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環境変化編 第九章:自分の力で根を下ろす

再会 そして

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[っぁあ゛あ゛あ゛~っはぁ……。考えてみたら、風呂に全然入ってなかったわ……って……。いかんな、こいつと一緒にいるといつも通りのことしちまう]

 夕食後、再び大陸語の勉強を始める店主。
 それを傍らで見守るセレナ。
 店主と一緒に居る人物は普段と変わらず、普段と変わらない言葉を口にしているのに、その言葉が通じない。
 また、彼女の言う言葉もすぐにすべてを理解できない。
 勉強が一区切りついて思わず出る声をきっかけにその現実が再び二人の目の前に覆いかぶさる。
 それがセレナの心に少しだけ、悲しさと寂しさを生み出した。

[……風呂、空いてるかなぁ……四日ぶり、か?]

 腰かけていたベッドから立ち上がる店主。
 それを見たセレナが焦り始める。
 店主の言うことを理解していたなら自然の行動に見えるが、それが分からないセレナは、どこに行こうとするのかと不安な顔を店主に見せる。

[……お前、いつからそんなに弱くなった?]

 そんなセレナの顔を見て、店主は眉間に皺を寄せて呟く。
 冒険者として、滅多には入れないカテゴリーの中に入るほどの実力を持ち、現役なれど半分伝説呼ばわりもされるほどの武闘派の魔術の使い手。
 憧れの存在を失った直後はあれほどまでの殺気を漂わせる強さを有し、その際に露わになった心の弱さを克服し、調査協力を自ら願い出るほどの強さも得た彼女の顔は、心細そうな表情しか見せていない。

『人格が変わったわけじゃない。記憶が消えたわけでもない』

 そうメモに書きセレナに見せる。
 安心したような顔をするが、それでもまだ笑顔はない。

 店主は数少ない友人の一人の言うことを思い出す。

 ▽  ▽   ▽   ▽

「人の心と顔ってのは不思議なもんだよなぁ」

「何がだよ。心がそのまま表情に現れることのどこが不思議だ?」

「はは、言葉不足だったな。……言葉も違うし文明も文化も違う海外の映画とか見てみろよ」

「今度は映画の話かよ。ついてけねぇよ、お前の話題」

「怖かったら恐怖に歪んだ表情するだろ? 悲しかったりすると泣くだろ? 楽しかったら笑顔になる」

「そりゃ当然だろ? レモンを口の中に入れる想像をすると顔中で酸っぱさを表現したくなる」

「体に受ける刺激が同じ場合、受ける感覚は同じ。言葉も考え方も違うのにさ、それを顔面の表情に出すときは似たものが出る。違うのは出てくる言葉だけ。そう考えるとさ、言語の違いって、交流するときは大した問題じゃねくね? って思うんだよな」

「で、その結論は?」

「……人類皆兄弟?」

「……なんじゃそりゃ」

 △  △   △   △

 店主には全く使えない魔術を、冒険者としてはとても大きい魔力を使うことができるエルフ。
 宝石職人として必要な体力はあるが、その店主とは比べ物にならないほどの体力を持つ冒険者。
 多くの冒険者の指南役にもなり、自らも現場に向かう女性。
 これだけでも、十分頼りになる人材であることは分かる。
 しかし、まるで自分が置いていかれるような目つきを、セレナは店主に向けている。
 そんな店主に縋るように、両手で店主の袖を掴んでいる。

[あぁ……最初に会ったとき、そんな目してたよな、おめぇは]

 『天美法具店』の前に、巨大な塊と数多い大小様々な大きさと形のトルマリンとともにやって来たときの事を思い出す。
 店主の、『天美法具店』への思いは随分と変わってしまった。
 だがあの時と今のセレナにさほど違いが見えないことに店主は思わず苦笑を浮かべる。

 店主は目一杯の力でセレナの両手を振りほどく。
 セレナは驚きと悲しみが混ざった顔になる。
 それに構わず、店主は普通のタオルとバスタオルを二枚ずつ棚から取り出して、一枚ずつセレナの顔に向けて放り投げる。
 そして親指をドアに向けて日本語で言い放つ。

[風呂、行くぞ。俺、四日ぶりなんだ]

 兄弟姉妹のいない、一人っ子だった店主はぼつっと思う。
 年上の妹ってありえねぇだろ、わけわかんねぇよ、と。
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