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『法具店アマミ』再出発編 第十章 店主が背負い込んだもの

『法具店アマミ』の休暇の日 そばに寄るモノ

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 幾分か冷静さを取り戻した洞窟の中の冒険者達。
 しかし彼らには状況を変えられない。

「打つ手、なしかの?」

 突然全員に聞こえる声はウルヴェスのもの。
 姿を出さないまま、どこからともなく聞こえてくる。もちろん子供達は眠ったまま。
 彼女の声だけでも、洞窟内でどんなことが起こるか予想がつかない現状。
 それに変化なしと見るや、冒険者達はやや安堵する。

「しかし、子供らは俺たちの目に届く範囲にいるが、このままじゃひょっとしてテンシュがやばい。何とか打つ手は」

「まぁ妾の目にも届く範囲、今の妾の姿では直接手を伸ばすことは出来んが、魔術をかけて力を補助することは出来るの」

 全員がウルヴェスの「今の姿」の一言に引っかかった。

「え? どこにもいないよ? 不可視の状態じゃないの?」

「ふふ。今なら全員作業どころではないからな。洞窟の内壁の一部になっておる。不可視のままでは目に見える効果が出る魔術をかけることは出来んし普段通りの力も出せんが、何も手出しが出来んわけではない」

「岩になってるの?」

「まさか地面になってる?!」

「法王を足蹴にしてたりするのか、俺ら?!」

「たわけ! のんきな話しとる場合ではなかろう! 洞窟から脱出する話をせんか! じゃがこの仕掛人も相当力があるぞ。妾が預ける力を受け入れ、その力でもってその仕掛人を確実に仕留めることが出来る者に託すほかはあるまい」

 ウルヴェスに叱られ、全員が我に返り気を引き締める。
 そしてウルヴェスからの言葉を考える。

「やっぱりセレナさんしかいねぇだろ。子供の監視は頭数が多くねぇとダメだ。テンシュが何者かと接触してるとしても、こっちの人数を割くわけにゃいかねぇ」

 エンビーが言うまでもなく、セレナは既に意を決している目をしている。
 そして彼の言うことに異を唱える者はいない。

「預ける、託す。それも手ではあるが、妾がセレナ嬢を通じて魔力を発揮する。そんな方法もできるならやってみようと思う。が、さすがに妾の全力を嬢の体を通すとなると、嬢の体も悲鳴を上げるじゃろ。そこは推し量る。心配しなくてよい。妾とて嬢にばかり集中して、そこの子供らを放置するわけにもいかんでな」

「何でもいいから早く! この普通じゃない事態ならテンシュだって一刻を争う事態が起きてるはずっ!」

「方向は間違いない。じゃが見えない壁があるように思われる。分厚いなんてもんじゃない。深い海の底を歩くくらいの圧力はあると思う。が、洞窟から出るまでの距離じゃな。己の足のみで洞窟から抜け出せ。よいな?」

 海の底を歩く経験はセレナも誰もしたことはない。が、想像は出来る。
 足が思うように前に進まないだろうし、壁を抜けたときにはおそらく相当体力は減る。
 しかも壁を抜けるためには体力ばかりではなく魔力による抵抗も必要となる。

「……よし、妾と嬢との力の連結が出来た。焦ると余計な体力を使う。落ち着いて進め。いいな」

「余計な術は使わず、壁の中に入っていくように歩いていくだけでいいってことね、分かった。……テンシュ、もうちょっと辛抱してて。あなたは絶対、私が守るっ!」

 ウルヴェスの忠告と、冒険者達から願いを託されたセレナは、全く動かない外の風景目掛けて体を投げ出すように勢いをつけ、見えない壁に向かって進んでいった。


 洞窟の外では相変わらずナイアから店主への一方的な会話が続いている。

「じゃあテンシュは一人ぼっちで友達とかいなかったんだ。さーみしーい。私達は一人ぼっちってわけじゃなかったもんね。だって同じ生活してたら友達じゃなくても、困ったときや苦しい気持ちはお互い分かるから通じ合えることがあるもの」

 店主の感情と思考が止まる。
 兄弟子と気持ちが通じ合うことがあっただろうか。
 いつも世話をしてもらっていた。
 いつも面倒を見てもらっていた。
 いつも迷惑をかけていた。

 そんな思いが積もっていく。

 通じ合うことが出来なかったからこそ、兄弟子が去るときには、書置きのメモ一枚で済ませられたのだろうか。
 そんなこともふと思う。

「ねぇテンシュ、今はどうなの? 分かり合える人いなさそうだけどさ、分かりたい、分かってあげたいって思う人たちがそばにたくさんいるよねぇ」

 ナイアの言う通り、セレナやシエラ、冒険者達、そして子供達まで大勢から慕われている。

 あいつらが勝手に付きまとっているだけだ。

 店主はそう口にしかけたが、兄弟子が今の自分の姿を見たらどう思うだろうか。
 同じ立場の者が目上の者から目をかけられると、自ら身を引く性格の者から見たらどう感じるだろうか。
 気持ちが通じ合えるように、苦楽を共にして同じ時間を過ごす経験を一緒に積んでいくよう、こっちから働きかけるべきだったのではないだろうか。

 しかし目の前から急にいなくなる予兆もなかった。予想もしていなかった兄弟子の行動に対してどんな働きかけが出来るというのか。

 セレナに語った昔話。
 その時に湧いた思いは、この世界に来る前から何度も何度も繰り返してきたものだ。
 そしてまた今もこうして悩み始める。

 だがそんな経験が、今の店主に生かされている。

 店主にはいい経験になっただろうが、当人である兄弟子のことを考えると喜ばしいことばかりではない。
 兄弟子の境遇には何の変化もないはずだから。
 店主の上から目線ではあるが、兄弟子のことを何とかしてあげたいという気持ちはいまだに持ち続けていた。
『天美法具店』を経営していたころは、従業員達がいた。
 彼らとその家族を養うことを何より一番重要視していた。
 兄弟子のことどころではなかった。

 しかし『法具店アマミ』に仕事の舞台を移してからはそのことから解放されると、兄弟子のことを思い出すことが多くなる。
 そこにセレナが昔のことを思い出させる話題を切り出してきた。

 そして今、ナイアからもその話をされている。
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