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『法具店アマミ』再出発編 第十章 店主が背負い込んだもの

店主 昔語り

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 何かをした覚えがない。実際したことがない。
 そんなことをしたと断定されれば、無意識のうちにそれをしたのだろうかと自分を疑ったり、相手は夢の中の出来事を語っているのだろうかと疑う気持ちが生まれたりするものである。
 「泣いていた」とセレナから言われた店主は、いつ、どこで泣いていたか一瞬考える。
 変な薬でも飲んだか、頭をどこかで強く打ったか何かしたかと店主は決めつける。

「……男が泣いていい条件は三つある。親が死んだ時、全財産が入った財布を落とした時、足の小指をタンスの角に力いっぱいぶつけた時。それ以外は泣いちゃダメとは言わんが、あまり泣くもんじゃないな」

「あのね」

 セレナは顔を上げて店主の横顔を見つめる。

「泣く行為は、涙を流した時とは限らないんだよね」

 店主の目に、本の文字は全く入らなくなった。

「ずっと一人で冒険者してた。どこかのチームの助っ人に行ったりもしたんだよね。自分に余裕がある時は、そんなメンバー達が何に対してどう思っているかを思いやることが大切になっていった。冒険者としての仕事の中での知恵だよね」

 日常ではなかなかそれを活かせないんだけどね、と申し訳なさそうな顔をしながらも、その表情には笑みが浮かぶ。
 それは店主も分かっている。初めてあった頃は散々振り回された。少しでもセレナに思いやりの気持ちがあったなら、あそこまでとげとげしくしていただろうか。

「そんな風に考えることが出来ちゃった。そしたら、テンシュ、泣いてたのが見えちゃった」

 本を持って上に上げた腕が疲れてきた店主はパタンと音を出しながら本を閉じ、ベッドのヘッドボードの棚に置いた。

「でも何回もテンシュ言ってたよね。涙は自分で拭けって。だから慰めるつもりはないよ。けど……」

 両手を布団の中に入れて目を閉じる。
 時間も時間。もう寝ようとする店主だが、それでもセレナは話を続ける。

「けど、テンシュは何かを体験したんだよね。それで泣いてた。そしてその体験は今も生かされてる。それは私にも、私達にも必要なものだって思うの」

「……前にも同じことを言ったと思うが、何にもねぇよ。話せることは何もない」

「それは、テンシュがそう思ってることだよね? 私は、私に必要なことがそこにあるって思ってる。だって……あんな顔見ちゃったからね……」

 今回はセレナは引く気はないらしい。
 眠らせるつもりもないことを店主は感じとる。

「……好かれてる、か。……失敗を取り返しもできてりゃいつまでも囚われることはないと思うんだが、こんな風に付きまとわれるなんてこともなかったかな」

 ゆっくりと息を吸い込み、深く吐く。

「俺がに、石の力が見えるなんてことがなきゃ、もう少しまともな人生になってたかもしれなかった」

「でも、その力を持ったテンシュに、私は助けられたんだよ。何回もおんなじこと言ってるけど、本当に有り難かったし、うれしかったよ」

「だが、その力で、俺は尊敬する兄弟子を追い出しちまった」

 目をつぶったまま、店主は噛みしめるように言葉を出す。
 セレナには店主のその表情は泣いているように見えた。
 何度も聞きたいと思った店主の昔話。
 しかしセレナはせがんだりせかしたりせず、店主からの言葉を待った。

 いつからだろうか、いつの間にかその力は身に付いていた。
 しかし物心がついた頃からという古い話ではない。
 彼の仕事は、父親の背中を見て憧れた。
 店主の職場である『法具店アマミ』も、自分の店だった『天美法具店』も、基本的には定休日はない。それは父親の仕事の姿勢の影響である。だから家族と一緒に出掛けるようなことはなかった。

「だからと言って、つまらないとは思わなかった。だが同じ年の子供達はどこかに遊びに連れて行ってもらったようだったから、そんな話題にはついていけない。友人が少なくなってくのも道理だよな」

「……遊び相手も少なくなったんじゃない?」

 父親の仕事を見るのが楽しかった店主は、退屈になったら外で一人遊びをしていた。
 しかしその力を持ち始めたきっかけがそれだったかもしれない。

「石だたみやコンクリートっていう地面に、石でひっかいて落書きしたり、石けりして遊んでたことが多かったな。一人で遊んで楽しむんだ。楽しいと感じりゃ人の目からどう見られても構わない子供時代だった」

「私も、川の水面に向かって石を投げたりしてたよ。投げた石が水面をはじいて向こう岸まで届いた時には大はしゃぎしたっけ」

「住む世界が違っても、やることは変わらねぇな」

 セレナは店主の横顔に、久々に笑みを見た気がした。
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