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番外編 この世界で唯一前世の記憶を持つダークエルフ編

仲間に言う必要のないマッキーの秘密 その2

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 魔物討伐成功したあたし達は帰路についた。
 そして十分な休息をとったあと、仲間の三人と、国王と大司教に謁見した。

「四人の勇者達よ。この度は大義であった。褒賞を授けよう」

 ボロボロの衣服に防具を身に着けていたあたし達は、この謁見の間に入る前に礼服を渡され、それに着替えてこの場に臨んだ。
 そんな見るも無残な装いだったことは、国王の耳にも届いていたんだろう。
 サイズがぴったりな、そして見栄えもよく、性能、品質がこれまでとは違う衣服、装備一式が、あたし達一人一人の前に並べられた。
 あたし達はその豪華さに目を奪われた。

「さて、勇者達よ。この後はどのような生活をするつもりか、その希望を述べてみよ」

 少しの間が空いて、ガーディが答えた。

「はい。私は、次の、魔物の泉や雪崩の現象にも勇者として対処していきたいと存じます」

 他の二人もガーディに同調した。
 けどあたしには、これ以上辛い思いに耐えられなかった。

「国王陛下。私は、普通の……一国民として、家族と心穏やかに生活したいと思っております」

 国王も大司教も、私の答えには特に驚きもせず、引き留めもしなかった。
 それどころか、これまでの五年間の労をねぎらってくれた。

「ではマックスよ。そなたは今後、普通の国民として暮らしていくことになる。ゆえに神から授かりし能力も神にお返しする。でなければ普通の人として生活することは無理なのだ。分かるな?」
「はい。理解しております」

 当然だ。
 私は、両親のもとで、両親の仕事を手伝いながら、穏やかな生活を送るつもりだった。
 そんな生活に、過分な能力は必要ない。
 かえって不幸を生むだけだ。

「よろしい。では、返却の間に向かい、そこでこちらが用意した普段着に着替え、そのまま反対側の出口から出るがよい。そこから先は、お前が希望した日々が待っている。勇者の肩書も、マックスという名前も、そして勇者としての日々も思い返すことなく、故郷で両親と共に和やかに暮らしていくのだぞ?」

 温かい見送りの言葉を頂いた。
 国王から、勇者マックスへの最後の言葉。
 そしてこれから一般人として生きていく者にかけてくださった言葉。
 喜ばしいことこの上なかった。

「はいっ。数々の配慮、有り難うございました」

 国王と大司教に深々と頭を下げ、案内の者の後を付いて行き、国王からの指示通りに動き、返却の間を出て、王宮を後にした。

 素顔をようやく人前に出すことができた。
 勇者マックスは自分であることを、目に入る通行人の人達に知られることは二度となく、周りからちやほやされることなく、雑踏の中、故郷の村に戻ることになった。

 ※※※※※ ※※※※※

 それでも、王宮を出る際にも、国王から配慮を頂いた。
 故郷までの路銀……としては、ちょっと多めの額のお金。
 それを使って、馬車に乗り、故郷の村まで移動することにした。

 そのとき、あたしは、一文字の間違いもなく、故郷の村の名前を御者に伝えた。
 伝えたはずだった。
 到着したのは、見覚えのない村。
 移動する方向は間違いなかった。
 村から王宮に向かう道中も、ところどころ思い出す場所と風景が一致していた。

 なのに、到着したその村は、王宮に向かった五年前とは全く別になっていた。
 村の入り口は細めの木材が立てられ、その木材から水平に、触ると痛みを感じる蔦が括りつけられ、ところどころ支柱にからませ、村の区域を守るように覆われていた。

 それが今、目の前には、木製で重そうな、立派な扉がそびえたっていて、蔦の代わりに途轍もない高さで丈夫そうな壁が連なっていた。

「ここ……俺の村……だっけ……? でも……近くに、似たような村はなかったし……」

 戸惑いながら、扉に近づいた。
 すると内側から声をかけられた。
 覗き穴がどこかにあったんだろう。

「止まれ! お前は何者……お……お前……まさか……」

 聞き覚えのない声が、何やら狼狽えたようで途中で止まる。
 その跡ゆっくり扉が開き、「とりあえず、入れ!」という声に従った。

 中に入ると、壁にくっついた形で詰所のような部屋が、扉の両脇にあった。
 その片方から一人の男が出てきた。

「お前……まさか……五年前に勇者の信託を受けた……」
「あ、うん。そうだよ。現象の魔物達をようやく殲滅して、勇者の目的を無事に果たして、それで帰ってこれたんだ」
「そんな……まさか……」

 その男は見る見るうちに青くなっていった。
 何か病気だろうか? とか思ったが……。

「まさか、俺、戦死したとか思われてたのかな? 無事に戻って、これからはまたこの村で、父さん母さん、兄弟姉妹達とまた一緒に生活するんだ。でも……随分立派な壁ができたんだね。見違えちゃったよ。別のところに来ちゃったかと思っちゃった」

 あはは、とつい笑ってしまう。
 そしたらあたしの後ろの詰所から、もう一人の男の人が出てきた。

「嘘だろ……。あの人達に早く知らせなきゃ!」
「お、おう! 急いで報せに行ってくれ! それと村長さんにもだ!」

 何かバタバタしてる。
 慌ただしい感じだ。

「えっと……、俺……家に帰りたいんだけど……いい、よね?」

 自分の家に帰るのに、何で赤の他人から許可を得る必要があるんだろう? などとぼんやり思ったりしたが、どうもただならぬ状況っていう感じはした。

「ちょ、ちょっと待て。今の男が戻ってくるまでちょっとここで待つんだ」

 ちょっとくらいなら。
 今日の日付が変わってもここにいろ、というなら問題だけど。
 けど、そこから村の中を見てみる。

 村の外側と同様、見覚えが全くない。
 五年前の、村の出入り口から見た内部は、どの家も平屋で、隙間風が吹いてそうな、今にも崩れるんじゃないかと思えるようなボロボロの家ばかり。
 富裕層なんて呼ばれる人達はいなかった。
 貧しい生活をしている、という前提で、みな平等という感じがした。

 ところが五年経った今、村を覆ってそうな壁同様、家の中に隙間風すら許さないような丈夫な建物が整列している。
 そして道路も、馬車が余裕ですれ違うことができるほど広くなって、土埃とは縁のない石畳の路面。
 清潔感溢れる街並みになっていた。

「……随分……変わりましたね……村の外も、内側も」
「そ、そりゃあ……。だが……」

 その男の顔は青いまま。
 一体何かあったんだろうか?
 何か言おうとして口をパクパクさせているが、言葉が出てこない。
 言い淀んでいるのか、言おうか言うまいか迷っているのか。

 そうこうしているうちに、村の中へ駆けて行った男が戻ってきた。
 その後ろについてきた者達は……。

「あ、父さんと母さん! ただいまっ! 帰ってきたよ!」

 遠くからでも分かるように、軽く飛び跳ねながら両手を上にあげて左右に振る。
 しかし近づくにつれ、見えてきた両親の顔は、決して喜んではいなかった。
 その後ろにも一人いた。
 どうやら村長らしい。
 やはり、何か心配そうな顔をしている。
 その三人を見て、両手を振る気はいつの間にか消えてしまっていた。
 あたしは何か、とんでもないことをしてしまったのだろうか?
 そんな不安にも駆られた。
 詰所の男と一緒に自分の前に着いた両親と村長は、複雑な心境が丸分かりな表情をしていた。

「えっと……た、だいま、お父さん、お母さん。そして、わざわざ村長さんまで……」
「お前……その格好で来たってことは……勇者、止めたのか?」

 父さんは、あたしの帰りの挨拶を途中で遮り、険しい顔であたしを問い詰めてきた。

「え? あ、うん、えと……うん、そう、だよ」

 肯定すると、母さんは両手を顔に当て、声をあげて泣き出してしゃがみ込んでしまった。
 村長さんは両肩がさがり、頭を下げて項垂れた。

 一体何があったのか。
 父さんに聞こうとした瞬間。

「お前はっ……! お前はもう少し頑張ろうという気は」
「ひっ!」

 突然父さんはあたしに怒鳴ってきた。
 いつの間にか、あたしの身長は父さんを越えていた。
 それでもその剣幕に怯え、父さんも含め、皆静まり返ってしまった。
 ただ、しゃがんでいた母さんの鳴き声を除いて。

 あたしには、怒鳴られる心当たりがない。
 せっかく両親の元に帰ってくることができた。
 でも、この時点で、両親はおろか、村の人達の誰からも「おかえり」と言ってもらえなかった。
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