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新、非勇者編

退場すべきもの・登場すべきもの その5

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「ライムがいてくれて助かった。いなきゃ塔のてっぺん破壊しなきゃいけないとこだったな」
「階段、あたしでも着地できるくらいの幅でよかったー」

 階段は、壁の内側にくっつくような螺旋状。
 だから、塔の中心に向けて階段を踏み外すと、下まで真っ逆さま……だと思う。
 まさに奈落。
 そして今、俺達の目の前には、テンちゃんですら見上げるほどのどでかい木製の扉がある。
 ノックをしても、その音は果たして部屋の中にまで届くかどうか。
 閂はなぜか外れているが、その木材も相当重い。
 その木材で扉を叩いたところで、おそらくはこの扉はびくともしないだろう。

 そして、その扉の向こうからは、覚えのある気配が感じられる。
 言わずと知れた、元国王。
 だが、気配はもう一つ感じられる。
 その気配も、どこかで感じた覚えはあるのだが……ちょっと思い出せない。
 だがその気配からは、元国王の命を脅かすような感じはしない。
 いずれ、間違いなくシアンが父親を幽閉した部屋であることは分かる。

「……何で閂がかかってないかは分からんが、中の様子も分からない。おそらく中からも、外の様子が分からない。しかも人の済む場所から隔離された位置。幽閉するには適した環境だよな」

 塔に幽閉している、とシアンは言っていた。
 三つの塔のうちのここを指差しながら。

「閂が外れてるから、扉は簡単に開くと思ってたんだけど……」

 見るからに重そうなその扉。
 やはりヨウミ一人じゃ開けられないか。
 じゃあ俺が、というつもりはない。
 なんせ、体力には自信がないからなっ。

「ミッ」

 サミーがやる気なんだが、多分扉の一部を壊すのが精一杯だと思うぞ?
 もっとも、自分だけが通れる穴を貫通させるくらいならできるとは思うが、どれだけ時間がかかることやら。

「……思った通り、ノックの音も、中まで届いてそうにないな」
「のっく?」

 ノックですら通じないのか。
 まあ分かってたけど。
 でも、普通の扉を空けるくらいの力を入れても開かない扉に、閂の必要があるのかどうか。
 甚だ疑問ではある。
 が、ついていようがいまいが、俺の人生に変化はない。
 気にしたら負けだ。
 にしても……開かない。

「あたしが開けようか?」
「お、おう。頼むわ」

 テンちゃんになら開けられそうだな。
 にしても、いくら太いとはいえ、後ろ足二本だけで巨体を支えるってのは……間近で見ると意外と迫力あるな。
 競馬のテレビ番組で、時々そんな姿を見ることはある。
 けどあれは細い足のサラブレッド。
 その足まわりは何倍なんだろうな。

「そおぉぉれっと!」

 テンちゃんは、戦闘になると、おそらくパワーファイター型じゃないだろう。
 だが力はかなりある。
 つか、テンちゃんがいなきゃ、ここ、開けられなかったんじゃねぇか?
 テンちゃん以外にできるとすれば、モーナーかンーゴくらいか。
 だがンーゴはここまで登るのも大変そうだし、他のみんなにできないことができて、それをアテにしたからここまで連れてくるのは不可能。
 モーナーも、テンちゃんには適任じゃないところを任せている。
 逆にテンちゃんにしかできないことがあったから、結果としてこの扉を空けることができた。
 つくづく運がよかった。
 さて……。

「何をしにきたっ。……む……。貴様らは……」

 ゆっくりと押し開けられる扉。
 中にいる者の姿が見える前に、声が聞こえてきた。
 口調は厳しいか、それに力強さは感じられない。
 当然中からも、俺らの姿は見えなかったろうが、互いに目を合わせられた時には、その口調はやや変わる。
 だが、俺も、そして向こうも、できれば会いたくない相手、なんだろう。
 向こうの不機嫌そうな感情に変化はない。
 そして、もう一つの気配の持ち主も判明した。
 その人物から声をかけられた。

「あ……あなた方は……」

 名前、何だっけ?
 忘れたけど、シアンの母親だ。
 つまり元国王の妃……元王妃、でいいのか?
 肩書がややこしい。
 にしても、いつぞやから全く顔を見なくなった。
 元国王と一緒にずっと幽閉されてたのか?
 しかしその風貌には、俺の記憶の中の元王妃とはそんなに違いはない。

「あっと……そっちもいろいろ言いたいこともあるんだろうが、ひとまずそれは腹の中に収めといてくれ。こっちの言うことを聞くのを優先してくれ」

 一方、元国王はというと……随分やつれたな。
 しかも服装は地味で質素。
 きらびやかな装飾品を纏った、いかにも優雅という衣装は……ちらっと見ただけだがこの部屋の中にはありそうにない。
 だが、目には、何というか……生命力がある。
 いわゆる、死んだ魚の目のようなって表現があるが、それとは正反対。
 おまけに俺らを恨みがましく睨む眼差しに力がこもっている。
 痩せ細った輪郭に体格。
 しかし、力が弱いなりに歯を食いしばるその顔つきは、何かこう、鬼気迫るものがある。
 気配からもその表情からも、思いもかけぬ乱入者を追い出したがってるのか、それとも俺らへの個人的な恨み七日までは判別不能。
 いずれ、しばらくほっといても、くたばるって言葉とは縁がなさそうだ。

 あ、いや。
 今はそんなことを考えてる場合じゃねぇか。

「まず伝えなきゃならんことは二つある。そこから関連したことはいくつもあるが、まずはその二つを聞いてくれ」

 不思議だ。
 シアンとは、対面するたびに腹が立ってた。
 だがその父親とは、俺を散々な目に遭わせてくれた張本人だが、シアンほど腹が立たない。
 直接俺に何かをしてきた、という体験や認識がほとんどないからか。
 会ったとしても、俺のことなのにまるで他人事のように感じる。

「シアン……あんたの息子が消息不明って情報が入ったんだが、あんたの耳にも届いているかどうか」
「知っておる」

 思いもかけなかった父親からの即答。
 すると、王宮内、王族内でその情報は完璧に伝わってるってことだ。
 だがもう一つの情報はどうか。

「じゃもう一つ。魔物の雪崩現象、魔物の泉現象は自然現象の一つじゃなく、人為的に行われた術か何かによるもの、って話は聞いてるか?」
「……何?」

 俺らを睨む目の力が弱まり、若干驚きの感情が見えた。
 そのせいだろうな。
 俺の問いかけの反応が、シアンの件よりもやや遅れた。

「俺……のことは知ってるよな? この国の端にある村に店を構えた。とんでもない田舎だよ。ここから普通に移動して、何日かかるか見当もつかない。だがそんな村にある俺の店に、その現象を引き起こしたってほざく輩が来たんだよ。百くらいの兵の死体を従えてな」
「……何だと? 出まかせを」

 そりゃその現場を見てないなら、俺の話を信じろってのは無理な話。
 だがしかし。

「今この王宮の門の外にゃ、その十倍くらいの数の骸骨どもが押し寄せてる。門の上と内部には、そちらさんの兵達が守りを固めてるが、その門の外には俺の仲間何人かが迎撃して、戦力を削いでるとこだ。何百もの死体が嘘としたとしてもだ。実際その骨どもは現実にすぐそこに存在してる」

 二人からの反応はない。
 俺の話を信じてくれるかどうかは別だろうが、受け付けてはくれそうだ。

「現象を引き起こした連中があんたらの息子を拉致したって可能性はかなり高いと思う。シアンだって相当な力の持ち主だし、護衛もいる。そして、長年にわたってこの国を悩ませている現象は、人為的なもの。相当な力がなきゃそんなことはできないし、そんな連中ならそんなあんたらの息子を拉致するなんてお手の物……とまではいかないが、それに近いくらいの簡単な事だったんじゃないか? 自然現象だったら、渋々その現象を受け入れるしかなかったろうが、そうでないってことが分かったんだ。黒幕を討伐し、この現象を永遠に止めることができるはずだぜ?」

 唆したりするようなつもりはない。
 が、それをやるべき者、しなきゃならない者に動いてもらわなきゃ筋が通らない。

「……フン。やれるなら、やれる者がやるべきじゃろうが。息子のことも、知ったことではない」

 低く太く、そしてしわがれた声で、まるで吐き捨てるように呟く声が聞こえてきた。
 しかも、事もあろうに、まるで駄々っ子のように拒否された。
 子供だから拗ねても可愛げがあるってもんだ。
 こんな年寄り……とまではいかない年齢だろうが、そんな年の男が拗ねたって、誰からも好かれるはずもなかろうに。

「あなた……」

 元王妃がそれを諫めるように元国王に声をかける。
 息子である皇太子と共に、夫である国王に反旗を翻した妃。
 だがその妃は今、労わるように寄り添っている。
 元国王と王家がどんな事情を抱え、どんな心境であったとしても、現状を打破する義務くらいはあるんじゃないか?
 部外者である俺らが、さらに突き詰めた話をするのもどうかとは思うが、ここで退いても事態は……好転しないよなぁ。

 俺を面倒くさい奴って言う連中は山ほどいるが、そんな俺ですら、元国王に話をするの、面倒くさい
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