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国家安泰後の日常編

冒険者に向かない性格 その7

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「ツいてねぇってばよお」
「何よ、急に」

 後ろのテーブル席では、また別の話題で盛り上がりそうだ。
 ライム……じゃなくて、レイムは俺の反対側の隣に座る二人の冒険者らと会話を楽しんでいる。
 が、俺は後ろの方に聞き耳を立てる。

「宝石の魔物の集団の案件あったろ? 俺らの仕事の現場から、目と鼻の先の」
「その話ももう止めなさいって。あの仕事は、あたしらご指名を受けた仕事で、しかも依頼人は継続的に仕事くれるんだから」
「そうそう。それで俺ら食いっぱぐれることはねぇんだしよ」
「それに、あの件で大金手にした連中、しばらくサボってたら腕が鈍って、レベルが下がったって聞くわよ? 約二カ月で、収入ガタ落ちだって」
「……それなんだよなぁ……」

 レベルって言葉は普通に通用するのか。
 日本語として通用する言葉は、外国語でも使えるんだな。
 にしても……。
 今の話は、スートに冒険者になるのを諦めさせるいい口実になるか?

「魔物の体だった宝石だって、討伐に居合わせた連中の取り合いから諍い起こして、険悪な間柄になったって言うしな」
「欲かいちゃ碌な目に遭わないっことよね」

 こんな話を聞かされちゃ、口を挟まずにいられない。

「それはやっぱり、一攫千金ってやつ?」
「ん? そりゃもちろん。で、それを目指してこの仕事をしてる奴もいれば、英雄になりたかったり名誉目当てにする奴もいる」
「もっとも、そんな一攫千金を狙わずとも、普通にやり遂げられる依頼を受けて達成するだけでも、それなりにでかい報酬を得られるものもあるけどね」

 ……意識しなくても、普通に仕事をするだけで大金が入ってくる。
 口実になりそうな理由も、そんな事情の前じゃすぐに吹き飛ぶな。

「まぁでも、素材全てを持って帰れりゃ依頼人も満足できるし、俺らはそのおこぼれで左団扇なんだがな」
「冗談でしょ? あたしはやっぱ、語り切れないほどの武勇伝を作っていきたいねぇ」
「おおっと、ここで主義主張の食い違いによる仲間割れ勃発かー?」
「馬鹿言ってんじゃねぇわ、ガハハハ」
「まったくよ。あはは」

 俺の後ろのグループも、そこはそこで盛り上がっている。
 このままさりげなく会話に混ざれば、初耳の情報もどんどん入ってくるだろうな。

「その素材って、依頼以外の物はどういうふうに分けるんだ? 適当に山分けなのか?」

 その答えは、現場の者以外は知り得ない情報。
 冒険者の報酬は冒険者以外は受け取れない。
 なら、素材の入手に狙いを絞るしかない。
 どの段階から一般職がその価値に触れることができるか、狙いはそこだ。

「まず廃棄しなきゃならんかどうか、だな。で、残った物の中から持って帰れる物があるかどうかを探して、その中から自分が欲しいものがどれか、人にくれてやってもいいものはどれかを探す」
「ふむふむ」
「で、あとはそれぞれの主張次第だな。譲歩できる物は譲歩する。妥協できることは妥協する。それが俺達が長く付き合える秘訣、だな」
「なるほど」

 と相槌は打ったものの、知りたい事はそれじゃねぇ。

「……ところで、中には新人を迎え入れることもあるって聞いたが、そういうのはどうなんだ?」
「いきなり話題が変わったな。俺らはあんまりそういうことはしないが、チームによってはそういうのを好んでやってるところもあるみたいだな」
「育成が楽しいっていう連中もいるしね」

 ゲンオウ達から聞いた話とは、ちょっと違うな。

「新人が混ざると、危険度が高くなるって話も聞いたが……」
「あぁ、そりゃもちろんだ。だから俺らはそういうことはなるべくしないのさ」
「前途洋々な若者の初陣でいきなり脱落、なんて目に遭わせたくないしね」

 そりゃそうだ。

「いやー、そういうことを得意とするグループはいるぜ? そのやり方ってのは独特……つか、普通の魔物討伐とかとは要領がちと違うんだわ」

 ライム……いや、レイムと会話が弾んでた俺の隣に陣取る二人のうちの一人が会話に混ざってきた。

「現場の付近……まぁ付近じゃないかもしれんが、比較的安全なところで拠点を作る、てのは俺達冒険者の中では常識と思うんだが」

 こちとら冒険者じゃねぇから、そんな常識は初めて聞いた。

「討伐とか依頼とかの現場から一番近い、比較的安全な場所に拠点を作って待機させるんだ。俺達先輩の休息の場所でお留守番って訳だな。で、ほどほどに経験を積ませられそうな時に現場に呼びつけて参戦させる。そんな感じだな」

 いかにも、と滔々と話すその得意げな顔が、なんとなくイヤ。
 美人さんと話をして、気分が高揚してるんだろう。

「その安全地帯と思われる場所に、いきなり魔物が現れたらどうすんだよ」

 後ろの席の一人の質問ももっともだ。
 先輩方全員が前線に立ってたら、そんな新人をカバーするのはまず無理だろ。

「そういう場所は安全地帯じゃねぇし、そんな場所に拠点を作ることもしねぇだろ。もっと安全な場所に拠点を作る。現場との距離が遠くなったって、それはそれで仕方がねぇ。新人の安全と引き換えって考えりゃ、こっちの方が大事だからな」

 なるほどなぁ。
 だがゲンオウ達は、なんでスートを冒険者のチームに混ぜる俺の案に反対したんだ?

「けどまぁ、そこまで考えて新人を現場で育成してやりたいって考える奴ぁまずいねぇ」
「だな。大概は、楽な依頼の手伝いを数多くさせてから、って感じだよな」

 新人のレベルに合わせて依頼を選ぶ、てことか。
 隣ゃ当然普通の仕事よりも報酬は低い。
 好き好んで低い報酬の仕事をする連中ってのは、自ずと少なくなる。
 その活動数も減ることになりゃ、それに関連した話も少なくなる。
 その手の正確な情報も少なくなりゃ、冒険者以外の人の耳にも入りづらくはなるわなぁ。
 ここに来て話を聞こうと考えた俺は、ここまでは正解を出したわけだ、うん。

「冒険者以外の……冒険者としては素人の人から、それに混ざりたいって言われたらどうなされるのですカ?」

 ナイスだライム!
 質問するのが俺ばかりだと、何か探りを入れられている、と勘繰られかねない。
 情報料ふっかけられるかもしれないし、そっからおにぎりの店や集団戦の申し込みに駆け引きを持ち込まれたんじゃたまったもんじゃないからな。

「いやいや、それは無理な話だよ、レイムさん」
「そうそう。一般人を守りながら依頼を達成させなきゃならない。その一般人は、俺らに何か利益をもたらすことをしてくれるのかって話だな」

 ギブアンドテイク、か。
 スートのあの能力じゃ、ちとハンパすぎる。
 むしろ、足を引っ張りかねない。

「何かしてくれる、てんなら考えなくもないが、こっちの仕事を理解してもらわなきゃ難しいな」

 いや、ちょっと待て。

「なぁ……もし……その安全地帯を、その素人が買うとなったらどうなんだ?」
「はあ?」
「安全地帯……拠点を、ってことか?」

 カウンターの二人は互いに見合わせる。
 そんな話は聞いたことがない、とばかりに驚きながら。

「俺らだって拠点は必要だぜ? その拠点を……」
「悪い言い方をすれば、拠点を乗っ取るってことになるんじゃねぇの? そりゃないな、ない」

 む……。
 そりゃナンセンスってことか。

「拠点を、その素人の方のためだけに作って下さる、ということはないのですカ? そちらの拠点とは別ニ」

 ライムも意外と機転が利くな。
 そういう発想か。

「……我が身の安全は、自分で図れ、とは言いたいな。作ってやる代わりにその分の報酬はもらうし、後片付けもってんならその分も。ただしそれ以外は自己責任で、ってな」
「もしその素人がその拠点で、同行してくれる冒険者らに何らかの利益を提供できるとなれば……どうなる?」

 俺の周囲の空気がちょっとだけ張り詰めた。
 素人が舐めるな、みたいな雰囲気。
 流石にちと出しゃばり過ぎた発言か?

「けどそう言えばアラタ」
「ん?」

 後ろのテーブル席から声をかけられた。

「あんたも素人ってば素人だったんだよな」

 そりゃまぁ、な。

「けど昔、行商してたんじゃなかったか? 荷車引いてさ。その付近でほぼ必ず現象が起きてたんだったよな」
「あ、言われてみりゃそうだったな」
「待て待て。アラタの場合は安全地帯どころか、その範囲よりも外の、なんつーか……それこそ危険じゃないところに滞在して店開いてたよな。危険度が格段に低い場所だったから商売ができたんだよ。それに他の商人達だってそうだったろ?」
「あー、そういうところなら、別に俺達に同行するまでもない件だ。ちょっとでも危険を感じたら、即そっから退散すりゃいい話だ。アラタみたいにな」

 ……自分のこと、すっかり忘れてた。
 定住して、自分の店を構えてるのがすっかり板についたってことか。

「あんな要領で俺らの仕事に関する商売をするってんなら、誰も文句は言わないだろうし、俺らが助かるような事業を起こすってんなら大歓迎だな」
「何? アラタ、お前、またなんか仕事始めるのか?」

 ちょっ。
 話題の中心が俺に変わっちまう。
 興味津々で話を聞く感じにしないと、ちと気まずい。

「いやいや、ただ話を聞きたかっただけだよ。いい話を聞かせてもらった。あんたらと後ろの三人の分の、今日の酒代は奢らせてくれ」
「え? いいの?」
「ありがてぇな。じゃ遠慮なくいただくわ」
「あまり度を越さないように頼むぜ……?」

 ……奢る、てのは失敗したかなぁ。
 一杯ずつ奢る、って言えばよかった。
 まさかこいつら、ザルじゃねぇだろうな?
 何か不安になってきた。
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