、婚姻無効を申し立て、夫の非を詳らかにする。従順(見かけだけ)妻の、夫への最初で最後の反撃に出る。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

通称偽聖女は便利屋を始めました ~ただし国家存亡の危機は謹んでお断りします~

フルーツパフェ
ファンタジー
 エレスト神聖国の聖女、ミカディラが没した。  前聖女の転生者としてセシル=エレスティーノがその任を引き継ぐも、政治家達の陰謀により、偽聖女の濡れ衣を着せられて生前でありながら聖女の座を剥奪されてしまう。  死罪を免れたセシルは辺境の村で便利屋を開業することに。  先代より受け継がれた魔力と叡智を使って、治療から未来予知、技術指導まで何でこなす第二の人生が始まった。  弱い立場の人々を救いながらも、彼女は言う。 ――基本は何でもしますが、国家存亡の危機だけはお断りします。それは後任(本物の聖女)に任せますから

薄明宮の奪還

ria
ファンタジー
孤独な日々を過ごしていたアドニア国の末の姫アイリーンは、亡き母の形見の宝石をめぐる思わぬ運命に巻き込まれ……。 中世ヨーロッパ風異世界が舞台の長編ファンタジー。 剣と魔法もありですがメインは恋愛?……のはず。

死霊王は異世界を蹂躙する~転移したあと処刑された俺、アンデッドとなり全てに復讐する~

未来人A
ファンタジー
主人公、田宮シンジは妹のアカネ、弟のアオバと共に異世界に転移した。 待っていたのは皇帝の命令で即刻処刑されるという、理不尽な仕打ち。 シンジはアンデッドを自分の配下にし、従わせることの出来る『死霊王』というスキルを死後開花させる。 アンデッドとなったシンジは自分とアカネ、アオバを殺した帝国へ復讐を誓う。 死霊王のスキルを駆使して徐々に配下を増やし、アンデッドの軍団を作り上げていく。

役立たずと言われダンジョンで殺されかけたが、実は最強で万能スキルでした !

本条蒼依
ファンタジー
地球とは違う異世界シンアースでの物語。  主人公マルクは神聖の儀で何にも反応しないスキルを貰い、絶望の淵へと叩き込まれる。 その役に立たないスキルで冒険者になるが、役立たずと言われダンジョンで殺されかけるが、そのスキルは唯一無二の万能スキルだった。  そのスキルで成り上がり、ダンジョンで裏切った人間は落ちぶれざまあ展開。 主人公マルクは、そのスキルで色んなことを解決し幸せになる。  ハーレム要素はしばらくありません。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

現代にモンスターが湧きましたが、予めレベル上げしていたので無双しますね。

えぬおー
ファンタジー
なんの取り柄もないおっさんが偶然拾ったネックレスのおかげで無双しちゃう 平 信之は、会社内で「MOBゆき」と陰口を言われるくらい取り柄もない窓際社員。人生はなんて面白くないのだろうと嘆いて帰路に着いている中、信之は異常な輝きを放つネックレスを拾う。そのネックレスは、経験値の間に行くことが出来る特殊なネックレスだった。 経験値の間に行けるようになった信之はどんどんレベルを上げ、無双し、知名度を上げていく。 もう、MOBゆきとは呼ばせないっ!!

処理中です...