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三波新、定住編

おにぎりの店へは何をしに? その後

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「アラタ、災難だったな」

 俺だけ遅れて昼飯を食いに来たドーセンの宿屋。
 入るなり、ドーセンから言われた。

「ん? 何がよ」
「ギョリュウのあの子供で、何かあったんだろ?」

 思い出したくもない。
 時間の無駄だ。
 人に言いふらして、何か利益が出るわけでもなし、何かが改善されるわけでもない。

「別に。それより……日替わりランチがいいかな。食いたいと思わないもんを食うことも必要だし」
「あいよ。リラース家総出でこっちにも文句言いにきてよ」

 初めて名前聞いた。
 そう言えば名乗りもしなかったっけ。
 まぁ今更だな。

「そりゃ災難だな。関係ねぇのにな」
「いや、ここで話を聞いたのが発端だってよ。えーと、ゲンオウつったっけ? あの冒険者」

 やっぱりサミーの事話してたのか。
 悪気はなかったんだろうが、まさかそのあとでこんな騒動が起きてるとは思いもしねぇだろうな。
 まぁ喋ったあいつらが悪いって訳でもない。

「アラタには感謝してるんだぜ?」
「何だよいきなり」

 話題を急に変えられると、別の世界に突然迷い込んだ気がしないか?
 俺の場合、それはホント、シャレにならんけど。

「最近お前ぇ、遅れて飯食いに来るだろ?」
「あぁ。仕事以外はサミーの世話が第一だからな。それがどうした?」
「他の連中がよ、頻繁にアイテム持ってくるんだよ」
「アイテム?」

 頻繁にアイテムを持ってくる?
 どんな物体であれ、それだけ数多く持ってないと……。
 いや。
 毎日、というか、しょっちゅう物体を手に入れないと持って来れないだろ。
 しかも自分には不要の物でないと。
 しかもみんなってことは、ミアーノとンーゴ、それにサミーと俺は別としても、他の全員ってことか?
 となれば……。

「ノロマが掘ってるダンジョンから持ってきたんだろ。レアなもんいろいろ持ってきてくれるからこっちも助かるんだよな」

 やっぱり。
 そこくらいしか持って行きようがないもんな。
 初級冒険者に持って行かせたかったが、来訪者がゼロならしょうがない。

「鑑定料をもらって、買い取り額を払う。その儲けは些細なもんだがな。行商に来る連中には高く売れるんだ」
「安く仕入れて高く売る。商売の基本だな。別に何とも思わねぇけど、それが続けば店も続くってことくらいは分かる」

 それでここは得をする。
 それは別に何の思うところはない。
 ただ、それでなんで俺に感謝なんだ?

「行商から買う物は、宿屋とか食堂で使う物ばかりだ。生活必需品は行商から買わない」
「何か面倒なことしてんなぁ。一緒に買えばいいじゃねぇか」
「俺の私的な物は、村の店で買うことにしてんだ」
「ほう?」

 飛び飛びの話って、聞く方は随分疲れるな。
 そんな話し方にならないように気をつけよう。

「村の店は、俺から受けた注文は当然仕入れる。売れるかどうか分からない物じゃなく、確実に儲けになる品物だからな。道具、食料、その他いろいろとな」
「で?」
「行商から得た金は、当然村の店に行き渡る。村が経済的に豊かになるってこった。その原因はアラタんとこってことだ」

 それで俺に感謝か。
 けどな。

「だがそれって、モーナーが掘ったダンジョンから出てきたんだぞ? 感謝は俺じゃなくモーナーにすべきなんじゃないか?」
「お前ぇのアイデアだって聞いたぞ? アイテムをダンジョン内に放置するって。鉱物とか、珍しい植物の種子とか、いろんな種類の高価そうな物をたくさん持ってきてくれるからな、インフレも起こさずに済んでありがてぇよ」
「あ、そう。日替わりランチ、早く作ってほしいんだが」
「分かってるよ。あぁ、そういうことでな」
「ん?」

 料理に取り掛かりながらも、ドーセンの話はまだ止まらない。

「村が経済的に豊かになってんのはアラタのおかげだってな。確かに農作物なんかの儲けで、結構外貨は入ってきてるがな」
「あぁ」

 外貨って言うと外国の貨幣のことなんだろうが、村の外からの金ってことだろうな。

「元々人口は多くねぇ村だ。どの店だって売り上げは高くねぇ。収入がいいのは農作物とかに関わる連中だけなんだよ。それが、村全体が豊かになってきててな。アラタんとこも、この村には必要ってなぁ」
「それで?」
「アラタが出てったら、ヨウミちゃんとかそのサミーとやらとか、みんなも出ていくんだろうな」
「さぁな。出てけって言われたら出ていくさ。こっちはここにお邪魔してるつもりだし」
「……俺はいてほしいと思ってんだよ。ある意味村の功労者だ。泉現象だって抑えてくれた立役者だしよ」

 口は滑らかだが、飯を作る腕も止まらない。
 まぁ、まぁそこはプロだな、うん。

「あの家族、アラタ達を追い出すくらいの剣幕だったが、そのことを言ったら大人しくなったよ。こんな田舎でも、泉現象ってどんな恐ろしい現象かは知ってるってこった」
「一々文句つけられる生活もうんざりだがな」
「もう言わねぇだろうよ。いや、俺が言わせねぇ。なんせお前さんがいなくなったら、まず先に俺が貧乏になっちまうからな。ガハハハハ」

 損得の話かよ。
 まぁここにいられるのは俺のお陰だぞなんて言われるよりゃはるかにましで、はるかに気楽だ。
 だがあの家族も、いや、あの家族なら、俺と顔を合わせたら、あたし達が我慢しているおかげでこの村にいられるのよ! みたいなことを言い出しかねないな。
 まぁそんきゃドーセンに黙ってここから出ていくかな。
 今まで嫌なことを無理やり押し付けられ続けてきたんだ。
 嫌なことがあったら逃げ出したって、文句を言うどころか喜ぶ奴がいるならそうするさ。

「ここ、空いてますか?」
「んー? 席なら他のテーブルとかあるだろおおおおお?!」
「うおぅ! いきなりなんて声出しやがるっ! って、そちらの女性……え? ま、まさか?!」

 客は俺以外誰もいなかったこの食堂で、いきなり俺が座った席の向かいから声をかけた、派手な衣装を身に着けた女性は……。

「え……えっと……何とか王妃……」
「ば、バカヤロウ! 何、何とかって言い出しやがって! ミツアルカンヌ王妃様だ! こ、こんなむさいところへ、そ、その」
「いいんですよ、そんなに畏まらなくても。で、アラタさ……ん。ここ、よろしいですか?」
「今言ったように、空いてる席なら他にたくさんありますよ。そっちの方が多分座り心地いいかもしんない。な? おやっさん」
「ば、バカヤロウ! どこだって同じだっ! つーか、同席断ってどうするっ!」

 なんかパニクってんな。
 大丈夫か?

「あー、とりあえずランチ、よろしくな?」
「あ、お、おう……」

 我に返って仕事に戻ってくれた。
 ホント、俺、いつになったら昼飯にありつけられるんだ?

「相変わらず、のようですね」
「……別に」
「本当は……息子はともかく、私がこうしてアラタさんの前に出てくるのはためらう気持ちもあったのですが……」

 誰が誰に対してどう思おうが、俺の知ったこっちゃない。
 何で俺に絡めようとするんだ。
 俺がこいつにこう思えと命令してるわけでもない。
 罪に苛まされようと、恨もうと、そいつの自由だ。
 俺が害を被るようならそれなりの対応はするがな。

「……アラタさん」
「何だよ」
「ここに来てからどれくらい経ちましたでしょうか?」
「知らねぇ。一々数えてらんないな」

 お付きの人はいないのか?
 誰かから襲われたらどうすんだ。
 つか、ドアを開けて入ってきた気配はなかったぞ?
 瞬間移動とかなのか?

「アラタさん。ちょっと聞いていただきたい話があるのですが」
「昼飯ができるまでならな」

 退屈しのぎにゃちょうどいいか?
 説教とかじゃない限り。

「あくまでも一般論のお話です。……一つ所に留まり、目の届く範囲で、いろんな問題を収めてくれる人がいました」
「一般論な、ふん」
「ですがその問題は、世界中で起きているとしましょう。その世界中で起きている問題を解決すべく、その者は立ち上がりました」

 俺とは偉い違いだな。

「ですがその場所に居続けることに拘ったその者は、世界中が抱える問題に手を付けることはできませんでした……。どう思われます?」
「どう……って……。高望みした普通の人、か?」
「普通の人……まぁ、そうですね。ではもう一人のケースを」
「もう一人?」

 まだ話続くのか?
 まだ料理が来ないからいいけどさ。

「その場所にいることには拘りませんでした。ですので、国中、世界中を飛び回り、いろんな問題解決し、あるいはその補助をして、その功績を重ね続けていきました。……どう思います?」
「どう……って……一般人にゃ無理だわな。世界中の問題を解決したってば……さながら英雄ってとこか?」
「そう……英雄。そう呼ぶにふさわしい人物ですわね。本人がどう思おうと」

 本人がどう思おうと、か。
 自称する奴もいりゃ、周りから担ぎ上げられる者もいる。
 どちらにせよ、気の毒と思われる人が現れることには間違いない。
 本人にやる気がない限り。

「アラタさん。あなたはどちらです?」
「あ?」

 今、一般論って言ったよな?
 何で俺に振るんだよ。

「ここにずっと生活なされるのか、それとも、自発的であろうと、周りから押されようと、それは問題ではありません。ここから立ち去り、そのような生活を送るか……」
「おいおい、ちょっと待て。あんたは俺をここから追い出す気……」
「あなたには、そんなつもりは全くない、と?」

 言葉に詰まった。
 ここから出ていけ、と言われかねない事態になったのは確かだ。
 そして、ここにいられるのは私達がそんな思いを堪えたからだ、と恩着せがましいことを言われたくない。
 だからここからいつでも出ていくつもりでいたのは確かだ。
 俺の心の内を言い当てたのか?
 いずれ、どう答えるのが正解なのか。

「……世界を股にかけるヒーローになる気もない」
「しかし、あなたの行商時代の行動も、功績は少なからずありました。あなたの店で真っ先に買い物ができた冒険者達のほとんどは、魔物の出現を食い止める功績を挙げてます。アラタのお陰とも言えなくもありません」

 俺の生活のための知恵を絞った結果だ。
 英雄になりたいと思ったわけじゃないし、むしろ一般人、一般の行商人としてささやかに生活をしていくつもりだった。
 まさか、その結果がそんなことになろうとは、まさしく夢にも思っていなかった。
 ……しかしこいつは何を言いたいんだ?
 時間が止まる。
 いや、凍る。
 そんな気がした。
 呼吸一つも許さない緊張感が、なぜか湧いて出てきた。

「……料理、ここに置くよ。ごゆっくり」

 ドーセンがタイミングよくテーブルの上に料理を置いてくれた。
 背中にどっと汗が噴き出てる感じがする。
 今すぐ下着を替えたい位気持ちが悪い。

「……いただきます。……世界を救う英雄だの勇者だの、旗手だの……そんなのになる気はねぇ」
「……ということは、ここにずっといることになりますね?」
「だから勝手に……」

 決め付けんな、と言いたい。
 が、決め付けられなきゃこいつの言う通り、俺にその気はなくても周りが英雄だ何だと祭り上げてくるんじゃねぇか?
 だがここに居座り続ける限り、慎ましくささやかながらも楽しい毎日をおくっていれば、一国民のまま一生をまっとうできるってこと、だよな。
 いや。
 他の場所に引っ越しをするためにここから出る、ということもある。
 が……。

 ミアーノとンーゴはどうするだろう?
 テンちゃんとマッキーを見た人間はどう思うだろう?
 不吉の前兆と見なされてたはずだ。
 引っ越し先が俺達を受け入れてくれる保証もない。
 次の住処を探しているうちに、その問題とやらに出くわしてしまったら……。
 それこそ英雄に祭り上げられかねない結果を出しかねない。

「……ここに、いるさ。ただ、恩着せがましいことを言われたくはない。そんときは」
「そうはならないように……私達は祈るのみですね」

 祈って何とかなるもんかよ。
 まぁいいさ。
 いごこちが良ければずっといるし、悪くなったらより良いところを探すまでだ。
 それにしても、だ。

「なんであんた、今のタイミングでここに来たんだ? 気まぐれでここに来たって言える立場じゃないだろ」
「息子のエイシアンムと共に政治を執り仕切りながらも、常にアラタさんへの謝罪の」
「もういいわ、それ」
「え……」
「謝罪はもうしなくていいっての。だからといって図に乗ってほしくもないが。少なくとも、手配書を再発行とかしてほしくはないな。国家転覆を企むつもりもないし」

 おそらくこいつは、こいつなら誠意ある謝罪はできるだろう。
 だがそれでも謝るだけじゃ、これからの生活への不安は取り除かれない。
 いつ国から、再び追われることになるか分らんからな。
 謝罪も大事だろうが、その後のことも大事なはずだ。
 それは口先で解決できることじゃない。
 それこそこっちがそっちを監視して確認すべきなんだろうがな。
 タイミングよく現れるから、こいつにいつも監視されてるのかと思ってたんだが。
 まあその可能性は否定はできんが。

「……短い時間なら自由にできますが、長く滞在すると周りが困ってしまうのでこの辺で……」
「さっさと帰れ。こっちでもドーセンが困惑してるわ」

 気の毒で仕方がない。

「……どうかこの村で末永く……。失礼しますわね。主殿。お騒がせしました」
「は、い、いいえ。またのお越しを……」

 またのお越しをって、その言葉に甘えてまた来たらどうすんだよ、おやっさんよぉ。
 そのまま彼女は扉を開けて出ていったが、いつかまた来るんだろうな。

「……おい。王妃様と一体どういう関係だっ」
「前にも説明したろ? 旗手とやらだったのを」
「それだけじゃここに来る理由にはならんだろっ! まだ何か隠してるか?」

 隠している自覚はない。
 周りから見たら隠してると思われてるかもしれんが。

「心当たりはねぇよ。いい加減飯食わせろよ」

 ようやく解放されて、飯の時間だ。
 飯を食うのに、なんでこんなにつかれなきゃならないんだよ、まったく!

 ちなみに、周りをアンコでコーティングした、塩が多めのおにぎりは、サミーのお気に入りになってしまった。

「アンコだけの注文だぁ? ……アンパンの中身取り出して我慢しろ」

 だとさ。

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