405 / 493
番外編 この世界で唯一前世の記憶を持つダークエルフ編
仲間に言う必要のないマッキーの秘密 その5
しおりを挟む
五年間、勇者をやってきた。
来てくれてありがとう。
魔物を倒してくれてありがとう。
そんなことを何度も言われた、と思う。
けど、泣き顔を見た回数は圧倒的に多かった。
涙が出る時は、悲しいときだけとは限らない。
けど、悲しい顔を見た回数の方が、圧倒的に多かった。
でも、その場に駆け付けたら恨み言を言われたり、憎まれ口を叩かれたことはなかった。
むしろ……。
「……勉強あきらめたのかよ」
「勇者続けてれば、みんな幸せだったのに……」
「何のために通ってたの?」
「もっかい勇者になるってお願いしてくればあ?」
勇者を辞めた後の家族から言われたことの方が多い。
国王から支給されたお金は、しっかり蓄えてたようだった。
おそらく両親がなくなって兄弟達みんなが寿命で人生を全うした後も残るくらいらしい。
怠惰な毎日を過ごしても問題なさそう。
だからと言って、そんな毎日を送る気はなく、母さんは常に家の中にいて家事を絶え間なくこなしている。
父さんは、昔とほとんど変わりなく、畑仕事や近所の力仕事の手伝いで外出してる。
あたしに対する態度はともかく、毎日働いてる両親姿を見たら、貯金はどうあれ、何かせずにはいられない、と思った。
そして、晩ご飯の時に、決心してこれからのことの話をしてみた。
「働きに出る?」
「うん……」
「学舎に通うのも、すぐに辞めちゃって……。そんなんで仕事できるの?」
意外にも、心配された。
けど、あの環境ではとても落ち着いて勉強していられない。
それに、兄弟姉妹からの露骨な仲間外れや、両親からも時折見え隠れする、あたしを非難するような顔も見たくない。
「……大丈夫だよ。技術を身に付けなきゃできない仕事に就けたら…‥多分一人で何とかできる……」
一人でいた方が、間違いなく気楽だ。
この村を離れて、あたしのことを誰も知らない場所で働く方が、まだ真っ当な人生を送ることができそうだ。
人の力を超えた存在が人を襲う。
その存在に立ち向かわなければならなかったあの頃は、仲間の助けがなければ倒せなかった。
けど今は、そんな窮地に立たされることはない。
あの頃に比べれば、大概のことなら一人で何とかなるはずだ。
「家を……村を出て一人で暮らすよ。別のところで生活していくつもり」
「そうか。……お金は出せないが、頑張れよ……」
「あ……、う、うん……」
せめて、隣村までの馬車代くらいはもらいたかった。
二千円もあれば、そこで適当に仕事して、そこからさらに遠くの場所に移動するための蓄えを、と思っていたけど。
「まぁ……途中でお腹が減っても、そこらに生えているススキモドキの実は食べられるって言うし……日時の予定がないなら、のんびりと歩いて行けば、遠い場所にまで行けるわよ」
「え……あ……うん……」
……結局、あたしのことを心配してくれる人は、誰もいなかった、ということだ。
「で、もう出るのか?」
「え?」
流石に耳を疑った。
現時刻は、夜の七時を越えている。
「先延ばしにすると、出発する機会を失っちゃうわよ?」
勇者に選ばれる前は、他の兄弟姉妹と分け隔てなく愛してもらっていた。
もちろん兄弟達との仲も良かった。
両親から怒られることはもちろんあったが、大概五人一緒に怒られた。
五人一緒に褒められた。
五人一緒に遊んでもらった。
夜は一緒の寝床で眠ったことも、何度もあった。
なのに、あたしが勇者に選ばれてからは、あたしを除いたみんなが、新築の家が出来て一緒に喜んでたに違いない。
きっとあたしが他の仲間達と一緒に、たくさんの人達の泣き顔を見ていた頃に。
あたしを除いたみんなが、どこかへ旅行に出かけて楽しい思い出を作っていたに違いない。
きっとあたしと仲間達だけが、魔物に殺されたたくさんの人達の亡骸に、黙とうをささげていた頃に。
あたしを除いたみんなが、綺麗に、立派になっていく村を見て喜んでたに違いない。
きっとあたしと仲間達だけが……。
そして今。
勇者時代に得た物をすべて失ったあたし。
報酬はもちろん、装備も、能力も、そして勇者時代にはいつも一緒で、支えてもらってた三人の仲間達も。
勇者に選ばれてなかったらきっと身に着けていたであろう知識も、勇者に選ばれたことによってその機会を得ることがなかった。
「……お世話に……なりました……」
何だったんだろう?
あたしの人生は、何だったんだろう?
もはや、涙も出てこない。
でも、それも当然だ。
誰かが魔物に殺されたわけじゃないから。
無残な死を遂げた者は、ここには誰もいないから。
多分、そうだ。
そしてあたしは、何も持たず、二度と戻ることがない、これまで見たこともなく思い出もない自宅を出た。
※※※※※ ※※※※※
それから数か月経った。
足の向くまま、気の向くままに国内を歩き回った。
どこか一か所に定住することはできなかった。
お店の手伝いをしようにも、力仕事はまったくできなかった。
勇者の頃のつもりで物を運ぼうにも、神から授かったあらゆる力は失っている。
会計も、買い物客が増えるほど計算の間違いが増えていく。
食堂の手伝いをしようにも、刃物の使い方が全然分からず、教わっても要領を得なかった。
料理を運ぶにも、どのテーブルに運べばいいか分からなくなる。
ご飯の時間になればなおさらだ。
勇者時代には触らない日はなかった武器や防具を扱う店の手伝いもした。
けど、商品のほとんどがとても重くて、一人では運べない。
鍛冶屋ともなれば、力を必要としない仕事はまったくなかった。
だから当然収入はない。
道端に生えている雑草くらいしか食べられない。
武器も当然振るえないから、野生の動物を狩ることもできない。
魔獣狩りなんてとても無理。
体は次第に痩せてくる。
けれど足は重くなる。
そんな日々の中、村と村を結ぶ広い砂利道をとぼとぼと歩いてた時のこと。
前から馬車がやってくる。
当然、道端に寄る。
すれ違う馬車の大きな窓を見ると、見覚えのある三人と、初めて見る一人の人物を目にした。
勇者時代の仲間達だった。
初めて見る人物は、自分の後に指名された勇者に違いなかった。
すれ違う一瞬だから、目に留まることもなかったろう。
けど、仲間達は、あたしの素顔も名前も知らない。
ましてや、こんなみすぼらしい姿とあっては、元勇者などと名乗ったところで、誰がそれを信じてくれようか。
故郷を出てから、初めて涙がこぼれた。
来てくれてありがとう。
魔物を倒してくれてありがとう。
そんなことを何度も言われた、と思う。
けど、泣き顔を見た回数は圧倒的に多かった。
涙が出る時は、悲しいときだけとは限らない。
けど、悲しい顔を見た回数の方が、圧倒的に多かった。
でも、その場に駆け付けたら恨み言を言われたり、憎まれ口を叩かれたことはなかった。
むしろ……。
「……勉強あきらめたのかよ」
「勇者続けてれば、みんな幸せだったのに……」
「何のために通ってたの?」
「もっかい勇者になるってお願いしてくればあ?」
勇者を辞めた後の家族から言われたことの方が多い。
国王から支給されたお金は、しっかり蓄えてたようだった。
おそらく両親がなくなって兄弟達みんなが寿命で人生を全うした後も残るくらいらしい。
怠惰な毎日を過ごしても問題なさそう。
だからと言って、そんな毎日を送る気はなく、母さんは常に家の中にいて家事を絶え間なくこなしている。
父さんは、昔とほとんど変わりなく、畑仕事や近所の力仕事の手伝いで外出してる。
あたしに対する態度はともかく、毎日働いてる両親姿を見たら、貯金はどうあれ、何かせずにはいられない、と思った。
そして、晩ご飯の時に、決心してこれからのことの話をしてみた。
「働きに出る?」
「うん……」
「学舎に通うのも、すぐに辞めちゃって……。そんなんで仕事できるの?」
意外にも、心配された。
けど、あの環境ではとても落ち着いて勉強していられない。
それに、兄弟姉妹からの露骨な仲間外れや、両親からも時折見え隠れする、あたしを非難するような顔も見たくない。
「……大丈夫だよ。技術を身に付けなきゃできない仕事に就けたら…‥多分一人で何とかできる……」
一人でいた方が、間違いなく気楽だ。
この村を離れて、あたしのことを誰も知らない場所で働く方が、まだ真っ当な人生を送ることができそうだ。
人の力を超えた存在が人を襲う。
その存在に立ち向かわなければならなかったあの頃は、仲間の助けがなければ倒せなかった。
けど今は、そんな窮地に立たされることはない。
あの頃に比べれば、大概のことなら一人で何とかなるはずだ。
「家を……村を出て一人で暮らすよ。別のところで生活していくつもり」
「そうか。……お金は出せないが、頑張れよ……」
「あ……、う、うん……」
せめて、隣村までの馬車代くらいはもらいたかった。
二千円もあれば、そこで適当に仕事して、そこからさらに遠くの場所に移動するための蓄えを、と思っていたけど。
「まぁ……途中でお腹が減っても、そこらに生えているススキモドキの実は食べられるって言うし……日時の予定がないなら、のんびりと歩いて行けば、遠い場所にまで行けるわよ」
「え……あ……うん……」
……結局、あたしのことを心配してくれる人は、誰もいなかった、ということだ。
「で、もう出るのか?」
「え?」
流石に耳を疑った。
現時刻は、夜の七時を越えている。
「先延ばしにすると、出発する機会を失っちゃうわよ?」
勇者に選ばれる前は、他の兄弟姉妹と分け隔てなく愛してもらっていた。
もちろん兄弟達との仲も良かった。
両親から怒られることはもちろんあったが、大概五人一緒に怒られた。
五人一緒に褒められた。
五人一緒に遊んでもらった。
夜は一緒の寝床で眠ったことも、何度もあった。
なのに、あたしが勇者に選ばれてからは、あたしを除いたみんなが、新築の家が出来て一緒に喜んでたに違いない。
きっとあたしが他の仲間達と一緒に、たくさんの人達の泣き顔を見ていた頃に。
あたしを除いたみんなが、どこかへ旅行に出かけて楽しい思い出を作っていたに違いない。
きっとあたしと仲間達だけが、魔物に殺されたたくさんの人達の亡骸に、黙とうをささげていた頃に。
あたしを除いたみんなが、綺麗に、立派になっていく村を見て喜んでたに違いない。
きっとあたしと仲間達だけが……。
そして今。
勇者時代に得た物をすべて失ったあたし。
報酬はもちろん、装備も、能力も、そして勇者時代にはいつも一緒で、支えてもらってた三人の仲間達も。
勇者に選ばれてなかったらきっと身に着けていたであろう知識も、勇者に選ばれたことによってその機会を得ることがなかった。
「……お世話に……なりました……」
何だったんだろう?
あたしの人生は、何だったんだろう?
もはや、涙も出てこない。
でも、それも当然だ。
誰かが魔物に殺されたわけじゃないから。
無残な死を遂げた者は、ここには誰もいないから。
多分、そうだ。
そしてあたしは、何も持たず、二度と戻ることがない、これまで見たこともなく思い出もない自宅を出た。
※※※※※ ※※※※※
それから数か月経った。
足の向くまま、気の向くままに国内を歩き回った。
どこか一か所に定住することはできなかった。
お店の手伝いをしようにも、力仕事はまったくできなかった。
勇者の頃のつもりで物を運ぼうにも、神から授かったあらゆる力は失っている。
会計も、買い物客が増えるほど計算の間違いが増えていく。
食堂の手伝いをしようにも、刃物の使い方が全然分からず、教わっても要領を得なかった。
料理を運ぶにも、どのテーブルに運べばいいか分からなくなる。
ご飯の時間になればなおさらだ。
勇者時代には触らない日はなかった武器や防具を扱う店の手伝いもした。
けど、商品のほとんどがとても重くて、一人では運べない。
鍛冶屋ともなれば、力を必要としない仕事はまったくなかった。
だから当然収入はない。
道端に生えている雑草くらいしか食べられない。
武器も当然振るえないから、野生の動物を狩ることもできない。
魔獣狩りなんてとても無理。
体は次第に痩せてくる。
けれど足は重くなる。
そんな日々の中、村と村を結ぶ広い砂利道をとぼとぼと歩いてた時のこと。
前から馬車がやってくる。
当然、道端に寄る。
すれ違う馬車の大きな窓を見ると、見覚えのある三人と、初めて見る一人の人物を目にした。
勇者時代の仲間達だった。
初めて見る人物は、自分の後に指名された勇者に違いなかった。
すれ違う一瞬だから、目に留まることもなかったろう。
けど、仲間達は、あたしの素顔も名前も知らない。
ましてや、こんなみすぼらしい姿とあっては、元勇者などと名乗ったところで、誰がそれを信じてくれようか。
故郷を出てから、初めて涙がこぼれた。
0
お気に入りに追加
1,585
あなたにおすすめの小説
またね。次ね。今度ね。聞き飽きました。お断りです。
朝山みどり
ファンタジー
ミシガン伯爵家のリリーは、いつも後回しにされていた。転んで怪我をしても、熱を出しても誰もなにもしてくれない。わたしは家族じゃないんだとリリーは思っていた。
婚約者こそいるけど、相手も自分と同じ境遇の侯爵家の二男。だから、リリーは彼と家族を作りたいと願っていた。
だけど、彼は妹のアナベルとの結婚を望み、婚約は解消された。
リリーは失望に負けずに自身の才能を武器に道を切り開いて行った。
「なろう」「カクヨム」に投稿しています。
三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る
マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息
三歳で婚約破棄され
そのショックで前世の記憶が蘇る
前世でも貧乏だったのなんの問題なし
なによりも魔法の世界
ワクワクが止まらない三歳児の
波瀾万丈
悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます
綾月百花
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。
人間だった竜人の番は、生まれ変わってエルフになったので、大好きなお父さんと暮らします
吉野屋
ファンタジー
竜人国の皇太子の番として預言者に予言され妃になるため城に入った人間のシロアナだが、皇太子は人間の番と言う事実が受け入れられず、超塩対応だった。シロアナはそれならば人間の国へ帰りたいと思っていたが、イラつく皇太子の不手際のせいであっさり死んでしまった(人は竜人に比べてとても脆い存在)。
魂に傷を負った娘は、エルフの娘に生まれ変わる。
次の身体の父親はエルフの最高位の大魔術師を退き、妻が命と引き換えに生んだ娘と森で暮らす事を選んだ男だった。
【完結したお話を現在改稿中です。改稿しだい順次お話しをUPして行きます】
【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
異世界は流されるままに
椎井瑛弥
ファンタジー
貴族の三男として生まれたレイは、成人を迎えた当日に意識を失い、目が覚めてみると剣と魔法のファンタジーの世界に生まれ変わっていたことに気づきます。ベタです。
日本で堅実な人生を送っていた彼は、無理をせずに一歩ずつ着実に歩みを進むつもりでしたが、なぜか思ってもみなかった方向に進むことばかり。ベタです。
しっかりと自分を持っているにも関わらず、なぜか思うようにならないレイの冒険譚、ここに開幕。
これを書いている人は縦書き派ですので、縦書きで読むことを推奨します。
転生無双なんて大層なこと、できるわけないでしょう!〜公爵令息が家族、友達、精霊と送る仲良しスローライフ〜
西園寺わかば
ファンタジー
転生したラインハルトはその際に超説明が適当な女神から、訳も分からず、チートスキルをもらう。
どこに転生するか、どんなスキルを貰ったのか、どんな身分に転生したのか全てを分からず転生したラインハルトが平和な?日常生活を送る話。
- カクヨム様にて、週間総合ランキングにランクインしました!
- アルファポリス様にて、人気ランキング、HOTランキングにランクインしました!
- この話はフィクションです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる