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三波新、定住編

ある日森の中卵に出会った その7

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 俺とライム、テンちゃん、マッキー。
 そしてミアーノ。
 みんなンーゴの体内にいる。
 真っ暗って訳じゃないが、真っ暗じゃなきゃ問題ないって話でもない。

「ミミズの体内……」
「胃袋とかじゃないからいいけど……このぬめぬめ、なんかヤダ」
「こぉのヌメヌメがいいんじゃねぇかよお。ぶつかっても痛くねぇし、クルクル回って面白ぇぜー」
「遊ぶ気分にはならないわね。……体中ヌメヌメがついて……これ取らないと飛べないわよ……」

 ミアーノははしゃいでいる。
 テンちゃんは六本の足を曲げて伏せている。
 体格的に,そんな体勢でないと入れなかった。

「でも地下に川があるなんて思わなかった」
「だべ? 地上人のほとんどはそう思ってんだろ。でもかなり深いところなば、割とあるんだよな。つっても土と混ざるから川の水とはちゃうけどな。けど、それを養分にして、いろんな生き物、植物が育ってるってことだなや」

 外の様子はもちろん見えない。
 ンーゴが地中を移動する方法はそんな地形を利用することと、目の前にある土を口の中に入れ、唾液と混ぜて柔らかくして吐き出した後、それが周囲の土も柔らかくしていく。
 柔らかくなった地中を突き進む、という方法。
 まぁミアーノからそんな話を聞いただけだから、実際の様子は見たわけじゃないんだが。

「地中で生活してる奴らぁ、俺らもだけどよ、耳と鼻がいいんだや。だからそおゆう珍しい奴ぁすぐにでも食っちまうんだけどよお」
「珍しい奴?」
「まぁ俺らからすりゃ、餌用の卵だわ。こいつを親の目の前で食っても襲われりゃしねぇ。もっとも食う奴が親や雛の餌になるっつーんだら別だけどよ」
「子供を食べられた恨み、とかじゃないのね?」
「あぁ。もっとも普通の卵を狙う奴ぁ、親から恨みはかうだろおけどよお。だからアラタのあんちゃんは、相当物好きかおせっかいか、あるいは……押し付け、だな」
「押し付け?」
「餌にならない奴からその卵狙われたんだら、欲しけりゃ持ってけって感じだと思うで?」

 親切の押し付け。
 そんなのは自覚してる。
 けど……。

「戻したところで、親は恩を感じるんなことはねえだろおよ。俺らにとってはそんな卵はご馳走だが、それよりもうめぇもん作ってくれるんだら、それも我慢できるっちゅうもんよ」
「それより美味い物?」
「おにぎりだよ、おにぎり。それにその親は多分人は襲わねえで? 魔物、獣を飯にするギョリュウ……多分エイって呼ばれてるらしい奴に似た竜だわ」
「エイ? 魚の?」
「多分そうでないかい? おりゃあ魚とかはあんまし見たことねぇもん。聞こえてくる噂じゃ、んなようだこと言ってたかな。あ、俺らが親らと交渉してくっから、おめぇらはここで待ってだらいいべ」

 え?
 予想外だぞそれ。
 俺も行くつもりでいたんだが。

「いや、俺も行くぞ? 直接」
「言葉通じねったらどうすんだ。親が俺の予想通りだば、おめぇらは食われるってなぁねぇだろうがよ、追い出されて終わりだ」
「それだけなら」
「向こうにすりゃ追い出す感じだろおがよ、追い出されたおめぇら、大怪我すんじゃねぇの? ヒレとかってやつとか、尻尾で振り回されてハイさようならだわ。この世とな」

 いや、怖ぇよそれ。
 害意のない何気ない体の動きで、こっちの命を落としかねない。
 しかも悪気がないから悪びれないってのが……。
 こっちの言い分くらいは聞いてほしいが……。
 あ、それで言葉が通じる奴がいないと危険だってことか。

「ンーゴも会話できるんだが、人、特に人間とじゃ会話は無理だからよぉ。その天馬さんならできるだろうが、多分ギョリュウに見られたら、餌だと思われんぞ?」
「流石にそれはご免こうむるけど……」
「とにかく目的地に着いて……お? うおぉ?」

 ぐるんと回ったような気がした。
 実際回った。
 腹の穴から出やすいように、穴を上向きにしてくれたようだった。

「なんか、ぐるぐる回って気持ち悪いぃ」
「テンちゃんが酔ったみたい」

 魔物も酔うんだ……。

「ライムモ、ヨウトキ、アル」

 マジかよ!
 スライムも酔ったりするんだ!

「タマニ、ハク」

 え?
 おい。

「ゲーッテ、デモデルノハ、カラダノイチブ」

 気持ち悪いんだか何なんだか、よく分からんな。

「ダカラ、ハイタノ、カラダニモドス」

 ライム……。
 お前なぁ……。

「バカ話はそんくらいにして、とっとと出るぞー。出たくない奴ぁ出なくていいけどよー」
「う、すまん。とりあえず俺は出る」
「あ……あたしもぉ……」

 ヘナヘナしたまま外に出たら、竜の餌食になりゃしないか?
 大丈夫かよおい。

「無理なんじゃない? とりあえずアラタは安全だとは思うけど……」

 おい。
 そこは言い切れよ。
 怖くなっちゃうだろ、俺が!

「ライム、アラタ、マモルッ!」

 頼もしいな。
 でも無理して吐いたりするなよ?
 平常かどうかの判断はつくが、お前を手当てする方法が分からんから。

 ※※※※※ ※※※※※

「巣らしきものがどこにもないな」
「当たり前だべや。巣の前にいきなり出たら、即座に食われるかも分からんもん。一応用心せにゃ。崖沿いに歩いてけば巣だ」

 確かに、この卵と似た気配がいくつが崖の先にある。
 崖が壁になって、ゆっくりとカーブになってる。
 カーブの先、見えない所に巣があるようだ。
 が……。

「いるな。竜とやら、というか、親か」
「へぇ。まだ離れてんのに分かるんか。テンちゃんらが言うた通りだなや」

 感心されてうれしくないわけはないが、今はそれどころじゃない。
 襲う意思のない攻撃を食らっちまいたくはない。

「下手に隠れてっと、本命の卵奪いに来たって誤解されちまっぞ?」

 それこそ心外だ。
 卵に俺達人間の臭いを染み付かせたらまずい、と思ってる。
 人間の臭いがついたことで育児放棄する野生動物がいるからな。
 卵はライムの体で包むように保持している。
 他種族の臭いもだめというのならお手上げだが。

「素直に姿を見せた方がいい、のか?」
「おりゃあそうしてるがな。ンーゴと一緒に外に出る時ゃあ、俺が先に出ていくが。でねぇと、あいつは餌に間違えられやしぃからなあ」

 気の毒すぎる。
 自然界の厳しさたるゆえか。
 ミアーノは堂々と姿を見せる。
 俺は岩陰から覗き見て、様子を見る。

「巣も……でかいが……エイだ。ほんとに……エイだ。しかも……でけぇ……」

 四トントラックくらいの岩をいくつも並べて輪にしている。
 それが巣のようだ。
 中にある卵は、見上げている俺からは見えない。
 だが、その巣を覆いかぶさるように浮かんでいるギョリュウと呼ばれるその種族の姿は……。
 
「エイ……に、ハサミはないよなぁ……」

 カニのような、けれどもそれよりも丸みを帯びているハサミが、その竜の両腕の先にあった。
 ヒレの下から生えている腕は、もちろんその全部は見えない。
 だが、ヒレの前方から顔を覗かせているハサミは、その岩を砕きそうな大きさ。
 本体の大きさはと言えば……その巣よりも大きいとしか言いようがない。

「ぅおおい、そんなに睨むなや。俺だ俺」

 ミアーノがそのエイに向かって叫ぶ。
 何やらエイは反応を示してるようだが、俺にはよく分からなかった。

「人間がなあ? 卵もどしにきたっちゅーてなあ。スライムに持たせてきたんだがのお。……ほれ、出てこいや。襲いやせんて。ビビんな」

 あれだけ大きいし、近づくなら一瞬だ。
 ビビんなって言われたってなぁ……。

「え……えっと、ここで生まれたそうで……。卵を返しに来ました……。ライム、出してくれ」

 ライムも一緒に出てきて、包んでた卵を外に出す。
 ひびは入ってない。
 つくづく、よく守りきれたもんだ。

「だそうだで。巣の中に入れとくぞーぃ……。そか、うん。分かった」

 俺には何にも聞こえない。
 ライムは何か反応を示してるが……。

「確かにあの竜が産んだ卵だと。だども、持って帰れってよ。育てる気がないらしい」
「そ、育てる気がないぃ? だって……だってあんたが産んだ卵だろう?! その巣の中にある卵とおなじじゃねぇか!」

 竜に向かって叫んでる俺自身自覚してる。
 余計なおせっかいだ。
 ましてや俺は、別の世界からやってきた異世界人だ。
 俺が感じる良識を押し付けてるのは十分承知してる。
 だが。

「その卵はそういう役目だと。危険を冒してまで卵を戻しに来た勇気には感服するってよ」
「じゃ、じゃあこの卵は……。赤ちゃんはどうすんだ! 親以外に育てられないだろう?! 他の」
「ほっといていいんだと。好きなようにしていいってさ。奪い返しに行く気もねぇんだと。それに、温めなくても卵から出てくるってさ。巣の中の卵もそうなんだと。こうして見てるのは、ただ外敵から守るだけなんだとよ」
「それでも……それでもぅあっ?」

 思いっきり後ろに引っ張られた。
 引っ張ったのはテンちゃんだった。
 襟の後ろを咥えられ引っ張られてた。

「……アラタ。もういい加減にしなよ」
「……マッキー?」
「あんたさぁ……そのままあの竜に楯突いて、機嫌損ねて一撃食らったら、いくらあたし達でも守り切れないって。持って帰っていい、村を襲わないってんなら、結果上々じゃん」
「ぷはっ。そうだよ。ここに何しに来たの? 卵返して、それが無理だったら、せめてあたし達のあの村に来ないようにするのが目的だったんじゃないの? アラタ、竜に詰め寄るなんて明らかに異常だよ? だって種族の習性を変えてしまおうって言ってんのと変わんないから。あたしの種族が空飛ぶのが気に入らないっつって、羽ぶっちぎろうとするのと変わんないよ?」
「アラタ、シンパイ、サセルナ」

 俺以外、卵を親元に戻そうとする意見を持っていない。
 だって……寂しいんじゃないか?
 親が目の前にいて、こいつの目がもし利いていたなら……。

「死なされないだけましやん。帰ろ帰ろ? これから俺とンーゴ、毎日あんちゃんからおにぎりこさえてもらわにゃならんし、な?」

 襲われていたかもしれない、という可能性なら、このミアーノにしても、ンーゴにしてもそうだ。
 おにぎりがなかったら、気を失っている間捕食されてたかもしれなかった。

「……ん? あぁ、ンーゴは餌にされるの嫌がってん。だからちょいと離れたところに……え? いやいや、目の前で友達食われんの見たくは……いやいや、見てないならいいとか、そーゆー話じゃのーて……。あかんっ! アラタ、帰ろ! 今一番危ない立場なんは、俺らやのーて、ンーゴだわ! ほれ、急ご!」
「うおっ! お、おい。急に、ちょっ! 行くからっ。引っ張んなっ!」

 ミアーノとテンちゃん達に無理やり引っ張られ、そこから退去。
 もちろん卵も。
 確かに、いますぐ食いに行きたそうな気配は感じた。
 対象外の俺でも流石に怖かった。
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