上 下
244 / 290
環境変化編 第九章:自分の力で根を下ろす

幕間 六:ミュールが作った丈夫な物

しおりを挟む
『風刃隊』のミュールは、純粋なドワーフ族である。
 本来のその種族は老若男女問わず物作りの技術に長けていて、特に鍛冶仕事は、それを使う職業の者達からは好評である。

 ミュール=バナーの両親は並みの職人であった。その並みのレベルも、作る道具を求める者達からすればのどから手が出るほどの逸品を生み出す技能を持っている。
 彼の兄弟姉妹もその特徴を受け継いだ。
 しかし彼だけが、そのセンスを持てなかった。

「この鉄の塊のバランス、どうしても釣り合いが取れないんだ。父ちゃん、どうしよう」

「どれどれ、見せてごらん。……なるほどなぁ……これは、こうやると、だな」

「……よく分かんない。どうやるの?」

 彼はほかの兄姉と共に、小さいころから両親の仕事を傍で熱心に見ていた。そんな彼らも上から順に両親の仕事を手伝い始める。
 彼も、年負うごとにその仕事をしてみたいという思いが強くなっていった。
 飲み込みの早い兄姉は、両親からいくつかの仕事を既に任せられていた。
 ミュールに手取り足取り教えられる時間が増え、ほかの兄姉達と比べて両親の指導を受ける時間がより長くなっていく。
 しかし仕事の要領をなかなか得ることが出来ないミュール。
 やがてその原因が分かる。
 物作りの工程の途中で、物質のバランスをとる感覚がなかったのである。

「物作りよりも先に、作った物をどう使うといいかを知る必要があるな」

 彼らが作る物は主に鉄製品で、数多い種類を使う職業と言えば冒険者か料理人。
 しかし料理人は大きな道具を振るうことはほとんどない。
 本人の希望と周りの勧めで冒険者になる事を選んだ。
 修練所に通う前から父親に連れられて冒険者の真似事を始める。
 弓などの射出する武器はからきしで、父親をがっかりさせたが、刃物で斬る、鈍器で叩く、潰す、投擲で投げるなどのそれ以外の武器は器用にこなした。
 種族特有の筋力のこともあり、年齢以上にその技術は熟練されていく。

「使いこなすことで、道具を理解する。理解すれば作り方も分かっていくはずだ。やってごらん」

 しかし上手くいかない。

 バランスをとる。
 この一種類の判断力だけが、ミュールに劣等感を持たせることになる。

 刀を作るにしても、横から見れば問題はないが正面から見ればかすかに波を打っている。これでは刃物としての役には立たない。
 ハンマーを作るにしても、手本を作ってもらい、同じような形や重さの物が出来たとしても、金属の塊の密度までは読み取ることが出来ない。

 その読み取るときに、ドワーフ族は五元素とは違う種類の魔力を用いる。当然呪文なども使用しない。
 ミュールにはその魔力が備わっていなかったことが判明する。

 家族はミュールを鍛冶職人にしようと応援する。彼も兄姉とともに、そして年下の弟妹が出来てからも、兄弟姉妹全員で同じ仕事を仲良く続けて行こうという夢を持っていた。
 しかしこのままでは両親や家族の仕事を手伝うどころか、足を引っ張りかねない。
 苦楽を共にするはずの家族に、このままでは苦しい思いしか与えてしまう。

 ミュールは日に日にそんな思いを強くしていく。


「……ミュール、あんた最近仕事に集中してないね? まさか家出て行こうなんて考えてんじゃないだろうね?」

 上から四番目で次女のニィナから図星を突かれた。
 後継ぎは一人で十分。長男か長女が後継ぎとして指名されたりその見込みが出てくると、他の腕の立つ兄弟姉妹はずっとその補助の仕事になるか独立するかのどちらかを選ぶことになる。
 ニィナは独立することを選ぶ。しかも鉄工よりも石工や木材加工の腕に磨きがかかってきている。

 咄嗟の事で何も言えないままでいるミュール。

「あたしの仕事の手伝いくらいできるだろ。冒険者のマネもできたくらいだから、素材集めならたくさん役に立てるかもよ? 家に居づらいんだろ。一緒に来るか? 新人の職人は人手が足りないんだよ」

 ミュールは言われるがままにする。
 自分一人だけのために、家業を振り回すわけにはいかない。家長の補助の仕事すらままならないのだ。
 そして姉からは、わざわざ自分の役目を作ってくれた。

 物作りでなければ姉の仕事の足を引っ張ることはない。家にいるよりも気楽になるはずだった。
 しかし冒険者を仕事とするには、養成所に通う必要がある。

「それくらい大船に乗った気分でいなよ。なぁに、可愛い弟のためならそれくらいの費用なんか屁でもないよ。あはははは」

 しかし彼は思う。
 皆が簡単にできることを、自分一人が全くできない。
 そのことで家族に迷惑をかけている。姉にまで苦労をさせている。

「あのさ、冒険者養成所に住み込み枠っていうのがあるらしくて、広告持ってきた。ちょっとした冒険者業を体験させて、優秀な能力を持ってる者は費用全部持ってくれるって。それが決まるまでは一緒に住まわせてほしいんだけど」

 ニィナが独立した先は、いろんな施設が数多くある天流法国首都、ミラージャーナ。養成所も数多くあり、その特典も多種多様。
 ニィナの手伝いをしながら、ミュールはあちこちの養成所を見学に行っていたらしい。
 弟の物の言い方に違和感を感じながらも、負担が少なくできるのならそれに越したことはないと広告すべてに目を通す。

「試験っぽいことをするんだねぇ。まぁそれを受けるのも無料っつんなら、全部受けて見るのも手だね。やってみな。卒業したら、たくさんアテにするから楽しみに待ってるよ」

 年の離れた弟の成長を心の底から楽しみにする姉のニィナ。
 しかしその思いは弟には届かない。

 住み込み枠がある養成所はいくつかある。そしてそのほとんどが在籍中は、身内の面会は謝絶。夏と冬の長期休暇は帰省可能であった。

 試験は共通。合格したら自分に合うと思われる養成所に入所申請の手続きをする手順。
 そしてその日はやって来る。

 試験に臨むミュールの頭の中と体の中に残っていた記憶がよみがえる。
 もう二度と来ることはない、父親からの手ほどきを受けながらの魔物退治と素材採集の日々。
 家族の団らんの中にあったその経験を活かすごとにミュールの目が潤んでは、その過去を振り切るように目を拭い去る。
 吐き出したいその感情を、理性のある言動で抑え込む。

 実地試験ではその経験が他者を寄せ付けない。
 ミュールは住み込み枠に余裕で入る。

 しかし姉にも家族にも、どこの養成所に入所したかも知らせず、そのまま連絡を絶った。
 ただ姉には書き置きのメモ一枚だけ残した。

『今まで私がいることで苦労なさったことがたくさんあったかと思います。大変ご迷惑をおかけしました。ですが今後、二度とご迷惑をおかけすることがないので安心してください。今までありがとうございました』

「……バカかあいつは……。らしくないこと書いて……」

 次第に文字が歪んでいく。
 
 ニィナは楽観し過ぎていた。
 これからもずっと一緒に暮らすつもりでいた。自分の片腕になるくらいに、建具屋の仕事で活躍してもらうつもりだった。
 ミュールについて知っていることは、冒険者になる志を持っていることと、その素質があることだけ。

 家族の間で使われることのなかった丁寧な言葉遣い。
 彼の口から聞いたことのない言葉がそのメモに綴られている。
 自分への感謝の気持ちとこれから独りきりの日々を過ごす覚悟が、幼い弟なりに込めた文であることを姉は知る。

 ミュールの覚悟を受け止めたいという気持ちと、いつまでも一緒に暮らしていたかったという気持ち。
 相反する思いの間で、いつまでもニィナはの心は揺らぎ続いていくことになる。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界着ぐるみ転生

こまちゃも
ファンタジー
旧題:着ぐるみ転生 どこにでもいる、普通のOLだった。 会社と部屋を往復する毎日。趣味と言えば、十年以上続けているRPGオンラインゲーム。 ある日気が付くと、森の中だった。 誘拐?ちょっと待て、何この全身モフモフ! 自分の姿が、ゲームで使っていたアバター・・・二足歩行の巨大猫になっていた。 幸い、ゲームで培ったスキルや能力はそのまま。使っていたアイテムバッグも中身入り! 冒険者?そんな怖い事はしません! 目指せ、自給自足! *小説家になろう様でも掲載中です

虐げられた令嬢、ペネロペの場合

キムラましゅろう
ファンタジー
ペネロペは世に言う虐げられた令嬢だ。 幼い頃に母を亡くし、突然やってきた継母とその後生まれた異母妹にこき使われる毎日。 父は無関心。洋服は使用人と同じくお仕着せしか持っていない。 まぁ元々婚約者はいないから異母妹に横取りされる事はないけれど。 可哀想なペネロペ。でもきっといつか、彼女にもここから救い出してくれる運命の王子様が……なんて現れるわけないし、現れなくてもいいとペネロペは思っていた。何故なら彼女はちっとも困っていなかったから。 1話完結のショートショートです。 虐げられた令嬢達も裏でちゃっかり仕返しをしていて欲しい…… という願望から生まれたお話です。 ゆるゆる設定なのでゆるゆるとお読みいただければ幸いです。 R15は念のため。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

ドアマットヒロインはごめん被るので、元凶を蹴落とすことにした

月白ヤトヒコ
ファンタジー
お母様が亡くなった。 それから程なくして―――― お父様が屋敷に見知らぬ母子を連れて来た。 「はじめまして! あなたが、あたしのおねえちゃんになるの?」 にっこりとわたくしを見やるその瞳と髪は、お父様とそっくりな色をしている。 「わ~、おねえちゃんキレイなブローチしてるのね! いいなぁ」 そう、新しい妹? が、言った瞬間・・・ 頭の中を、凄まじい情報が巡った。 これ、なんでも奪って行く異母妹と家族に虐げられるドアマット主人公の話じゃね? ドアマットヒロイン……物語の主人公としての、奪われる人生の、最初の一手。 だから、わたしは・・・よし、とりあえず馬鹿なことを言い出したこのアホをぶん殴っておこう。 ドアマットヒロインはごめん被るので、これからビシバシ躾けてやるか。 ついでに、「政略に使うための駒として娘を必要とし、そのついでに母親を、娘の世話係としてただで扱き使える女として連れて来たものかと」 そう言って、ヒロインのクズ親父と異母妹の母親との間に亀裂を入れることにする。 フハハハハハハハ! これで、異母妹の母親とこの男が仲良くわたしを虐げることはないだろう。ドアマットフラグを一つ折ってやったわっ! うん? ドアマットヒロインを拾って溺愛するヒーローはどうなったかって? そんなの知らん。 設定はふわっと。

【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?

つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。 平民の我が家でいいのですか? 疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。 義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。 学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。 必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。 勉強嫌いの義妹。 この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。 両親に駄々をこねているようです。 私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。 しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。 なろう、カクヨム、にも公開中。

〈完結〉妹に婚約者を獲られた私は実家に居ても何なので、帝都でドレスを作ります。

江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」テンダー・ウッドマンズ伯爵令嬢は両親から婚約者を妹に渡せ、と言われる。 了承した彼女は帝都でドレスメーカーの独立工房をやっている叔母のもとに行くことにする。 テンダーがあっさりと了承し、家を離れるのには理由があった。 それは三つ下の妹が生まれて以来の両親の扱いの差だった。 やがてテンダーは叔母のもとで服飾を学び、ついには? 100話まではヒロインのテンダー視点、幕間と101話以降は俯瞰視点となります。 200話で完結しました。 今回はあとがきは無しです。

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた

杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。 なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。 婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。 勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。 「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」 その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺! ◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。 婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。 ◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。 ◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます! 10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!

処理中です...