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『法具店アマミ』再出発編 第十章 店主が背負い込んだもの

『法具店アマミ』の休暇の日 邪れつく童心

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 洞窟内では緊張感で満ち溢れていた。
 冒険者達の警戒レベルを出来る限り最大限にしている。

 斡旋所からの依頼では、この区域での仕事はすべて初心者レベルの冒険者宛である。
 未熟な腕でも生還率どころか、達成率も百パーセント。一般人なら危険区域かもしれないが、魔物討伐の心得がある冒険者ならば、危険視される地域ではない。
 しかしその状況が一変する。
『風刃隊』、『ホットライン』、『クロムハード』、そして単独冒険者十傑の一人でもあったセレナですら、幻術か何かにかかったことすら気付かなかったのである。

「そうだ、ウル」
「やめろ。彼女は呼び出すな。子供らが混乱してしまう。眠らせたままの方が警護しやすい」

「そうね。彼女が姿を現した影響で目が覚めても、睡眠のほかに幻術とか魅了の魔術がかけられてる可能性もあるもの」

 誰もが熟練している冒険者達。状況を把握したとたん取り乱すことはあったがすぐに冷静さを取り戻す。
 しかしそのことで、さらに状況が悪くなる可能性があることに気付く一同。

「……なあ、子供達は俺らがこうして守ることは出来るけどさ、テンシュ、今一人きりじゃね?」

 全員がこの一言を言い出したギースに注目する。

「ターゲットはこっちじゃなくてテンシュさんってこと?!」

「……テンシュ、何も見えなくても力の気配を出してればその存在は分かるって言ってたけど」

「攻撃が来ると分かってても避けられなかった経験、みんなあるよね」

「のんきなこと言ってる場合じゃない! ここから何とかして出ないと! テンシューッ!」

「セレナさん! シーッ!」

 セレナは思わず大声を上げる。
 周りは彼女の声を制するが子供達は眠りから覚めないまま。
 幸いなことに、その大声のおかげで洞窟の外にまでは届かないことも分かる。
 事態はさらに悪い方へ進むことはしばらくはなさそうだが、なんとも手の打ちようがない。


「そーなんだぁ。ここで店を初めて開いたわけじゃないのかー」

「あー? あぁ。元居た所にも事情はあったんだろ。詳しいことを知るつもりもないが、大人になりゃいろいろ複雑に考えたがるようになるもんさ」

 洞窟の外では店主が、蝙蝠の羽が背中から生えている少女、ナイアと話をしている。
 とは言っても、ナイアが一方的に話しかけ、店主が適当に相槌を打っているやり取りが中心になっている。

「でもテンシュって器用よね。いろんなもの作れるのね」

「あ? 俺は宝石の細工専門。他の物はあのねーちゃんが作ってるよ」

「へー、そうなんだぁ。ねぇねぇ、私もテンシュが作ったアクセサリーとか身に着けて、テンシュのお嫁さんになりたいなー」

「それみんなの前で口にしてみな? あのおねーちゃんが真っ先に百万トンハンマーで殴りかかってくるぞ」

「何それ。テンシュおもしろーい」

 ナイアは店主の話にケラケラと笑う。
 だがそれとは対照的に店主は無表情で洞窟の方に目を向けたまま。

「ねぇねぇ。テンシュって、ほかの国から来た人なの? みんなそんな話してたよ?」

「国じゃねぇな。……まぁ別んとこだ」

「そこでも宝石屋さんしてたの? こんな風に勉強会とかもやってたの?」

 店主は次第に不機嫌な顔になる。
 だがナイアを邪険にすることなく、普通に受け答えをする。しかし店主からナイアに話しかけることはない。
 会話というより質問に答えるだけである。

「宝石屋に就職してただけ。勉強は……日々勉強だったな。勉強しながら仕事してた。そんな感じだ」

「じゃあ私達みたいに、一緒に勉強する人達もいたの?」

 店主は答えに困る。子供達のように一か所に集まって授業を受けるような勉強とは違う。
 だが答えなければならない理由もない。
 勉強の仕方もいろいろあるさ。そう答えて口を閉ざした。
 しかしナイアの質問は止まらない。

「仲のいい人っていたの? 私達、最初はみんなよく知らない子同士だったんだけど、今ではみんな仲良しだよ。テンシュのおかげだねっ」

 店主の脳裏に浮かんだのは、修業時代の兄弟子の顔。
 決して消えることのないその記憶は、呼び起こす度に目の前の現実への注意が散漫になる。
 平常を装っても、それだけ忘れられず気に病んでいるということだ
 店主の眉間の皺がさらに深くなる。

 それを見たナイアの笑顔が醜くゆがんでいく。しかし店主はそれに気が付かなかった。
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