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巨塊討伐編 第一章:「天美法具店」店主、未知の世界と遭遇
『天美法具店』の店主の後悔の始まり 14
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最後は一日最後のミーティングで、従業員の総意ということでセレナの要望に応えるように迫られた。
一週間の夜討ち朝駆けが続いた翌日に無理矢理休日を取らされた店主は、彼女のところに行くことを強制された。
もっともセレナがどこから来たのかは誰も知らない。もちろん店主も従業員に知らせていない。
そしてその転移方法も知らせるわけにはいかないし知られるわけにもいかない。
「長期間不在になっても知りませんよ?」と全員に念を押すのが店主にできる精いっぱいの抵抗。
店主は翌朝の、従業員が出勤する前にセレナの店に異動した。
自分の意志もなくはなかったが、従業員達に迫られたことが大きかった。
『天美法具店』の店主はとうとう観念する。異世界の道具屋を営む魔術師セレナ=ミッフィールの頼みを受け入れる形で彼女の店に異動した。
しかし彼女に予告せずに来店したため、店主の姿を見たセレナは目を丸くして固まっている。
「……俺んとこの従業員達に責められた。だがお前から言い出したことは守ってもらうぜ。報酬はこの世界の宝石。その数や多さは俺が判断する。この世界の金がこっちで通用するわきゃねぇからな」
セレナは駆け寄って店主の手を取る。感謝の意を伝えるが、その手を振りほどく店主。
「俺とお前の共同経営とか言ったよな? 俺の作った物を好きに展示販売できるってことだよな?」
「え? ええ、もちろん。それが?」
自分の頼みを受け入れてもらえたと思っていたセレナは店主の行為に戸惑うが、断る意志ではないことは分かった。
「俺が一番恐れているのは、ここでお前に拘束されること。それと意思疎通の問題だ。言葉は絶対違うし通貨も違う。だから俺への報酬はそれでいいとして会計とかは関知するつもりは全くない。ましてやお前の作った品物の価値なんざ知らん。覚える気もない。俺の仕事も気が向くままにさせてもらう。前にここに来たときに、お前は魔術師とかって言ってたな? そして自分の魔術の効果を確認するためにも、俺にも帰る時にはその操作をさせた。魔術師としては誇りはあるんだろう。俺の肩書は法具店の店主で社長の立場だが、お前のそれと同じように俺には宝石加工職人の誇りもある。共同経営の店なんざどうでもいいし気に入らねぇ仕事は絶対しねぇ。だが仕事をするとなったら、手掛ける宝石や石には誠実でありたいからな。それについて無理矢理やらされるようなことがあったら、俺の店の扉を改装する。どういうことか分かるな?」
セレナは黙って頷く。
いくら魔術師でも、転移の仕掛けがある扉が外されては往復は出来ない。唯一セレナにとって店主の世界に干渉できない弱点だ。
そして店主の意向も理解した。この店が続こうが潰れようが、店主には大した痛みは伴わない。内装、こっちと似たような感じにしろ。ショーケースを左右に並べる。ただしカウンターまで並べなくていい。お前の作ったもんも並べる必要もあるだろうからな。それと俺んところは真ん中にソファを置いているがそれはいらん。ところでショーケースくらいはこの世界にもあるんだろ?」
セレナは首を横に振る。
「なら作れ。魔法か何かですぐ作れるんだろ? で、入り口から奥までの半分は俺の作った物の販売ブース。その半分から奥までは今まで通りにしてもいい」
店主の口調はぶっきらぼうだが、その目は輝いている。セレナにはそこまで気が付いたかどうか。
『天美法具店』では、高価な宝石を素材とした装飾品の方が高い値を付けやすく、同じ個数を売るならば高い方が店の収益につながる。
しかしその質や力を見分けることが出来る店主に言わせれば、たとえ銘のある石をつかったとしてもその質や力が低い材料を使っているのであれば高値はつけられない。そこで販売担当の九条や当番で回ってきた従業員に値段を任せることになる。
「社長は値段に疎いんですね。あ、嫌味に聞こえたらすみません。社長から大いに頼っていただけるとうれしいですし、こちらも頑張り甲斐もあるというものですから」
九条はその店主の悩みを笑って受け止めてくれるが、理由が分かっていても店主はどうしてもその売値には納得がいかない。もちろんその言葉を飲み込んではいる。
ところが、値段についても素材選びについても自分の思う通りに設定できる店が、『天美法具店』とは無縁の場所に出来たのである。
経営が上手くいかなくても店主自身が痛い思いをするわけではないし、セレナは店主の石を見る力を見込んで共同経営の話を持ち掛けて来た。セレナに何か下心があるかもしれないが、店主にとっても決して損をする話ではない。
そうと決まれば話は早い。店主の品物を並べるショーケースを設置する予定の場所をきめ、その辺りに置かれているセレナが作った道具を寄せる。
いくら魔術師とは言え、ショーケースを一瞬にして出現させる方法もあるわけではない。セレナはそれに似た物を扱う業者に連絡を取っている。
連絡先と会話しているセレナに後ろから「少しでも早く持ってこさせろ!」と店主は怒鳴る。
小物を売るために必要な設備の一つなのだ。
しかし店主は怒鳴るだけではない。粗方片付いたそのスペースを壁も含めて掃除に取り掛かる。
「あ、はい。明日の開店時間前に六つ。はい。え? 宛先? ……宛先は……」
店主は店の名前を書いたメモをセレナに見せる。
セレナが意思疎通のためにかけた術は、声や言葉だけでなく、こちらの世界の文字も相手に読めるようになる効果があるらしい。
見せたメモには『法具店アマミ』と書かれていた。
一週間の夜討ち朝駆けが続いた翌日に無理矢理休日を取らされた店主は、彼女のところに行くことを強制された。
もっともセレナがどこから来たのかは誰も知らない。もちろん店主も従業員に知らせていない。
そしてその転移方法も知らせるわけにはいかないし知られるわけにもいかない。
「長期間不在になっても知りませんよ?」と全員に念を押すのが店主にできる精いっぱいの抵抗。
店主は翌朝の、従業員が出勤する前にセレナの店に異動した。
自分の意志もなくはなかったが、従業員達に迫られたことが大きかった。
『天美法具店』の店主はとうとう観念する。異世界の道具屋を営む魔術師セレナ=ミッフィールの頼みを受け入れる形で彼女の店に異動した。
しかし彼女に予告せずに来店したため、店主の姿を見たセレナは目を丸くして固まっている。
「……俺んとこの従業員達に責められた。だがお前から言い出したことは守ってもらうぜ。報酬はこの世界の宝石。その数や多さは俺が判断する。この世界の金がこっちで通用するわきゃねぇからな」
セレナは駆け寄って店主の手を取る。感謝の意を伝えるが、その手を振りほどく店主。
「俺とお前の共同経営とか言ったよな? 俺の作った物を好きに展示販売できるってことだよな?」
「え? ええ、もちろん。それが?」
自分の頼みを受け入れてもらえたと思っていたセレナは店主の行為に戸惑うが、断る意志ではないことは分かった。
「俺が一番恐れているのは、ここでお前に拘束されること。それと意思疎通の問題だ。言葉は絶対違うし通貨も違う。だから俺への報酬はそれでいいとして会計とかは関知するつもりは全くない。ましてやお前の作った品物の価値なんざ知らん。覚える気もない。俺の仕事も気が向くままにさせてもらう。前にここに来たときに、お前は魔術師とかって言ってたな? そして自分の魔術の効果を確認するためにも、俺にも帰る時にはその操作をさせた。魔術師としては誇りはあるんだろう。俺の肩書は法具店の店主で社長の立場だが、お前のそれと同じように俺には宝石加工職人の誇りもある。共同経営の店なんざどうでもいいし気に入らねぇ仕事は絶対しねぇ。だが仕事をするとなったら、手掛ける宝石や石には誠実でありたいからな。それについて無理矢理やらされるようなことがあったら、俺の店の扉を改装する。どういうことか分かるな?」
セレナは黙って頷く。
いくら魔術師でも、転移の仕掛けがある扉が外されては往復は出来ない。唯一セレナにとって店主の世界に干渉できない弱点だ。
そして店主の意向も理解した。この店が続こうが潰れようが、店主には大した痛みは伴わない。内装、こっちと似たような感じにしろ。ショーケースを左右に並べる。ただしカウンターまで並べなくていい。お前の作ったもんも並べる必要もあるだろうからな。それと俺んところは真ん中にソファを置いているがそれはいらん。ところでショーケースくらいはこの世界にもあるんだろ?」
セレナは首を横に振る。
「なら作れ。魔法か何かですぐ作れるんだろ? で、入り口から奥までの半分は俺の作った物の販売ブース。その半分から奥までは今まで通りにしてもいい」
店主の口調はぶっきらぼうだが、その目は輝いている。セレナにはそこまで気が付いたかどうか。
『天美法具店』では、高価な宝石を素材とした装飾品の方が高い値を付けやすく、同じ個数を売るならば高い方が店の収益につながる。
しかしその質や力を見分けることが出来る店主に言わせれば、たとえ銘のある石をつかったとしてもその質や力が低い材料を使っているのであれば高値はつけられない。そこで販売担当の九条や当番で回ってきた従業員に値段を任せることになる。
「社長は値段に疎いんですね。あ、嫌味に聞こえたらすみません。社長から大いに頼っていただけるとうれしいですし、こちらも頑張り甲斐もあるというものですから」
九条はその店主の悩みを笑って受け止めてくれるが、理由が分かっていても店主はどうしてもその売値には納得がいかない。もちろんその言葉を飲み込んではいる。
ところが、値段についても素材選びについても自分の思う通りに設定できる店が、『天美法具店』とは無縁の場所に出来たのである。
経営が上手くいかなくても店主自身が痛い思いをするわけではないし、セレナは店主の石を見る力を見込んで共同経営の話を持ち掛けて来た。セレナに何か下心があるかもしれないが、店主にとっても決して損をする話ではない。
そうと決まれば話は早い。店主の品物を並べるショーケースを設置する予定の場所をきめ、その辺りに置かれているセレナが作った道具を寄せる。
いくら魔術師とは言え、ショーケースを一瞬にして出現させる方法もあるわけではない。セレナはそれに似た物を扱う業者に連絡を取っている。
連絡先と会話しているセレナに後ろから「少しでも早く持ってこさせろ!」と店主は怒鳴る。
小物を売るために必要な設備の一つなのだ。
しかし店主は怒鳴るだけではない。粗方片付いたそのスペースを壁も含めて掃除に取り掛かる。
「あ、はい。明日の開店時間前に六つ。はい。え? 宛先? ……宛先は……」
店主は店の名前を書いたメモをセレナに見せる。
セレナが意思疎通のためにかけた術は、声や言葉だけでなく、こちらの世界の文字も相手に読めるようになる効果があるらしい。
見せたメモには『法具店アマミ』と書かれていた。
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