上 下
419 / 493
番外編 この世界で唯一前世の記憶を持つダークエルフ編

村のために みんなのために その7

しおりを挟む
 避難するエルフたちが移動する流れに逆らうあたし。
 避難する、誰もが白っぽい肌のエルフ達の流れに逆らう、黒っぽい肌のあたし。
 そして、避難する普通のエルフ達の流れに逆らう、普通でない……。

 今は、スライム型の魔物がいる場所に向かって走っているだけ。
 それ以外にすることがないから頭の中では、ついそんな感傷に浸ってしまう。

 いつまでも、その普通でない力を隠し通せる、と思ってた。
 いつかはみんなにバレるだろう。
 でも、みんな、知らないふりをしてくれる、とも思ってた。

 その力は、村の望みを叶えるためにだけに使うつもりでいた。
 村が願うことだけに使うつもりでいた。
 村を危機から救うことだけに使うつもりでいた。

 けど、あたしの望みは、こうして数えるとどれもが抽象的だった。

 今、実際に村の平穏が壊れようとしている。
 誰かの、あたしの知ってる誰かが死んでしまう。
 その誰かを救うため。
 けど、ほおっておくと、あたしの知らないエルフ達にも被害が及ぶ。
 そんな、抽象的ではなく生々しい現場に向かって急いでる。
 人目につかないどころか、誰もが目撃するようなことを、これからしようとしている。

 その後をことも考えてしまう。
 前世のように、みんなの対応が、これを境に変わってしまう。
 その後のあたしへの態度は、おそらく急変するだろう。
 でもすでに、前世との違いはある。
 あたしから去ることのないこの力。
 それが分かっただけでも、あたしは多分この先も生きていける。
 あの先は絶望しかなかった前世のあたしとは違うんだ。

 助けたいエルフ達がいる。
 助けたい知り合いがいる。
 助けたい村の人達がいる。

 それだけで十分、迷わずに急ぐことができる。
 だって、今までとは違って、そんな取り返しがつかない事態が差し迫っているから。

 次第に住民達の気配は薄くなる。
 みんな避難したから、そこには気配がないのは当然だ。
 そして誰もいない道を走る。

 やがてあたしの家の前が近くなる。
 またこの家に戻る日が来るだろうか。

 迷いなく、立ち止まることなく今まで住み慣れた家の前を通り過ぎた。
 その隣の家は、あたしの家に危険を伝えてくれたあのおじさんの住んでいた家。
 そしてそのおじさんの家の隣も通り過ぎた。
 、おそらくその息子さんが魔物に食べられた、家族の家……。

 他にも被害者はいるだろうか。
 しばらく気配を感じない家が並ぶ。

 そして見えてくる、避難する住民達の後ろ姿。
 けどその列のはるか先では、途中で道路から外れ、道路沿いの何かを避けるように曲がっていた。
 あたしは、自分の家を通り過ぎるまでは、避難するみんなとは逆の方向に移動していた。
 今度は同じ方向に移動する集団の中に混ざる。
 魔力を使い走力を上げた。
 早く、みんなが避難する必要がない日常に戻すために。

 避難するみんなよりも速く走る。
 おそらく魔物がいる場所は、その大きく曲がって道路から一番離れている所だろう。
 道路から離れているのは、魔物に襲われないようになるべく遠ざかり、そして避難場所からの距離がなるべく長くならないように。

 あたしは避難するみんなの流れから外れ、道路をそのまま走り続けた。
 すると、避難するみんなの流れから一番遠ざかった道路沿いから、小さい叫び声が聞こえてくる。
 近づくほどに、その声が大きく聞こえてきた。

「……けて……。……れか……。助けて―っ!」

 聞き覚えのある叫び声。
 あちこちに森で一緒に遊んだことがある女性の声。
 もちろんあたしに近い年のエルフだけど。

 計画は既に練ってある。
 火に弱い、と知られているのに誰も退治できない。
 それはおそらくスライムの体質があるから。

 遠ざけることができる普通の火では、退治には不向き。
 火をつけても水分でできているスライムだから、苦手な火でも体内に取り込めば火は消える。
 着火できたとしても、分離と合体が自在な粘体だから、被害か所を切り離せば無事に済む。

 あたしにできる攻撃は、まずは弓矢。
 でも刺さっても、相手は粘体だから地面に釘付けにはできない。
 だから、初手は数多くの矢すべてに、氷結の効果がある魔力を伴わせて発射。
 凍った体なら釘付けにできる。
 そして何でも燃やせる業火が伴った、それ以上の数の矢を刺す。
 ただしその火はその氷に干渉させない。
 氷も火に干渉させない。
 魔物の体は、燃えているか氷かのどちらかにする。

 そうして最後まで完全燃焼。
 これで十分なはずだ。

 けど、村に来た魔物が一体だけで助かった。
 集団で来られたら、あたしは途中で気絶するほどいきなり疲労に襲われてたかもしれない。
 一体だけなら、その終わり見届けるまで意識を保っていられそうだ。

 その叫び声が聞こえてくる家に近づく。
 誰か助けて、と叫ぶ声。
 声の主は家の外にいるのは分かった。

「やっぱりナンナ! ちょっと待ってて!」
「え?! マッキー?!」

 何度も一緒に遊んだエルフの女の子達の一人。
 大木に縋って登ろうとしていた。
 彼女の片方の足首が、地面にへばりついてるような黒いスライムに取り込まれている。

「ちょっと辛抱してて! えいっ!」

 魔力を使って、家の屋根よりも高く飛ぶ。
 光の弓、そして短い光の矢を出し、その先には氷結の魔力を纏わせた。

「まずは一手目! いけっ!」
「キャアッ!」
「ナンナ! 大丈夫! 助けるから!」

 あたしは、魔力を使っても長時間の滞空はできないが、この計画を実行できる間くらいなら何とかなる。
 高く飛んだあたしを遠くから見たエルフ達が、避難しながらも様子を見に来る。
 誰もが助かりたいと思っている。
 そして、助けてほしいエルフがいたら、助けたいと思ってもいる。
 けれど、自分の身が危なければ、まずは安全を確保したいのは仕方がないことだろう。

 でも今は状況が違う。
 助けてほしい者を、率先して助けに来た者がいるのだ。
 自分に余裕があるのなら助けてあげたい、と思うのも本能に近い感情の一つに違いない。
 だから、近寄ってきた誰もが、あたしが光の弓を手にしているのを見ていた。

 どんなふうに見られているのだろう?
 けど、そんなこと知ったこっちゃない!

 見る見るうちに、黒い粘体は凍り付き、地面にくし刺しになって動かなくなった。

「二手目、いくよっ!」

 業火が伴った、さっきと同じく小さな数多い光の矢を番える。
 そして発射。
 もちろんナンナの体には燃え移らないようにして。

 氷と業火以外の体の箇所を出さないように監視しながら滞空を続けた。
 そして火の勢いが弱まったと思ったら、さらに追加。

 間もなくして、ナンナの足首は黒い粘体から解放された。
 ナンナは泣きながら、大木を上っていく。
 地上よりは安全な場所であるはずだから、それには特に問題はない。
 地上で燃え続ける黒い体。
 その中には、他に誰かが取り込まれた跡はない。
 最初の被害者からナンナまでの間に、他の被害者が出なかったか。
 それとも他の被害者は既に、跡形もなく魔物の体の中で溶かされたか。
 前者であってほしい、と願いながら粘体が燃え尽きるのを見届ける。

 その火も、燃えた黒い魔物も、そしてあたしの光の矢も消え、手にある光の弓を消えたのを見て、あたしは意識を失った。
しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

人間だった竜人の番は、生まれ変わってエルフになったので、大好きなお父さんと暮らします

吉野屋
ファンタジー
 竜人国の皇太子の番として預言者に予言され妃になるため城に入った人間のシロアナだが、皇太子は人間の番と言う事実が受け入れられず、超塩対応だった。シロアナはそれならば人間の国へ帰りたいと思っていたが、イラつく皇太子の不手際のせいであっさり死んでしまった(人は竜人に比べてとても脆い存在)。  魂に傷を負った娘は、エルフの娘に生まれ変わる。  次の身体の父親はエルフの最高位の大魔術師を退き、妻が命と引き換えに生んだ娘と森で暮らす事を選んだ男だった。 【完結したお話を現在改稿中です。改稿しだい順次お話しをUPして行きます】  

異世界は流されるままに

椎井瑛弥
ファンタジー
 貴族の三男として生まれたレイは、成人を迎えた当日に意識を失い、目が覚めてみると剣と魔法のファンタジーの世界に生まれ変わっていたことに気づきます。ベタです。  日本で堅実な人生を送っていた彼は、無理をせずに一歩ずつ着実に歩みを進むつもりでしたが、なぜか思ってもみなかった方向に進むことばかり。ベタです。  しっかりと自分を持っているにも関わらず、なぜか思うようにならないレイの冒険譚、ここに開幕。  これを書いている人は縦書き派ですので、縦書きで読むことを推奨します。

隠された第四皇女

山田ランチ
ファンタジー
 ギルベアト帝国。  帝国では忌み嫌われる魔女達が集う娼館で働くウィノラは、魔女の中でも稀有な癒やしの力を持っていた。ある時、皇宮から内密に呼び出しがかかり、赴いた先に居たのは三度目の出産で今にも命尽きそうな第二側妃のリナだった。しかし癒やしの力を使って助けたリナからは何故か拒絶されてしまう。逃げるように皇宮を出る途中、ライナーという貴族男性に助けてもらう。それから3年後、とある命令を受けてウィノラは再び皇宮に赴く事になる。  皇帝の命令で魔女を捕らえる動きが活発になっていく中、エミル王国との戦争が勃発。そしてウィノラが娼館に隠された秘密が明らかとなっていく。 ヒュー娼館の人々 ウィノラ(娼館で育った第四皇女) アデリータ(女将、ウィノラの育ての親) マイノ(アデリータの弟で護衛長) ディアンヌ、ロラ(娼婦) デルマ、イリーゼ(高級娼婦) 皇宮の人々 ライナー・フックス(公爵家嫡男) バラード・クラウゼ(伯爵、ライナーの友人、デルマの恋人) ルシャード・ツーファール(ギルベアト皇帝) ガリオン・ツーファール(第一皇子、アイテル軍団の第一師団団長) リーヴィス・ツーファール(第三皇子、騎士団所属) オーティス・ツーファール(第四皇子、幻の皇女の弟) エデル・ツーファール(第五皇子、幻の皇女の弟) セリア・エミル(第二皇女、現エミル王国王妃) ローデリカ・ツーファール(第三皇女、ガリオンの妹、死亡) 幻の皇女(第四皇女、死産?) アナイス・ツーファール(第五皇女、ライナーの婚約者候補) ロタリオ(ライナーの従者) ウィリアム(伯爵家三男、アイテル軍団の第一師団副団長) レナード・ハーン(子爵令息) リナ(第二側妃、幻の皇女の母。魔女) ローザ(リナの侍女、魔女) ※フェッチ   力ある魔女の力が具現化したもの。その形は様々で魔女の性格や能力によって変化する。生き物のように視えていても力が形を成したもの。魔女が死亡、もしくは能力を失った時点で消滅する。  ある程度の力がある者達にしかフェッチは視えず、それ以外では気配や感覚でのみ感じる者もいる。

貴方の隣で私は異世界を謳歌する

紅子
ファンタジー
あれ?わたし、こんなに小さかった?ここどこ?わたしは誰? あああああ、どうやらわたしはトラックに跳ねられて異世界に来てしまったみたい。なんて、テンプレ。なんで森の中なのよ。せめて、街の近くに送ってよ!こんな幼女じゃ、すぐ死んじゃうよ。言わんこっちゃない。 わたし、どうなるの? 不定期更新 00:00に更新します。 R15は、念のため。 自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)

転生無双なんて大層なこと、できるわけないでしょう!〜公爵令息が家族、友達、精霊と送る仲良しスローライフ〜

西園寺わかば
ファンタジー
転生したラインハルトはその際に超説明が適当な女神から、訳も分からず、チートスキルをもらう。 どこに転生するか、どんなスキルを貰ったのか、どんな身分に転生したのか全てを分からず転生したラインハルトが平和な?日常生活を送る話。 - カクヨム様にて、週間総合ランキングにランクインしました! - アルファポリス様にて、人気ランキング、HOTランキングにランクインしました! - この話はフィクションです。

処理中です...