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巨塊討伐編 第一章:「天美法具店」店主、未知の世界と遭遇
幕間 二:店主が仕事以外の話をしてくるんだけど…… 5
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『天美法具店』がある商店街。そこに一店しかないおもちゃ屋に入って行った店主と、別世界から来たエルフのセレナ。
店主の案内でぬいぐるみのコーナーに足を運ぶ。
そこに並べられてあるぬいぐるみや抱き枕を見て、セレナが突然声を出す。もちろんそれは彼女の世界での言語。この世界の誰が聞いても理解不能。
店主は焦る。
何もしゃべるなという約束があっさりと破るセレナ。
それはこの世界での自分の立場が危険にさらされかねない行為でもある。
だが今のところ、傍から見たら外国から来た観光客が日本のおもちゃに感動している場面。
耳当てがそのままだったのは正解だった。
何か変なことをやらかそうものなら、店主が全身全霊で彼女を拘束する以外に手段はない。体力や腕力では彼女が勝る。店主が力ずくで彼女を何とかしようにも無駄な行為かもしれないが、ほかに手はない。
しかし声はそれだけで止まる。
セレナは口に手を当てたまま固まっている。
出かける前に約束したこと。一つだけ好きなものをセレナに選ばせる。
そのことを覚えているだろうか。
店主はセレナの肩を叩く。しばらくしてその体勢のまま、首だけ店主に向ける。
その彼女の目の前に、店主は人差し指を一本出して目の前にかざす。言葉が分からなくてもそれだけで思い出すだろう。そうでなくては困る。
隠している手から口がはみ出している。
同じように両目をさらに見開いている。
直後、その手を広げ、顔中が笑顔になって店主に近づく。
店主に戦慄が走る。力ははるかに店主を上回る。力いっぱい抱きしめられた日には、軽々とあばら骨の数本は折りそうなくらい。
慌てて店主は必死にぬいぐるみの方に指を差す。お前の欲しい物は俺じゃなくてこれのどれかだろ! と言う意味で。
そのボディランゲージは異世界の住人でも通用したようで、店主が恥ずかしく思うくらいに必死に何度も上下に首を動かしている。
ぬいぐるみのコーナーに向き直、体ごと突っ込んで行ったその先は、店内で一番大きいと思われる白い狐と思われる動物のぬいぐるみ。彼女の全身をそのぬいぐるみは受け止めた。
店主がタグを覗き見ると、まず寸法が目に入った。三メートル弱の大きさ。
おもちゃ屋もよくこんなものを仕入れたものだと感心する。
値段は五桁。
五桁と引き換えに店主は、彼女の世界から戻る際に見せられるセレナの上目遣いの涙目から解放されることになる。
助かった、と安心し、さっさと買って帰ってもらうため、急いで店員を呼ぶ。
セレナはぬいぐるみを抱きしめて全身で喜びを表現している。
「法具店の店主さんですよね。彼女さんにプレゼントですか?」
おもちゃ屋の店員の一人とは言え、同じ商店街の人間である。顔だけは互い知っている。
「いいえ。犬に餌をやる程度の気持ちです」
「ずいぶん高価な餌でうらやましいです」
毒舌をさらりと受け流す店員の応対は流石である。
だが店主は、余計なことを口にしなくていいからとっとと会計を済ませてほしい、と女性店員にやきもきする。
店員の言葉をセレナが理解できていたらどうなっていたか。
店主は、昔言われたことを思い出す。
『遠足は、家に帰るまでが遠足です』
セレナがそっちの世界に戻るまで油断はできない、と気を引き締める。
「えっと……」
店員が店主に声をかける。
まだ何か用があるのかと店員の方を向く。
「そのままお持ち帰りされます?」
「え?」
店主には、店員が言っている意味が分からない。
店員に促されるままセレナを見ると、抱き締めて抱え込んで持ち上げているのだが、柔らかいぬいぐるみに埋もれているようにも見える。
うちの若い連中に、エルフがぬいぐるみに埋もれて喜んでいるなんて教えてやったらどれだけはしゃぎながら見に来るだろう。
そんなばかばかしい妄想は一瞬だけ。
しゃべるなとは言ったが、ぬいぐるみに埋もれながら何かしゃべっている。うーうー唸っているようにしか聞こえない。
普通に見たら微笑ましい姿。
しかし、セレナは人間ではない。
繰り返す。
セレナは人間ではない。
店主はそう主張したいのだができるわけがない。
そんな気持ちは知るよしのない店員は、温かく見守るような目で二人を見ていた。
──────────────────────
こっちの世界と向こうの世界を繋ぐ出入り口は、『天美法具店』と『法具店アマミ』それぞれの出入り口。
店内と店外のどちらからも互いの世界に移動できるように、両店のどちらにも入り口の自動ドアに仕掛けがある。その仕掛けを発動させてからセレナを店内に入れる。
入る前のドアは『法具店アマミ』入った店内は『法具店アマミ』という具合。
ガラス越し……といっても本当はガラスではないが、透明であることには変わりはない。だからガラス越しに外の様子は見えるから、でかいぬいぐるみを抱えたセレナの姿も店内から見える。
店内にいる店員も彼女の姿は見えたはず。しかし彼女の姿はドアが開いた瞬間に消えた。
当然従業員達は驚く。
「おもちゃ屋を出るときはあいつと二人だったが、途中で家に帰らせた。俺の後ろには誰もいなかったよ」
と言って誤魔化し切った。
真面目な九条も、店主がそう言い続けるものだから自分の見間違いと解釈してこの騒動はおしまいとなった。
「九条、すまん。今日も居残りするわ。勤務時間中に穴空けたからな。その埋め合わせで閉店したら奥で作業するから」
出かける直前に、プライベートに仕事を持ち込むなと注意された店主だが、仕事の穴埋めは必要だ。渋い顔はするが了解したように頷く。
こうして店主にとって波乱の一日が終わる。
────────────────
翌日の昼休み。
店主は事後報告も兼ねて昼飯を全員に奢りながらの昼食会。
「見たかったっすね。金髪?」
たまに立ち寄ってくるコスプレだよ。
店主はそう言おうと思ったが、買い物に付き合う間柄になる理由が思い浮かばない。
変に伝えようものなら、そこから綻びが生まれ、別世界のことを告げることになりかねない。
しかし言い訳が思い浮かばない。
「最近はグローバル化も経営の重要な要素ですからね。袖すり合うも他生の縁ってとこでしょう? 店主」
勤務年数が長めの東雲からのナイスフォローで助かった店主。
「とは言っても、これから取引先になる確証もない。だが何もしなけりゃ経営にプラスになることも絶対にない。お前ら英語で日常の会話できるか? 今ここで会話してるような内容をだ」
「片言の……自己紹介ついでの仕事の説明くらいですね」
「私も……会話って言ったら相手の言うことも聞かなきゃいけないでしょ? 聞き取りが難しいし……」
従業員達の口々から自信のなさそうな発言が出る。
最近の学校の授業は昔より進んでいると思っていた店主は、特に若手からの発言にがっくりする。
できないからしないということでは困る。
「俺もできんぞ」
全員「え?」と聞き返すような顔を、そう発言した店主に向ける。
「出来ないまま放置してるなら何も変わらんってことだ。彼女に私用の買い物に付き合ったってことは、多少会話で失敗しても会社に対してダメージは起きないはずだ。だってビジネスじゃないんだから。失敗を恐れず挑戦できるいい機会じゃないか」
なるほどと納得した顔で全員の表情が明るくなる。
これで必要な小細工はあと一つ。
「だがあの人は滅多に来ないらしいからな。挑戦する機会は観光客が迷い込んだ時くらいということだ」
「失敗していいって言うなら、どんどん挑戦していけますね、注連野先輩、涼花先輩」
「そうね。失敗しちゃダメって場面はあるけど、そういう大目に見てくれる店主だし。ここはいい職場だよ、大道君」
和やかに昼食が進む。
店主の残りの気がかりなことは、セレナの気持ちが少しは慰められるかどうかということ。
気持ちを落ち着けてセレナの様子を知るため、それに適した閉店の時間に移動することに決めた。
店主の案内でぬいぐるみのコーナーに足を運ぶ。
そこに並べられてあるぬいぐるみや抱き枕を見て、セレナが突然声を出す。もちろんそれは彼女の世界での言語。この世界の誰が聞いても理解不能。
店主は焦る。
何もしゃべるなという約束があっさりと破るセレナ。
それはこの世界での自分の立場が危険にさらされかねない行為でもある。
だが今のところ、傍から見たら外国から来た観光客が日本のおもちゃに感動している場面。
耳当てがそのままだったのは正解だった。
何か変なことをやらかそうものなら、店主が全身全霊で彼女を拘束する以外に手段はない。体力や腕力では彼女が勝る。店主が力ずくで彼女を何とかしようにも無駄な行為かもしれないが、ほかに手はない。
しかし声はそれだけで止まる。
セレナは口に手を当てたまま固まっている。
出かける前に約束したこと。一つだけ好きなものをセレナに選ばせる。
そのことを覚えているだろうか。
店主はセレナの肩を叩く。しばらくしてその体勢のまま、首だけ店主に向ける。
その彼女の目の前に、店主は人差し指を一本出して目の前にかざす。言葉が分からなくてもそれだけで思い出すだろう。そうでなくては困る。
隠している手から口がはみ出している。
同じように両目をさらに見開いている。
直後、その手を広げ、顔中が笑顔になって店主に近づく。
店主に戦慄が走る。力ははるかに店主を上回る。力いっぱい抱きしめられた日には、軽々とあばら骨の数本は折りそうなくらい。
慌てて店主は必死にぬいぐるみの方に指を差す。お前の欲しい物は俺じゃなくてこれのどれかだろ! と言う意味で。
そのボディランゲージは異世界の住人でも通用したようで、店主が恥ずかしく思うくらいに必死に何度も上下に首を動かしている。
ぬいぐるみのコーナーに向き直、体ごと突っ込んで行ったその先は、店内で一番大きいと思われる白い狐と思われる動物のぬいぐるみ。彼女の全身をそのぬいぐるみは受け止めた。
店主がタグを覗き見ると、まず寸法が目に入った。三メートル弱の大きさ。
おもちゃ屋もよくこんなものを仕入れたものだと感心する。
値段は五桁。
五桁と引き換えに店主は、彼女の世界から戻る際に見せられるセレナの上目遣いの涙目から解放されることになる。
助かった、と安心し、さっさと買って帰ってもらうため、急いで店員を呼ぶ。
セレナはぬいぐるみを抱きしめて全身で喜びを表現している。
「法具店の店主さんですよね。彼女さんにプレゼントですか?」
おもちゃ屋の店員の一人とは言え、同じ商店街の人間である。顔だけは互い知っている。
「いいえ。犬に餌をやる程度の気持ちです」
「ずいぶん高価な餌でうらやましいです」
毒舌をさらりと受け流す店員の応対は流石である。
だが店主は、余計なことを口にしなくていいからとっとと会計を済ませてほしい、と女性店員にやきもきする。
店員の言葉をセレナが理解できていたらどうなっていたか。
店主は、昔言われたことを思い出す。
『遠足は、家に帰るまでが遠足です』
セレナがそっちの世界に戻るまで油断はできない、と気を引き締める。
「えっと……」
店員が店主に声をかける。
まだ何か用があるのかと店員の方を向く。
「そのままお持ち帰りされます?」
「え?」
店主には、店員が言っている意味が分からない。
店員に促されるままセレナを見ると、抱き締めて抱え込んで持ち上げているのだが、柔らかいぬいぐるみに埋もれているようにも見える。
うちの若い連中に、エルフがぬいぐるみに埋もれて喜んでいるなんて教えてやったらどれだけはしゃぎながら見に来るだろう。
そんなばかばかしい妄想は一瞬だけ。
しゃべるなとは言ったが、ぬいぐるみに埋もれながら何かしゃべっている。うーうー唸っているようにしか聞こえない。
普通に見たら微笑ましい姿。
しかし、セレナは人間ではない。
繰り返す。
セレナは人間ではない。
店主はそう主張したいのだができるわけがない。
そんな気持ちは知るよしのない店員は、温かく見守るような目で二人を見ていた。
──────────────────────
こっちの世界と向こうの世界を繋ぐ出入り口は、『天美法具店』と『法具店アマミ』それぞれの出入り口。
店内と店外のどちらからも互いの世界に移動できるように、両店のどちらにも入り口の自動ドアに仕掛けがある。その仕掛けを発動させてからセレナを店内に入れる。
入る前のドアは『法具店アマミ』入った店内は『法具店アマミ』という具合。
ガラス越し……といっても本当はガラスではないが、透明であることには変わりはない。だからガラス越しに外の様子は見えるから、でかいぬいぐるみを抱えたセレナの姿も店内から見える。
店内にいる店員も彼女の姿は見えたはず。しかし彼女の姿はドアが開いた瞬間に消えた。
当然従業員達は驚く。
「おもちゃ屋を出るときはあいつと二人だったが、途中で家に帰らせた。俺の後ろには誰もいなかったよ」
と言って誤魔化し切った。
真面目な九条も、店主がそう言い続けるものだから自分の見間違いと解釈してこの騒動はおしまいとなった。
「九条、すまん。今日も居残りするわ。勤務時間中に穴空けたからな。その埋め合わせで閉店したら奥で作業するから」
出かける直前に、プライベートに仕事を持ち込むなと注意された店主だが、仕事の穴埋めは必要だ。渋い顔はするが了解したように頷く。
こうして店主にとって波乱の一日が終わる。
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翌日の昼休み。
店主は事後報告も兼ねて昼飯を全員に奢りながらの昼食会。
「見たかったっすね。金髪?」
たまに立ち寄ってくるコスプレだよ。
店主はそう言おうと思ったが、買い物に付き合う間柄になる理由が思い浮かばない。
変に伝えようものなら、そこから綻びが生まれ、別世界のことを告げることになりかねない。
しかし言い訳が思い浮かばない。
「最近はグローバル化も経営の重要な要素ですからね。袖すり合うも他生の縁ってとこでしょう? 店主」
勤務年数が長めの東雲からのナイスフォローで助かった店主。
「とは言っても、これから取引先になる確証もない。だが何もしなけりゃ経営にプラスになることも絶対にない。お前ら英語で日常の会話できるか? 今ここで会話してるような内容をだ」
「片言の……自己紹介ついでの仕事の説明くらいですね」
「私も……会話って言ったら相手の言うことも聞かなきゃいけないでしょ? 聞き取りが難しいし……」
従業員達の口々から自信のなさそうな発言が出る。
最近の学校の授業は昔より進んでいると思っていた店主は、特に若手からの発言にがっくりする。
できないからしないということでは困る。
「俺もできんぞ」
全員「え?」と聞き返すような顔を、そう発言した店主に向ける。
「出来ないまま放置してるなら何も変わらんってことだ。彼女に私用の買い物に付き合ったってことは、多少会話で失敗しても会社に対してダメージは起きないはずだ。だってビジネスじゃないんだから。失敗を恐れず挑戦できるいい機会じゃないか」
なるほどと納得した顔で全員の表情が明るくなる。
これで必要な小細工はあと一つ。
「だがあの人は滅多に来ないらしいからな。挑戦する機会は観光客が迷い込んだ時くらいということだ」
「失敗していいって言うなら、どんどん挑戦していけますね、注連野先輩、涼花先輩」
「そうね。失敗しちゃダメって場面はあるけど、そういう大目に見てくれる店主だし。ここはいい職場だよ、大道君」
和やかに昼食が進む。
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