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店の日常編

緩衝材なんて真っ平ご免 その9

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「ならわたしはお前を」

 蔦の女は俺をずっと睨みながら言い返してきた。
 が、すかさずヨウミが言い返す。

「あたしだってンーゴを守るよ? だってンーゴ、そういうことしないもの。ンーゴは自分で、死んだ人を食べたことはあるって言ってたけど……生きてる人は食べてないだろうし、あたし達と一緒になってからはそんなこともしないもの。ね? ンーゴ」
「アァ、ヨウミノイウトオリ。シテナイシ、イキタニンゲンタベタコトモナイ」
「ならわたしはお前ら全員を」
「仇じゃない奴も殺す気か?」
「何?」

 屁理屈かもしれん。
 けど、何をするにも理由は必要だと思う。
 こいつの仇討ちを受け容れるのも……拒絶するのも、な。

「お前は仇討ちに来たんだよな?」
「その邪魔をするようなら、その邪魔者も」
「邪魔をする気はないさ。ンーゴはそう言うことしてないっつーし、それはホントのことだからな」

 つくづく俺の能力は、人に理解してもらうには難しい。
 それはともかくだ。

「邪魔じゃなくて阻止するってんだよ。それにお前、俺らのことを邪魔者呼ばわりしたな?」
「それがどうした!」
「俺らはお前の仇じゃないぞ?」
「そんなことは知っている!」
「俺らは仇じゃないのにお前に殺されそうになってる」

 立場は逆だが。
 そっちはまだ蔦に絡まれたままだもんな。

「それがどうした!」
「俺らはお前に何もしてないのに殺されそうになってる。魔物に食われたお前の村人達みたいにな」
「はぁ? 何を訳の分からないことを」
「お前、今言ったじゃねぇか。何も悪いことしてないのに魔物に食われたと。俺らもお前に殺されそうになってる。悪いことしてないのにな」
「それとこれとは」
「同じだぃ。だから聞いたろ? ここに何し来たんだと。仇討ちに来て、ンーゴがホントに村を襲った犯人なら、解放した後お前の好きにさせても吝かじゃねぇよ」

 因果応報だもんな。
 生きてる間は必ず何か行動を起こし、いろんな思いをするもんだ。
 それを原因とする結果も必ず生まれる。
 結果を嫌がって逃げるのは、それこそわがままの極みってやつだろうよ。
 けどな。

「けどンーゴは違う。報いを受けるべきどころか、その原因とは無関係。お前さんの追っかけるべき相手じゃねぇってことだ」
「けれどワームは人を食らう種族だ。ほったらかすと被害がどれほど」

 ほら。
 今度は自分の行為の正当化できる理由を探してらあ。

「お前、さっき、仇討ちするために来たって言ってたよな? おまけに、俺らにまで難癖をつけてくる。自分の手に及ぶ相手なら、同じ種族なら別の個体でも構わない。こっちには仇討ちという正当な理由があるのだからっていう下心っつーか、自分への甘えみたいなのが見えるんだよな」
「何を言うか!」
「怒りの感情に身を任せてる。それはいいだの悪いだのは言わねぇよ。俺らだって聖人君子じゃねぇからな。けどな」

 こっちも人間だ。
 理性よりも感情が勝って行動に出ることもある。
 だから、それについての批判はできねぇよ。
 けどな。

「その感情を振り回して目的を達成したら、そりゃ恐らく気分はいいだろうよ。けどな、それで被害を受ける連中は溜まったもんじゃねぇよ。その被害者は、あんたんのとこの村人達が感じたものと同じ思いを持つ。何も悪いことしてないのにって」
「アラタ、同じこと繰り返して楽しいの? まぁそれだけ相手に伝えたい思いが強いってことなんだろうけど。……でも、それでもあたし達の面倒見てくれてるのよね。あたし達はアラタと一緒に生活してるから、遠慮なくいろいろ言えるけどぉ」

 遠慮なさすぎだ。
 親しき中にも礼儀あるって知らんのか、コーティっ。

「けどさ、アラタのこと何も知らないあんたが、アラタにどうこうするってのはちょっと見過ごせないのよね」
「……コーティ、いいんだ。大丈夫」
「何がよ? アラタ」

 決まってんだろ?
 それはな……。

「……大事な事なら何回でも繰り返せるさ。理不尽な暴力を食らって蹂躙された悔しさは、俺だって知ってる。どうしようもない怒りしか湧いてこないこともあった。今のあんたは、あの時の国王とおんなじだ」
「国王だと? 何を言ってる」

 うるせえな。
 黙って聞いとけ。

「唯一違うところは、権力があるかないか。そして俺にもあの時と今とでは大きな違いがある。それは、俺には守るべき存在がいるかいないか。今の俺は、適当に逃げてればよかったあの頃とは違う」

 クリマー、ライム、ミアーノ、ヨウミも……。
 大丈夫。
 お前らは……。

「こいつらは俺が守る。なんせ俺の、大切な仲間だからな」
「なっ!」

 何でコーティは顔を赤くしてるんだ?
 まぁいいけど。

「なら貴様は人間の敵だ!」

 随分スケールでかくしてきたな。
 人間の敵、人類の敵か。
 同類全員が敵に回るか。
 ふん、今更だ。
 俺の世界とこの世界、両方でハブられた経験を持つ俺を舐めんな!

「あぁ、上等だ。別に構わんぜ? 俺にはこいつらの方がよほど」
「待ちなさいよ! アラタ!」

 俺達を囲っているンーゴの体を跨いで、その外に出た。
 でないとねこの女の前に立ちはだかることはできねぇからな。
 だがその俺をコーティが呼び止めた。

「……カッコよく啖呵切ろうとしてんのに、どうして邪魔するかな?」
「……あんたの気持ち、分かったから。店に来る客は、ほとんど人間でしょ? シアンのこともあるし、ドーセンの世話にもなったことあるし……そんな人たちまで敵に回すって……」

 ……可愛いとこあるじゃねーか。
 けどな。
 村の人達、王族、客達とお前らとで天秤にかけたら、そりゃお前、どっちを選ぶかは決まってる。

「鉄火場じゃ、いつもお前らに頼りになりっぱなしだからよ。せめて心意気だけは見てもらいてぇしな」
「アラタさん・……」

 クリマーまで、何か涙目になってるし。

「……なぜ貴様は、そこまで言い切れる?」

 言わなきゃ分かんねえか?
 ……そりゃ、言わなきゃ分かんねぇか。

「……こいつらはな、俺を好いてくれた、俺に助けを求めた、そんな奴らばかりだからな。魔物だからってんじゃねぇよ。人間でも、そんな風に思ってくれるなら、俺だってうれしいしよ」
「……貴様……」
「でもお前は違った。間違った結論を自分に押し付け、決め付け、それを押し通そうとした。つまり、誰からの助けも求めないし求めるつもりもない。こいつらは違う。気丈に振る舞ってても、それでも救いの手を求めてきた。そして、俺でもこいつらの力になれると分かった。だから、こいつらは、俺が守る。そう思うことで、俺のことも大事にしてくれるかもしれないっていうのもあるしな」
「……最後の一言は、ちょっとだけカッコ悪かった」
「あたしもそう思う」
「ライムモ」

 ヨウミもマッキーもライムも容赦ねぇな。
 ま、そんなツッコミも楽しめるくらいの間柄だ。

「アラタのあんちゃんよ。解放してやるぜ? いいよな?」
「え?」

 ミアーノが疲れたような顔をしてる。
 何かしたっけか?

「あんちゃんはこんな奴をまともに相手にすべきじゃねぇってこったよ。こんな下らねぇ相手と喧嘩するほどあんちゃんは安っぽくねぇ」
「ミアーノ……」
「あんちゃんは、何するにしても真剣なんだよな。だから危なっかしくて見てらんねぇしよお。ギョリュウの捨て石の卵なんてほっときゃいいものを、わざわざ親元に帰そうとするしよお」
「デモ、ダカラコソ、ミンナ、アラタニ、イロイロアズケラレルッテモンダシナ」
「まったくだ。そんなあんちゃんの経歴を、下らねぇ奴の血や死で汚すわけにゃあいかねぇしな」

 そう言いながら彼女の体に絡めた蔦を切り始めた。
 こんなしょーもない奴の相手をいつまでさせられてるのか、つーことか。

「アラタのあんちゃんの話、覚えてるよな? 仇討ちするのは、別に俺らが口出しすっとこじゃねぇわ。けんど、間違った相手に手ぇ出したらただじゃ済まんっつーこった」

 彼女の全身は、軽めの防具で覆われてた。
 冒険者というにはやや脆そうな感じがする。
 十年ほど、その仇を追いかけてたっつってたな。
 装備品も新しい物に替えることなく、同じ物を使い続けてたんだろうか。
 ようやく見つけたその魔物は、目標とは別物。
 これまでの年月が無駄になったわけじゃねぇはずだ。
 今まで同様に追いかけ続けるだけでいいんだからな。
 もっとも相手も生き物だ。
 ひょっとしたら死んでるかも分からねぇよな。
 ガックシくる気持ちも分かる。
 が、その別物で仇討ちから義憤に誤魔化したって、その歪みは必ずその後に現われるってもんだ。

「……レアな種族らしいから、ここ以外の話が聞こえてきたらひょっとしたら、とは思うがな。だが思い込みも厳禁。こういうことは慎重に」
「知ったふうなことを言うなっ。……邪魔をした」

 ……今後、ややこしいことを持ち込まなきゃ、こっちも別にちょっかい出す気はないさ。
 ま、仇討ちを果たすまで、達者でな。
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