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『法具店アマミ』再出発編 第十章 店主が背負い込んだもの

『法具店アマミ』の休暇の日 そばにいるモノ近づく者

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 洞窟の中では、セレナが一人洞窟から出ようともがいている。

 鉱物などの採掘現場である洞窟の奥に近い場所で陣取っているウルヴェスとほかの冒険者達から、おそらく洞窟の外にいるであろう魔物の討伐を託された。
 引率していた二十一人の子供達はその場で全員眠り込んでいる。その子供達を守るためセレナ以外の全員は洞窟の中に居残り、黒幕の魔物の討伐を最少人数で洞窟を抜ける作戦を立てた。

 この区域に現れる魔物達は、未熟な冒険者でも退治できるような弱い魔物ばかり。
 しかし今、彼らに掛けられた魔術は多種多様。
 まず洞窟の中から見る外の景色は幻術がかけられている。
 洞窟の入り口まで見えない壁で遮られている。
 そして子供達に睡眠の魔術をかけ、ひょっとしたら目覚めても何かの魔術が重ねて掛けられている可能性がある。

 名うての冒険者が揃って困惑する状況を一遍に作ってしまった存在が、そんな弱い魔物であるはずがない。
 セレナですら苦戦するほどの力を持つ魔物がいることは間違いない。
 そしてそんな力を持つ魔物がほかにいるかもしれない可能性があることも考えられたが、弱い魔物同士の派閥争いが起きてもおかしくはない。
 しかしそのような報告は国にも斡旋所にも来ていない。
 ウルヴェスの魔力を誰かに連結して使うことで魔物討伐が可能になるはずである。
 しかし、ウルヴェスの膨大な魔力を受け止められる者は限定される。
 そこでセレナが選ばれた。

 見えない壁の中でゆっくりと進む。しかし壁も侵入者を押し返そうとする力が働くため、セレナの歩みは遅い。
 そしてその壁の中は、その侵入者の体をゆっくりと締め付ける。
 緩やかだがのどを締め付けられ、胸も圧迫されるため呼吸も次第に苦しくなる。体を休ませる環境ではない。
 少しでも立ち止まると、それだけ苦しむ時間も長くなる。気を失うことも有り得る。

 苦しさを紛らわすために、魔力がつながったついでにテレパシーでの会話ができるようになったセレナはウルヴェスに話しかける。

「……っくっ! と、ところで、魔物の正体って、何なの? ふぅ……ふぅ……。知ってる限りじゃ、大したことない魔物しかいないと、思ったんだけどっ」

 目に見えない壁の中に入り込み、苦しい呼吸をしながら出口に向かうセレナ。その壁の厚さは、洞窟の入り口までの五十メートルほどの距離。
 見えない壁に入り込んで抜け出すためには、単純に力業の徒歩で突破することのみ。

「ヴァンパイア、吸血鬼と呼ばれる種族じゃが、あやつはここらの魔物を統制するくらいじゃからさらに力が上回る。そやつの名前は確か、ナイアとか言ったかの」

 セレナはテレパシーのみだが、ウルヴェスは声を発することでセレナにその思いは伝えられる。
 だからそばにいる冒険者達の耳にも届く。

「吸血鬼っつったら、どうしても蝙蝠を連想するんだが……」

「ちょっとエンビー! 確かに蝙蝠の羽ついてるけど、私は魔物じゃないから、魔物じゃないからっ!」

「大事なことだから二回言ったということかの? 冗談を楽しむ場合じゃないが蝙蝠というのは間違いではない。報告によれば、メスの蝙蝠の姿になったり蝙蝠の羽をもつ女の姿になったりするそうじゃ」

 蝙蝠の羽をもつキューリアはエルフの亜種。自分の姿を変えたり別の物に見せる能力はないし、それは誰にも分かっていることだが一応自分はこの件とは無関係のことをアピールする。

「けど吸血鬼なら噛みついたりされなきゃ被害は出ないだろ? 幻術や催眠術で近寄って行かない限り無難だと思うんだが」

「そやつが吸い取るのは血ばかりではない。我々の生気も吸い取る。吸い取られた者はもちろん死ぬか、あるいはそやつの使い魔になる。接触しなくても犠牲者が出るとか。ただその場合は条件がある」

「条件?」

 苦しさを感じながらも洞窟の外を目指して歩を進めるセレナ。冒険者達との会話を聞く余裕はないが、ウルヴェスからの魔物の情報には耳を傾ける彼女は聞き返す。

「うむ。会話などで相手の心をへし折るとでも言うか、前に進もうとする者や何かに立ち向かおうとする者の気力をなくすとでも言うかの。会話などで相手の心の隙間に入り込む。そうして気力を吸い取り、生気を吸い取る。そんな手練手管じゃよ」

「……力業でこられるなら急がなきゃいけないけど」

 セレナから帰ってきた反応は、ウルヴェスの話からしばらく時間が開いた。

「ん?」

「そいつがそんな方法をとるなら、少しは時間の余裕はあるわね。だって相手が悪かったもん」

「魔物の相手が悪かった? どういうことじゃ?」

「なるほど。そりゃ相手が悪かったわ」

 ウルヴェスが聞き返した言葉を聞いて、彼女のそばにいる冒険者たちが次々と吹き出す。

「だって、会話で心をへし折るんでしょ?」

「うむ。左様。それがなぜそうなるんじゃ?」

「だって、その魔物が相手をしているのはテンシュだよ? 一筋縄ではいかないテンシュだもん」

「噛みつかれることがあったら一巻の終わりだろうが、普通の人間だと思ったら大間違い。テンシュだもんな」

「と言っても急いでテンシュのもとに急いでもらわないと困るけどね」

 洞窟の中では店主の話題で盛り上がる。
 そのきっかけになった言葉を発したセレナは、苦悶の表情を浮かべながらも前進はやめない。

 全身を守っている鎧すべてを脱ぎ捨てればいくらかは苦しみも和らぐだろうが、敵はどれ程の力を持つ魔物か分からない故、そのようなことはできない。
 大切な人を二度も失うような過ちは絶対にしない。
 そう固く心に決めて、苦しみながらも足を常に前に進めていたセレナの目の前には、洞窟の出口が近づいてきていた。
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