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出発・別離・帰宅・番(つがい)編 帰宅
『法具店アマミ』にて 帰ってきた者にかける言葉
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「で、これって一体どういうこと?」
(今のウルヴェスの説明聞いたんだよね?)
どんなことでも説明を聞いただけで納得できるとは限らない。
そしてウルヴェスも、当人同士の会話によって分かるものがあると言っていた。
(まず、私がこうしてここにいられるのは、私の思いだけじゃ出来なかったってことを知ってもらおうかしら?)
「いや、お前の意志だろ。死んだ本人がどうしたいかで決まるんじゃないのか?」
セレナはカウンターに肘をつき、両手の指を重ねてその手の甲の上に顔を乗せている。
(もちろんそれも必要。だけどもっと大事なことがあるの)
その顔の笑みはさらに明るくなっていく。
(それは、思われる人がどう思っているかってこと)
「すまん。言ってることがよく分からん」
(ウィリック、覚えてるでしょ? 私の憧れのお兄ちゃん)
店主が自らの意志で、セレナの憧れのお兄ちゃんのことを口にしてしまった手前、知らないとは言えないし知らないふりも出来ない。
(私はお兄ちゃんにそばにいてほしかった。でも現れてくれなかった)
恋しい思いは、セレナからウィリックへの一方通行だったということだ。
もしも巨塊がもたらす災害に巻き込まれてなければ、両想いになる機会をたくさん作れたはずだった。
その機会を奪った巨塊。そしてセレナのそばに現れなかったウィリック。
あの時巨塊に対してセレナが荒れた理由はそういうことだったのかと店主は納得できた。
もしウィリックが現れていたら、憧れのお兄ちゃんとずっと水入らずで過ごすことが出来ていたに違いない。そう考えるとなおさらセレナの怒りももっともである。
(でも、こんなに思ってくれてる人がいるっていうのもうれしいものだよね、テンシュ)
「あ? 俺はお前のことを相棒とは思ったが、恋しいなどとは思ったことは一度もないぞ?」
(ふふ。でもテンシュが私のことを全く思わなかったら、私はテンシュにこの姿を見てもらえるはずがないのよ)
口ではそんなことを言っても、心はそうじゃないんだよ?
と、言い逃れが出来ない指摘を受け、何の言葉も発せられない店主。
実際恋心などはないが、店主の顔は次第に赤くなる。
(だから私は、あの時の言葉を本当にしたい)
「あの時の言葉? って何のことだ」
(聞こえてたはずよ? 愛してる。そして、これからは私がずっと店主のことを守ってあげるって)
シエラが口にしたのではないか?
そう勘違いした、ウルヴェスが瞬間移動で店主を迎えに来る前に聞こえた声のこと。
「セレナ、お前あの時すでに……って、よく臆面もなく言えるなお前!」
(ふふ。……私、肉体を失ってテンシュやほかの人達と触れたり体温を感じることは出来なくなったけど)
「……た、体温ってお前っ」
(肉体を失ったから、思いが何かに囚われるってことがなくなったものも多いし……。私、多分今までより、強いよ?)
セレナは屈託のない笑顔を店主に向ける。
「そう言えば今まですっかり忘れてたが」
(何? テンシュ)
店主も平静を装っていたが、その実、随分冷静さが欠けていたようだ。
「巨塊の奴はどうなった? 一緒に消滅したって話は聞いたが、その確証がないぞ? 俺には気配を感じる能力はないが、そんなものの力を感じないはずはない。だが感じないからといって、そいつがこの世からいなくなったという断言までは出来ん」
(うん、あのね……)
セレナは巨塊と遭遇した時のことを語り始めた。
洞窟の中の地面に見られていたぬめりが、奥に進むにつれ帯びたてかりや見える水分が強めに感じられた。本体に近づいている証拠でもある。
しかし少し奥に視線を移すと、その性質が急に薄らいでいるように見えた。
作業員の撤収と調査員の撤退準備を指示し、それらが完了したのを見て、当たりの様子を見ながらセレナは奥に一歩ずつ進む。
物事に集中すると、ほかの情報が頭の中から消えることは割とある。セレナも例外ではなかった。
ぬめりが薄くなっている理由を考える。
上方に移動できるかもしれない液体であることをすっかり忘れていた。
巨塊は、国主催の村での感謝祭により、力を失いつつある情報ばかりが頭の中に存在し、巨塊の本質のことを見忘れていた。
思い出してすぐに上を確認するも、巨塊は虎視眈々と狙っていたその隙を逃がさなかった。
セレナを頭上から襲う巨塊。
事態の報告だけは必要である。
セレナはもがきながらもそこにいた調査員に撤退を指示。巨塊にそれを悟られないよう、巨塊との戦闘態勢に移った。
(……そしたら急に、お兄ちゃんのことを思い出しちゃってね)
セレナはその時の心境をポツリと店主に漏らす。
巨塊に襲われたセレナは、ウィリックを失ったあの夜のことを思い出す。
憎悪の思いが急に強くなる。
しかしその思いは巨塊の餌となる。次第に大きくなる巨塊。
調査員達はそれを目撃しながらの撤退。
魔法に武器。徒手による攻撃を繰り返すが、粘体の巨塊にあまりダメージはない。
次第に全身に痛みを感じ始める。
巨塊のその体質により、セレナの体は次第に溶かされていく。
しかし調査員達にはその様子ははっきりと見ることは出来なかった。
おそらくそれは幸いだっただろう。
もしセレナが溶かされていく様子を見たら、戦闘力を持たない彼らはそれでも彼女を助けに行き、彼らも犠牲になっていたに違いなかった。
ウルヴェスからは、無事に生還することを最優先と念を押されていた。
それが、自分だけ犠牲になる。
犠牲が増えないことが唯一の救いだろう。
しかし心残りがないとも言えない。むしろ、悔いが残ることばかり。
それはすべて、店主がらみ。
最後まで自分の思いは伝わらなかった。
自分の思いに店主は最後まで応えてくれなかった。
でも
最後に自分のことを、相棒と呼んでくれた。
薄れていく意識の中、その時に感じたうれしさがセレナの心の中で次第に強く広がっていった。
このうれしさを、テンシュに伝えるにはどうしたらいいだろう?
それどころではない洞窟内での巨塊との戦闘。セレナはもはや打つ手はない。
武器も防具も、衣服もすでにすべて溶かされ、皮膚、体の組織までもが巨塊の溶解能力に侵され、体中に痛みを感じる。もはや巨塊との戦闘ではない。巨塊による蹂躙である。
それでも、セレナの心の中はその思いで一杯になっていた。
このまま自分は死んだらどうなるだろう。
次の生に生まれ変わることは間違いない。
けれどそれまでの間は、店主にこの思いが伝わることをしたい。
店主に感謝している。
店主を愛している。
自分がどのようになってしまっても、その思いを伝えたい。
思いに姿形はないけれど、もしセレナのその思いが形に表すことが出来たなら、おそらくは、次第に大きくなっていく巨塊よりもはるかに超える大きさではないだろうか。
巨塊の巨大化を防ぐための方法の一つとして挙げられそれを採用されたのが、店主が提案した村で行われる感謝祭。
しかしただそれを催すのではなく、村民全員が心の底からその祭りの主旨である感謝の思いを持つこと。
長年続けられた、村民全員の心情が伴った祭りは、巨塊の沈静化をもたらした。
感謝の思いが、武力にも魔力にも頼らない、犠牲者なしの巨塊退治に繋がっていったのだ。
そしてこの時再び大きくなりつつある巨塊は、一人のエルフの誰かへの純粋な感謝の思いに直接触れている。
活動が不能になる元となるその思いの持ち主を、自らの体が覆い、包んでいる。
ただで済むはずがない。
セレナの体の完全な溶解と共に、その時の状況を語るセレナの言葉を使うなら、巨塊は完全に浄化されたのである。
「それで一緒に消滅、というわけか」
(うん。でも私はこの世界に私の居場所を作ってもらっちゃった。ひょっとしたらお兄ちゃんも私のそばにいたがったのかもしれない。そう考えると、私はお兄ちゃんの居場所を作ってあげられなかった。私にできなかったことをテンシュはしてくれたんだよ。……ありがとう、テンシュ)
しかしそう言われても、店主にはその自覚がない。
自覚はないが、セレナの魂がセレナの姿をしていることで、店主はセレナに対してどう思っているのかは言わずもがなである。
「……こんなときどんな言葉をかけていいか分からんのだが」
(うん)
セレナは、どう対応していいか困っている店主を見て楽しんでいるかのようだ。
「お前にまだ言ってない言葉がある。聞いてくれるか?」
(うん、もちろん)
その言葉が出てくるのが楽しみで仕方がないという笑顔のセレナ。
店主は軽く息を吸って、セレナに声をかけた。
「セレナ、お帰り」
笑顔のままセレナは目を大きく開く。
そして力強くはっきりとそれに答えた。
(テンシュ、ただいまっ)
(今のウルヴェスの説明聞いたんだよね?)
どんなことでも説明を聞いただけで納得できるとは限らない。
そしてウルヴェスも、当人同士の会話によって分かるものがあると言っていた。
(まず、私がこうしてここにいられるのは、私の思いだけじゃ出来なかったってことを知ってもらおうかしら?)
「いや、お前の意志だろ。死んだ本人がどうしたいかで決まるんじゃないのか?」
セレナはカウンターに肘をつき、両手の指を重ねてその手の甲の上に顔を乗せている。
(もちろんそれも必要。だけどもっと大事なことがあるの)
その顔の笑みはさらに明るくなっていく。
(それは、思われる人がどう思っているかってこと)
「すまん。言ってることがよく分からん」
(ウィリック、覚えてるでしょ? 私の憧れのお兄ちゃん)
店主が自らの意志で、セレナの憧れのお兄ちゃんのことを口にしてしまった手前、知らないとは言えないし知らないふりも出来ない。
(私はお兄ちゃんにそばにいてほしかった。でも現れてくれなかった)
恋しい思いは、セレナからウィリックへの一方通行だったということだ。
もしも巨塊がもたらす災害に巻き込まれてなければ、両想いになる機会をたくさん作れたはずだった。
その機会を奪った巨塊。そしてセレナのそばに現れなかったウィリック。
あの時巨塊に対してセレナが荒れた理由はそういうことだったのかと店主は納得できた。
もしウィリックが現れていたら、憧れのお兄ちゃんとずっと水入らずで過ごすことが出来ていたに違いない。そう考えるとなおさらセレナの怒りももっともである。
(でも、こんなに思ってくれてる人がいるっていうのもうれしいものだよね、テンシュ)
「あ? 俺はお前のことを相棒とは思ったが、恋しいなどとは思ったことは一度もないぞ?」
(ふふ。でもテンシュが私のことを全く思わなかったら、私はテンシュにこの姿を見てもらえるはずがないのよ)
口ではそんなことを言っても、心はそうじゃないんだよ?
と、言い逃れが出来ない指摘を受け、何の言葉も発せられない店主。
実際恋心などはないが、店主の顔は次第に赤くなる。
(だから私は、あの時の言葉を本当にしたい)
「あの時の言葉? って何のことだ」
(聞こえてたはずよ? 愛してる。そして、これからは私がずっと店主のことを守ってあげるって)
シエラが口にしたのではないか?
そう勘違いした、ウルヴェスが瞬間移動で店主を迎えに来る前に聞こえた声のこと。
「セレナ、お前あの時すでに……って、よく臆面もなく言えるなお前!」
(ふふ。……私、肉体を失ってテンシュやほかの人達と触れたり体温を感じることは出来なくなったけど)
「……た、体温ってお前っ」
(肉体を失ったから、思いが何かに囚われるってことがなくなったものも多いし……。私、多分今までより、強いよ?)
セレナは屈託のない笑顔を店主に向ける。
「そう言えば今まですっかり忘れてたが」
(何? テンシュ)
店主も平静を装っていたが、その実、随分冷静さが欠けていたようだ。
「巨塊の奴はどうなった? 一緒に消滅したって話は聞いたが、その確証がないぞ? 俺には気配を感じる能力はないが、そんなものの力を感じないはずはない。だが感じないからといって、そいつがこの世からいなくなったという断言までは出来ん」
(うん、あのね……)
セレナは巨塊と遭遇した時のことを語り始めた。
洞窟の中の地面に見られていたぬめりが、奥に進むにつれ帯びたてかりや見える水分が強めに感じられた。本体に近づいている証拠でもある。
しかし少し奥に視線を移すと、その性質が急に薄らいでいるように見えた。
作業員の撤収と調査員の撤退準備を指示し、それらが完了したのを見て、当たりの様子を見ながらセレナは奥に一歩ずつ進む。
物事に集中すると、ほかの情報が頭の中から消えることは割とある。セレナも例外ではなかった。
ぬめりが薄くなっている理由を考える。
上方に移動できるかもしれない液体であることをすっかり忘れていた。
巨塊は、国主催の村での感謝祭により、力を失いつつある情報ばかりが頭の中に存在し、巨塊の本質のことを見忘れていた。
思い出してすぐに上を確認するも、巨塊は虎視眈々と狙っていたその隙を逃がさなかった。
セレナを頭上から襲う巨塊。
事態の報告だけは必要である。
セレナはもがきながらもそこにいた調査員に撤退を指示。巨塊にそれを悟られないよう、巨塊との戦闘態勢に移った。
(……そしたら急に、お兄ちゃんのことを思い出しちゃってね)
セレナはその時の心境をポツリと店主に漏らす。
巨塊に襲われたセレナは、ウィリックを失ったあの夜のことを思い出す。
憎悪の思いが急に強くなる。
しかしその思いは巨塊の餌となる。次第に大きくなる巨塊。
調査員達はそれを目撃しながらの撤退。
魔法に武器。徒手による攻撃を繰り返すが、粘体の巨塊にあまりダメージはない。
次第に全身に痛みを感じ始める。
巨塊のその体質により、セレナの体は次第に溶かされていく。
しかし調査員達にはその様子ははっきりと見ることは出来なかった。
おそらくそれは幸いだっただろう。
もしセレナが溶かされていく様子を見たら、戦闘力を持たない彼らはそれでも彼女を助けに行き、彼らも犠牲になっていたに違いなかった。
ウルヴェスからは、無事に生還することを最優先と念を押されていた。
それが、自分だけ犠牲になる。
犠牲が増えないことが唯一の救いだろう。
しかし心残りがないとも言えない。むしろ、悔いが残ることばかり。
それはすべて、店主がらみ。
最後まで自分の思いは伝わらなかった。
自分の思いに店主は最後まで応えてくれなかった。
でも
最後に自分のことを、相棒と呼んでくれた。
薄れていく意識の中、その時に感じたうれしさがセレナの心の中で次第に強く広がっていった。
このうれしさを、テンシュに伝えるにはどうしたらいいだろう?
それどころではない洞窟内での巨塊との戦闘。セレナはもはや打つ手はない。
武器も防具も、衣服もすでにすべて溶かされ、皮膚、体の組織までもが巨塊の溶解能力に侵され、体中に痛みを感じる。もはや巨塊との戦闘ではない。巨塊による蹂躙である。
それでも、セレナの心の中はその思いで一杯になっていた。
このまま自分は死んだらどうなるだろう。
次の生に生まれ変わることは間違いない。
けれどそれまでの間は、店主にこの思いが伝わることをしたい。
店主に感謝している。
店主を愛している。
自分がどのようになってしまっても、その思いを伝えたい。
思いに姿形はないけれど、もしセレナのその思いが形に表すことが出来たなら、おそらくは、次第に大きくなっていく巨塊よりもはるかに超える大きさではないだろうか。
巨塊の巨大化を防ぐための方法の一つとして挙げられそれを採用されたのが、店主が提案した村で行われる感謝祭。
しかしただそれを催すのではなく、村民全員が心の底からその祭りの主旨である感謝の思いを持つこと。
長年続けられた、村民全員の心情が伴った祭りは、巨塊の沈静化をもたらした。
感謝の思いが、武力にも魔力にも頼らない、犠牲者なしの巨塊退治に繋がっていったのだ。
そしてこの時再び大きくなりつつある巨塊は、一人のエルフの誰かへの純粋な感謝の思いに直接触れている。
活動が不能になる元となるその思いの持ち主を、自らの体が覆い、包んでいる。
ただで済むはずがない。
セレナの体の完全な溶解と共に、その時の状況を語るセレナの言葉を使うなら、巨塊は完全に浄化されたのである。
「それで一緒に消滅、というわけか」
(うん。でも私はこの世界に私の居場所を作ってもらっちゃった。ひょっとしたらお兄ちゃんも私のそばにいたがったのかもしれない。そう考えると、私はお兄ちゃんの居場所を作ってあげられなかった。私にできなかったことをテンシュはしてくれたんだよ。……ありがとう、テンシュ)
しかしそう言われても、店主にはその自覚がない。
自覚はないが、セレナの魂がセレナの姿をしていることで、店主はセレナに対してどう思っているのかは言わずもがなである。
「……こんなときどんな言葉をかけていいか分からんのだが」
(うん)
セレナは、どう対応していいか困っている店主を見て楽しんでいるかのようだ。
「お前にまだ言ってない言葉がある。聞いてくれるか?」
(うん、もちろん)
その言葉が出てくるのが楽しみで仕方がないという笑顔のセレナ。
店主は軽く息を吸って、セレナに声をかけた。
「セレナ、お帰り」
笑顔のままセレナは目を大きく開く。
そして力強くはっきりとそれに答えた。
(テンシュ、ただいまっ)
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