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三波新、放浪編

動揺、逆上、激情 俺達の異世界ライフはこれからだ! 

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 多分王妃は、俺が合流してくれることを期待してたんだろうな。
 いや、それ、無理だから。
 当たり前だろ?

「俺の為に動いてくれるこいつに、有無を言わさず怪我させ、あまつさえ人質のように扱って、あげく窮地に追い込むようなことをした連中と一緒に何をしろと?」
「それは……」
「それとな、あいつらは王家とかから援助もらったりしてたんだろ? こっちは自分で工夫して、日々の生活と貯金が精一杯の毎日だよ。とてもそんなことに構ってられる場合じゃないな」
「ぷっ」

 ヨウミが噴き出している。
 不謹慎この上ないぞ?

「アラタ……ププ。……王家からの、王妃様からの懇願よりも行商の方が大事って……」

 残念だが、ここは笑うところじゃないぞ?

「笑い事じゃない。この人の要望に応えたとしてだ、王や慈勇教の息がかかった人間が俺達を逆恨みして襲ってくる可能性もある。予見の旗手などと言うが、俺ができる事は予知の類じゃないんだぞ? 気配を察知して、感情まで読み取れたら、そいつはこの先どう動くか推理して判断してるんだからな?」

 斜面の上の方に水をこぼした人がいたとする。
 誰だって、水が下に向かって流れることは分かるだろう。
 重力があるという情報や、似たような経験をしてきたから、その後どうなるかすぐに分かるんだ。

 ところがここは、未経験な事ばかりの異世界。
 その現状の情報でこの先どうなるか予測するとき、そんな頭脳労働はわりと疲労度が高いんだぞ?
 どこから危険がやって来るか、なんて想像は全くつかない。
 石橋を叩いて割って渡らないでいても、危険がこっち向かってくる可能性もある。
 そこに近づくことすら避ける用心深さも必要だった。
 ところが彼女の願いは、その危険に自分の意思で飛び込んで来いっつってるのと同じだ。
 しかもその危険は、彼女とは縁がない。
 だから、その願いを引き受ける代わりに俺の身に迫る危険を予め遠ざけておいてくれ、と彼女に訴えたところで、対策を立てられる立場でもないだろう。

「まぁ、王妃さんには、謝罪に来て俺が目が覚めるまで待つほどの誠実さがあることは理解できた。それだけでも面会した甲斐はあったってもんだろ?」
「そんな……」
「王妃さんには罪はないから罰を受ける必要もないだろうけどな。でも俺はこの先もずっと我が身の安全を最優先しなきゃいけない。その要望を受けたとしてもだ。そして我が身の次に大事なのはこいつらだ」
「アラタ……」
「キャッ……。それは……、プリズムスライム……」

 身分が高い者が見ても珍しいものらしいな。
 まぁそれは置いといてだ。

「俺が責任もって面倒見てやんなきゃな。でなきゃ不吉だの珍しいアイテムになるだの言われて、俺以上に命が危なくなるし」
「ならば王家の名において庇護を」
「俺、嫌いなんだ。恩着せがましい事を言うのも、そして言われるのもな。そちら側から追われる身で生活しづらい面はあった。でもそんな余計なしがらみがなかった面では、俺の世界よりも過ごしやすかった。戻る方法は探すがあまり乗り気じゃない。見つかったとしても戻るつもりもないかもなぁ」
「やっぱりアラタ、戻る気ないんじゃない。男のツンデレってあんまり可愛くないよ?」

 ツンデレなんて言葉、この世界にもあるとは思わなかった。

「俺に可愛さを求めるな。それに、俺の行商を当てにしてる連中もたくさん増えた」
「アラタは一人一人覚えてないけどね」

 だから茶化すな。

「日常の食事にするにはあまりにもお粗末なものだ。だがその客になる冒険者達からは、その現場においては有り難がる声しか聞こえてこない。やりがいのある仕事を見つけられて何よりだ。旗手とやらよりも大事な役目だと思うよ?」
「……誰でもできる仕事でしょう」
「どの行商人よりも、ここって場所では先に駆け付けて店を開いてる。他の行商人も商売を始めるから、俺じゃなくても、俺がいなくても問題ないだろうな。けど一番乗りってのは唯一無二で、そこで仕事を始める冒険者達は心強く思ってるみたいだ」

 代役が利くようで利かない仕事だ。
 俺の儲けよりも、元気で、しかも喜ぶ客の姿が見たい欲求が強いのかもな。
 それに旗手になって、魔物を全滅させたら自分の世界に帰されるんだよな。
 となると……。

「……旗手を引き受けるくらいなら、死んだ方がマシかもなぁ」
「ちょ、何言ってんの急に!」
「だから言ったろ? 反逆罪で捕まるかもって」
「そんなことは致しません。するわけがありませんっ」

 なんか、王妃さんが怒ってる。
 王達からの冷遇と比べればまだましだよな。

「俺自身の価値が、こっちの方が高いからさ。旗手の役目を終えたら帰されるってことは、価値がなくなるからってことだろ? ライム、テンちゃん、お前ら、俺がいなくなっても平気か?」

 ライムは元気よく跳ねている。
 どう受け取っていいんだ? これ。

「あたしは、できれば一緒にいたいな。どうしても帰らなきゃならないっていうなら見送るけど」

 誰かの思いを、ここに留まる理由にするにはちょっと卑怯かもしれない。
 けどな。

「俺をずーっと必要としてる誰かがいる、ってのは、うれしいし有り難いと思う。大概自分の居場所作ってからそう思われる努力をするのが普通だからな。ライムもテンちゃんも、そしてヨウミも、俺の素性をほとんど知らなかった。でもそれを気にせず、ずっと行動を共にしてきたんだからな。俺には俺の世界があるからさようなら、じゃあまりにも冷たすぎるよな」

 そう。
 必要がないから無視すると決めたあの二人のようにな。

「……なんか悪い気がするな」
「悪い?」
「俺の気持ちの整理とか自問自答とかばかりで、あんたの面会そっちのけって感じで、俺、ちょっとやな奴かもな」

 思わず自分に苦笑いだ。
 けど……。
 腹は決まった。

 こいつらのため。
 そして同業達の死を全力で悲しみ、命がかかる仕事に全力で取り組み、そして調子よく俺に声をかけてくるあの客たちのため。
 頼む前に俺の居場所を作ってくれたそんなみんなが、笑って毎日を過ごす手伝いをしていこうと思う。

「……ご意志は固いようですね……」
「わざわざ三日も待たせた答えが期待通りでなくて済まんな」
「……アラタさんの行動を阻害する動きが表に裏に見えたらばそれを止めることをお約束します。それがせめてもの償いと」
「そっちはそっちの勤めを全うするなら、それはどうでもいいさ。今までいろいろと痛っ」

 ライムが後頭部にぶつかってきた。
 振り向くとヨウミもテンちゃんも怒った顔をしている。

「……そんな言い方はないんじゃない? いくら今までぞんざいに扱われてきたとしても」
「アラタにとっては、王妃のこれからの行動でその思いを表してほしいんだろうが、今は受け止めるべきなんじゃないの? その行動の成否の結果数は、その思いに伴わなかったものだったとしても」
「……なら俺から王妃さんに言うことは何もないな。国民に愛される王家になるように祈るだけだ」

 そう言えば冒険者達から、国王についてよくない噂もあった。
 おそらく王妃の語った話のことだと思う。
 ならば、王家を立て直すのも彼女と息子の行動次第ってとこだ。

「ヨウミ、テンちゃん。お三方を見送ってやってくれ。俺は……」
「どうしたの」
「ずっと座りっぱなしで、また体強張って動けん。ライム、ストレッチ手伝って……」
「しょうがないな、アラタは。灰色の天馬も見送ったら大事になりかねないだろうが、アラタもみんなのことを大事な客と理解してからのことだろうから……」
「そのような珍しい個体と出会えて、しかも言葉も通ずる魔物に見送られて、実に貴重な経験をさせていただきました。こちらこそ感謝を」

 四人とテンちゃんは車庫を後にした。
 最期に聞こえた言葉は皮肉としても聞こえそうだったが、間違いなく本音だった。
 誠実な人ではいるんだろうが、連れ合いが最悪だったってところか。
 改心してくれりゃまだ救いはあるんだろうが……。

 だが人のことより俺達の今後を考えないとな。
 なんせ、この世界での新たな出発の日なんだから。
 その前に……。

「……あ、ライム、そこ、気持ちいいわ」

 ライム。
 それ、ストレッチじゃなくて、マッサージだから。
 まぁ、いっか、うん。
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