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三波新、定住編

ある日森の中卵に出会った 生まれてきたのは、カニのハサミを持った子猫?

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 俺は、犬も猫も好きだ。
 子犬、子猫となればなおのこと。
 残念ながら、これまでペットを飼うという経験はない。
 だからといって、見たことがないわけじゃない。
 そんなことはありえないはずでな。
 近所、町内の中でペットを飼っている家庭など、数えられるわけがない。
 ペット連れの散歩など数えきれないほど見てきたし、触らせてもらったことなど、一々覚えていられない。
 あるのは、触った時のモフモフ感。
 体毛、そして肌から伝わる、生き物がそれぞれ持っている体温。
 同じ体温のはずなのに、あったかく感じたり熱く感じたりした不思議な感覚。
 犬には犬の良さがあり、猫には猫の良さがある。
 躾けもしないのに俺の後をトコトコと追い、飼い主に止められる子供達もいた。
 そして何より愛すべき、もとい、卑怯なのは、あざといほどに可愛い顔で鳴くその声だ。

 ※※※※※ ※※※※※

「うおっ!」

 卵の殻の上部が弾けて顔に当たりそうになった。
 それをよけながら卵の方を見る。

「……なんじゃこりゃ?」

 水色のハサミは、卵の殻の穴から見え隠れしていた。
 カニのように外殻に覆われているのは、見ただけで分かる。
 しかし問題は……。

「何で……猫みたいに毛が生えてるの?」
「なんて言うんだったか……そうだ、ムササビだ!」

 思い出した。
 写真や画像などで、時々見たことがある。
 が、左右それぞれの手と足の間に翼になるような皮膚……というか、そんなもんがついているが、それはあくまでイメージの話。
 上から見ればひし形。
 つまりエイを小さくしたような形状。
 体の真ん中はポッコリとした小さな山脈みたいな形状。
 左右に広がる翼のようなものはべったんこになっていて、上から見れば、頭部と短い尻尾とその二つでひし形を成している。
 毛の色は普通のシマリス……ムササビ……、まぁそんなまだらな茶色。
 顔は頭部の先。
 ひし形の角が鼻のようだ。
 口は頭部の下にあるみたいだが、持ち上げないと確認できない。
 それらを含めた顔は……やっぱりリスか?
 顔の位置も、ハサミも親譲り。
 だが、一見哺乳類と思えるほどの体毛は、親にはなかった。
 というか、親はカニのはさみのような腕を持つエイだったからな。
 しかし……。
 卵の殻を下敷きにしたまま、それ五と俺の膝に居座っているそいつは、俺の顔をじっと見つめている。
 まさにつぶらな瞳。
 そしてハサミが体の割に大きく、そのために体が小さく見える。
 ハサミは頭じゃないが、それを中心にして体全体を見ると、三頭身……と言うべきか?
 頭じゃないから三ハサミ身……。

「ミ?」
「あ、鳴いた?」
「みたいだなあ」

 考え事をしてたからよく聞こえなかったが、ヨウミ達には聞こえたらしい。

「え? 鳴いた?」
「ミィ……」

 ちょっと待て。
 親はエイで体型もエイ。
 でも腕はハサミ。
 しかも体の色も顔もリス?
 しかも泣き声は……子猫?

「ミィィ?」

 俺の顔を真正面で見ようと、ハサミで踏ん張って体を反らせながら鳴いた。
 その瞬間、卵の殻ごと後ろに転がった。

「ミ、ミィィ」

 卵の殻を被ったかたち。
 中でもがいているのが分かる。
 手を出していいものだろうか。
 それくらいの困難を一人で切り抜けずにどうする? という思いもあるが……。

「ミッ」

 体を覆ってた卵の殻がはじけ飛んだ。

「腕の力すんげぇな。まぁギョリュウは何度か見たこたぁあるけどよぉ。確かに腕の力ぁ半端じゃねかったよなぁ」

 そうか。
 ミアーノは何回も会ってるのか。
 だよな。
 でなきゃあの時、普通に会話できないはずだしな。

「シャコのパンチ力も半端じゃなかった気がする」
「シャコ? 車庫って荷車が置いてあるあそこ?」

 ヨウミが聞き返してきた。
 ひょっとしてシャコはこの世界にはいないのかもな。

「ミッ」

 俺の膝に上がろうとして、俺の脛に左右のハサミをあてがい交互に力を入れている。
 機械的な動きじゃなく、力の入り具合も左右非対称。
 二度目三度目も、力の入れ具合、位置も違う。
 そこに、確かに生きる意思が感じられる。
 ハサミは見たまま、外骨格みたいな感じだ。
 だが体の下は体毛で包まれてるのが分かる。
 ズボンを通して、仄かに体温を感じる。
 そして体の重心がかかる足の位置も移動していき、こいつの目的の場所も感じ取れる。
 まさに子猫が這い上がろうとしている感じに似ている。
 ちなみに、親もそうだったが、足はない。
 体の後方の踏ん張りは、尻尾に近い体の部分で利かせている。
 ちなみに尻尾はお飾り程度の短いもの。
 尻尾を振っても、その動きはあんまりよく分からないだろうな。
 つか、俺の足を居場所に決めたのか。
 俺をどう思ってるのやら。
 みんなは、流石親代わりのように見守っているが、使役されている奴隷扱いしてんじゃねぇだろうな?

「ミッ」

 足の上に上がると、全身運動で疲れ切ったときのように体の重心を俺の足にかけてきた。

「ミィィ……」
「……急に弱々しくなったわね」
「……なんか食わせた方がいいかな」
「あたし、飲み物と、食べるかどうか分かんないけどおにぎりも持ってくるね」
「あ、あぁ。頼むわ」

 ヨウミが洞窟におにぎりのセットを取りに行く。
 さてその間だが。

「名前、サミーにしよう」
「え?」
「いきなり急に」
「ナンデ?」

 こいつら……。
 生まれるかもしれないってんで浮かれっぱなしで、何も考えてないんか。

「魔物とは言え、雛、赤ん坊だぞ? 周りが危険な物ばかりかもしんないだろ。助けを求める時に長ったらしい名前だったら、咄嗟に名前出てこないだろ。言われた方も、そいつ誰だっけ? って戸惑ったりしたら、助けるまでにさらに時間が長くかかっちまうだろ?」

 この世界にも落語の寿限無があったなら。

「サミーって……まさか、ハサミ?」
「関連付ける方が、無関心な奴らにだって察してもらいやすかろ?」
「それはそうですけど……」

 お前らは猫かわいがりでもいいんだろうけどよ、親としての責任を押し付けてきて、俺は俺でその責任を持つつもりでいた。
 立場が少し違うんだよ。
 可愛いがってばかりってわけにもいかねぇだろ。
 躾けなきゃいけないし、躾の方法なんて誰も知らねぇんだ。
 浮かれ気分になんかになれるわけがない。

「とりあえず、飯だな。固形物が食えりゃいいけど。できなくても、ライムが作ってくれた飲み物で何とかなるだろ」
「持ってきたよー。はい、これ」

 意外とヨウミのフットワークが軽かった。
 マッキーならこのフィールドをすばやく移動できるだろうが、おにぎりのセットを間違えずに持って来れるかどうか。
 まぁ一刻を争うわけじゃないからいいけどさ。

「一応皿も持ってきた。哺乳瓶は流石にないからね。それとタオル」

 そりゃそうだ。
 あっても無駄だしな。

「おう、ありがとな。皿にあけて……ほら、サミー、飲むか?」
「サミー? 名前決めたの?」
「俺が決めといた」
「親だからね。独断でいいんじゃない? みんなも問題ないでしょ?」

 ヨウミはもうすでに、俺に託すつもりだったらしい。
 状況がライムの時とは明らかに違うからな。
 けど待てよ?
 エイに舌はあったか?
 いや、待てよ?
 ミアーノと会話していたということは、発声機能があるってことだろ?
 俺には聞こえなかったが、声が出るんだとしたら舌もあってもおかしくはない。

「ミッ」

 またも鳴き声に力が戻ってきた。
 それに、ピチャピチャと音がする。
 猫か犬のように飲んでいる。
 だが、皿も俺の足の上に乗せてるんだ。
 そして勢いよく舌を動かして飲んでいる。

「……ズボン、どんどん濡れてきてんだが」
「地面に下ろしたら?」

 まぁそれが普通だよな。
 何で足の上に乗せることに拘ってたんだ俺は。

「ミッ!」

 取り上げるな、か?
 けどな、水のほとんどをズボンに飲ませるつもりはないんだ。

「ミィッ!」
「なっ! こいつ、ハサミで、うわっ」

 皿の上の水の半分以上をズボンに吸わせてしまった。
 水はまだ残ってはいるが、皿の上の水はわずか。
 それでも舌を出して一生懸命水を飲んでる。

「アラタには気の毒だけど……かわいいね」
「かわいいよねー」
「カワイイ、カワイイ」

 赤ちゃん扱いはできない。
 ハサミの力は思ったより強い。
 流石は魔物。

「水飲んで力が出てきたか? おにぎりは食うかな?」

 サミーの口に近づけると、まずは小さい口で一口。
 一瞬止まる。
 動画で時々見る、子猫が臭い匂いを嗅いだ時のような感じ。
 固形を食わせるのはまだ早かったか?
 と思ったら、皿を挟んでたハサミは突然開き、おにぎりを一瞬で掴む。

「うおっ!」

 両手が巻き込まれる、と思わず手放した。
 が、そのハサミでおにぎりを掴むと、猛烈な早さで食い始めた。

「ミッ、ミッ」

 時々鳴き声をあげながら、それでも食べるのをやめない。

「口に合ったみたいね」
「味覚はあたし達と同じっぽいかな?」

 そうだ。
 その心配もあったんだ。
 テンちゃんもマッキーも、それなりに美味しく感じたおにぎりを受け入れたってことだよな。
 あっという間に食い尽くした。
 もう一個食うか? と思ったのだが……。

「ネムッタ、ゾ」

 ンーゴの言う通り、急に動かなくなったと同時に、眠気に襲われた気配を感じ取れた。
 呼吸に合わせて、背中が上下に動く。
 ズボンの生地を通して、さらにサミーの体温が強く感じられる。

「命の重さ、か」

 誰にも聞かれたくはないが、言わずにいられなかった。

「ミイ、なんて鳴き声、可愛いねぇ」
「……お前ら、抱っこさせてみたいなこと言わなかったな」
「言えるわけないでしょ? そんな風に親が守ってんだもん。無理に抱っこしようとしたら、親に襲われちゃうしね」
「テンちゃん、お前なぁ……」

 お茶らけてるのか? とも思ったが。

「で、どうする? 連れて戻る? ここで休むなら、あたしも付き合うよ? お腹で寝せてあげたいし。でも誰かは洞窟の留守番しなきゃだめだよね?」
「あたしが戻る。でも一人きりじゃちょっと不安かな。魔物も泥棒も来ないだろうけど、あたしはただの人間だしね」
「じゃあ私も戻ります。腕っぷしがあるわけじゃありませんけど、何かに擬態できたらヨウミさんを守れるでしょうし。ライムにも来てもらえたら心強いですけど」
「ライムにゃあここにいてもらった方がいいんじゃねえの? サミーの飲み物作ってもらわにゃなんねぇべ? とりあえずンーゴとおりゃあずっとここにいっからよぉ。 代わりにマッキーが戻りゃよかんべ?」
「俺もお、今夜は洞窟んとこで寝るう。ドーセンに伝えてから戻るからあ」

 何だこの一致団結感は。
 ……まぁ、こういう可愛いも正義ってことかな。
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