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アラタとヨウミの補強計画編

長い立ち話 その1

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 俺のことを君付けで呼ぶ奴なんか、この世界にはいない。
 相当親しい奴なら呼び捨てだし、それ以外はさんづけだ。
 で、俺の名前を呼ぶそいつは……見たこと、あったようななかったような。
 でも服装は明らかに、俺が生まれ育った日本の物。
 でもこいつのことは……。

「新君でしょ? 三波新君っ! 私、由麻よっ。磯貝由麻っ」

 ……思い出そうとするのは諦めよう。
 出てこない。

「三つ葉商事の同期だよっ! 同期の新入社員で、お互い大卒だったじゃない!」

 ……その職場名、思い出したくなかった。
 そのせいで……そのおかげじゃなく、そのせいで、思い出した。
 同期、だけじゃなく同僚の中で唯一、何の先入観もなく、そして好むでなし毛嫌いするでもなしに話しかけてきた女性社員。
 だが……なんで俺の世界の人間がこの世界にいる?

「……シアン。また召喚魔法でも使ったのか?」
「いや? 召喚魔法なんて、戴冠式以来全く使ってないが?」
「正確には、戴冠式の日よりも前から、ですよね、陛下」
「ああ」

 つまりこいつは、勇者として召喚されてないってことだよな。
 ということは……。

「ま、魔法? やっぱりここ、私達の知ってる日本じゃないのよね? 町中の様子、なんかおかしいし、見たことのない変な動物とかいるし、なんか、物語に出てくる生き物とかがあちこちに……。て、やっぱり新君よね?」

 あ、返事してなかった。
 ……でも返事してやる義理はあるのか?

「ユマさん、と言ったか? ここは日本大王国だ。そして彼は、ここではない世界からやってきたミナミ・アラタ。そして私は、その国王をしているエイシアンム……」
「国……王……?」

 召喚したんじゃないなら、名乗らなきゃならない義務もなかろうに。
 だってシアンにも俺にも、こいつがこの世界に迷い込ませた責任はないんだから。
 そしてこいつが求めてるのは俺の名前。
 元の世界に戻りたい、じゃねぇんだし。

「え……えーと……、新君……」

 まぁ、話しかけられたこいつからは逃れようがねぇことだから……。

「何?」
「えっと……やっぱりあたしの知ってる新君なんだよね? 新君らしい噂聞いたから……。で、ここで何してんの? て言うか、その格好は? それと、ここ、どこ?」

 矢継ぎ早って感じでもないが、質問を次々出されてもなぁ。
 それに、ここはどこかって答えは今聞いたばかりだろうに。

「だから今シアン……こいつが言っただろ? 俺らが知ってる日本じゃねぇ日本だ。ガソリンがなく、自動車とか飛行機とかがなくて、魔法がそこら辺にある世界の中の日本。つかお前……よく俺のこと覚えてたな。俺はすっかり忘れてた」
「え? えっと……日本……じゃないの? あ、別の日本? え、えっと……何で私、こんなとこに来ちゃったのかしら……?」

 知らん。

「アラタ。私達の見送りはここまででいいよ。彼女の面倒を……」

 おい待てシアン。
 そりゃ確かに、こいつがこの世界に紛れ込んできたのは俺のせいでもねぇしシアンのせいでもねぇって思ってるよ?
 でもよ。

「シアン、こいつを元の世界に戻してやれるんだろ? その説明するからちと待っててくれ」
「あぁ、アラタの……いや、何でもない。まぁ確かに帰還の魔法は彼女に効果はある。時間がかからないならそこで待たせてもらおうか」

 そこ……って、道端じゃねぇか。
 まぁ本人らが良ければいいか。

「忙しいところ、悪いな」

 とは言え、こっちの都合を聞かず、そっちから押し掛けてきたわけだからな。
 しかも見送りしてほしい、とまで言うし。
 つっても、こいつとは長話する気はねぇけど、その間待つにせよ、座るところもねぇしな。

「……で、磯貝……サンはとっとと戻りてぇんだろ?」
「そりゃもちろんっ。って……顔も話し方も随分変わったわね」

 ……何こいつ、上から目線で物を言ってんだ?
 つか、俺に対して上から目線で物言う奴、多すぎねぇ?

「……会社にいたときゃ、新人で若手の方だったからな。年配者とか先輩には敬語は欠かせねぇし気遣いだってしなきゃならん。今はそんなこと全くねぇからな」

 会社を辞めたのは随分前だ。
 この世界に来る直前だったはず。
 そんな昔のことよく覚えてんな。

「……芦名さん、覚えてる?」

 ……っ!
 ……そうか。
 あいつがいるから、俺のことも覚えてたってことか?

「一時音信不通の時があってね。戻ってから、ちょっと変な事言ってばっかりだったんだけど、急に新君の事言い出し始めてね」

 もう俺を解放してくれ。
 ずっとここにいるって決めたんだ。

「……飲み会とかの会費の件、私、ずっと覚えてた」

 あ?
 覚えてた?

「気になっててね。あれだけの大人数の会費、新君が代わりに払ってくれるって芦名さんに言われて……」

 んなわきゃあるか。
 俺には立て替えてくれっつってきたんだよ。
 それが、踏み倒された、それだけだ。

「新君にたまった未払いの会費払いに行こうとしたら、芦名さんが、行かなくていいって止められて」
「行かなくていい?」
「払いに行かなくていい、金額も聞きに行かなくていいからねって、腕づくで止められて」

 物理的なパワハラじゃねーか。

「……俺はあいつに、いつになったら返してくれるのか何度も聞きに行ったぜ? 少し待て、落ち着け、そのうち、器が小せぇ、って言われて追い返されて、全額未払いのままだぜ?」
「え?」

 ……払おうとしてた奴はいたんだな。
 けど結果的には、俺には一円も戻ってこなかった。

「あの人、そんなひどいことしてたの?」

 答えるのも面倒くせぇ。
 金ばかりじゃなく仕事もだ。
 俺が抜けた後も業績に変化がないなら、仕事を押し付けられてたことも知らねぇんだろうな。
 ほかに話題がないこういう場所だから、関心ごとは俺に向けられる。
 つまり平常時だと、俺の事なんか歯牙にもかけねぇはずだ。
 そんな奴の質問に、一々答えてられるかっての。

「……新君、会社辞めちゃったけど、あの時のメンバーのほとんどはまだ残ってるから、私がみんなに呼びかけて」

 何昔話始めてんだよ。
 シアンが待ちくたびれるだろうが。

「とりあえず、懐かしむのは後にしてくれ。普段は忙しい人だが帰してくれる人がいるし、とっとと帰れ」
「え? ちょっと待って! 新君も戻るんでしょ? 帰らなきゃ」

 俺の言葉が聞こえてねぇのか?
 戻ることが当然、としか考えてねぇ。
 まるで、俺達のために給料から払うのは当然、としか思ってなかった芦名達のようにな。

「……俺は、ここで生活を続ける。仕事もしてるしな」
「え? 新君? 何言ってるの? 一緒に戻るんでしょ? みんな心配してるよ?」

 おいちょっと待て。

「……何だって?」
「いや、みんな心配して」
「みんな? みんなって……誰のことだ?」
「誰の……って……」

 会社の同僚が心配するわきゃねぇだろう。
 こっちは既に退職させられて、会社の連中とは無関係になったんだ。
 こいつのいう「みんな」が俺の家族を指すわけがない。
 家族とももう十何年も連絡してないし、こいつと俺の家族に何の接点もない。

「適当な事言うなよ。大体俺を追いつめて追い出した職場のみんなが、どこをどう間違ったら心配するってんだ? 仕事は押し付けられ、給料日になればいつも生活ギリギリの額になるまで払わされたし」
「え? ……それ……ほんと……なの?」

 まぁ今更そんなことを口にしても、今となってはどうでもいい話。
 むしろ話を聞かされた方が迷惑かもしれん。

「でも、新君、会社では特に嫌そうな顔してなかったじゃない」
「抵抗もしたし拒否もした。それでも押し付けられてきて、そこで仕事が滞ったら俺のせいにされる。にっちもさっちもいかなかっただけだ。うまくいったらあいつらの手柄だけどな」
「それでも、断り続けるべきだったと思うよ?」

 なんで時間の無駄となる押し問答してなきゃなんねぇんだ?
 結局押し付けられていたんだから。
 いずれの力もない者がどんなに訴えても、相手の心に響くことはない。
 何の力も持たなかった俺にその提案をしたところで無意味だし、こちらが無駄に疲弊するだけだ。

「……とにかく新君。すぐ戻って、新しい仕事探さないと」
「……俺のことを、退職した日からずっと探し続けてくれたのか?」
「え?」

 何でそんなことしなきゃいけないの? って目でこっちを向いてる。
 言ってることがちぐはぐだな。
 まぁいきなり変な場所にやってきたことになっちまったんだろうから、混乱だけなのかもしれんが。

「俺のことを気にかけたことがないくせに、見つけたら俺にああしろこうしろと、まるで命令するかの物言いはおかしい。そもそも、俺はここで生活を続けることを決断してるから」
「でもこんな変なところにずっといたら、変になっちゃうよ」

 お前の言うことが変だわ。
 つかお前さ……。

「今お前言ったよな? 嫌な事を言いつけられたら断り続けなきゃって。それ、今の俺にも当てはまるんだ。俺はここに残る。そんな俺の言うことを聞かないってんなら、もう話すことは何もない。そうでしないと、俺の気持ちが伝わりそうにないからな」
「え? ……でも生まれ育って生活してた世界だよね? 嫌なことから逃げてばかりじゃ、そのうち動きようがなくなるわよ? 立ち向かわなきゃ」
「別に、逃げ込んだ先がここってんじゃなかったが。それに逃げた覚えはない。職場は退職させられたんだからな。それに、嫌な事ならこの世界でも数えきれないほど経験してきた。その結果、そっちに帰る選択肢は消えた。興味も関心もなくなった。そっちの人間の方から先に、俺に関心を持たなかったから、とも気付いた」

 そうだ。
 肝心なのは、俺がどっちにいたいか、だ。
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