上 下
290 / 290
エピローグ

番(つがい)

しおりを挟む
 地震雷火事親父。
 世の中には恐ろしいものとされていることがたくさんある。

 『法具店アマミ』が存在するこの世界でもそれはある。

 自然災害は存在するし、魔物により引き起こされる同様の現象もある。
 それを防ぐ魔法はあるが、すべて即時収束できるわけではない。
 失った命を戻すことも出来ない。だからこそ命は尊重されるべきで、尊重してもらえる命になるように育てていかなければならない。

 誰からもその姿は見えないが、常に店主とそれに関係する者達を守る行動をとるセレナがその店にあった。


 あれから何百年か経ち、店主の元で修業していたシエラは自らの意志で『法具店アマミ』の経営の手伝いをするようになった。
 いわばセレナの後釜である。

「やっぱり憧れの存在ですから、同じような仕事をしたいです」

「ふーん、頑張りな」

(頑張ってね)

「そうじゃなくて……。私いなくなったら、テンシュさん一人でこの店やっていかなきゃならないでしょ? 宝石職人の仕事、したくても出来ないことも多くなるじゃないですか。ここ、宝石職人たるテンシュさんあってのお店ですからね」

「全部お前に任せて俺はこれからセレナと二人、気ままな旅に出……」

「ていいわけでないでしょ」

 今までは、ラキュア族の可愛いお手伝いさん扱いだったが、その宣言を機に『法具店アマミ』の一人前の戦力になった。

 セレナを失って少し寂しく感じられたこの店は再び賑わいを取り戻す。
 店主の、客とのやり取りの中でセレナとの話をちょくちょく解説することが普通になってきたこともある。

 しかし寂しいことも起きた。

「テンシュ、俺達『風刃隊』、解散するんですよ」

(えええぇぇぇ?! どうして?! まさか私が見えなくなったから?!)

「ワイアット、セレナが一番驚いてるぞ。俺は別にどうでもいいが」

「テンシュさん、そーゆー反応は相変わらずですよねぇ」

 シエラからの皮肉を受け流す店主に、話を続ける彼ら。
 聞けば、斡旋所の施設の一部、冒険者養成所での指導者になるという。

「ここでも勉強会続いてるじゃないですか。養成所入所前の子供達相手にするんですよ」

「法王が……っていうかウルヴェスさんが前々から考えていたことらしくてね」

 ウィーナが名前に言い直したのは、ウルヴェスは法王の職から退き、ライリーを後継者に、もう一人の候補者ホールスはその補佐と定め、その体制に変わったため。

「俺らもあの子供らとおんなじ立場だったからさ。そんな子供が俺らみたいに冒険者として名を挙げるなんて、運のいい方でさ。運の悪い子供の生活なんて、見れたもんじゃないんだよ。救いの手を伸ばす。その役割も悪くねぇなってさ」

(初めて出会った頃は弱々しくて可愛さもあったけど、今じゃすっかり頼りがいのある五人になったわね)

 驚きの顔から一変して、優しく見守る顔に変わるセレナ。
 昔のことを思い出し感慨深げにしている。

「セレナが、昔のお前ら可愛げがあったってよ。似合わねぇ言葉聞いちまった。笑っていいか?」

「いや、それはひどい。テンシュ、ホント変わらないわねぇ」

「……ま、この店で事足りるような買い物があるならくりゃいいし、もっと質のいい店見つけたらそっち行くのもいいさ」

「冗談でしょ?! ここより質のいい店なんてあるわけないじゃない。問題があるのはテンシュの性格くらいよ」

「まったくです。でも変わったら変わったで気味が悪いことこの上ない。セレナさんも面倒くさい相手に惚れたもんですねぇ」

 店主の影響からだろうか、ミールとミュールの毒舌は止まらない。

「あら? ミュール、久しぶりだね。結構活躍ぶり耳にしてるよ」

 店に入ってきたのはこの店を建てたニィナ。弟であるミュールとの連絡を取り合う場所としてもこの店を利用していたが、今ではすっかり弟離れ、姉離れが出来ていた。

「テンシュ、大工道具の改良の相談しに来たんだけど、取込み中?」

「あ、それなら私がお話し聞きますよ。そっちのソファにどうぞ」

 シエラが張り切ってニィナに対応する。
 これまでは来客の誰もがニィナを見守るような立場であったが、今では店主の仕事のパートナーとして信頼を受けている。

「そういえばシエラの……お姉さんだっけか。えーと……」

「『ホットライン』ですね。姉はリメリアです。姉たちもなんかいろいろお世話になってるようで」

 冒険者達が一般人の店に求める物は武器や防具などばかりではない。
 拠点になる建物も、材料によっては彼らの寿命よりも耐久性が短い物もある。
 十年ほど前にニィナが彼らの拠点の建て直しの依頼を受け、その仕事を終えた評価は彼女が想像していたものよりも高評価であった。

「よぉ、やってるかーっ。俺の兜新調しようかと思って頼みに来たんだ……が……相変わらずにぎやかだな」

「あ、久しぶりっす」

 新たにやってきた客は『クロムハード』のスウォード。彼に真っ先にギースが挨拶をする。

 セレナが今の状態になってから彼らが最初に店にやってきたときに、セレナから激しく説得を受けた店主が渋々依頼禁止のルールを取り下げた。
 理由なく何かを始める、何かを変更するということをしない店主であることを知っていた彼ら。思いもしない出来事に全員驚く。
 しかしそれが、目に見えないがセレナがそこにいて、自分らのために介入していたことを理解するきっかけとなった。

 この日も次々といろんな客がやってくる。

 セレナは店内を歩いて見て回る。
 寿命の年齢差のことで悩んでいた時期があった。
 店主に先に死なれたら、またとてつもない喪失感に襲われるかもしれないという恐れ。
 店主より先に死んだら、店主に来る災難はどうやって解決するのだろうかという心配。

 しかしそれを一気に解決する術を得た。
 店主の命が尽きるまで、店主のことを守ってあげられる。
 店主の命が尽きたなら、この世界の住人になったのだから、魂はこの世界の摂理にそっていくのだろう。
 次に生まれてくるときもきっと、こんな楽しい時間に満ち溢れた生を、一緒に過ごせますように。

 セレナはそんなことを、店内を見渡しながら思う。

「おい、セレナ。何ほっつき歩いてんだ。仕事仕事」

「え、セレナさん、べったりくっついてるんじゃないの?」

「……たまにそんなときもある」

「えぇ~? その時のテンシュの顔見てみたーい」

「うるせぇ。俺は見世物じゃねぇ。おいセレナ、早く来いっつーの」

(はいはーい、今行きますよー)

『法具店アマミ』は今日も、そしてこれからも、たくさんの来客たちにいろんな話題を提供し続けていく。





「……宝石いじってる時間よりもこいつらの相手をする時間が長いような気がするのは納得できねぇんだがな」

(私がテンシュをいじってる時間を一番長くしてあげるから気にしないのっ)


 了
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

三年目の離縁、「白い結婚」を申し立てます! 幼な妻のたった一度の反撃

紫月 由良
恋愛
【書籍化】5月30日発行されました。イラストは天城望先生です。 【本編】十三歳で政略のために婚姻を結んだエミリアは、夫に顧みられない日々を過ごす。夫の好みは肉感的で色香漂う大人の女性。子供のエミリアはお呼びではなかった。ある日、参加した夜会で、夫が愛人に対して、妻を襲わせた上でそれを浮気とし家から追い出すと、楽しそうに言ってるのを聞いてしまう。エミリアは孤児院への慰問や教会への寄付で培った人脈を味方に、婚姻無効を申し立て、夫の非を詳らかにする。従順(見かけだけ)妻の、夫への最初で最後の反撃に出る。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

チート薬学で成り上がり! 伯爵家から放逐されたけど優しい子爵家の養子になりました!

芽狐
ファンタジー
⭐️チート薬学3巻発売中⭐️ ブラック企業勤めの37歳の高橋 渉(わたる)は、過労で倒れ会社をクビになる。  嫌なことを忘れようと、異世界のアニメを見ていて、ふと「異世界に行きたい」と口に出したことが、始まりで女神によって死にかけている体に転生させられる! 転生先は、スキルないも魔法も使えないアレクを家族は他人のように扱い、使用人すらも見下した態度で接する伯爵家だった。 新しく生まれ変わったアレク(渉)は、この最悪な現状をどう打破して幸せになっていくのか?? 更新予定:なるべく毎日19時にアップします! アップされなければ、多忙とお考え下さい!

賢者が過ごす二千年後の魔法世界

チドリ正明@不労所得発売中!!
ファンタジー
魔法研究に熱心な賢者ジェレミー・ラーク。 彼はひょんなことから、世界の悪の根源である魔王グラディウスと邂逅してしまう。 ジェレミーは熾烈な戦闘の末に一騎打ちにより死亡したと考えられていたが、実は禁忌の魔法【強制冷凍睡眠(コールドスリープ)】を自身にかけることで一命を取り留めていた。 「目が覚めたら、魔法が発展して栄えた文明になっているんだろうなあ……」 ジェレミーは確かな期待を胸に、氷の世界に閉ざされていく。 そして、後に両者が戦闘を繰り広げた地は『賢者の森』と呼ばれることになる……。 それから二千年後、ジェレミーは全ての文明や技術が発展しまくったであろう世界で目を覚ました。 しかし、二千年後の世界の文明は、ジェレミーと魔王の戦いの余波により一度滅びかけていたことで、ほとんど文明は変化しておらず、その中でも魔法だけは使い物にならないレベルにまで成り下がっていた。 失望したジェレミーは途端に魔法への探究心を失い、これまでの喧騒から逃れるようにして、賢者の森の中で過ごすことを決める。 だが、自給自足のスローライフも彼にとっては容易すぎたのか、全く退屈な日々が続いていた。 そんな時、賢者の森に供物として一人の少女が捧げられることで物語は動き始める。 ジェレミーは二千年前の殺伐とした世界から打って変わって平和な世の中で、様々な人々と出逢いながら、自由気ままに生きていくのであった。

神に愛された子

鈴木 カタル
ファンタジー
日本で善行を重ねた老人は、その生を終え、異世界のとある国王の孫・リーンオルゴットとして転生した。 家族に愛情を注がれて育った彼は、ある日、自分に『神に愛された子』という称号が付与されている事に気付く。一時はそれを忘れて過ごしていたものの、次第に自分の能力の異常性が明らかになる。 常人を遥かに凌ぐ魔力に、植物との会話……それらはやはり称号が原因だった! 平穏な日常を望むリーンオルゴットだったが、ある夜、伝説の聖獣に呼び出され人生が一変する――! 感想欄にネタバレ補正はしてません。閲覧は御自身で判断して下さいませ。

死霊王は異世界を蹂躙する~転移したあと処刑された俺、アンデッドとなり全てに復讐する~

未来人A
ファンタジー
主人公、田宮シンジは妹のアカネ、弟のアオバと共に異世界に転移した。 待っていたのは皇帝の命令で即刻処刑されるという、理不尽な仕打ち。 シンジはアンデッドを自分の配下にし、従わせることの出来る『死霊王』というスキルを死後開花させる。 アンデッドとなったシンジは自分とアカネ、アオバを殺した帝国へ復讐を誓う。 死霊王のスキルを駆使して徐々に配下を増やし、アンデッドの軍団を作り上げていく。

薄明宮の奪還

ria
ファンタジー
孤独な日々を過ごしていたアドニア国の末の姫アイリーンは、亡き母の形見の宝石をめぐる思わぬ運命に巻き込まれ……。 中世ヨーロッパ風異世界が舞台の長編ファンタジー。 剣と魔法もありですがメインは恋愛?……のはず。

現代にモンスターが湧きましたが、予めレベル上げしていたので無双しますね。

えぬおー
ファンタジー
なんの取り柄もないおっさんが偶然拾ったネックレスのおかげで無双しちゃう 平 信之は、会社内で「MOBゆき」と陰口を言われるくらい取り柄もない窓際社員。人生はなんて面白くないのだろうと嘆いて帰路に着いている中、信之は異常な輝きを放つネックレスを拾う。そのネックレスは、経験値の間に行くことが出来る特殊なネックレスだった。 経験値の間に行けるようになった信之はどんどんレベルを上げ、無双し、知名度を上げていく。 もう、MOBゆきとは呼ばせないっ!!

処理中です...