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三波新、定住編

おにぎりの店へは何をしに? その3

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 村人の双子の子供と一緒に遊びに出かけて三十分くらい経っただろうか。
 サミーがミーミー鳴きながら戻ってきた。
 いや、違った。
 泣きながらだった。
 泣いてた。
 双子はいない。
 魔物が涙を流すのを見たのは初めてじゃない。
 だが、人もだが、感情を表面に出しているのを見ると、一瞬頭の中が白くなる。
 他の人はどう感じるかは知らんが。
 サミーは俺に向かって跳んできた。
 そんなサミーの表情が分かった距離から。
 跳躍の最長記録じゃないか?

「うおっ! 何だよお前。あの子供らはどうした?」

 そこで異変に気付いた。
 体全体を震わせている。
 まさか悪寒とかじゃあるまいな?
 だがミーミーミャーミャーとうるさい。
 鳴く元気はあるようだが、その鳴き声が震えている。
 初めて聞く鳴き方だ。
 別の部屋にまでその鳴き声は聞こえたらしく、ヨウミとクリマーが様子を見に来た。

「どうしたの? サミーちゃんが戻ってきたんですか? 鳴き声がいつもと違いますね」
「なんか、激しい鳴き方ね。って、泣いてるの? サミー、大丈夫? なんかあった?」

 俺に聞かれてもな。
 言葉が通じねえんだし、何があったかなんて分かるはずもない。

「走って戻ってきたと思ったらいきなり跳びつかれてそのまま」

 サミーは俺の胸にしがみついている。
 落としたら痛いだろうから、短い尻尾の下に腕を添えているんだが、よくもまあハサミの腕二本だけでしがみついていられるもんだ。

「どうしたんです? 怯えてるみたいですけど」
「怯えてる?」

 言われてみればそうだ。
 体を震わせ、声も震えて、しかも泣いてる。
 まぁそれだけで怯えていると断定するのはどうかと思うが、寂しいとか怒りとかそんな感情の行動とも思えない。

「魔物に襲われたのかしら?」
「ならもっと大騒ぎになっててもおかしくない。田んぼの方に遊びに行くって言ってたしな」
「何かに驚いて泣き出した?」
「どこまで行ってたのか分からんが、俺のところに駆け込むほど驚くことってないだろ。子供に縋る方が早い」

 一体何があったのやら。
 待てよ?

「子供は頼りにならないから……」
「だったら村人達が大騒ぎになる事態ってことになるぞ? 大人達で解決できる程度のことでしかなかったとしてもな」

 事実そんな気配は全く感じられない。

「子供達の身に何かが起きた?!」
「だったらサミーが俺を引っ張って連れてくなりするはずだろ? 胸にしがみついて動こうともしやがらねぇ」
「つまり、村に荒れた様子はなく、サミーちゃんがここまで逃げ出すほどの事態……って……」

 決まってる。
 大人が騒ぐまでもない、という出来事があっただけのこと。
 まぁサミーにはとてもショックだったってことだから、安心させてやらねえと収まらねぇよな。

「しかし……どうやってあやしたらいいんだ? 子守歌でもあるまいに」
「さ……さぁ……」
「でも私達の言うことは理解してるみたいですよね?」

 それはその通りだ。
 だがサミーはミャーミャーニャンニャンしか言わない。
 魚竜の魚要素は、こいつのどこにあるってんだ?
 竜なんて尚更だ。
 こいつのどこが竜なんだか。
 カニ猫。
 猫カニ。
 もうそれで十分だろ。

「あー……特別に美味しいおにぎり作ってやるから泣き止め、な? ……いてて。現金だなおい」
「どうしたの?」
「思いっきり力を入れて抱きつきやがった」
「……よかったですね、サミーちゃん」
「おい」

 まぁいいけどさ。

 ※※※※※ ※※※※※

 さあ困った。
 特別に美味しいおにぎりって……何作ろう?
 何で普通に、いつもより美味しいおにぎりを作ってやるって言わなかったんだろう?
 何で、特別にって言っちゃったんだろう。
 俺のおにぎりを買った冒険者が、それをいつ食うか。
 俺には分からん。
 けど、保存がなるべく利くように、生の物は入れないようにしている。
 筋子とかたらことか明太子とか。
 だから焼きタラコなら入れられる。
 シャケ、梅なんかも問題ない。
 つまり、売るおにぎりの具の種類は限られている。
 ということは、売るのに適さないおにぎりなら、いつもと違う味だろうから美味しいと感じてくれるだろう。
 けど、果たしてそれは特別なのか?
 答えは否。
 何かヒントはないかと貯蔵庫を見てみる。
 最近は、居住地をここに定めたということで、ドーセンの宿屋でいろいろ買い物をするようになった。
 宿屋、食堂のほか、食材も少し扱う。
 食品店は村の中にあるようだが、俺達の飯はドーセンとこで間に合うし、ちょっとしたお茶などの嗜好品やおやつならそこで扱ってる物で間に合う。
 が、そのおやつに味を占めたのか、ヨウミ、クリマー、マッキーは時々それを買い求めて、保存が利く貯蔵庫の中に入れている。
 が、そのおやつをおにぎりの中に入れるわけにはいかない。

「あー……。まだ子供だからって舐めてたわ。何で適当な事口にしちゃったかねぇ……ん?」

 見つけたのはアンパン。
 あんこかぁ。
 具を入れないおにぎりの周りにはうっすらと塩をまぶす。
 その外側にあんこ……。
 ふむ。
 でもアンコ作れないし、ドーセンとこでは売ってもいないだろう。
 こいつの中から取り出すしかないが、このアンパンは誰のだ?

「ヨウミー、貯蔵庫の中のアンパン三個、お前のかー?」
「それー、多分クリマーのー」

 ドッペルゲンガーも好みってあるんだな。
 まぁ俺の世界のその種族の定義とは違うから、別にいいんだけどさ。

「私がどうかしましたか? ……サミーちゃんはまだ背中に抱っこですか。相当怖かったんでしょうね」

 彼女が俺がいる部屋にやってきた。
 特別なおにぎりを作ろうとしたんだが、胸にしがみつかれたままじゃ仕事にならない。
 何とか背中に移動させて食材探しをしていたというわけだ。

「こいつの代金分は出すから、これ、もらっていいか?」
「え? ええ。そういうことなら別に構いませんが……パン作りでもするんですか? 特別な美味しい物って言ってましたよね」
「まぁ、な」
「……余ったら私にもいただけます?」

 そりゃ困る。
 仕事にならない仕事が増えるだけだ。

「余ったらな。もっとも特別に美味しいかどうかは分からんから期待するな。……それはともかく、誰か来るんじゃねぇか? 何かぞろぞろやってきた気配だぞ?」
「あ、はい。出てみますね」

 さて、材料はあるが……考えてみりゃみんな、食い物に好みってあるんだろうか?
 今まで気にしたことなかったから、全然わからんな。

「アラタぁ……。クレームつけられちゃったよ」
「クリーム?」
「……アラタに文句つけに来たっつってんの。どっからクリームが出てくるわけ?」

 アンコのこと考えてたからだな。
 にしても、またもクレームか。
 こないだは……あ、クリマーだったんだっけ。
 聞き分けが利く相手ならいいんだけどな。
 やれやれ。
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