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法王依頼編 第七章 製作開始

作るのは碁盤と碁石 5

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「セ~レナァ……、なんか腹減った……」

「またのお越しをお待ちしてまーす。……来客中にそんなこおおぉぉぉ?!」
 セレナの耳がその先端にまで力が入り上を向いている。
 階段を下りてくる店主は下着姿のまま。
 明らかに人前に出る姿ではない。

「ちょおおおっとおおお!! 流石にその恰好はまずいよテンシュ!!」

「お? ……心配するな。作業着だ……」
「そんなわきゃないでしょう!! ご飯作ってあげるから上に戻りなさいっ!」

 エルフの耳の動きで感情が分かる時がある。
 普段はほぼ水平だが、耳の先が上に向くことはない。
 だが、この世界でエルフの耳の先が上に向かせるほどの怒りを出させたのは店主くらいではないだろうか。

「お前が同じ格好しても、俺はそこまで怒らねぇぞ? すんごくどうでもいいから」
「いいから上に行けっ!」

 ようやく十一時を過ぎた、まだ昼食には早い時間。
 生活サイクルを守ることは健康管理上必要なことだが、体や本能が要求していることに応えるのも決して間違いではない。
 そしてそれにより作業に取り掛かる体力も気力も回復するとなればなおさらである。

「じゃあ先に食べててね。昼間でまだ時間あるから店番してる。で、テンシュ。今後の予定は?」

 階段を下りかけ、二階のフロアから顔を出しながら訊ねるセレナ。

「今日は碁石作りだな。形が単純だからっつっても油断はできない。一個くらい失敗しても取り返しはつくからその分気軽でやれるんだが、数が多いからな。あぁ、そういう作業だから作業が進んでいる限りは声かけても構わねぇぞ」

「うん、わかった。じゃ先に下りて店番してるねー」

 二階の床を沈んでいくように消えるセレナの頭を見送った後ポツリと一言。

「食器洗い、しなくてもいいよな? ……放置しとこ」

 ────────────────

「おーぅい、作業始めるから。用事あったら声かけていいからな」

 服装も身だしなみも整えて、二階から降りてくる店主。
 寝ぼけた昼前の恰好とは見違える姿。
 これから取り組む仕事が仕事なだけに、気軽に出来る作業とは言え気合は十分。

「声かけてもいいって言っても、そんなにやる気ありそうな目で言われたらまた罵倒されそうなんだけど? まぁ頼りになる事には違いないけどね。じゃ、さくっと昼食済ませてきますか」

 そのタイミングで客が来る。
「セレナー、テンシュー。ちょっと買い物に来たよー」
「スリングが何やらアクセサリーが欲しいとかでみんながつき合わされ……」

「仕事の邪魔だ! お前ら帰れ!」

 来店した客『クロムハード』に向かって指を突き出す店主。

「テンシュ……言うことと態度が違うんだけど……」
 セレナは頭を抑える。

 ─────────────

 事情の説明を聞いた『クロムハード』のメンバーは、セレナの昼食の間ならということで店番の手伝いをする。

「セレナも誰と繋がってるか分かんねぇけど、テンシュも何ていうかこう、いろいろすげぇなぁ」

「間違いなく噂になるね。つっても巨塊騒動のことだけ考えてもさ、テンシュいなかったらどうなってたかわかんないよ」

 スウォードに同意するニードル。
 その声にすぐに反応したのは店主だった。

「あぁ、鳥のねーちゃん、あんときゃ悪かったな。すぐ風呂に連れてきゃよかったんだが」
「ははっ。二十年もたってまだ気にしてんの? 気が小さすぎだよ。あたしらもあれで結構名が売れたしね。名誉の傷ならぬ鼻水。あはは」

「でも向こうの世界のクセって言うか考え方抜けてないんですね。こっちの世界の人間でも寿命は二百五十年くらいなんですけどね。っていうか、僕らの名前覚えてくれませんかね」

「クラブも気が小さいわね。寿命が五百年くらいになったんでしょ? 死ぬ間際には覚えてくれてるわよ、ね? テンシュ?」
 骨のない軟体生物のような種族女性、スリングが声をかける。

「知らねぇよ、タァコ!」
「……せめて罵倒か名前の代わりかの区別は付けて呼んでほしいわね」

 来店の目的である買い物をしにきた彼女も呆れる。

「それにしてもこっちに声かけながらの作業って、テンシュあんまりしたことないんじゃない?」

 エルフ種のアローがカウンターから作業場を覗き込む。

「あぁ。大きさと形さえ整えれば艶を出してそれで終わり。それを三百六十一個か? それをさらに三セット。素材は山ほどあるから十個くらい失敗しても問題ない。ただし十個オーバーしたらどうなるか分からん。特に俺の性格が」

「「「「「今更じゃん」」」」」

 スウォードだけが別の反応。
「手遅れじゃん」
「よーし、お前、これから奇数の日は出禁なー」

「いや、勘弁してください。リーダーとしての威厳が……」

『クロムハード』のメンバーが爆笑する。
 店主も彼らの会話に加わるが、その仕事には手抜きはない。
 一個完成したかと思うと、さらに念入りにいろんな方向から観察し、さらに手直しをする慎重さ。

「品質良さそう……。ヤバい。触りたい。触っちゃまずいよね」
「そうだな。失敗作扱いしちゃうからな。何? お前らも碁……じゃなくて闘石とやらをやったことあるのか?」

 アローは少し顔を歪ませる。
「石は並べることは出来るよ? セレナともやったことあるけど勝てなかった」
「んじゃ俺とやっても相手にならねぇな」

「何? テンシュも出来るの? どんだけ強ぇの?」
「あー……依頼終わったら相手してやっていいぜ? セレナには中盤に入る前に大体俺の勝ちが決まったからな」

「……強ぇじゃん、マジで」
 樹木の体をしたアックスが感心した声を出す。

「あれで強ぇなんて言うなよ……」
 逆に肩を落とす店主。

 セレナが昼食を終えて降りて来るまで、全員で『闘石』の話題で盛り上がった。
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