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『法具店アマミ』再出発編 第十章 店主が背負い込んだもの
店主 昔語り 消えぬ後悔
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宝石職人の道を志した店主は、方々の宝石店の品物や美術展に足を運ぶ。
好みのデザインを探すだけならそんなに手間はかからない。
だがいかんせん石の力を見ることが出来るようになってしまったため、その力を持て余してしまった。
日常生活に差し支えが出るような力ではないから、なぜ自分にこんな力が身に付いたのかという悩みはない。だがせっかく身に付いたこの力を、どう生かせばいいのかという答えが出ない悩みに苦しんだ。
そして出した結論が、世に出回っている装飾品を見て、自分が納得できる物を見つけること。そういう物を多く作っている職人の仕事を見ること、あるいは会って話が出来る機会を作ること。
「何百人もの職人と出会い、いろんな話をした。三年はかかったな。ようやく目当ての一人に出会えた」
「テンシュの師匠ってことになるのかしら?」
「あぁ。だがもちろん俺みたいに力を見るなんてことは出来ない。だが師匠は勘が鋭かった。俺は石の力を見ることは出来る。だが見落としもあったりした。師匠はそれがなかった。俺の力のことを正直に話し、今まで誰からも理解されなかったことも明かした」
話を聞いただけなら、意味不明なことを捲し立てる身元不明者扱いをされたかもしれない。
しかし自作の小物やアクセサリーを見せると、それを手にして見つめながら唸り出す。
すると一人の若者を呼び出し、それを見せる。
何やらひそひそ話で会話したあと、弟子入りを許可された。
師匠は自宅から離れたところに職場を設け、自営で宝石加工やアクセサリーの製造をしていた。
実家を出て独り暮らしをしていく中でようやく出会えた師匠と兄弟子。
兄弟子が住み込みで師匠の下に就いている。四六時中師匠からの指導を受けている。
その話を聞いて、兄弟子と共に師匠の自宅で住み込みの生活を始め、行動を共にし、同じ職場に通うことになった。
「……師匠と話をしていた相手が兄弟子だったんだ。入門を許可された後、力仕事を命ぜられた。兄弟子からはその仕事を助けてもらった」
「……荷物運びとか?」
「いや、宝石を採掘してこいってな。海外の……あちこちの国に行かせられた。兄弟子と一緒じゃなきゃ途方に暮れてた。宝石を加工するだけでいいと思ってたからな」
仕事に関する苦労。それは全く苦に思わなかった。だが他国に行けば言語の食い違いや文化の違い、考え方の違いなどでトラブルが起こる。
まだ人生経験が乏しい当時の店主にとっては、予想もしなかった仕事以外での障害が次々と起こる。
店主は兄弟子から、その数々の問題から守ってもらい、また、切り抜けるための知恵などを教えてもらった。
「兄弟子にはホントに迷惑かけた。けど、俺に兄がいたら、こんなに面倒見てもらえたんだろうなぁって思うほど、ホントに可愛がってもらった。あの人のおかげで、師匠の下に居続けることが出来た。もちろん仕事の面でもいろんなことを教わった。洗練されたデザインや、対称じゃない模様のバランスや素材の配置。何から何まで、本当にいろいろと教わった。本当に、尊敬していたんだ」
弟子は店主と二人だけ。
喧嘩や仲違いすることはなかった。
兄弟子は店主の知らないことをたくさん知っていた。兄弟弟子というよりも、もう一人の師匠と受け止めていた。
年月が経つとともに師匠と兄弟子の持つ知識や技術を吸収し、店主も職人として成長していく。
それが、兄弟子との仲がギクシャクしていく要因となっていった。
「もっといろいろ教わりたかった。俺の知りたいことをまだまだたくさん知ってたし、センスも適わなかった。一緒に師匠の下にいて、一緒に指導を受けていたかった」
「……一緒に、いられなくなった?」
「いや」
閉じる瞼に力が入っている。言い出しにくいことを口にする時、言おうか言うまいか迷い、躊躇うことがある。
セレナは、店主からそんな素振りを感じとる。
「……俺の前から、師匠の下から、何も言わず去っていった」
セレナには、店主が泣いているのか泣いているように見えるのか分からなくなっている。
それでも店主の横顔を見守っていた。
「師匠の勘の鋭さと、石や宝石を見る俺の力の判定と一致することが多くなった。当然話が合うことが多くなる。師匠は跡継ぎの育成を俺の方に力を入れたんだな。今にしてそう思う。けどあの時は、とにかくいろいろ学ぼうと必死だった」
「テンシュのせいじゃない……と思う、けど」
「……兄弟子は優しすぎたんだな。気を遣い過ぎたんだ。プライドが高い人ではなかった。あとからやって来た俺に、知識や技術を逆に質問してきたこともたくさんあったから。真面目な人だった。他人の事を自分の事のように心配することもあった。師匠や俺に良いことがあれば自分の事のように一緒に喜んでくれた。でも逆のことはなかった」
「それで、急にいなくなった?」
「あの人にだって、もっと師匠から知りたいことや聞きたいことがあっただろうに。でも俺に気を遣って、俺が師匠と一緒にいる時間を長くしてくれた。師匠の望む通りに、自分よりも俺と一緒にいる時間を大切にしてくれてた。本当に悩んだり、困ったりしていても、自分の事をいつも後回しにしてた。そしてある日から姿を見せなくなった」
まだ彼らにとって寝るに早い時間。
しかし後は寝るだけなのに、次第に店主の声が荒くなる。
「知りたかったら、分からなかったら聞きにくりゃよかったのに。どんなことを思っていたか感じていたか、何でも話ししてくりゃよかったのに。だってあれだけ俺に世話してくれたんだ。遠慮する間柄だったら、あんなにいろいろ俺を助けてくれてなかっただろうよ。何もかもを打ち明けられる関係だと、俺はずっと思ってた。でもそう思ってたのは俺だけだった。あの人は、そうは思っていなかった」
セレナは思わず店主の額に手のひらを当て、撫でる。
声とともに荒くなっていく店主の呼吸が少し落ち着く。
「……どう思っていたかは知らねぇ。でも、心を開く相手には、俺はなれなかったってことだ。あの人はメモだけ残して突然いなくなった。『お世話になりました』。そして俺へは『期待してるぞ』とだけ」
店主には確かに特別な力はあった。
だからと言って、他の人より優れた人間ではない。
そのことは店主本人が一番よく知っていた。
そうでなければ、友人が減っていくなんてことなかったはずだから。いなくなっていった友人達が戻ってくるはずだから。
「どこにいるかも知らねぇ。どこに住んでるかも分からねぇ。たくさん恩を受けたのに、返すことがもう出来ねぇ。師匠も気落ちした。それでも俺がいたから指導はしてくれたし俺も受けた。だがそれから間もなく独り立ちさせられた。もちろんそれなりの実力はあるって、師匠が薦めてくれた次の職場の宝石店から太鼓判押されたけどな」
それから師匠はまた一人きりで仕事に励み、家族と客以外は会わなくなった。
店主は初めての職場で好評を得る。その一方で兄弟子のことを捜す。
「手掛かりも何もない。師匠も俺と会うつもりもなかったようだった。師匠からの伝言は、独り立ちしたんだから昔のことは気に病むなとだけ。兄弟子のことは、恐らく死ぬまで後悔するだろうな」
「……テンシュ……」
店主の額を、頭をゆっくりと撫で続けながら、セレナは巨塊騒動の事を思い出す。
憧れの存在を喪ったとき、自分に言ってくれた店主の言葉は、その経験が生み出した教訓だったのか。
あの時の心の苦しみを軽くしてくれたのは、いまだに苦しんでいる店主の心からの声。
セレナは今、心からの感謝の思いを店主に伝えたくなった。
しかし、今の店主はそれを受け付けるどころではないだろう。
薄暗い沈黙の時間が流れていった。
好みのデザインを探すだけならそんなに手間はかからない。
だがいかんせん石の力を見ることが出来るようになってしまったため、その力を持て余してしまった。
日常生活に差し支えが出るような力ではないから、なぜ自分にこんな力が身に付いたのかという悩みはない。だがせっかく身に付いたこの力を、どう生かせばいいのかという答えが出ない悩みに苦しんだ。
そして出した結論が、世に出回っている装飾品を見て、自分が納得できる物を見つけること。そういう物を多く作っている職人の仕事を見ること、あるいは会って話が出来る機会を作ること。
「何百人もの職人と出会い、いろんな話をした。三年はかかったな。ようやく目当ての一人に出会えた」
「テンシュの師匠ってことになるのかしら?」
「あぁ。だがもちろん俺みたいに力を見るなんてことは出来ない。だが師匠は勘が鋭かった。俺は石の力を見ることは出来る。だが見落としもあったりした。師匠はそれがなかった。俺の力のことを正直に話し、今まで誰からも理解されなかったことも明かした」
話を聞いただけなら、意味不明なことを捲し立てる身元不明者扱いをされたかもしれない。
しかし自作の小物やアクセサリーを見せると、それを手にして見つめながら唸り出す。
すると一人の若者を呼び出し、それを見せる。
何やらひそひそ話で会話したあと、弟子入りを許可された。
師匠は自宅から離れたところに職場を設け、自営で宝石加工やアクセサリーの製造をしていた。
実家を出て独り暮らしをしていく中でようやく出会えた師匠と兄弟子。
兄弟子が住み込みで師匠の下に就いている。四六時中師匠からの指導を受けている。
その話を聞いて、兄弟子と共に師匠の自宅で住み込みの生活を始め、行動を共にし、同じ職場に通うことになった。
「……師匠と話をしていた相手が兄弟子だったんだ。入門を許可された後、力仕事を命ぜられた。兄弟子からはその仕事を助けてもらった」
「……荷物運びとか?」
「いや、宝石を採掘してこいってな。海外の……あちこちの国に行かせられた。兄弟子と一緒じゃなきゃ途方に暮れてた。宝石を加工するだけでいいと思ってたからな」
仕事に関する苦労。それは全く苦に思わなかった。だが他国に行けば言語の食い違いや文化の違い、考え方の違いなどでトラブルが起こる。
まだ人生経験が乏しい当時の店主にとっては、予想もしなかった仕事以外での障害が次々と起こる。
店主は兄弟子から、その数々の問題から守ってもらい、また、切り抜けるための知恵などを教えてもらった。
「兄弟子にはホントに迷惑かけた。けど、俺に兄がいたら、こんなに面倒見てもらえたんだろうなぁって思うほど、ホントに可愛がってもらった。あの人のおかげで、師匠の下に居続けることが出来た。もちろん仕事の面でもいろんなことを教わった。洗練されたデザインや、対称じゃない模様のバランスや素材の配置。何から何まで、本当にいろいろと教わった。本当に、尊敬していたんだ」
弟子は店主と二人だけ。
喧嘩や仲違いすることはなかった。
兄弟子は店主の知らないことをたくさん知っていた。兄弟弟子というよりも、もう一人の師匠と受け止めていた。
年月が経つとともに師匠と兄弟子の持つ知識や技術を吸収し、店主も職人として成長していく。
それが、兄弟子との仲がギクシャクしていく要因となっていった。
「もっといろいろ教わりたかった。俺の知りたいことをまだまだたくさん知ってたし、センスも適わなかった。一緒に師匠の下にいて、一緒に指導を受けていたかった」
「……一緒に、いられなくなった?」
「いや」
閉じる瞼に力が入っている。言い出しにくいことを口にする時、言おうか言うまいか迷い、躊躇うことがある。
セレナは、店主からそんな素振りを感じとる。
「……俺の前から、師匠の下から、何も言わず去っていった」
セレナには、店主が泣いているのか泣いているように見えるのか分からなくなっている。
それでも店主の横顔を見守っていた。
「師匠の勘の鋭さと、石や宝石を見る俺の力の判定と一致することが多くなった。当然話が合うことが多くなる。師匠は跡継ぎの育成を俺の方に力を入れたんだな。今にしてそう思う。けどあの時は、とにかくいろいろ学ぼうと必死だった」
「テンシュのせいじゃない……と思う、けど」
「……兄弟子は優しすぎたんだな。気を遣い過ぎたんだ。プライドが高い人ではなかった。あとからやって来た俺に、知識や技術を逆に質問してきたこともたくさんあったから。真面目な人だった。他人の事を自分の事のように心配することもあった。師匠や俺に良いことがあれば自分の事のように一緒に喜んでくれた。でも逆のことはなかった」
「それで、急にいなくなった?」
「あの人にだって、もっと師匠から知りたいことや聞きたいことがあっただろうに。でも俺に気を遣って、俺が師匠と一緒にいる時間を長くしてくれた。師匠の望む通りに、自分よりも俺と一緒にいる時間を大切にしてくれてた。本当に悩んだり、困ったりしていても、自分の事をいつも後回しにしてた。そしてある日から姿を見せなくなった」
まだ彼らにとって寝るに早い時間。
しかし後は寝るだけなのに、次第に店主の声が荒くなる。
「知りたかったら、分からなかったら聞きにくりゃよかったのに。どんなことを思っていたか感じていたか、何でも話ししてくりゃよかったのに。だってあれだけ俺に世話してくれたんだ。遠慮する間柄だったら、あんなにいろいろ俺を助けてくれてなかっただろうよ。何もかもを打ち明けられる関係だと、俺はずっと思ってた。でもそう思ってたのは俺だけだった。あの人は、そうは思っていなかった」
セレナは思わず店主の額に手のひらを当て、撫でる。
声とともに荒くなっていく店主の呼吸が少し落ち着く。
「……どう思っていたかは知らねぇ。でも、心を開く相手には、俺はなれなかったってことだ。あの人はメモだけ残して突然いなくなった。『お世話になりました』。そして俺へは『期待してるぞ』とだけ」
店主には確かに特別な力はあった。
だからと言って、他の人より優れた人間ではない。
そのことは店主本人が一番よく知っていた。
そうでなければ、友人が減っていくなんてことなかったはずだから。いなくなっていった友人達が戻ってくるはずだから。
「どこにいるかも知らねぇ。どこに住んでるかも分からねぇ。たくさん恩を受けたのに、返すことがもう出来ねぇ。師匠も気落ちした。それでも俺がいたから指導はしてくれたし俺も受けた。だがそれから間もなく独り立ちさせられた。もちろんそれなりの実力はあるって、師匠が薦めてくれた次の職場の宝石店から太鼓判押されたけどな」
それから師匠はまた一人きりで仕事に励み、家族と客以外は会わなくなった。
店主は初めての職場で好評を得る。その一方で兄弟子のことを捜す。
「手掛かりも何もない。師匠も俺と会うつもりもなかったようだった。師匠からの伝言は、独り立ちしたんだから昔のことは気に病むなとだけ。兄弟子のことは、恐らく死ぬまで後悔するだろうな」
「……テンシュ……」
店主の額を、頭をゆっくりと撫で続けながら、セレナは巨塊騒動の事を思い出す。
憧れの存在を喪ったとき、自分に言ってくれた店主の言葉は、その経験が生み出した教訓だったのか。
あの時の心の苦しみを軽くしてくれたのは、いまだに苦しんでいる店主の心からの声。
セレナは今、心からの感謝の思いを店主に伝えたくなった。
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