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環境変化編 第九章:自分の力で根を下ろす

異世界再認識 店主、瀬戸際

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 一人きりの病室。
 長い暗い時間はようやく終わる。
 カーテン越しに明るさがやってくる窓から、その流れを感じとる。

 しかし店主は、自分の身を守る方法を見いだせない。
 セレナが帰ってくる日も分からない。

 だが一人きりの寂しい部屋に賑やかさが入って来る。
 果物がたくさん入った籠を片手に、ニィナが見舞いにやって来た。
 今の店主には、明らかに気休めである。
 しかしそれでも、その心遣いは有り難かった。だが言葉が通じない。
 平穏な日常を守るための隠し事をしているが、そのことで心もわずかに痛む。

 そんな彼女が心配そうに店主を見る。その思いは分かるものの、何を言っているのか分からない。
 メモとペンを手にし、発音は分からないから喋ることが出来ないことと、ゆっくり話してもらいたい旨を書く。
 ニィナは理解してくれたようだ。だが看護師が入って来て体温測定をするため、筆談は中断。

 ニィナと看護師は長々と会話をする。
 店主にとっては早口でよく聞き取れない。
 それに今の店主の心境はそれどころではない。
 とは言え、二人に相談できる話ではない。

 突然ニィナは店主に話しかける。
 内容は店主にも理解できたのだが。

「セレナがいなくて、寂しいだろう」

 いきなりこいつは何を言ってる!

[ん……んなわきゃあるか! 別に何とも思ってねぇよ!]

 思わず即座に出てきた言葉。
 店主はすっかり忘れていた。自分の言葉はおそらく日本語のまま届くだろうという自分の予想を。

 驚いたニィナの顔を見て、条件反射で自分の口を押える店主。しかし覆水は盆に返らない。

(やらかしたっ!)

 異世界の存在を証明するに等しい、自分の口から飛び出た言葉。
 自分の店。巨塊に関する噂。
 芋づる式に自分の身が明らかになるのも時間の問題。
 それが、自分とウルヴェスとの関係にも繋がって来る。
 そのことで新たな問題が降りかかりかねない。
 自分でも顔から血の気が引いていくのが分かる。

 ニィナが何度も強く繰り返す言葉、「タイイン」でここから出て行くことになったのが分かる。
 自分の身の安全が危うくなるが、そのことに触れる人数が減ることには安堵する。
 しかしこの先どうなるのかが分からない。

 普段着に着替え、病院を出る。
 ニィナがいろいろと話をしている。情報源はニィナ一人だけだが、店主にはよく聞き取れない。
 安心させようとしているのは分かるが、状況は何ら変わらない。
 言葉が通じなくなっただけでこれだけの不安に苛まされるとは思わなかった。
 ニィナの足を向く方向で、建具屋に行くことが分かる。
 店の中で、若い男と何やら会話をしているが、店主を見る目つきが、いかにも何かを疑っていることを物語る。
 その後ニィナに連れて行かれるがままに任せる。その先の看板には、『ジムナー魔術診療所』という看板が掲げられていた。

(いつだったか、病院と仲が悪い施設があるって話聞いたな。それがここか。ひょっとしたら会話できる力をもらえるかもしれんが……)

 わずかな期待を持ちながら、ニィナに建物の中へ引っ張られる店主。
 待合室にはまだ誰もおらず、ニィナは診察室の中へ声をかけ、そのまま遠慮なく入っていく。

 中にいたのは白衣を着た老婆。店主は、この施設の名前の人物であることを予想する。
 実際何度かニィナの口から「ジムナー」という言葉が聞こえてきた。

 彼女が店主を真正面から見る。見られた店主は生唾を飲み込む。
 ウルヴェスとは比べ物にはならないが、それでもセレナよりもはるかに上回る魔力を持っていることを感じ取った。
 そしてその瞬間、これまでの自分の身に何があったかを見透かされる予感がした。
 それはつまり、ウルヴェスの今の立場を危うくするのではなかろうか、そのことでこの国の屋台骨が崩れるのではなかろうかという不安を生み出す。

 病院での診察のようなことはしないが、実際店主は彼女に見られただけでいろいろ店主に話しかけてくる。
 ニィナともあれこれ会話をするが、やはり店主には聞き取れない。
 何を言われたか不安になって来る。
 ニィナからはその会話の結果を聞かされる。
 しばらく入院することが決まったように聞こえた店主は、ここでもメモを書いて確認する。
 セレナが帰って来るまでここにいてもいい、とのこと。
 まずは一安心するが、その後にニィナから聞いた言葉が、彼女を見て感じた不安が現実のものとなる。
 流石に法王の名前は出てこなかったが、店主の身の上に起きた大体の事をジムナーは言い当てた。
 セレナが来るまで内緒にしてくれという店主の願いを二人に聞き入れてもらえた。

(一先ず、安心か)

 しかしその安心感もすぐに消える。
 ジムナーとニィナが会話している途中で入ってきた建具屋の若者も、恐らくはそのことを聞いていたのではないだろうか。

 その事に気付いたのは、二人も病室から出た後だった。
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