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店の日常編

緩衝材なんて真っ平ご免 その1

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「イクラとシャケ、二個ずつ飲み物セットで」
「こっちは梅とコンブー」

 時々列が乱れがちになる俺の店の前の行列。
 それだけ買いに来る冒険者達が増えてきたってことなんだが。

「一人ずつ、もしくは一組ずつの注文だから、同時に二つの注文は、どちらかが割り込みってことにするからねー」

 ヨウミの声はよく通る。
 蛇行する行列の乱れは、その声の後はすぐ整えられた。
 おにぎりを買う客の様子の違いには大差は見られない。
 だが買った後の行動が違う者が一人いた。
 もっともそれに気付いたのは、その行列を捌ききった後。
 まぁ、人はそれぞれだし好き好きだし、勝手にすればいいんじゃねぇか? とは思っていたが……。

「えっと、どうなさったんですか?」

 クリマーが声をかけてた。
 相手は、冒険者と思しき女性。
 彼女は俺達の店の横で、地べたに座って買ったおにぎりを小口で食べてた。
 ある意味異様だ。
 普通はダンジョンなりフィールドなりで魔物討伐だのアイテム探索だのの最中に、空腹を紛らわすため、もしくは緊急時の体力魔力の補充の為に摂取するものだから。
 何人かで笑顔で食ってるんならピクニック気分ってのも……まぁあるってばある。
 けど、一人で、物思いに更けながら、ぽそぽそとおにぎりを少しずつ齧っている。
 店の中にいる俺には、クリマーの問いに答える返事はぼそぼそとしか聞こえてこない。
 店に損害を与えるような真似をしなきゃ、こっちは別に何をしても構わないんだが、こっちから構うこともない。

「どうぞどうぞ」
「……いいんですか?」
「もうお客さんみんな買い物済ませたようで、誰もいないし……。アラタさーん、お客さーん」

 お客さん……て……。

「あいよ、何にします?」
「えっと、買い物客じゃないんですけど」
「買い物客以外は客じゃねぇ」
「まったく……アラタ、またそんな屁理屈言ってっ!」

 ヨウミが呆れてる。
 だってそうだろ。
 クリマーが客だっつーから、おにぎりを買いに来たのかと思うだろ。

「……俺に用があるって?」
「えっと……ただの思い出話なんですが……」

 俺に用事があるという客は、黄土色の皮鎧を身に付けた、髪の長い女性。
 行列の中にいた気がする。
 だが俺の記憶にあるのはそれだけだ。
 そんな彼女の思い出話と言われてもな。

「えっと……アラタさん、でしたね。私はイールと申します。確かこの村よりも南方で見かけたことが……じゃなくて、買い物したことがあります」

 買い物をしたことがある?
 ここじゃなくてか。
 ということは……。

「行商時代のお客さんってことね、アラタ」
「だな」

 ここよりも南方って言われてもな。
 ここら辺がこの日本大王国喉の辺かってのは、まだよく知らない。
 ここから動く気はないから、全国地図を見る気も起きない。

「リュールー……私の相棒で、婚約者の彼と二人で、ご覧の通りの仕事をしてました」
「でも……今は一人よね?」
「はい……」

 冒険者業ってことだよな。
 でも昔話を聞かされて、変な因果背負わされるのはご免だが……。

「アラタさんのお店には、三回ほどお世話になりました」
「そりゃご利用いただいて、どうも」

 それくらいの挨拶は普通だと思うんだが……。

「ちょっと、アラタ。三回もうちの店、利用していただいたのよ? それだけってのもないんじゃない?」
「それだけって何だよ」
「行商時代よ? 他の同業者が来る前に店を畳んで移動。次はどこで店を開くか、あたし達にだって分からなかったじゃない」
「まぁそうだな」
「なのに、三回も利用していただいたのよ?」

 ふむ。
 一生に一度拝めるかどうか分からないレアなアイテムを、三度も手にした、くらいのものか?
 とは言ってもな。
 ほかにどう言えと?

「たまたまだろ。熱意でもって俺達を追っかけてたってんじゃないだろうし……」
「まぁ……そりゃそうだけどさぁ……」

 こっちだって、魔物が現れる現象がどこで起きるかっていう予見はできねえんだ。
 予見の旗手か何か言われてたとかどーのこーのだったけどな。
 その言い伝えは、実質までは言い当ててはいなかった。
 ま、今となってはそんなんどうでもいいけどな。

「あの頃は……アラタさんのお店に初めてお世話になった頃、私達は冒険者としては……初級よりは腕は立ってましたけど、未熟で……日銭を稼ぐのが精一杯って感じでした」

 行商を辞めたのはいつだっけ?
 何かかなり前のような気がするが……二年経ったっけ?

「回復薬にも手が出ない懐事情でした。たまたまアラタさんのお店に出くわして……。薬には手が出ませんでしたが、おにぎりは何個か買うことができました。おかげで何度も命拾いすることができました。あの頃は本当に助かりました」
「別にあんたらの命を救うために店を開いたわけじゃ……いてっ」

 ヨウミに蹴られた。
 別にいいじゃねぇか。
 事実なんだし。

「それからかなり間が空いて、二度目の買い物をすることができまして」
「かなり……って言うと、どれくらいになるんですか?」
「はい、中堅と呼ばれるレベルには」

 冒険者として、か。
 成長速度によっては長短の違いはあるだろうが……。
 まぁかなり腕が伸びてきた頃ってことだよな。

「お守りみたいな感じで……。あ、あの頃は天馬とスライムの魔物がいましたね。一回目の時はお二人だけでしたけど。仲良さそうでしたが……今は?」
「ここにいるじゃねぇか」
「あたしのことじゃなくて、テンちゃんとライムのことでしょっ! あ、あは……。今はちょっと別件で席外してますねー。二人とも元気ですよ」

 我が身の事のように安心した笑顔を見せてきた。
 こっちは今日来店した時の記憶ですらうっすらなんだがな。
 俺は覚えられやすいタイプなのか。
 まぁそれはいいとして、だ。

「で、俺に話しってのは、その昔話のこと?」
「あ、えっと……。それから……三度目からはアラタさんのお店の話が噂にも聞こえて来ず……気落ちしてたんです」

 気落ち?
 する必要があるのか?
 はっきり言えば、中堅と言えるくらいの冒険者なら、しっかりとした装備ができるなら、俺の店のおにぎりなんか不用だろうが。
 おにぎりよりも回復効果が高い回復薬を、いくつでも買うことができるようになってるだろうしよ。

「そしたら、おにぎりの店が行商から普通のお店になったって話を聞いて……」
「それでこの村に来たんですね?」
「はい。あの頃は天馬にスライムだけでしたが、あなたのような珍しい種族の方までお店の手伝いされてるんですね。びっくりしました」

 ドッペルゲンガー種のレア度はいかほどのものかは知らん。
 が、全国的にレアで有名なんだろうな。

「リュールーが知ったら、その驚きようは想像できないな……」
「あ、えっと、その方とは一緒に来てないんですか?」
「えぇ……」

 あ、バカヤロ、このヨウミっ!
 変なこと聞くんじゃねぇよ!
 その質問でこの人、泣きそうになってんぞ!

「三回目の買い物をした後の活動で……亡くなりましたから」

 ほら……余計な因果背負いそうじゃねぇかよ、ヨウミ!
 ……やれやれだ。
 ただの思い出話で終わってほしいんだがなぁ。
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