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三波新、放浪編

行商を専業にしたいんだが、どうしてこうなった その4

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「俺が魔物の生息エリアに足を踏み入れる目的は、魔物と戦ってる冒険者がいるエリアに、一般人の俺が足を踏み入れても問題ないかということと、そこで行商できるかどうかの確認。無事に戻れるかどうかってこともそうだが、戻ってきた後も日常生活を無事に送れるかどうかってことも考慮に入るからな」

 戻ってくるたびに息も絶え絶えじゃ仕事にならない。
 護衛付きならどこまで進むことができるか、どんなレベルの冒険者の護衛なら、周りの魔物の気配の密度はどこまでか。
 そんなデータの収集が目的だ。

「分かりました。じゃあ僕たちもあまり無理しない方がいいですね」
「そうだな。イレギュラーのデータが平均値のデータとして認識してしまうのが一番まずいからな」

 草むらの広場の縁、崖が目の前にある。
 そこにダンジョンへの入り口が待ち構えている。
 防御力だけなら、彼ら四人の新人冒険者と違いほぼ完璧だが、餅は餅屋である。
 彼らの経験値を上げさせるためにも、四人の後ろをついて行く形を取った。

「でも下の階層を目指す理由はあるんですか? 崖が崩れたら、下だと生き埋めになる場合もありますよ?」
「だよね。上の階層なら外が崩れたら壁もなくなって、すぐに外に出やすいからな」

 新人といっても全く経験がないわけじゃない。
 そればかりじゃなく、座学なんかは時間を数えきれないほど勉強しただろう。
 彼らの言うことももっともだ。
 けれども。

「あー……地下一階だったけどな。俺も経験したことがあるんだよ。あのときはこんな装備……味方になってくれる奴は一人もいなかった」

 味方だけじゃない。
 武器や防具、道具もない、文字通り丸腰で、しかも今思うと魔物がうようよしている場所にいきなり飛ばされた。
 この世界に来て一日目のことだったっけな。
 あれから何年も過ぎた気がする。
 このダンジョンの地上階には魔物の気配はない。
 その一日目のことをかいつまんで説明した。

「え?! じゃあアラタさんって、旗手様なんですか?!」
「いや、シーム、違うよ。もしそうだったら、僕らと一緒にこうして行動できるわけないじゃないか」

 シームという女の子の最初の印象は控えめな感じがしたが、旗手と言う言葉にはしゃいでるところから、なるべく感情を抑えようとする気質のような気がした。
 期待に沿えず、申し訳ないね。
 比べてエージという男の子は、なるべく冷静沈着を心掛けてる感じだ。
 リーダーの自覚あり、といったところか。

「でも旗手様とは違うってことは……巻き込まれたってことよね。何か、かわいそうな気がする……」
「そう思ってくれる人がいるだけで有り難いね。でもこっちは二年くらいになるかな。こっちの生活に慣れたし平気だよ」

 確かこの子はデイリーって名前だったか。
 感情の起伏はほとんどないように見える。
 年齢の割に落ち着いた性格、といったところか。

「でも慣れたどころか、そんなレアなモンスターが仲間になってるんですからすごいですよね。シュルツさんから話を聞いた時は、まさかって思いましたもん。でもエージ。こんな人と一緒に同行できてうれしいんだけど、周りにしっかり注意向けないと」

 ビッツ、だったか。
 こいつもなかなか注意深い奴……いや、観察眼があるのかな。
 そう言えば飛び道具の使い手って言ってたな。
 確かに注意力とか洞察力とかがないと目標に当てられない武器みたいだし、適任ってわけか。

「一階には魔物はいないみたいだ。地下一階には適当な数がいるな。地下二階は……」

 察知の範囲外と思ったが、俺の察知する力も意外と伸びてるようだ。
 というか、成長してるとでもいうのか?

「多分二階から下は今のみんなにはちょっと危ないところみたいだ。地下一階すべて踏破できたら出来過ぎってとこだな。頑張りすぎるなよ?」
「「「「はいっ!」」」」

 地下一階に足を踏み入れて、途中で引き返しても問題ない。
 俺はともかく、こいつらの人生はこれからなんだ。

 ※

 地下一階への階段は、地階を全て歩き回ってようやく見つけた。

「何度かここに来てたんじゃなかったのか? 虱潰しに探して、結局奥の奥から下に降りるって感じだよな」
「今まで上に上がってたんです。シュルツさん達、すごく強くて、地下よりも上の方が経験積みやすいんじゃないかって」

 地下の階層も限度がある。
 上よりも階層は少ないんじゃないか、という話らしかった。
 魔物の強さは地階を境にして、上も下もほぼ同じ。
 つまり地下一階と二階にいる魔物強さ、地下二階と三階の魔物の強さは同等、と見ていいのかもしれない。

「三階までは行けたんです。もっともシュルツさん達にたまに手伝ってもらって、そこにいる魔物一体を何とか仕留めたって感じで」
「へぇ。あいつらは何人のチームだったんだっけ?」
「五人です。僕らより一人多いチームですね」

 それだけ大人の手があれば余裕か。
 けど今は違う。
 あいつらと同伴で地下なら二階が限度ってことだ。
 まぁ何かあったら、ライムが鎧になってくれてる俺が壁役になって、こいつらを逃がす。
 それくらいは役に立たせてもらおうか。

「でも虹色に変化するスライムって、ほんと珍しいですね」
「どうやって仲間にしたんですか?」
「さあな。俺が聞きたいくらいだ。それより、気を引き締めてくれよ? 俺は襲われてもノーダメージだが、だからって油断すんなよ? この階段降りて、多分左右に伸びる通り道になる。左側に……二体くらいいるな。目で確認できるはずだ。右側にもいるがかなり遠い上に数が割と多め。階段降りたら左を向いて戦闘態勢整えながら前進な」
「「「「はいっ!」」」」

 彼ら曰く、気配を正確に察知できるというのはかなりのアドバンテージらしい。
 どんな魔物かは知らないが、出会い頭にひるんだのは魔物の方だった。
 真っ先に動いたのは、意外にもシーム。
 防御の魔法をかけている間にビッツの遠距離先制攻撃がヒット。
 その間に何やら呪文を唱えていたデイリーの火炎攻撃魔法で一体撃破。
 ヒットした火の中から飛び出すような感じでエージの斬撃で二体目を倒す。
 が、三体目がその奥にいた。
 おれの「二体くらい」という言葉が心に引っかかってたらしい。
 油断も隙も見せなかったエージは、その三体目の存在を確認しても動じなかった。
 剣を二振り、三振りを余裕をもって魔物に向け、三体目を倒して決着。
 無駄な力を消費せず、怪我も全くなくクリア。

「……どこが新人だよ。連携がいいじゃないか」

 心底思う。
 掛け声なしに、合図なしに間髪入れず誤爆せず、こうもうまく敵を倒せるとは。

「まだまだですよ。経験者だったら僕の弓矢で二体弱らせたでしょうし」
「シームはほぼ完ぺきだけど、私の攻撃で一体仕留められるようになんなきゃ」
「そ、そんなことないよ。私もアラタさんみたいに、敵の数しっかり把握できるようになんなきゃって」
「三体目はいるかもしれないって思ったけど、ちょっとビビったもんな。三体目は二回くらい斬って倒さないと」

 謙遜ではなく、心底反省している態度だ。
 成長する奴ってのはこんなもんかもしれんなぁ。

「ところで、その魔物はなんてやつだ?」

 知ったところで今後の参考になるとは思えんが、一応聞いておくか。

「ジャイアントラット、かな?」
「大人だから倒せたんだね。子供だったらもっとすばしっこいから捕らえられなかったかもしれない」

 俺を護衛しながらの初戦は、そういう意味ではラッキーだったらしい。
 だがやっぱり聞いてよかった。
 反対側の方から感じた気配と、その質はちょっと違っていた。
 ということは、向こうは別の種族の魔物がいるかもしれないってことだ。
 ひょっとしたらこいつらの手に余るかもしれない。
 こっちの方向で正解。
 そして同じ気配がその先にある。
 数は違うが油断をしなければ問題ないだろう。

「他にも冒険者の人達がいるかもしれないね。壁や床に刀傷がある」
「ほんとだ。さすがビッツ」

 シームが持っているランプは意外と光は遠くまで届く。
 戦闘一回ごとに能力の残高確認のために休憩を取る方針のようだが、それで得られる心の余裕が、周囲にも注意を向ける要因にもなるようだ。

「ひょっとして矢印とかついてたりしてな」

 俺が冗談めいてそんなことをいうと、意外な返事が来た。

「迷宮だったりすれば、目印になるようなものが必要になりますからね。先人たちが付けた目印が、今の僕らを助けてくれるってことはよくある話のようですよ」

 世代を越えての助け合いか。
 物語にすれば、感動ものが一作できるんじゃなかろうか。
 需要があれば、の話だが。

「さてアラタさん、そろそろ出発します。みんなも準備いいな?」
「「「はいっ」」」
「よろしく頼む」

 その後も順調に進んでいった。
 もっとも敵になる魔物は一種類だけでなく、かなり手こずる魔物もいた。
 だがこの四人には、慌てたり焦ったり、心を乱すことなく淡々と魔物に止めを刺していき、魔物の死体から何やらアイテム探しをする冷静さも持ち合わせていた。

「随分奥まで来たが、下への階段がまだ見つからないな。無理して回ることはないが……」
「僕らの体調は……問題ないですね。みんなは?」

 リーダーのエージの問いに、全員も問題なしと答える。
 しかし問題がある。

「この先一本道。なんかこう……今までよりちょっと強い魔物一体がいるな。引き返しても問題ないが……」
「アラタさん、一体だけですか? 他にいるかもしれない可能性は?」
「どんなに誤魔化そうとも、感じる気配まではどんな物でも誤魔化すことはできない。隠れる物陰もないようだし、さらに奥に通路の枝分かれがあってその先に何体か魔物はいるが、攻撃手段があまり派手過ぎたらそいつらが近づいてくるかもしれんが、今までの戦いぶりを見てるとそんな派手さはないから大丈夫だろ」

 エージは少し考え込んで再び俺に尋ねる。

「能力とか分かります?」
「そこまでは分からん。けど……素早く動くような相手じゃない。ヤバくなりそうなら目くらましでも使って逃げる。それでも問題はないと思うが……」

 目くらましの手段がなくても、体力の消耗もほとんどない彼らなら逃げ切ることはできるだろう。

「シーム」
「魔力は十分。閃光の魔術をぶつければ問題ないと思う」
「俺の弓もまだあるし、スリングに使う石も地面に無尽蔵にある」
「雷撃を足にぶつければ、さらに動きは鈍くなると思う」

 他の二人も対策は万全のようだ。
 こいつらを逃がす壁になる俺も、体調は問題ない。

「よし。戦闘中でも退却できるようにしとくぞ」

 こうして、事故直前の戦闘に向けて俺達は洞窟ダンジョン地下一階を進んでいくことになる。
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