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最終章:出発・別離・帰宅・番(つがい)編  出発

再び巨塊がらみ 店主は杞憂かそれとも当然の心配か

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 法王ウルヴェスからの依頼内容を聞いた店主は、帰宅したセレナとシエラにそれを伝える。
 過去の経験と状況を予想し、店主は依頼を受けることに反対した。
 しかしセレナは、国民、いや、現場の村人の平穏な生活を取り戻す手伝いをしたいと主張する。

 ウルヴェスもセレナもこの依頼をどんなに願っても、店主は引き受ける気はなかったし、セレナにも受けてもらってほしくはなかった。
 何より店主が考える基準の一つ、それをしなければならない理由が、ウルヴェスからの依頼には存在しない。

 しかしセレナを相棒と認識した店主には、法王からの依頼を引き受けたいという彼女の希望を頭ごなしに拒否、拒絶するわけにはいかない。

「……調査の仕事が危険。反対する主な理由はそれなんだが、現場の村とその隣村、俺はやっぱり足を踏み入れたくはない。何が他人に不快な思いをさせたのか理解できないからな。現場じゃ俺は役に立たん。だから……」

「役に立たないなんてこと、ないよ、テンシュ」

「話の途中に口挟むな、セレナ。役には立たねぇが、だからといってのほほんとここで待機できる気分じゃねぇ。同行したい気持ちもある。が、村人達への印象も良くねぇんだよ。たとえその仕事が村のためであるとしてもな」

 セレナが意識不明に陥った時は、店主は一日で何往復か出来るくらい近い隣村にいた。
 しかし通常の移動手段でも、最高速度を誇る竜車でも片道三日かかる距離があるここ、首都ミラージャーナと塊が存在するバルダー村。現場で何かが起きてしまったら、すぐに駆け付けることは出来ない。

「まったく……ついこないだまで無関心と思ったら、こんどはいきなり過保護って、ツンデレなんてもんじゃないわよ? テンシュ」

「デレてはねぇよ。それに無関心は無関心であってツンツンしてるのとは違うから。もう少し俺の住んでた国のスラング、勉強するか無理して使うことがないようにするかにしろよ」

「はいはい、夫婦喧嘩はそこまでにして、結局セレナさんが主張押し通せばテンシュさんはやぶさかではないってことでいいんでしょ? 心配なのは私もおんなじだけど、セレナさん一人で調査に行くわけじゃないでしょうし。ひょっとしたら塊も消滅寸前って可能性もあるんだし。それにウルヴェスさんもウルヴェスさんですよ。具体的な活動計画がまったく聞こえてこないんですから。用心棒だの法王だの、立場はいいから詳しい話も聞かせてもらわないと」

 二人の掛け合いに割って入るシエラ。しかしご説ごもっともである。
 ウルヴェスからは依頼の用件と目的しか聞かされていない三人。
 立場にこだわるウルヴェスも流石に自分でも説明不足の感は否めず、改めて三人に詳細を説明する。

 とは言っても、塊の力を感知しながら手作業で洞窟の中を掘り進む。
 その作業は国から派遣された作業員の仕事。
 塊に行きついたら、これまでの様子と違う点を、たった一回きりで本体と比べてほんの一部ではあったが遭遇した経験のあるセレナにその調査してもらい、撤収。塊からの襲撃があった場合、殲滅できるなら攻勢に出て、それが出来ないなら撤退。調査未完了でもそれを徹底する。

「まぁそんな内容じゃ」

「……結局自分の口から伝えることになったんじゃねぇか」

 店主のぼやきにウルヴェスは苦笑い。
 ウルヴェスの説明を受け、徹底した戦闘回避の方針を知る三人。
 店主は最後まで明確な快諾の意思表示はしなかったがセレナはその意志は変わらず、シエラはセレナを支持。
 店主とシエラはセレナに同行せず、セレナ一人が調査団に加わりバルダー村に向かうことになった。

 閉店の時間になり、ウルヴェスは皇居に戻る。

「『出発の日は承諾受けてから二日後に設定してた』って随分テキトーに決めてたんですねぇ、ウルヴェスさん」

「国のトップの立場で、まず国民の生活の平穏をっていう方針なら、まあそれも仕方ないかなって思うけど……。テンシュ、いい加減不機嫌な顔何とかしなさいよ」

 そして三人でテーブルを囲んで夕食の時間。
 法王からの依頼は滅多にないが、斡旋所や直接セレナに依頼を持ち込む客も数えきれないほどいた。
 セレナを相棒と認めてからは今の店主のように、依頼を聞き渋い顔をすることもあれば、セレナが依頼を引き受けたその場で依頼人に引き取り願うこともあった。
 逆に推奨することもあれば、セレナが引き受けようか止めようかと悩んでるときには相談に乗ったりもした。

「でも無理もないですよ。こんなに意見割れるようなことがあったの初めてじゃないですか?」

「……リスクがでけぇんだよ。命を落とすかもしれないってことがかなり現実的になる。現場に出向く方はそれなりに覚悟はできるだろうよ。だが無事に帰ってこれるって自信は、現場に出向く奴にしかわからねぇ。見送る方の立場にもなれってんだ」

 セレナとシエラは、今回に限り店主が神経質すぎると感じる。
 危険と遭遇したならば、調査での収穫がゼロでも止む無しという方針であればなおのこと。
 しかし店主は、危険を想定するばかりではなく、巨塊との因縁も考える。

 そもそも力を失った塊が相手なら、セレナではなく別の冒険者でも事足りるはずである。
 しかし巨塊を討伐する計画に参加し、巨塊を目にした者達は、その討伐失敗による爆発により負傷し、それが元で引退したり、年齢からくる肉体の衰えから冒険者業から身を引く者もいて、巨塊を目撃した冒険者が現役で活躍している者といえばセレナくらいである。その仕事もセレナは専業ではない。
 ウルヴェスからすれば、そんな豊かな経験を持つ者を登用したいのだろうが、店主は二の足を踏む。

「もういいじゃない。決めちゃったんだしウルヴェスもそのつもりでいるし。私だってのほほんとしてるわけじゃないよ? どんな仕事の内容だって出発するときは、この仕事で命を落とすかもしれないって毎回覚悟決めてるんだから」

 目に力を宿して力説するセレナに、店主は黙認するしかなかった。
 自分の子供でもない。恋人や妻でもない。相棒である。
 相棒なら、相棒の言うことを信頼することも店主の大切な役割の一つである。

「……準備、ぬかるなよ?」

 店主はそう口にするのが精いっぱいであった。
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