上 下
65 / 493
三波新、放浪編

こだわりがない毎日のその先 その4

しおりを挟む
 考えてみれば、旗手として何度か呼び出された者がいるって話を聞いた。
 同一人物が何度も呼び出されるのなら、同じ世界から違う人間が呼び出されることがあってもおかしくはない。
 必要がなければしない。
 需要と供給というやつだ。
 だから、考える必要がなかったから考えたこともなかった。
 けれど、可能性くらいは考えなきゃいけなかったかもしれない。

 俺が働いていた会社の先輩が、異世界に転移した俺の目の前にいた。
 しかもこの世界の人達とあまり変わらない服装、そして装備を身に着けている。

「あ……芦名……」

 先輩、と危うく言いそうになった。
 もう先輩じゃない。
 職場に縛られる必要はない。
 だが……。

「いきなり呼び捨てか。せめてさん付けくらいしろよ」

 どこかで聞いた、いや、言った覚えがある。
 見知らぬ他人なら何の抵抗もなくそう呼ぶだろう。
 けど、年上だけど敬称をつけて呼ぶ価値がある人かどうか。

「ま、今はお前に構ってる暇はねぇんだわ。……今はテンちゃんって呼ばれてるんだっけか。それとライムちゃんか。ゆっくりでいいからね。じゃ、またね」
「え? お、おい、それはどう……」

 初めて会ったはずなのに、何でこいつらの名前知ってんだ?
 どういう……ことだ?

「テンちゃん、ライム、今の人、知ってるの?」
「う、うん……」

 またも、俺の知らない所で俺の知らない事態が起きて、そして進んでいる。
 しかも俺に関わる……。
 関わる?
 俺に、関わってるのか?

「一度、会ったこと、ある」
「どこで?」
「こないだの町の、外でライムと荷車の番してたとき」

 ……奇妙な気配を感じたあの時か。

「それで、何かされたの?」
「ん? ……ううん。特に、何も。話しかけてくるいろんな人達と同じだよ。灰色の天馬。それくらい」
「……何か言われたでしょ」

 ヨウミの追及が少しうざったい。

「ヨウミ、それくらいでやめとけ」
「アラタ……」
「ガキじゃねぇんだ。自分で判断して自分で決断して自分で自分の思うように動く。それでいいじゃねぇか」
「そんな! 私達、家族」
「家族だぁ? 誰が親で誰が子供だよ。家族ってのは、家長が上に立って家族を守る、そんなもんじゃねぇのか? けどテンちゃんもライムも、自分の身は自分で守れるだろ」
「アラタはテンちゃんを助けてあげたじゃない!」
「自力じゃ無理だったからだろ。助かりたいと思ってる奴を助けるのは、人として普通の考え方じゃねぇのか? でなきゃこいつは自力で助かってた」

 ヨウミは何か言いたそうだったが、口をパクパクさせるだけで言葉は何も出てこない。

「こいつらは俺達のもんじゃねぇし誰のもんじゃねぇ。愛玩動物とは違うんだ。こいつらはこいつらのもんだ。自由に生きていいんだよ。ただし腹が減ったら俺達を丸かじりってのは勘弁な。こっちも最大級の抵抗をしなきゃなんないから」

 おそらく、俺と一緒につるんでも面白いことはたいしてないぞ? テンちゃんが俺について回るように、俺が仕向けたんだろう、みたいな話でもされたか。テンちゃんに危険な目に遭わせたあいつらを、テンちゃんの前で懲らしめるなりして帳消ししてからな。
 そうまでして、こっちの世界でも俺に嫌がらせを続けるつもりか。
 けど、俺には痛くもかゆくもない。

「……俺を守ってあげる、みたいなことを言ってくれたこともあったっけな。あの感情、一時の気の迷いかもしれん。それにそうだとしても、今まで十分恩を返してもらった。貸し借りなしだ。好きにして構わんぞ?」

 ひょっとしたら、前々からそんなことを思っていたのかもしれん。
 けどテンちゃんからは言い出せるわけがない。
 命を救ってもらったという思いがそれだけ強かった。
 それだけのことだ。

「ライムもそうだ。だから、お前らに付けた名前も、もう忘れていいぞ。名付け親がそう言ってんだ。……窮屈な思いさせて悪かったな」
「ちょっと、アラタ! 二人の気持ち、勝手に決め付けないでよ!」
「決め付けるも何も、言いたくても言えない事あったりするだろ。立場上とか、反対のことを前にこっちから言い出したとかさ。それにこだわって、心変わりしたことを伝えられずにいるってこと、あるだろ」
「そんな……」
「種族の壁だってある。逆に、よくぞ今まで俺達についてきてくれたなって感心するくらいだ。感謝の気持ちしかねぇよ」

 俺達の元から離れたい。
 そんなことをこいつらの口からは聞いてはいないが、言い出せない心のわだかまりを推察すると、それ以外に考えられない。
 そしてそれは、ヨウミの思いから言うと、残念ながら当たっていたようだった。

「うん……。このままでいいのかな、って思いは、あった」
「気にするな。野生の動物と人間と、ありのままの姿で一緒に生活すること自体難しいんだ。それが動物じゃなくて魔獣となりゃますます難しいわ」
「え? テンちゃん、ライムちゃん……」

 ライムもテンちゃんの背中から飛び降りて俺の方を見る。
 いつものような愛嬌を振りまく動作はない。

「今まで、ありがとう」
「そんな! 急に! これ、きっと」
「何も言うなよ、ヨウミ。何か言ってそれを誰にどう訴えるんだ。自分の寂しい気持ちを誰かに八つ当たりするような真似は止めろよ」

 自分の時間を自由にさせてもらえず、物に当たったこともあった。
 けどそれは時間の無駄にしかならなかった。
 押し付けられた仕事を進めていく以外に、物事の進展は存在しなかった。
 これも同じなんだろう。
 それに比べたら、突然の流れで内心驚いてたりするが、別れなんて大したイベントじゃない。

 ライムは再びテンちゃんの背中に乗った。
 そしてゆっくりと羽ばたき舞い上がる。

「晴れ間も見えてきた。卒業するにはいい天気じゃないか」
「そ……そんな……」

 別れってのは、本当に突然やってくるもんだ。
 でも別れを告げることもできない別れに比べたら、気持ちいい別れ方じゃないか。
 少なくとも、俺の気持ちはそれ以外は穏やかだ。
 が、店の営業はこれからだ。
 しんみりしている場合じゃない。
しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

引きこもり転生エルフ、仕方なく旅に出る

Greis
ファンタジー
旧題:引きこもり転生エルフ、強制的に旅に出される ・2021/10/29 第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞 こちらの賞をアルファポリス様から頂く事が出来ました。 実家暮らし、25歳のぽっちゃり会社員の俺は、日ごろの不摂生がたたり、読書中に死亡。転生先は、剣と魔法の世界の一種族、エルフだ。一分一秒も無駄にできない前世に比べると、だいぶのんびりしている今世の生活の方が、自分に合っていた。次第に、兄や姉、友人などが、見分のために外に出ていくのを見送る俺を、心配しだす両親や師匠たち。そしてついに、(強制的に)旅に出ることになりました。 ※のんびり進むので、戦闘に関しては、話数が進んでからになりますので、ご注意ください。

異世界に転生をしてバリアとアイテム生成スキルで幸せに生活をしたい。

みみっく
ファンタジー
女神様の手違いで通勤途中に気を失い、気が付くと見知らぬ場所だった。目の前には知らない少女が居て、彼女が言うには・・・手違いで俺は死んでしまったらしい。手違いなので新たな世界に転生をさせてくれると言うがモンスターが居る世界だと言うので、バリアとアイテム生成スキルと無限収納を付けてもらえる事になった。幸せに暮らすために行動をしてみる・・・

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

お気楽、極楽⁉︎ ポンコツ女神に巻き込まれた俺は、お詫びスキルで異世界を食べ歩く!

にのまえ
ファンタジー
 目が覚めたら、女性が土下座をしていた。  その女性に話を聞くと、自分を女神だと言った。そしてこの女神のミス(くしゃみ)で、俺、鈴村凛太郎(27)は勇者召喚に巻き込まれたらしい。  俺は女神のミスで巻き込まれで、勇者ではないとして勇者特有のスキルを持たないし、元の世界には帰れないようだ。   「……すみません」  巻き込みのお詫びとして、女神は異世界で生きていくためのスキルと、自分で選んだスキルをくれた。  これは趣味の食べ歩きを、異世界でするしかない、  俺、凛太郎の異世界での生活が始まった。  

異世界転生!俺はここで生きていく

おとなのふりかけ紅鮭
ファンタジー
俺の名前は長瀬達也。特に特徴のない、その辺の高校生男子だ。 同じクラスの女の子に恋をしているが、告白も出来ずにいるチキン野郎である。 今日も部活の朝練に向かう為朝も早くに家を出た。 だけど、俺は朝練に向かう途中で事故にあってしまう。 意識を失った後、目覚めたらそこは俺の知らない世界だった! 魔法あり、剣あり、ドラゴンあり!のまさに小説で読んだファンタジーの世界。 俺はそんな世界で冒険者として生きて行く事になる、はずだったのだが、何やら色々と問題が起きそうな世界だったようだ。 それでも俺は楽しくこの新しい生を歩んで行くのだ! 小説家になろうでも投稿しています。 メインはあちらですが、こちらも同じように投稿していきます。 宜しくお願いします。

異世界ソロ暮らし 田舎の家ごと山奥に転生したので、自由気ままなスローライフ始めました。

長尾 隆生
ファンタジー
【書籍情報】書籍2巻発売中ですのでよろしくお願いします。  女神様の手違いにより現世の輪廻転生から外され異世界に転生させられた田中拓海。  お詫びに貰った生産型スキル『緑の手』と『野菜の種』で異世界スローライフを目指したが、お腹が空いて、なにげなく食べた『種』の力によって女神様も予想しなかった力を知らずに手に入れてしまう。  のんびりスローライフを目指していた拓海だったが、『その地には居るはずがない魔物』に襲われた少女を助けた事でその計画の歯車は狂っていく。   ドワーフ、エルフ、獣人、人間族……そして竜族。  拓海は立ちはだかるその壁を拳一つでぶち壊し、理想のスローライフを目指すのだった。  中二心溢れる剣と魔法の世界で、徒手空拳のみで戦う男の成り上がりファンタジー開幕。 旧題:チートの種~知らない間に異世界最強になってスローライフ~

暗殺者から始まる異世界満喫生活

暇人太一
ファンタジー
異世界に転生したが、欲に目がくらんだ伯爵により嬰児取り違え計画に巻き込まれることに。 流されるままに極貧幽閉生活を過ごし、気づけば暗殺者として優秀な功績を上げていた。 しかし、暗殺者生活は急な終りを迎える。 同僚たちの裏切りによって自分が殺されるはめに。 ところが捨てる神あれば拾う神ありと言うかのように、森で助けてくれた男性の家に迎えられた。 新たな生活は異世界を満喫したい。

田舎暮らしと思ったら、異世界暮らしだった。

けむし
ファンタジー
突然の異世界転移とともに魔法が使えるようになった青年の、ほぼ手に汗握らない物語。 日本と異世界を行き来する転移魔法、物を複製する魔法。 あらゆる魔法を使えるようになった主人公は異世界で、そして日本でチート能力を発揮・・・するの? ゆる~くのんびり進む物語です。読者の皆様ものんびりお付き合いください。 感想などお待ちしております。

処理中です...