上 下
224 / 290
環境変化編 第九章:自分の力で根を下ろす

異世界再認識 店主転院

しおりを挟む
「別の国の言葉を喋ってた。なのに今まではこの国の言葉を使ってた。大陸語の話し方を忘れたのか。と言っても今までその別の言葉は使ったことはない……。頭への衝撃の後遺症とも思えるんだけど、衝撃自体もない……」

 病院の開業時間になる前に医者が看護師を伴って巡回し、店主の病室にやって来た。
 店主の様子を見る。

「青い顔をしてるのは心配事があるからかな。健康状態は良好。……まぁ私からはこれ以上何も言えないねぇ。退院してもらった方がいいと思うんだけど」

「病院の先生からそんなこと言われちゃあ、あとは……」

「おっと、私の前ではそれ以上言わないでね。その……セレナさんとか言ったっけ? その人とは連絡はつかないの?」

 確かにニィナがそこまで面倒を見るほどの間柄ではない。
 だがここまで世話をするのは性格のようだ。

「……テンシュー、ここ、退院だって。タイイン。わかる? 病院を出るよ」

 店主の反応は頷くだけ。
 しかしベッドから立ち上がり、病院から手配してもらったパジャマを脱ぎ始める。

「じゃあ会計は……そのセレナさんって人が来てからでもいいから。お大事にね」

 医者と看護師は退室し、病室には帰り支度を始める店主とそれを待つニィナ。
 この世界では、体の具合が悪くなる原因は二つある。
 病気や怪我によるものは店主の世界にもある病院で治す。
 そしてもう一つは魔術や魔法によるもの。
 それは魔術所と呼ばれる診療所で治療を受けることになる。
 しかし魔術所と病院は連携が取れない。むしろ反目している仲である。

「あたしはどっちとも仲のいい先生はいるけど、先生同士で仲が悪いってのは何とかしてほしいねぇ……。ってそんなことを言ってもテンシュは……言ってる事分かんねえか」

 ニィナは店主を顔を見る。
 店主は苦しい表情を浮かべるが、体調不良などではなく、ニィナの独り言を何とか聞き取ろうとするが理解できないそんな苦悩を抱えているように見える。

 いいよいいよ、無理しなさんな。
 そう言いながら労わるように背中をポンポンと叩きながら病室を出る。
 そのまま店主を支えながら病院を後にした。
 ニィナは店主を、今度は魔術所に連れていくことにした。
 途中で自分の店の建具屋に立ち寄り、法具店の様子を店の手伝いの者に聞く。
 まだセレナが帰ってきていないことを聞き、書き置きの内容を書き換えるように頼む。

「まぁ今日も大掛かりな仕事はないからいいッスけど……。引っ越ししてきたばかりで素性も知らないんでしょ? まぁ昨日の状況が状況なだけにほっとけなかったから物のついでってこともあるでしょうけどねぇ」

「気を失ったんだ。普通じゃないよ。あたしらの仕事だって、そんな事故起きたりすることあんだろ? 万一に備えるのは当然だろうよ。病院じゃ退院のお墨付きもらったから、ジムナーさんとこに行ってくるよ。じゃ、そっちも頼んだよ」

 若い衆はニィナの言葉に納得し、ニィナからの頼みを受けて『法具店アマミ』に行き、ニィナは魔術所に向かった。

「いらっしゃい。ほう、ニィナじゃないか。連れかい? どうした?」

 ニィナは店主を連れて、『ジムナー魔術診療所』という看板がかかった建物の中に入る。
 所長のジムナーはエルフ種の老婆で、幼い頃からニィナの面倒を見てきた魔術師であり、法術での健康を損なった者の治療をする療法師でもある。

「この人のこと診てほしいんだ。病院に一晩入院したんだけど、今朝医者からは健康状態はいいって言われて退院してきたんだ。貧血じゃないかって言われたんだけど……」

「……ほう……。ミラージャーナの医者は藪医者揃いだからな。……数日入院してもらおうか」

 診察らしいこともせず、テンシュを一目見て入院を言い渡す。

「ちょ、ジムナー先生。見ただけで分かるの?」

「何か……でかい魔術をかけられた。それに体が馴染んだ。ところがそれが体から抜けていった。それで気を失った。そんな流れさね。そんな跡が感じられる。ところでこの人は誰なんだい? 心の中が乱れすぎてるような気がしないでもないねぇ……。それとも後ろめたいことを抱えてるのか……」

 店主を覗き込むジムナー。
 生唾を飲む店主。

「バカ言わないでよ。確かにそんなことあるかもしんないけど、あたしを助けてくれた人なんだから」

 その時診察室の扉が開く。

「姐御いますかっ。ちと俺の手に負えない用事が……あ、すいません、先生。駆け込んじゃいました」

「なんだい、ニィナんとこの若造かい。迅速なのは結構だが、診察室に飛び込んでくる奴があるかい。そういうことで、その巨大な魔力の持ち主が誰かってことを突き止めれば、気を失った原因が早く分かるだろうね。おぅ、坊や。ニィナの用件はこの人を病室に案内するまでちょっと付き合いな」

「へ? お、俺も? まぁ大至急ってわけじゃねぇッスけど……」

「悪いねデルフィ。頼むよ」

「……でも俺、正直この人のことよく知らねぇッスよ。どなたなんで?」

 ニィナはデルフィにこれまでの事を詳しく伝える。
 ジムナーもその説明に耳を傾け、診察の結果もそれに加えた。

「でもどこから来たってのが分からねぇってのは怪しくないっすか? それにどこの国か分からない言葉も口にするなんざ、普通じゃないッスよ。それにでけぇ魔力とかなら分かるッスよ? 何その巨大な魔力って。そんなレベルの魔力誰が持ってるんスか?」

 デルフィに言われて気付くニィナ。
 健康を害するほどの魔力が関係していると判断した魔術師でもあるジムナーに巨大と言わしめる魔力の持ち主など、ざらにはいない。

「けど、困ってる人がいたら助ける。助けてもらった恩は忘れない。これは仕事の心がけなんかじゃねぇんだよ。生き方の問題さ。なぁに、あんたのこともあたしが守ってやるから心配すんなっ。あはははは」

 久しぶりの笑い声をあげるニィナ。彼女を心配そうに見て、そして店主には怪しむ目を向けるデルフィ。何やら不安そうに考え込んで廊下を見ている店主。
 ジムナーはその三人を連れて、店主が入院する部屋に案内した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

家族で突然異世界転移!?パパは家族を守るのに必死です。

3匹の子猫
ファンタジー
社智也とその家族はある日気がつけば家ごと見知らぬ場所に転移されていた。 そこは俺の持ちうる知識からおそらく異世界だ!確かに若い頃は異世界転移や転生を願ったことはあったけど、それは守るべき家族を持った今ではない!! こんな世界でまだ幼い子供たちを守りながら生き残るのは酷だろ…だが、俺は家族を必ず守り抜いてみせる!! 感想やご意見楽しみにしております! 尚、作中の登場人物、国名はあくまでもフィクションです。実在する国とは一切関係ありません。

隠された第四皇女

山田ランチ
ファンタジー
 ギルベアト帝国。  帝国では忌み嫌われる魔女達が集う娼館で働くウィノラは、魔女の中でも稀有な癒やしの力を持っていた。ある時、皇宮から内密に呼び出しがかかり、赴いた先に居たのは三度目の出産で今にも命尽きそうな第二側妃のリナだった。しかし癒やしの力を使って助けたリナからは何故か拒絶されてしまう。逃げるように皇宮を出る途中、ライナーという貴族男性に助けてもらう。それから3年後、とある命令を受けてウィノラは再び皇宮に赴く事になる。  皇帝の命令で魔女を捕らえる動きが活発になっていく中、エミル王国との戦争が勃発。そしてウィノラが娼館に隠された秘密が明らかとなっていく。 ヒュー娼館の人々 ウィノラ(娼館で育った第四皇女) アデリータ(女将、ウィノラの育ての親) マイノ(アデリータの弟で護衛長) ディアンヌ、ロラ(娼婦) デルマ、イリーゼ(高級娼婦) 皇宮の人々 ライナー・フックス(公爵家嫡男) バラード・クラウゼ(伯爵、ライナーの友人、デルマの恋人) ルシャード・ツーファール(ギルベアト皇帝) ガリオン・ツーファール(第一皇子、アイテル軍団の第一師団団長) リーヴィス・ツーファール(第三皇子、騎士団所属) オーティス・ツーファール(第四皇子、幻の皇女の弟) エデル・ツーファール(第五皇子、幻の皇女の弟) セリア・エミル(第二皇女、現エミル王国王妃) ローデリカ・ツーファール(第三皇女、ガリオンの妹、死亡) 幻の皇女(第四皇女、死産?) アナイス・ツーファール(第五皇女、ライナーの婚約者候補) ロタリオ(ライナーの従者) ウィリアム(伯爵家三男、アイテル軍団の第一師団副団長) レナード・ハーン(子爵令息) リナ(第二側妃、幻の皇女の母。魔女) ローザ(リナの侍女、魔女) ※フェッチ   力ある魔女の力が具現化したもの。その形は様々で魔女の性格や能力によって変化する。生き物のように視えていても力が形を成したもの。魔女が死亡、もしくは能力を失った時点で消滅する。  ある程度の力がある者達にしかフェッチは視えず、それ以外では気配や感覚でのみ感じる者もいる。

アレキサンドライトの憂鬱。

雪月海桜
ファンタジー
桜木愛、二十五歳。王道のトラック事故により転生した先は、剣と魔法のこれまた王道の異世界だった。 アレキサンドライト帝国の公爵令嬢ミア・モルガナイトとして生まれたわたしは、五歳にして自身の属性が限りなく悪役令嬢に近いことを悟ってしまう。 どうせ生まれ変わったなら、悪役令嬢にありがちな処刑や追放バッドエンドは回避したい! 更正生活を送る中、ただひとつ、王道から異なるのが……『悪役令嬢』のライバルポジション『光の聖女』は、わたしの前世のお母さんだった……!? これは双子の皇子や聖女と共に、皇帝陛下の憂鬱を晴らすべく、各地の異変を解決しに向かうことになったわたしたちの、いろんな形の家族や愛の物語。 ★表紙イラスト……rin.rin様より。

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

現代にモンスターが湧きましたが、予めレベル上げしていたので無双しますね。

えぬおー
ファンタジー
なんの取り柄もないおっさんが偶然拾ったネックレスのおかげで無双しちゃう 平 信之は、会社内で「MOBゆき」と陰口を言われるくらい取り柄もない窓際社員。人生はなんて面白くないのだろうと嘆いて帰路に着いている中、信之は異常な輝きを放つネックレスを拾う。そのネックレスは、経験値の間に行くことが出来る特殊なネックレスだった。 経験値の間に行けるようになった信之はどんどんレベルを上げ、無双し、知名度を上げていく。 もう、MOBゆきとは呼ばせないっ!!

〈完結〉妹に婚約者を獲られた私は実家に居ても何なので、帝都でドレスを作ります。

江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」テンダー・ウッドマンズ伯爵令嬢は両親から婚約者を妹に渡せ、と言われる。 了承した彼女は帝都でドレスメーカーの独立工房をやっている叔母のもとに行くことにする。 テンダーがあっさりと了承し、家を離れるのには理由があった。 それは三つ下の妹が生まれて以来の両親の扱いの差だった。 やがてテンダーは叔母のもとで服飾を学び、ついには? 100話まではヒロインのテンダー視点、幕間と101話以降は俯瞰視点となります。 200話で完結しました。 今回はあとがきは無しです。

転生貴族のスローライフ

マツユキ
ファンタジー
現代の日本で、病気により若くして死んでしまった主人公。気づいたら異世界で貴族の三男として転生していた しかし、生まれた家は力主義を掲げる辺境伯家。自分の力を上手く使えない主人公は、追放されてしまう事に。しかも、追放先は誰も足を踏み入れようとはしない場所だった これは、転生者である主人公が最凶の地で、国よりも最強の街を起こす物語である *基本は1日空けて更新したいと思っています。連日更新をする場合もありますので、よろしくお願いします

義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。

克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位 11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位 11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位 11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位

処理中です...